キャリアアップ助成金の申請準備中、「この就業規則の書き方で本当に大丈夫か?」と手が止まっていませんか。特に正社員転換コースでは、就業規則のわずかな不備が不支給という結果に直結します。
この記事では、数多くの申請をサポートしてきた社労士事務所altruloopが、審査で絶対に見られる就業規則のポイントと具体的な記載例に絞り、分かりやすく解説します。
キャリアアップ助成金(正社員転換)の就業規則で絶対に必要な2つの記載
キャリアアップ助成金(正社員転換コース)の申請を成功させるために、就業規則で押さえるべき最重要ポイントは、実はたったの2つです。複雑に考えず、まずはこの2点を確実に満たすことに集中しましょう。
ポイント1:転換後の「正社員」の定義と労働条件の明記
1つ目は、「どのような従業員が貴社の正社員なのか」を明確に定義し、その労働条件を就業規則に具体的に記載することです。
「正社員」という言葉は法律で定義されているわけではなく、会社ごとにその意味合いが異なります 。そのため、助成金の審査では、転換後の「正社員」という身分が、転換前の契約社員やパートタイマーと比べて、客観的に見て明確に異なるものであることを証明する必要があります。
ポイント2:賃金が「3%以上増額」される根拠規定の明記
2つ目は、正社員に転換することで、賃金が3%以上増額されることが保証されているルールを、就業規則や賃金規程に明記することです 。
単に転換後の給与明細で賃金が3%上がっているだけでは不十分です。「会社のルールとして、転換者には3%以上の昇給を約束している」という客観的な根拠が、書面上で確認できなければなりません。
なぜこの2つが最重要なのか?審査官の視点を解説
では、なぜこの2点がこれほどまでに重要なのでしょうか。それは、審査官が「会社の意図」ではなく「客観的な事実」で判断するからです。
キャリアアップ助成金の目的は、非正規雇用労働者の雇用を安定させ、その処遇を改善することにあります 。審査官は、この目的が確実に達成されているかを、提出された書類のみで判断します。
- ポイント1(正社員の定義)は、「雇用の安定」が図られたことの証明です。契約社員やパートタイマーに適用されるルールと、正社員に適用されるルールが就業規則上で明確に区別されていなければ、「転換」によって身分が変わったと客観的に判断できません 。
- ポイント2(3%以上の賃金増額ルール)は、「処遇の改善」が図られたことの証明です。賃金アップが会社の裁量による一時的なものではなく、就業規則という恒久的なルールに基づいていることを示すことで、確実な処遇改善が行われたと判断されます 。
この2つのポイントは、審査官が助成金を支給する上で必要不可欠な「客観的証拠」となるのです。
【記載例】就業規則への「正社員の定義」の書き方
それでは、審査をクリアできる「正社員の定義」と「転換制度」の具体的な書き方を見ていきましょう。NG例とOK例を比較することで、どこを修正すべきかが明確になります。
記載がない、または不十分な場合のNG例
多くの企業で見られる、助成金申請では不十分と判断されやすい記載例です。
第〇条(正社員への転換)
会社は、勤務態度が良好な契約社員を、面談の上、正社員に転換させることがある。
この規定は、一見すると問題ないように見えます。しかし、「勤務態度が良好」という基準は主観的で曖昧です。「面談の上」という手続きも、客観的な基準がありません。「させることがある」という表現は、会社の任意であることを示しており、制度として確立されているとは見なされません 。これでは審査官は、転換が公正なルールに基づいて行われたと判断できないのです。
これならOK!正社員転換制度の条文例
助成金の要件を満たすためには、「対象者」「要件」「手続き」「時期」「転換後の労働条件」を客観的に誰が読んでも分かるように記載する必要があります 。
第〇章 正社員転換制度
第〇条(正規雇用への転換) 1. 勤続6ヶ月以上の契約社員またはパートタイマーで、本人が希望し、かつ所属長の推薦がある者は、正社員転換試験に申請することができる。 2. 転換試験は、筆記試験および役員面接とし、会社が別途定める合格基準に達した者を正社員として転換する。 3. 転換の時期は、原則として毎年4月1日および10月1日付けとする。 4. 正社員に転換された後の労働条件は、別途定める正社員就業規則の定めるところによる。
この記載例では、対象者(勤続6ヶ月以上)、要件(本人の希望と所属長の推薦)、手続き(筆記試験・役員面接)、転換時期(年2回)が具体的に定められており、客観性が担保されています。
【社労士の解説】なぜ「転換手続き」や「労働条件」の明記が必要か
転換前後の「違い」を明確にする必要がある
助成金の審査では、「転換した」という事実を証明するために、転換前(契約社員など)と転換後(正社員)の労働条件が明確に区別されていることが大前提となります。
そのため、正社員用の就業規則だけでなく、契約社員やパートタイマーに適用される就業規則も整備されている必要があります 。両方の規則が存在し、その内容に明確な違いがあることで、初めて「キャリアアップ」したと認められるのです。実務上、就業規則を正社員用と非正規社員用で分けて作成することが、最も確実な方法です 。
正社員には「昇給」と「賞与または退職金」の制度が必須
これは非常に重要なポイントですが、キャリアアップ助成金(正社員転換コース)における「正社員」は、「昇給制度」と「賞与または退職金制度のいずれか」の両方が適用される者と定義されています 。
つまり、貴社の正社員就業規則に、
- 昇給に関する規定
- 賞与に関する規定、または退職金に関する規定
この両方が存在しない場合、そもそも助成金の対象外となってしまいます。特に「当社はもともと昇給や賞与の制度がない」という場合は、助成金申請を機にこれらの制度を導入する必要があります。
「面談」ではなく客観的な「試験」が必要
転換手続きは、恣意的な判断を排除するため、客観的な基準に基づく「試験」であることが求められます 。単なる「面談」や「話し合い」では、制度として不十分と判断されるリスクが高いです。筆記試験や実技試験、あるいは明確な評価項目に基づいた面接試験など、合否の基準が客観的に判断できる手続きを規定しましょう。
【記載例】就業規則(賃金規程)への「昇給ルール」の書き方
次に、もう一つの最重要ポイントである「賃金が3%以上増額される根拠」の書き方を解説します。ここでのミスは不支給に直結するため、慎重に規定を整備しましょう。
基本給が3%以上増額したことを示すための記載例
賃金規程(または就業規則の賃金の章)に、転換によって賃金が3%以上増額されることを明確に記載します。
第〇条(昇給)
1. 昇給は、会社の業績および従業員個人の勤務成績、能力評価に基づき、毎年4月1日をもって各人ごとに決定し、改定する。 2. 前項の定めにかかわらず、正社員転換制度により正社員に転換した者については、転換後の基本給を、転換前6ヶ月間の平均基本給と比較して3%以上増額するものとする。

【最重要注意点】 就業規則に「業績不振の場合には降給することがある」といった規定を設けている企業は注意が必要です。このような規定は、労働者の処遇改善を目的とする助成金の趣旨に反すると判断され、不支給の原因となる可能性があります 。
賞与や諸手当を含めて3%増額を証明する場合の注意点
3%の賃金増額を計算する際、どの手当を含めて良いかというルールが厳密に定められています。この計算を誤ると、3%増額の要件を満たせず不支給となります。
計算の対象となるのは、基本給および毎月固定的に支払われる諸手当です。実費弁償的な手当や、毎月変動する手当は含めることができません 。特に、
賞与は2021年度以降、この計算に含めることができなくなった点に注意してください 。
3%賃金増額の計算に含めることができる手当の例 | 3%賃金増額の計算に含めることができない手当の例 |
基本給 | 時間外労働手当(固定残業代も含む) |
職務手当、役職手当、資格手当など | 通勤手当、住宅手当、家族手当など |
調整手当(※名称だけでなく、固定的かどうかの実態が重要) | 賞与・ボーナス |
※上記はあくまで一般的な例です。手当の名称が同じでも、その性質によっては判断が異なる場合があります。
【社労士の解説】客観的に判断できる「賃金アップの根拠」を示す重要性
審査官は、提出された賃金台帳を見て、実際に賃金が3%以上増額されているかを確認します。しかし、それだけでは不十分です。その増額が、就業規則や賃金規程に定められたルールに基づいて行われたものかを厳しくチェックします 。
例えば、賃金規程に根拠がないのに「調整手当」といった名目で増額して3%をクリアしようとしても、それはルールに基づかない恣意的な運用とみなされ、不支給となるリスクがあります。
申請前には、厚生労働省が提供している「賃金上昇要件確認ツール」を活用し、自社の計算が要件を満たしているか必ずシミュレーションすることをお勧めします 。
またキャリアアップ助成金を満たす賃金規程の詳細な書き方は下記記事を参考にしてください


よくある質問
最後に、キャリアアップ助成金の就業規則に関するよくある質問にお答えします。
Q. 就業規則の届出はいつまでに必要ですか?
法律上、就業規則の作成・変更後は「遅滞なく」労働基準監督署へ届け出ることとされています 。
しかし、キャリアアップ助成金のルールはさらに厳格です。正社員への転換日よりも6ヶ月以上前に、要件を満たした就業規則が施行され、運用されている必要があります 。例えば、10月1日に正社員転換を行う場合、遅くとも同年の4月1日には新しい就業規則が施行されていなければなりません。計画的な準備が不可欠です。
Q. 契約社員やパートタイマーに関する規定も必要ですか?
はい、絶対に必要です。前述の通り、助成金の審査では転換前と転換後の「違い」を客観的に証明しなくてはなりません。そのためには、比較対象となる契約社員やパートタイマーの労働条件を定めた就業規則が不可欠です 。
正社員用の就業規則しかない場合、「何から何へ」キャリアアップしたのかが不明確となり、不支給の原因となります。従業員が10人未満の企業における就業規則の重要性については、こちらの記事も参考にしてください。


Q. 厚労省のテンプレートをそのまま使っても問題ありませんか?
そのまま使うことは非常にお勧めできません。厚生労働省のモデル就業規則やネット上のテンプレートは、あくまで一般的な雛形です 。
キャリアアップ助成金で求められる「昇給+賞与or退職金制度」や「客観的な転換試験」といった、この助成金に特化した細かい規定までは網羅されていません。自社の実態に合わせてカスタマイズするだけでなく、助成金の要件を漏れなく盛り込む作業が必要であり、安易な利用は不支給のリスクを高めます。
会社をリスクから守る就業規則の作り方については、こちらの記事で詳しく解説しています。


Q. 変更届だけでいいですか?意見書や周知も必要ですか?
いいえ、変更届だけでは全く不十分です。就業規則を法的に有効なものにするには、以下の3つの手続きがすべて必須です 。
- 意見聴取:労働者の過半数を代表する者から意見を聴き、「意見書」に署名・捺印をもらう。
- 届出:作成した「就業規則(変更)届」に「意見書」を添付して、管轄の労働基準監督署へ提出する。
- 周知:完成した就業規則を、全従業員がいつでも閲覧できる状態にする(書面交付、社内サーバーへの掲示など)。
このうち一つでも欠けると、就業規則自体が無効と判断され、助成金も不支給となるため、必ず全てのステップを踏んでください 。
まとめ
本記事では、キャリアアップ助成金(正社員転換コース)の申請で必須となる就業規則の記載例を、特に重要な「正社員の定義」と「賃金(昇給)規程」に絞って解説しました。この2点を確実に押さえることが、助成金受給への第一歩です。もし自社の就業規則での対応に判断が難しい、あるいは手続き全体に不安がある場合は、専門家である社労士への相談が確実です。
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