社内でルールを守らない社員が現れた際、経営者や人事担当者が最も悩むのは「どこまでの処分が許されるのか」という点ではないでしょうか。
感情的に「即刻解雇だ!」と動いてしまうと、後に不当解雇として訴えられるリスクがあります。
この記事では、社会保険労務士の視点から、就業規則違反が発生した際の正しい対応フローや、損害賠償を請求できる境界線について詳しく解説します。
- 懲戒処分の正しい進め方:法的トラブル(不当解雇など)を避けるための4ステップ
- 違反行為の具体例と判断基準:ハラスメント、SNS、副業などが処分の対象になる境界線
- 処分の種類と「重さ」の選び方:戒告から懲戒解雇まで、7段階の使い分け
- 損害賠償請求の限界:社員にミスがあった際、会社がどこまで請求できるか
就業規則違反とは?懲戒対象となる具体的ケース
就業規則は会社と従業員の間の「契約」であり、これに違反することは契約不履行や秩序を乱す行為とみなされます。
まずは、どのような行為が違反となり、懲戒対象になるのか、代表的な事例を見ていきましょう。
職務専念義務違反(無断欠勤・遅刻・勤務中の私的行為)
労働者は勤務時間中、職務に集中する義務を負っています。
- 正当な理由のない無断欠勤や度重なる遅刻
- 勤務中に長時間にわたって私的なメールやSNSを利用する
- 私用で会社の電話や備品を頻繁に利用する
これらは職務専念義務違反に該当し、指導しても改善されない場合は懲戒の対象となります。
企業秩序違反(セクハラ・パワハラ・経歴詐称)
職場の環境を悪化させる行為や、信頼関係を根底から覆す行為です。
- ハラスメント行為:相手の尊厳を傷つけ、職場の生産性を著しく低下させます。
- 経歴詐称:採用の判断に影響を及ぼすような重大な嘘(資格の有無や学歴など)が発覚した場合、企業秩序を乱すものと判断されます。
業務命令違反(配置転換の拒否・残業拒否)
会社が業務上の必要性に基づいて出した正当な命令に従わないケースです。
- 合理的な理由がない転勤命令への拒否
- 36協定の範囲内での正当な残業命令を繰り返し拒否する
ただし、家庭の事情(介護など)でどうしても対応できない場合など、命令自体に妥当性がない場合は違反を問えないこともあります。
私生活上の非行(SNSでの誹謗中傷・飲酒運転)
「私生活は自由では?」と思われがちですが、企業の社会的信用を著しく傷つける場合は処分の対象になり得ます。
- SNSで会社や顧客の悪口を発信し、炎上させる
- 飲酒運転で逮捕され、社名が報道される
プライベートな行動であっても、会社のブランド価値を毀損したかどうかが判断のポイントとなります。
違反発覚から処分までの4ステップ(対応フロー)
不適切な行為が発覚した際、慌てて処分を決めてはいけません。
以下のステップを確実に踏むことが、法的トラブルを防ぐ鍵となります。
STEP1. 事実関係の確認と証拠の収集(本人の言い分だけで判断しない)
まずは客観的な証拠を集めます。
本人の証言だけでなく、周囲のヒアリング、メールの履歴、ログ解析、タイムカードなど、第三者から見て「確かに違反があった」と言える材料を揃えてください。
STEP2. 就業規則の「懲戒事由」に当てはまるか確認
次に、自社の就業規則を開き、その行為がどの条文に該当するかを確認します。
後述しますが、就業規則に書かれていない理由で処分を下すことはできません。
STEP3. 「弁明の機会」の付与(本人へのヒアリング)
ここを飛ばすと解雇が無効になるリスクが高い点を強調しておきます。
どんなに明白な違反であっても、必ず本人に「言い分」を聞く機会を設けてください。
本人の主張を聞かずに処分を下すと、裁判になった際に「手続きに不備がある」として、処分そのものが無効とされる可能性が非常に高いです。
STEP4. 処分の決定と通知
事実確認と弁明の内容を踏まえ、最終的な処分を決定します。
決定事項は必ず「懲戒処分通知書」などの書面で本人に手渡す、または送付するようにしましょう。

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処分の種類と「重さ」の判断基準(解雇権濫用の防止)
「就業規則を守らないとどうなるか」は、その違反の程度によります。
処分には段階があり、適切な「重さ」を選ぶ必要があります。
処分の7段階(戒告・譴責から諭旨解雇・懲戒解雇まで)
一般的には以下の順で重くなります。
- 戒告(かいこく):口頭での厳重注意。
- 譴責(けんせき):始末書を提出させ、将来を戒める。
- 減給:給与の一部を差し引く(労働基準法による上限あり)。
- 出勤停止:一定期間、就労を禁止する。その間の賃金は発生しない。
- 降職(降格):役職や職能資格を引き下げる。
- 諭旨(ゆし)解雇:退職届の提出を勧告し、応じない場合に解雇する。
- 懲戒解雇:即時に雇用契約を解除する。最も重い処分。
いきなり「解雇」はNG?処分の相当性と公平性
たった一度の遅刻で懲戒解雇にすることは、客観的に見て「重すぎる」と判断されます。
これを「処分の相当性」と言います。
過去の事例と比較して不公平がないか、改善の機会を一度は与えたか、という視点が重要です。
【大原則】就業規則に定めのない処分はできない
法律の世界には「罪刑法定主義」という考え方がありますが、これは会社でも同じです。
「あらかじめルール(就業規則)に書いてあることしか罰せられない」という原則です。
また、就業規則を作成していても、社員がいつでも見られる状態にしておく「周知義務」を果たしていなければ、その規則を根拠に処分することはできません。
社員への「損害賠償請求」はどこまで認められるか?
「社員のミスで大きな損失が出た。損害賠償を請求したい」という相談も多く受けますが、これには高いハードルがあります。
労働者への請求が制限される「報償責任の法理」
会社は従業員を使って利益を得ています。
であれば、そこに伴うリスク(仕事上のミスなど)も会社が負うべきであるという考え方が「報償責任の法理」です。
そのため、単なるうっかりミスに対して全額の賠償を求めることは法的に非常に困難です。
全額請求は困難でも、一部請求が認められるケース
ただし、労働者に「故意(わざと)」や「重大な過失(著しい不注意)」がある場合は、一部の請求が認められることがあります。
- 会社の金を横領した
- 他社へ機密情報を意図的に漏洩させた
- 飲酒運転で社用車を大破させた
このようなケースでは、損害の数割(事例によりますが1〜3割程度になることが多いです)を上限に請求が認められる傾向にあります。
身元保証人への請求と限度額の設定
入社時に身元保証人を立てている場合、その保証人に賠償を求めることも検討されます。
ただし、現在は民法の改正により、身元保証書に「極度額(賠償の上限額)」を明記していないと、保証契約自体が無効になるため注意が必要です。
【Q&A】就業規則の違反に対する良くある質問
現場でよく起こる疑問についてお答えします。
- 退職後に在職中の違反(横領など)が発覚したら処分できる?
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「懲戒解雇」はできませんが、金銭的な請求(退職金の返還・損害賠償)は可能です。
退職後はすでに雇用関係が終了しているため、社内身分を剥奪する「懲戒解雇」という処分を下すことはできません。
しかし、以下の対応は法的に認められる可能性が高いです。
- 刑事告訴: 内容が悪質な場合は、警察へ告訴状を提出し、刑事罰を求めることも検討されます。
- 退職金の返還・不支給: 就業規則に「退職後に重大な不正が発覚した場合、退職金を返還させる」旨の規定があれば、返還を求めることができます。
- 損害賠償請求: 横領などで会社に実損害を与えた場合、民法に基づき損害賠償を請求できます。
- 許可のない「副業・兼業」は就業規則違反になる?
-
違反になり得ますが、一律に禁止・処分することは困難です。
会社が副業を禁止している場合、形式上はルール違反となります。
しかし、裁判例では「労働者が勤務時間外をどう過ごすかは自由」という考えが基本です。
処分が有効と認められるには、以下のいずれかに該当する必要があります。- 名誉・信用毀損: 反社会的な活動など、会社のイメージを著しく損なう副業を行った。
- 本業への支障: 深夜までの副業による過労で、本業に遅刻やミスが増えた。
- 機密情報の漏洩: 会社の営業秘密を副業先で使用した。
- 競業避止義務違反: ライバル会社で働く、あるいは自ら同業種を営み、会社の利益を害した。
- 違反行為に「時効」はあるのか?
-
法律による明確な期限(時効)はありませんが、「相当な期間内」に行わないと処分は無効になります。
懲戒処分に法律上の「何年以内」という直接的な規定はありません。
しかし、実務上は以下の点に注意が必要です。- 信義則の原則: 違反を知りながら数年も放置した後に処分を行うのは、権利の乱用とみなされ無効になるリスクが非常に高いです。
- 手続きの迅速性: 一般的には、事象が発覚してから数週間〜数ヶ月以内に適切な調査と弁明の機会を与え、処分を決定するのが通例です。
- 証拠の散逸: 時間が経ちすぎると証拠の確保が難しくなり、争いになった際に会社側が不利になるケースも多く見られます。
会社側が気をつけるべきリスクとは
最後に、会社が自らを守るために見落としがちなポイントを確認しましょう。
就業規則の「周知」をしていないと処分自体が無効になる
どれだけ立派な就業規則を作っても、金庫の中にしまい込んでいては意味がありません。
- 社内サーバーでいつでも閲覧できる
- 各部署に備え付けてある
このように、社員が知ろうと思えばいつでも知れる状態にしておかなければ、いざという時に「そんなルール知らなかった」と反論される原因になります。
実態と合っていない古い規則を放置するリスク
10年前に作った就業規則をそのままにしていませんか?
SNSに関する規定がなかったり、ハラスメントの定義が旧態依然としていたりすると、現代のトラブルに対応できません。
実態に合わない規則は、いざという時に会社を守る武器にはならないのです。
まとめ
就業規則違反への対応は、単に相手を罰することではなく、職場の秩序を守り、誠実に働く他の社員を守るためのプロセスです。
事実確認を丁寧に行い、就業規則に基づいた適正な手続きを踏むこと。
そして、感情的な判断を避け、処分の相当性を考慮すること。
この原則を守ることで、会社は法的リスクを最小限に抑えつつ、毅然とした対応をとることができます。
今の就業規則で対応できるか不安がある場合は、一度専門家に相談し、規定のメンテナンスを行うことをおすすめします。
- 適正な手順の徹底: 感情的な判断を避け、証拠収集と本人への「弁明の機会」を必ず設ける。
- 規則と相当性の遵守: 就業規則に基づき、違反の程度に見合った「重すぎない」処分を選ぶ。
- 実害ベースの判断: 副業や退職後の不正、損害賠償は「会社への具体的な実害」を基準に判断する。


