キャリアアップ助成金の申請を成功させるため、法的に問題のない賃金規程の雛形を探していませんか?あるいは、自社の給与ルールを明確にし、将来の労務トラブルを防ぎたいとお考えでしょうか。
この記事では、すぐに使える賃金規程の雛形(テンプレート)をご提供します。しかし、その雛形を安易に流用することは、助成金の不支給や将来の労務トラブルという、取り返しのつかないリスクを招く「最大の落とし穴」です。雛形はあくまでスタート地点に過ぎません。
本記事では、人事労務の専門家である社労士事務所altruloopが、雛形を「安全な土台」として活用し、助成金受給とリスク回避を両立させるための具体的なカスタマイズ方法を、専門家の視点から徹底的に解説します。会社の未来を守る、実用的で堅牢な賃金規程を整備しましょう。
【ダウンロード可】賃金規程の雛形(テンプレート)※無料
まずは、多くの企業で共通して必要となる項目を網羅した、専門家監修の賃金規程テンプレートをご提供します。ただし、繰り返しになりますが、この雛形は貴社の実情に合わせてカスタマイズすることが大前提です。
【テンプレート利用の注意点:貴社に合わせたカスタマイズが不可欠です】
このテンプレートは、法的な要件を満たすための一般的な枠組みを提供するものです。しかし、貴社の業務内容、働き方の実態、企業文化などを反映させなければ、意味のないものになってしまいます。 例えば、テンプレート上の休日規定が自社のシフト実態と異なっていたり、手当の規定が自社の支給実態と合っていなかったりすると、かえってトラブルの原因になりかねません。テンプレートはあくまで「たたき台」として活用し、必ず専門家である社労士に相談の上、自社に最適な形にカスタマイズしてください。
※補足:就業規則と賃金規程を分離すべき理由
本テンプレートが就業規則本体とは別の「賃金規程」として独立しているのには、明確な戦略的理由があります。
最大の理由は、規程変更時の「柔軟性」と「効率性」を高めるためです。
賃金に関するルール(給与テーブル、手当の額など)は、最低賃金の改定、業績の変動、人事評価制度の見直しなど、経営状況に応じて比較的頻繁に変更が発生します 。
一方で、就業規則(本則)に定められる服務規律や懲戒、休日などの基本的なルールは、頻繁に変更するものではありません。
もし賃金に関する事項を就業規則本体にすべて含めてしまうと、少し手当の額を変えるだけでも、就業規則全体の変更手続き(従業員代表からの意見聴取、労働基準監督署への届出など)が必要となり、非常に手間がかかります 。
賃金規程を分離しておくことで、変更を賃金規程のみに限定でき、迅速かつ効率的に法改正や経営方針の変更に対応できるのです。 これは、会社の状況に合わせてルールを最適化し続けるための、専門的な知恵と言えます。
なぜ雛形のままでは危険?カスタマイズ必須の3つの理由
インターネットで手に入る無料のテンプレートを安易に流用した結果、多額の損失を被るケースは後を絶ちません。ここでは、雛形をそのまま使うことの具体的な危険性を3つの側面に分けて解説します。

理由1:助成金(キャリアアップ助成金など)の要件を満たせず不支給になる
助成金の審査官は、単に「給与が上がったか」を見ているわけではありません。「どのようなルールに基づいて、恒久的に給与が上がる仕組みになっているか」を就業規則や賃金規程で厳格に審査します 。雛形ベースの規程では、この「仕組み」の証明に失敗しがちです。
不支給事例1:手当の定義が曖昧で増額分と認められない
ある企業が、キャリアアップ助成金の「3%増額」要件を満たすため、基本給はそのままに「調整手当」という名目で月額1万円を上乗せして支給しました。しかし、賃金規程には「会社が必要と認めた場合に調整手当を支給する」としか書かれていませんでした。
結果、不支給となりました。理由は、調整手当の支給基準や計算根拠が規程に明記されておらず、会社の裁量でいつでも廃止できる「一時的な恩恵」と判断されたためです。助成金で評価されるのは、規程によって担保された、客観的で永続的な処遇改善なのです 。
不支給事例2:正社員とパートの賃金体系の違いが不明確
パートタイマーを正社員に転換し、助成金を申請したものの、不支給となったケースです。原因は、賃金規程が一つしかなく、正社員とパートタイマーで給与の計算方法(例:月給と時給)や適用される手当が違うことが、規程上で明確に区別されていなかったことでした。
審査官から見れば、「転換前と後で、どの賃金制度からどの賃金制度へ移行したのか」が規程上、客観的に証明できません。これでは、実質的なキャリアアップが行われたとは認められないのです 。
不支給事例3:「正社員の定義」が助成金の要件を満たしていない
キャリアアップ助成金(正社員化コース)では、転換後の「正社員」は「昇給」があり、かつ「賞与または退職金の制度」が適用される必要があります 。
雛形にありがちな「賞与は会社の業績等を勘案して支給することがある」といった曖昧な表現では、「制度として確立されている」とは見なされず、不支給の原因となります。「原則として年2回支給する」のように、支給が原則であることが明確に規定されている必要があります 。
理由2:自社の給与体系や実態とズレが生じ、運用できなくなる
テンプレートは、あくまで一般的なモデル企業を想定しています。そのため、自社の独自の勤務形態や評価制度、企業文化と合わない条文が含まれていることが多く、これが思わぬトラブルやコスト増につながります 。
具体例:意図しない手当の支払い義務が発生
ある小規模なIT企業が、厚生労働省のモデル就業規則を参考に賃金規程を作成しました。その中には、大企業向けに書かれた「勤続〇年以上の者には、リフレッシュ休暇(有給)を与える」という条文がそのまま残っていました。
後日、ある従業員がこの規定を根拠に休暇を申請。会社は「うちにはそんな制度はない」と慣習に基づき無給扱いにしたところ、従業員から「規程に有給と書いてある」と指摘され、労務トラブルに発展。結果的に、会社は規程通りに賃金を支払わざるを得なくなりました 。
賃金規程に書かれていることは、たとえ会社の意図と異なっていても、法的な効力を持つということを忘れてはいけません。
理由3:法改正に対応できず、未払い残業代などのリスクを招く
労働関連の法律は頻繁に改正されます。インターネット上の古い雛形を使い続けることは、法違反のリスクを放置するのと同じです 。特に深刻なのが 未払い残業代のリスクです。
最大のリスク:無効な「固定残業代」規定
多くの企業が導入している「固定残業代(みなし残業代)制度」ですが、その規定の仕方には厳格な法的要件があります。雛形にありがちな「月給〇〇万円(固定残業代を含む)」といった記載は、裁判ではほぼ無効と判断されます 。
固定残業代制度が法的に有効と認められるためには、
- 通常の労働時間の賃金にあたる部分(基本給など)
- 固定残業代にあたる部分 が金額の上で明確に区別されていること(明確区分性)、そして固定残業代が何時間分の時間外労働に対する対価なのかが明示されていることが必要です 。
この要件を満たさない規定は無効となり、固定残業代として支払っていた金額がすべて基本給の一部と見なされます。その結果、会社は過去に遡って、すべての残業時間に対して、割増賃金を計算し直して支払う義務が生じます。
従業員1人あたりの未払い残業代請求が、過去2年分(賃金債権の時効は当面3年ですが、経過措置あり)で200万円を超えるケースも珍しくありません 。複数人から同時に請求されれば、会社の存続を揺るがす経営危機に直結します。
【具体例】助成金を見据えた賃金規程の必須カスタマイズ箇所
雛形のリスクを理解した上で、ここからは「安全な土台」として活用するための具体的なカスタマイズ方法を解説します。特にキャリアアップ助成金の申請で重要となる3つのポイントに絞って見ていきましょう。
適用範囲:助成金の対象となる従業員を明確に定義する
助成金の審査では、「誰に適用されるルールなのか」が非常に重要です。特に、パートタイマーから正社員への「転換」を証明するためには、転換前と転換後で、それぞれ異なる規程が適用されることを明確にする必要があります 。
そのためには、まず賃金規程の冒頭で「この規程が誰のためのものか」を定義します。
【規定例:適用範囲】
第〇条(適用範囲)
- 本規程は、就業規則第〇条に定める正社員(以下「従業員」という。)に適用する。
- 契約社員およびパートタイマーの賃金に関する事項については、本規程を適用せず、別に定める「契約社員賃金規程」および「パートタイマー賃金規程」の定めるところによる。

ポイントは、正社員、契約社員、パートタイマーといった従業員区分ごとの定義を、就業規則本体で明確にしておくことです 。例えば、「パートタイマーとは、1週間の所定労働時間が正社員より短く、期間の定めのある労働契約を締結した者」のように、客観的な基準で定義します。これにより、誰にどの規程が適用されるかが法的に明確になり、助成金申請の土台が整います。
基本給・諸手当:「3%以上の増額」を具体的にどう規程に落とし込むか
キャリアアップ助成金(正社員化コース)の核心的要件が「転換後6ヶ月の賃金総額が、転換前6ヶ月の賃金総額と比較して3%以上増額していること」です 。そして、この増額は、規程に根拠がなければなりません。
3%増額の計算に含められるもの・含められないもの
まず、全ての賃金項目が増額の計算対象になるわけではない点を理解する必要があります。
計算に含めてOKなもの
- 基本給
- 役職手当、資格手当、職務手当など、支給基準が規程で明確に定められている固定的手当
計算に含められないNGなもの
- 賞与(令和3年4月以降)
- 通勤手当、住宅手当、家族手当(仕事内容と直接関係ない属人的な手当)
- 皆勤手当、精勤手当(出勤状況により変動する手当)
- 時間外労働手当、休日労働手当、深夜労働手当(固定残業代も含む)
規程への落とし込み方:賃金テーブルの活用
最も確実で、審査官にも分かりやすい方法は、「賃金テーブル(給与表)」を規程に設けることです 。
例えば、時給1,200円のパートタイマーを正社員に転換するケースを考えます。
- 悪い例:規程はそのままに、口頭で「月給21万円にする」と伝える。 → これでは、なぜ21万円なのか、昇給の根拠が不明確で、助成金の要件を満たしません。
- 良い例:正社員用の賃金規程に、以下のような賃金テーブルを設ける。
【規定例:基本給と賃金テーブル】
第〇条(基本給) 正社員の基本給は、本人の職務内容、能力、経験等を評価し、別表1「正社員賃金テーブル」に定める等級および号俸に基づき、各人別に決定する。
【別表1:正社員賃金テーブル(抜粋)】
等級 | 号俸 | 基本給(月額) |
---|---|---|
1等級 | 1号 | 205,000円 |
2号 | 210,000円 | |
3号 | 215,000円 | |
2等級 | 1号 | 225,000円 |
… | … |
この例では、転換後の従業員を「1等級3号」に格付けし、基本給を215,000円と決定します。これにより、誰が見ても客観的なルールに基づいて賃金が決定されたことが証明でき、3%増額要件の審査をクリアしやすくなります 。
割増賃金:トラブルを招かない固定残業代の正しい定め方
前述の通り、固定残業代の規定は労務トラブルの最大の火種です。助成金の審査でも、労働基準法違反がないか厳しくチェックされます 。ここでは、法的リスクを回避し、かつ助成金審査にも耐えうる規定の作り方を具体的に示します。
固定残業代規定の必須チェックリスト
有効な固定残業代規定には、以下の4つの要素がすべて明記されている必要があります 。
- 基本給と固定残業手当が明確に分離されていること
- 固定残業手当の「金額」
- その手当が何時間分の時間外労働に相当するかの「時間数」
- 設定時間を超えた場合は、差額を別途支払う旨の「超過分支給の定め」
この4点を満たさない規定は、無効と判断されるリスクが極めて高いです。
危険な規定例 vs 安全な規定例
一目で違いが分かるように、典型的な「危険な規定例」と、法的に「安全な規定例」を比較してみましょう。
項目 | ❌ 危険な規定例 | ✅ 安全な規定例 | なぜ危険か | なぜ安全か |
---|---|---|---|---|
賃金規程の条文 | 第X条(給与) 月給25万円(固定残業代を含む)とする。 | 第X条(基本給) 基本給は、月額200,000円とする。 第Y条(固定残業手当) 1. 固定残業手当として、月額50,000円を支給する。 2. 前項の手当は、月30時間分の時間外労働に対する割増賃金として支払うものとする。 3. 実際の時間外労働が月30時間を超えた場合、その超過分については、労働基準法に基づき算出した割増賃金を別途支給する。 | 危険な理由: 基本給と残業代部分が一体化しており、何時間分の残業代がいくらなのか全く不明です。裁判では無効と判断され、25万円を基礎に未払い残業代の支払いを命じられる可能性が極めて高いです 。 | 安全な理由: ①基本給(20万円)、②手当額(5万円)、③対象時間(30時間)、④超過分支給の明記、という法的要件をすべて満たしています。これにより、手当の対価性が明確になり、法的に有効な制度として認められます 。 |
給与明細の記載 | 基本給 250,000円 | 基本給 200,000円 固定残業手当 50,000円 | 危険な理由: 規程と同様に内訳が不明です。従業員は自分の残業代が正しく計算されているか確認できません 。 | 安全な理由: 賃金規程と完全に一致しており、どの部分が基本給で、どの部分が固定残業代なのかが一目瞭然です。透明性が高く、トラブルを未然に防ぎます 。 |
固定残業代に関するトラブルは非常に多く、専門的な知識が不可欠です。残業代の正しい計算方法や管理については、ぜひ一度社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)にご相談ください。
よくある質問
ここでは、賃金規程の作成や変更に関して、経営者や人事担当者の方からよく寄せられる質問にお答えします。
Q. パートタイマー用の賃金規程も必要ですか?
A. 法律上の作成義務は従業員10人以上の事業場ですが、人数にかかわらず作成することを強く推奨します。
もし正社員用の就業規則・賃金規程しか存在しない場合、その規程がパートタイマーにも原則として適用されてしまうリスクがあります 。例えば、正社員規程に「賞与や退職金を支給する」と定められていれば、パートタイマーから「自分たちにも支払われるべきだ」と主張された場合、会社側が不利になる可能性があります。
パートタイマー専用の就業規則・賃金規程を別途作成し、「賞与・退職金は支給しない」など、労働条件の違いを明確に定めておくことが、無用なトラブルと意図しないコスト増を防ぐための重要なリスク管理となります 。これは、近年厳格化されている「同一労働同一賃金」の原則に対応する上でも不可欠です 。




Q. 賃金規程を変更した場合、従業員の同意は必要ですか?
A. 従業員にとって「不利益な変更」になるかどうかで、手続きの難易度が大きく変わります。
例えば、手当を新設するような従業員に有利な変更であれば、説明の上で変更することは比較的容易です。
しかし、賃金の引き下げや手当の廃止といった「不利益変更」を行う場合は、原則として、対象となる従業員一人ひとりから、自由な意思に基づいた「個別の同意」を得る必要があります 。単に説明会を開いて「来月からこうします」と一方的に通告したり、同意書に無理やり署名させたりした場合は、後から同意の有効性が争われ、変更が無効となるリスクがあります 。
例外的に、変更に合理的な理由があり、周知を徹底するなどの条件を満たせば同意なく変更できる場合もありますが、そのハードルは非常に高く、専門家の助言なしに行うのは極めて危険です 。
Q. 規程作成を社労士に依頼する費用はどのくらいですか?
A. 事務所や規程の複雑さによって異なりますが、一般的な市場の相場観として参考にしてください。
- 賃金規程のみの新規作成:10万円~15万円程度 。
- 就業規則一式(賃金規程含む)の新規作成:20万円~30万円以上 。
金額だけを見ると高く感じるかもしれませんが、これは会社の基盤を守るための「投資」です。たった一件の労務トラブルで発生する損害賠償額や、受給し損ねた助成金の額を考えれば、専門家に依頼する費用対効果は非常に高いと言えます 。
Q. 助成金申請のサポートもお願いできますか?
A. はい、もちろんです。むしろ、規程作成と助成金申請をセットでご依頼いただくのが最も確実で効率的な方法です。
助成金の申請は、単に書類を提出するだけではありません。
- 受給要件の診断と最適な助成金の選定
- 「キャリアアップ計画書」の作成・提出
- 計画書に沿った就業規則・賃金規程の改定
- 取り組みの実施(正社員転換など)と賃金の支払い
- 支給申請書類の作成・提出
このように、一連のプロセスがすべて連動しています。規程の作成段階から助成金を見据えて設計することで、手戻りなく、スムーズに申請を進めることができ、受給の可能性を最大限に高めることができます。 ぜひ、助成金申請サポートサービスをご検討ください 。
まとめ
賃金規程の雛形は、家を建てる際の「設計図」ではなく、あくまで「資材」です。その資材をどう使い、自社の実態と助成金の要件に合わせて法的に正しく組み立てるかという「設計と施工」こそが、会社の未来を守る上で最も重要です。
安易にテンプレートを流用すれば、助成金は不支給となり、未払い残業代という大きな負債を抱え、従業員との信頼関係も失いかねません。一つひとつの条文が、会社の資金繰りや従業員との関係性に直結するという意識を持つことが不可欠です。
自社に最適な規程作りや助成金申請に少しでも不安があれば、専門家である社労士にご相談いただくのが最も確実な近道です。
社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。