業務改善助成金の申請準備、お疲れ様です。「申請には就業規則の変更が必要」と知り、具体的な書き方でお悩みではないでしょうか。実は、この助成金申請では賃金規程のわずかな記載漏れや誤りが、不支給に直結するケースが少なくありません。
この記事では、数多くの申請をサポートしてきた社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)が、審査をクリアするための「就業規則(賃金規程)の書き方」に絞って、文例とNGパターンを交えながら分かりやすく解説します。
なぜ就業規則(賃金規程)の変更が必須なのか?
業務改善助成金の申請において、なぜ就業規則、特に賃金に関する規程の変更がこれほどまでに重要視されるのでしょうか。それは、単なる手続き上の要件ではなく、助成金制度の根幹に関わる理由があるからです。
助成金の目的は「事業場内最低賃金の引き上げ」だから
業務改善助成金は、中小企業・小規模事業者が生産性を向上させるための設備投資などを行い、その成果として「事業場内最低賃金」を引き上げることを支援する制度です 。事業場内最低賃金とは、正社員、パート、アルバイトなど雇用形態にかかわらず、その事業場で働く最も低い時給額のことを指します 。
政府の視点から見ると、この助成金は単なる設備投資の補助金ではありません。設備投資はあくまで「手段」であり、その先にある「労働者の待遇改善(賃上げ)」という恒久的な成を目的としています。したがって、賃上げが確実に行われることの証明が、助成金支給の絶対条件となるのです。
就業規則で「賃上げの約束」を明確にする必要がある
口頭での約束や事業計画書への記載だけでは、法的な拘束力がありません。賃上げを企業の公式なルールとして確立し、全従業員に対してその効力を及ぼすためには、会社の法律ともいえる就業規則(または賃金規程)にその内容を明記する必要があります。
労働局の審査担当者は、この就業規則の記載内容をもって、「事業主が賃上げを法的に約束した」と判断します。つまり、改定された就業規則は、国と事業者との間における「賃上げ実行の契約書」のような役割を果たすのです 。この「契約書」の内容が曖昧であったり、不備があったりすれば、助成金の支給が見送られるのは当然と言えるでしょう。
変更後の就業規則は労働基準監督署への届出が必須
常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成または変更した場合、管轄の労働基準監督署へ届け出ることが法律で義務付けられています 。
業務改善助成金の申請時には、この届出を行った証明として、労働基準監督署の受付印が押された「就業規則(変更)届」の写しの提出が求められます 。これは、事業主が社内だけでルールを変更したのではなく、
法的な手続きを正式に完了させたことの客観的な証拠となります。この届出をもって、初めて変更後の就業規則が公的な文書として認められ、助成金の審査土台に乗ることができるのです。
【最重要】業務改善助成金に通るための賃金規程の書き方3つのポイント
ここからは、本題である「審査に通る賃金規程の具体的な書き方」を3つのポイントに絞って解説します。ここを押さえることが、申請成功への最短ルートです。
ポイント1:対象者・改定前後の時給額・改定日を明記する【文例あり】
賃金規程で最も重要なのは、「誰の賃金を」「いつから」「いくらにするのか」を誰が読んでも一義的に理解できるように明記することです。特に、事業場内最低賃金は、具体的な金額を記載しなければなりません。
良い規程例(OKパターン)
厚生労働省の記載例でも示されているように、具体的な金額を断定的に規定します 。
(事業場内最低賃金)
第〇条 当事業場における最も低い賃金額は、時間給又は時間換算額1,030円とする。
2(以下略)
この書き方であれば、「この事業場の最低時給は1,030円である」という事実が明確に定まります。審査官はこれを見て、計画通りの賃上げが規程に反映されていることを即座に確認できます。
悪い規程例(NGパターン)
一方で、以下のような曖昧な表現は不支給の原因となります。
(事業場内最低賃金)
第〇条 当事業場における最も低い賃金額は、時間給又は時間換算額1,030円以上とする。
「〇〇円以上」という表現は、一見問題ないように思えます。しかし、これでは「最低でも1,030円は保証するが、具体的な金額は個別の契約で決める」と解釈でき、規程によって最低賃金額が確定しているとは言えません。労働局はこのような解釈の余地がある表現を認めないため、必ず具体的な金額を断定的に記載してください。
ポイント2:月給者などがいる場合の注意点
事業場内最低賃金の対象には、パートやアルバイトだけでなく、月給制の正社員なども含まれます。月給者を時給に換算する際の計算方法を間違えると、意図せず要件を満たしていないという事態に陥るため、細心の注意が必要です。
時給換算の計算式
月給者の時間換算額は、以下の式で計算します 。
時間換算額 = 月給 ÷ 1ヵ月平均所定労働時間
ここで最大の注意点は、計算の基礎となる「月給」に含めてはいけない手当があることです。業務改善助成金における時給換算は、最低賃金法のルールに準拠します。以下の表を参考に、自社の給与体系を正確に確認してください。
賃金の種類 | 時給額の計算に含めるか | 根拠・注意点 |
---|---|---|
基本給 | ○ | 算入の基本です。 |
職務手当・役職手当 | ○ | 職務内容に応じて固定的に支払われるため算入します。 |
資格手当 | ○ | 業務に関連する固定的な手当は算入対象です。 |
通勤手当 | × | 実費弁償的な性質のため、最低賃金の計算から除外されます 。 |
家族手当 | × | 従業員の個人的事情に基づくため、除外されます 。 |
精皆勤手当 | × | 勤怠状況により変動するため、除外されます 。 |
時間外・休日・深夜割増賃金 | × | 所定労働時間の対価ではないため除外されます 。 |
固定残業代(みなし残業代) | × | 名称に関わらず、時間外労働の対価部分は除外します 。 |
賞与など1ヶ月を超える賃金 | × | 臨時の支払いと見なされ、除外されます 。 |
例えば、月給22万円の内訳が「基本給18万円、職務手当1万円、通勤手当1万円、固定残業代2万円」の場合、時給換算の基礎となる「月給」は19万円(18万円+1万円)となります。この計算を間違うと、賃上げ額が不足し、不支給となるリスクが非常に高まります。
また、「1ヵ月平均所定労働時間」は以下の式で算出します 。
(365日 - 年間所定休日数) × 1日の所定労働時間 ÷ 12ヵ月
就業規則に定められた休日数と労働時間をもとに、正確に計算してください。
ポイント3:「附則」を活用して施行日を明確にする【文例あり】
賃金規程の変更内容を確定させても、すぐにそのルールを有効にするわけにはいきません。なぜなら、賃金の引き上げは助成金の交付決定後に行う必要があるからです 。
このタイムラグを解決するのが「附則(ふそく)」です。附則とは、法令や規則の最後に付け加えられる補足的な規定のことで、主にそのルールの施行日や経過措置などを定めます。
賃金規程の本文で新しい賃金額を定めたうえで、規程の最後に附則を設け、未来の日付で施行日を指定します。
附則の文例
(事業場内最低賃金)
第〇条 当事業場における最も低い賃金額は、時間給又は時間換算額1,030円とする。
(以下、本文略)
附則
この規程は、令和〇年〇月〇日から施行する。
このように記載することで、「規程の変更手続きは本日完了したが、実際にこのルールが有効になるのは未来の施行日からである」と明確に宣言できます 。これにより、助成金申請時には「改定済みの就業規則」を提出し、交付決定後に計画通り賃上げを実施するという、正しい手順を踏むことが可能になります。賃上げ日と就業規則の施行日は必ず一致させてください 。
これはNG!労働局に認められない就業規則の3つのパターン
ここでは、申請実務でよく見られる「不支給に直結するNGパターン」を3つ紹介します。これらの失敗例を知ることで、自社の規程に潜むリスクを未然に防ぐことができます。
パターン1:賃金引き上げの記載が曖昧(「〇〇円以上」など)
これは最も多い不支給理由の一つです。先述の通り、「1,030円以上」や「地域の最低賃金を上回る額とする」といった曖昧な表現は認められません。
労働局の審査官は、規程の文言だけで「全従業員の最低時給が、計画書通りの特定の金額以上に引き上げられること」を客観的に確認できなければなりません。解釈の余地を残す表現は、この確認を不可能にするため、一発でNGとなります。必ず「時間給〇〇円とする」と断定的に記載してください。
パターン2:施行日が賃金引上げ計画の期間と矛盾している
助成金申請のプロセスには、厳格な順序があります。この順序を間違えると、たとえ規程の内容が完璧でも不支給となります。
未来の日付を施行日とした就業規則(賃金規程)を作成し、労働基準監督署へ届け出る。
労基署の受付印がある変更届の写しを添付して、労働局へ申請する。
労働局から「交付決定通知書」が届く。
就業規則の附則で定めた施行日以降に、実際に賃金を引き上げて支払う 。

よくある間違いは、交付申請日よりも前の日付を施行日としてしまうケースです。例えば、6月1日に助成金を申請するのに、附則の施行日が5月1日になっていると、「申請前にすでに賃上げを実施済み」と見なされ、助成金の対象外となります。附則の日付は、交付申請日よりも後、かつ事業完了期限内になるよう慎重に設定してください。
パターン3:助成金のためだけの一時的な変更と見なされるケース
労働局は、賃上げが実質的な待遇改善につながっているかを重視します。そのため、見かけ上の賃上げと判断されると、不支給となる可能性があります。
典型的なのが、基本給を助成金の要件分だけ引き上げる代わりに、他の手当(職務手当や調整手当など)を減額して、従業員の総支給額が変わらないように調整するケースです 。このような操作は、助成金の趣旨に反する行為と見なされます。
審査の過程では、変更前後の賃金台帳の提出を求められることがあります。そこで不自然な手当の減額が発覚すれば、まず間違いなく不支給となるでしょう。助成金は、あくまで実質的な賃金水準の向上を目的としていることを忘れてはなりません。
よくある質問
最後に、業務改善助成金の就業規則に関するよくあるご質問にお答えします。
Q. パートタイマー用の就業規則がありません。どうすれば良いですか?
まず、正社員・パート・アルバイト等を含め、常時10人以上の労働者を使用している事業場では、就業規則の作成と届出が法律上の義務です 。もし該当するのに未作成の場合は、速やかに作成する必要があります。
その上で、パートタイマーの労働条件(労働時間、休日、賃金体系など)が正社員と異なる場合は、「パートタイム就業規則」として正社員用とは別に作成することを強く推奨します 。一つの規程にまとめると、退職金や異動などパートタイマーに適用しない条文との区別がつきにくく、トラブルの原因になるからです。また、「同一労働同一賃金」の観点からも、待遇差の根拠を明確にするために規程を分けることが望ましいです 。
正社員用の就業規則には、「パートタイム労働者の就業に関する事項については、別に定めるところによる」といった一文を加えておきましょう 。
より詳しい就業規則の作成ポイントについては、こちらの記事も参考にしてください。


Q. 就業規則の変更は、助成金の申請前に行う必要がありますか?
はい、その通りです。助成金の交付申請を行う前に、就業規則を改定し、労働基準監督署へ届け出た状態にしておく必要があります。
申請時には、労働基準監督署の受付印が押された「就業規則(変更)届」の写しの提出が必須です 。ただし、実際に賃上げを実施するのは、労働局から交付決定の通知を受けた後になりますので、タイミングを間違えないように注意してください 。
Q. 意見書の取得など、社内手続きで注意すべきことはありますか?
就業規則の作成・変更時には、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者から「意見書」を聴取し、届出時に添付する必要があります 。
注意すべき点は以下の通りです。
- 代表者の選出方法:代表者は、投票や挙手といった民主的な方法で選出しなければならず、会社が一方的に指名することはできません 。
- 「同意」ではなく「意見聴取」:会社は代表者の意見を聴く義務がありますが、同意を得る必要はありません。仮に意見書に「反対」と書かれても、その意見書を添付すれば届出は受理され、就業規則の効力に影響はありません 。
- 意見聴取の実施は必須:意見聴取の手続きを全く行わないと、労働基準法違反となり罰則の対象となる可能性があります 。手続きを正しく踏むことが重要です。
Q. 賃金規程の変更だけを社労士にスポットで依頼できますか?
はい、多くの社労士事務所で対応可能です。助成金申請の要件を満たすための、賃金規程や関連規程の作成・変更のみを依頼することもできます。自社での作成に不安がある場合は、専門家に相談するのが最も確実で安全な方法です。
当事務所でも、助成金申請に特化した規程整備のサポートを行っております。費用やサービス内容については、こちらのページもご覧ください。
まとめ
業務改善助成金の申請において、就業規則(賃金規程)の整備は、審査の第一関門です。ここでつまずかないために、①誰の賃金を、②いつから、③いくらからいくらに上げるのか、を誰が読んでも分かるように明確に規定することが何よりも重要です。特に、月給者の時給換算や附則を使った施行日の設定は、間違いやすいポイントなので慎重に進めてください。
もし、自社での規程作成や申請手続きに少しでも不安を感じたら、私たち専門家にご相談ください。貴社の状況に合わせた最適なサポートを提供し、助成金の受給成功までを力強く後押しします。
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