「個人事業主になったら、社会保険の手続きはどう変わるの?」「会社員として副業しているけど、今のままで大丈夫?」そんな疑問をお持ちではありませんか。特に事業を始めたばかりの時期は、お金の心配が尽きないものです。
この記事では、個人事業主が社会保険とどう向き合うべきか、特に多くの方が悩む「会社員との兼業」ケースに絞って解説します。社会保険労務士事務所altruloopが、あなたの不安を解消します。
【結論】個人事業主は原則、社会保険(健康保険・厚生年金)には加入しない
多くの方が「社会保険」と聞いてイメージするのは、会社員時代に加入していた健康保険や厚生年金保険かもしれません。結論から申し上げますと、個人事業主は、原則として会社員や公務員が加入するような形での社会保険(健康保険・厚生年金保険)には加入しません 。
しかし、これは「何も公的な保険に入らなくてよい」という意味ではありません。日本は国民皆保険・国民皆年金制度を採用しており、個人事業主にも健康保険制度や国民年金制度への加入義務があります。会社員とは異なる制度のもとで、これらの公的保険に加入することになります 。
つまり、「社会保険に加入しない」というのは、主に会社が手続きを行う健康保険組合や協会けんぽの健康保険、そして厚生年金保険といった、いわゆる「被用者保険」の対象にはならない、という意味合いが強いです。その代わりに、個人事業主は地域や業種に応じた別の公的保険制度に加入する必要があるのです。
個人事業主が加入するのは「国民健康保険」と「国民年金」
個人事業主やフリーランスの方が主に加入するのは、「国民健康保険」と「国民年金」の2つです。
まず、国民年金についてです。日本国内に住む20歳以上60歳未満のすべての人は、国民年金への加入が義務付けられています 。個人事業主のほか、農業者、学生、無職の方などが国民年金の第1号被保険者となります 。国民年金の保険料は、会社員の厚生年金保険料のように所得に応じて変動するのではなく、毎年度定められた一定額です。例えば、令和6年度の保険料は月額16,980円となっています 。将来受け取る年金額を少しでも増やしたい場合は、月額400円の付加保険料を納付する「付加年金」という制度も利用できます 。
次に、国民健康保険です。これも原則としてすべての国民に加入義務がある医療保険制度です 。会社員の場合は、勤務先の健康保険組合や協会けんぽに加入しますが、個人事業主は原則としてお住まいの市区町村が運営する国民健康保険に加入します 。ただし、開業している業種によっては、同業者が集まって設立した「国民健康保険組合」が存在する場合があり、そちらに加入することも可能です 。
もし、会社を退職して個人事業主になった場合、退職前の会社で2ヶ月以上継続して健康保険に加入していたなどの条件を満たせば、退職後2年間に限り、以前の会社の健康保険を任意で継続できる「任意継続被保険者制度」を利用することも選択肢の一つです 。
このように、個人事業主になると、会社員時代とは異なる種類の公的保険に自身で加入手続きを行い、保険料を納付していくことになります。この切り替えは、多くの場合、生活基盤の大きな変化点であり、確実に手続きを進めることが重要です。
会社員時代の「社会保険」との違いは?
会社員として加入していた社会保険(主に健康保険・厚生年金保険)と、個人事業主が加入する国民健康保険・国民年金では、いくつかの重要な違いがあります。これらの違いを理解しておくことは、資金計画や将来設計において非常に大切です。
項目 | 会社員(健康保険・厚生年金保険) | 個人事業主(国民健康保険・国民年金) |
---|---|---|
加入する主な保険 | 健康保険・厚生年金保険 | 国民健康保険・国民年金 |
保険料の負担 | 会社と折半(労使折半) | 全額自己負担 |
健康保険料の決定方法 | 標準報酬月額(給与等)に基づく | 前年の所得、資産、世帯人数等に基づく(市町村により異なる) |
年金保険料の決定方法 | 標準報酬月額(給与等)に基づく | 定額(令和6年度:月額16,980円) |
扶養の考え方(健康保険) | 被扶養者は追加保険料なし(一定の収入要件等を満たす場合) | 世帯単位で保険料を算定。被扶養者の所得や人数も保険料に影響 |
傷病手当金(業務外の病気・ケガ) | 原則あり(連続4日以上の休業等、条件あり) | 原則なし(一部組合国保や自治体で独自の制度がある場合も) |
将来の年金 | 国民年金(基礎年金)+厚生年金(報酬比例部分)の2階建て | 国民年金(基礎年金)のみの1階建て(任意で国民年金基金等に加入可) |
保険料の負担と計算方法の相違点 最も大きな違いの一つは、保険料の負担割合です。会社員の場合、健康保険料と厚生年金保険料は勤務先の会社と従業員本人で半分ずつ負担します(労使折半)。一方、個人事業主が支払う国民健康保険料と国民年金保険料は、全額自己負担となります 。
また、保険料の計算方法も異なります。会社員の健康保険料・厚生年金保険料は、毎月の給与や賞与を基に算出される「標準報酬月額」に応じて決まります 。これに対し、国民健康保険料は前年の所得や世帯の状況(加入人数など)によって市区町村ごとに計算され、国民年金保険料は所得にかかわらず一定額です 。このため、個人事業主になった場合、所得によっては国民健康保険料が予想以上に高額になるケースもあり、事前に概算を把握しておくことが賢明です。
扶養制度と給付内容の違い 扶養の考え方にも違いがあります。会社員の健康保険では、一定の収入基準などを満たす家族を被扶養者として追加しても、原則として被保険者本人の保険料は増えません。しかし、国民健康保険には「扶養」という概念が会社員の健康保険とは異なり、世帯単位で保険料が計算されるため、世帯の加入人数が増えれば保険料も増えるのが一般的です 。
給付内容についても注意が必要です。例えば、業務外の病気やケガで長期間仕事を休んだ場合に生活保障として支給される「傷病手当金」は、会社員の健康保険の代表的な給付の一つですが、市区町村の国民健康保険には原則としてこの制度がありません(一部の国民健康保険組合や自治体では独自の類似制度を設けている場合もあります)。個人事業主は、このような場合に備えて民間の所得補償保険などを検討する必要性が高まります。
将来受け取れる年金額にも差が出ます。会社員は国民年金(老齢基礎年金)に加えて厚生年金(報酬比例部分)が上乗せされる「2階建て」の構造になっているため、一般的に国民年金のみの個人事業主よりも手厚い年金を受け取れます 。この差を補うために、個人事業主は国民年金基金やiDeCo(個人型確定拠出年金)といった制度への任意加入を検討することが推奨されます。
これらの違いを理解することは、個人事業主としてのリスク管理や将来設計において不可欠です。特に、会社員から個人事業主へ転身する際には、これらの変化に備えた準備が求められます。
例外的に社会保険に加入できる/義務が発生する2つのケース
原則として個人事業主は会社員型の社会保険(健康保険・厚生年金)には加入しませんが、特定の条件下では加入できたり、加入義務が発生したりするケースがあります。主なケースは以下の2つです。
1. 従業員を雇用し、事業所が「適用事業所」となった場合
個人事業主であっても、従業員を雇用し、その事業所が法律上の「適用事業所」に該当すると、従業員を社会保険(健康保険・厚生年金)に加入させる義務が生じます。
- 強制適用事業所
-
法人の場合は、社長一人であっても強制的に適用事業所となります 。個人事業所の場合、常時5人以上の従業員を使用していると、一部の業種(農林漁業、飲食店、理美容業などのサービス業 )を除き、強制適用事業所となります 。 重要な点として、令和4年10月からは、これまで適用除外とされていた弁護士、税理士、社会保険労務士などの「士業」の個人事業所も、常時5人以上の従業員を雇用している場合は強制適用事業所となりました 。この法改正により、該当する士業の先生方は新たに従業員の社会保険加入手続きが必要になっています。
- 意適用事業所
-
強制適用の条件を満たさない個人事業所(例:従業員が5人未満、または強制適用除外業種で従業員5人以上)でも、従業員の半数以上が同意し、事業主が申請して厚生労働大臣の認可を受ければ、任意で適用事業所となることができます 。 ただし、ここで非常に重要な注意点があります。個人事業主が任意適用事業所となった場合でも、事業主本人(代表者)はその社会保険(健康保険・厚生年金)に加入することはできません 。この制度はあくまで従業員のためのものであり、事業主自身が厚生年金などに加入したい場合は、後述する「法人化」を検討する必要があります。この点を誤解されているケースが散見されるため、注意が必要です。
2. 法人化(法人成り)した場合
個人事業主が事業を法人化し、株式会社や合同会社などを設立した場合、その法人は社長1人であっても、役員報酬を得ていれば社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が法律で義務付けられます 。これは、法人の代表者も「法人に使用される者」とみなされるためです 。
法人化することで、個人事業主のままでは加入できなかった厚生年金に、事業主自身も役員として加入できるようになります。これは、将来の年金受給額を増やしたいと考える事業主にとって大きなメリットの一つと言えるでしょう。
これらの例外ケースを理解しておくことは、事業の成長段階や将来の事業形態を考える上で非常に重要です。特に従業員を雇用する際や法人化を検討する際には、社会保険の手続きが伴うことを念頭に置く必要があります。
【副業・兼業】会社員をしながら個人事業主になった場合の社会保険
会社員として給与所得を得ながら、副業として個人事業を始める方は近年増加傾向にあります。このような働き方をする場合、「本業の会社の社会保険はどうなるのか?」「副業の収入で保険料が上がってしまうのではないか?」といった不安を抱えるのは当然のことです。このセクションでは、会社員と個人事業主を兼業する場合の社会保険の取り扱いについて、特に皆さんが気になるポイントを詳しく解説します。
原則:会社の社会保険が優先される
会社員として勤務し、その会社で社会保険(健康保険・厚生年金)の加入要件(正社員である、またはパートタイムでも週の所定労働時間および月の所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上など)を満たしている場合、あなたは既にその会社の社会保険に加入しています。
副業として個人事業を始めたからといって、直ちに本業の会社の社会保険が変更されたり、資格を喪失したりすることはありません 。基本的には、引き続き本業の会社で社会保険に加入し、給与から保険料が天引きされる形となります。
個人事業主としての活動については、別途、国民健康保険と国民年金への加入義務が生じるのが原則です。ただし、本業の会社で健康保険・厚生年金に加入している場合、その厚生年金加入をもって国民年金の第2号被保険者となるため、個人事業主として別途国民年金保険料を支払う必要は通常ありません。国民健康保険については、原則として個人事業主として加入手続きが必要となりますが、自治体や状況によって取り扱いが異なる場合もあるため確認が必要です。
重要なのは、会社員としての社会保険と、個人事業主としての国民健康保険・国民年金の取り扱いは、原則として別々に考えられるという点です。
注意点:個人事業の売上で社会保険料は変わらない
多くの方が心配されるのが、「副業の個人事業で収入が増えたら、本業の会社で天引きされる社会保険料も上がってしまうのではないか?」という点です。
結論から申し上げますと、本業の会社で天引きされる健康保険料・厚生年金保険料は、個人事業の売上や所得によって変動することはありません 。これらの保険料は、あくまで本業の会社から支払われる給与(標準報酬月額)に基づいて計算されます 。したがって、個人事業でどれだけ収入を得ても、それが直接的に本業の社会保険料に影響を与えることはないのです。
ただし、ここで一つ注意しておきたいのが住民税の扱いです。住民税は、前年の全ての所得(会社からの給与所得+個人事業の事業所得など)を合算して計算されます。通常、会社員の場合、住民税は給与から天引き(特別徴収)されます。もし副業の所得が増え、その分の住民税も特別徴収されると、本業の会社に通知される住民税額が通常よりも高くなり、会社に副業の存在を知られる可能性があります。
この「副業バレ」を避けたい場合、確定申告の際に、個人事業の所得にかかる住民税の徴収方法を「自分で納付(普通徴収)」に選択することで対策できます 。確定申告書の第二表「住民税・事業税に関する事項」の中の「給与・公的年金等以外の所得に係る住民税の徴収方法」の欄で「自分で納付」に丸をつけることで、個人事業分の住民税の納付書が自宅に送られてくるようになり、本業の会社にはその分の税額が通知されにくくなります 。これは、副業をしていることを会社に知られたくない方にとって非常に重要な手続きです。
なお、副業が別の会社でのアルバイトやパートで、そこでも社会保険の加入要件を満たす場合は、「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を年金事務所に提出し、両方の給与を合算した標準報酬月額で保険料が決定されることになります 。この場合は、本業の会社にもう一方の勤務先の存在が伝わる可能性がありますので、状況に応じた適切な対応が必要です。今回は個人事業主としての副業に焦点を当てています。
会社の社会保険を抜け、個人事業主として国保に切り替えるケースとは?
会社員をしながら個人事業主として活動している方が、本業の会社の社会保険から抜け、個人事業主として国民健康保険(国保)や国民年金に切り替える主なケースは、本業の会社を退職し、個人事業に専念する場合です。
会社を退職すると、その翌日から会社の健康保険・厚生年金の被保険者資格を喪失します。そのため、退職日の翌日から原則14日以内に、お住まいの市区町村の役所で国民健康保険と国民年金の加入手続きを行う必要があります 。この手続きを怠ると、医療費が全額自己負担になったり、将来の年金受給資格に影響が出たりする可能性があるため、速やかに行うことが重要です。
もう一つ考えられるケースとしては、本業の会社での勤務時間や日数が大幅に短縮され、社会保険の加入要件(例:正社員の4分の3未満の勤務時間・日数になるなど)を満たさなくなった場合です。この場合も、会社の社会保険の資格を喪失し、国民健康保険・国民年金への切り替えが必要となります。
いずれのケースも、社会保険の切り替えは生活に直結する重要な手続きです。ご自身の状況に合わせて、適切なタイミングで手続きを行いましょう。
【従業員を雇用した場合】社会保険への加入義務が発生する条件
個人事業主として事業が軌道に乗り、従業員を雇用する段階になると、社会保険に関する新たな責任が生じます。ご自身の保険だけでなく、従業員の社会保険についても適切に対応する必要があるのです。ここでは、個人事業主が従業員を雇用した場合に、どのような条件で社会保険への加入義務が発生するのかを解説します。
加入義務が発生する事業所とは?(常時5人以上の従業員)
個人事業主の事業所が社会保険(健康保険・厚生年金)の加入義務を負うかどうかは、まずその事業所が「適用事業所」に該当するかどうかで判断されます。
強制適用事業所
法律により社会保険への加入が強制される事業所のことです。個人事業所の場合、以下の条件に該当すると強制適用事業所となります。
- 常時5人以上の従業員を使用している場合
-
「常時5人以上」とは、日々変動する人数ではなく、常態として5人以上の従業員(パート・アルバイト等を含む、後述する加入条件を満たす者)を使用している状態を指します 。
- 対象業種
-
製造業、建設業、運送業、物品販売業、金融保険業など、多くの業種が対象となります。 ただし、農林漁業、飲食店、旅館、理容・美容業などの一部サービス業は、個人事業所の場合、常時5人以上の従業員がいても強制適用の対象外とされています 。これらの業種で従業員を社会保険に加入させたい場合は、後述する「任意適用」の手続きが必要になります。
- 士業の取り扱いの変更
-
重要な変更点として、令和4年10月1日から、弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士などの「士業」を営む個人事業所も、常時5人以上の従業員を雇用している場合は、強制適用事業所となりました 。以前はこれらの士業も適用除外業種に含まれていましたが、法改正により取り扱いが変わったため、該当する事業主の方は注意が必要です。
任意適用事業所
強制適用の条件に当てはまらない個人事業所(例:従業員が5人未満、または強制適用除外業種で従業員が5人以上いる場合など)でも、従業員の福利厚生向上のために社会保険に加入したいと考える事業主もいるでしょう。このような場合、以下の手続きを踏むことで、任意で適用事業所となることができます 。
- 事業所で働く従業員の半数以上の同意を得る。
- 事業主が必要書類を揃えて、管轄の年金事務所に申請する。
- 厚生労働大臣の認可を受ける。
認可されると、その事業所は適用事業所となり、加入条件を満たす従業員は全員社会保険に加入することになります。 ただし、繰り返しになりますが、個人事業主が任意適用事業所となった場合でも、事業主本人(代表者)はその社会保険(健康保険・厚生年金)に加入することはできません 。これは、あくまで従業員のための制度であるためです。事業主自身が厚生年金などに加入したい場合は、法人化を検討する必要があります。
パート・アルバイトの加入条件は?
事業所が適用事業所となった場合でも、雇用しているパートタイマーやアルバイトの方が全員社会保険に加入するわけではありません。加入対象となるかどうかは、その方の働き方によって決まります。主な加入条件は以下の通りです。
1. 「4分の3基準」(原則)
まず基本となるのが、いわゆる「4分の3基準」です。パートタイマーやアルバイトの方であっても、1週間の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している通常の労働者(正社員など)の4分の3以上である場合は、原則として社会保険の被保険者となります 。この基準は、事業所の従業員規模にかかわらず適用されます。
2. 短時間労働者への適用拡大(従業員規模による特例)
近年、社会保険の適用範囲は短時間労働者にも拡大されています。特に、一定規模以上の事業所で働くパート・アルバイトの方は、上記の4分の3基準を満たさなくても、以下の全ての条件を満たす場合に社会保険の加入対象となります 。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 月額賃金が88,000円以上であること(※時間外手当、休日手当、深夜手当、通勤手当、賞与などは含みません)
- 雇用期間が2ヶ月を超えて見込まれること(※以前は1年以上でしたが、短縮されました)
- 学生でないこと(※夜間学生や通信制の学生、休学中の学生は加入対象となる場合があります)
この適用拡大の対象となる事業所の従業員規模は段階的に引き下げられており、令和6年(2024年)10月からは、厚生年金保険の被保険者数が51人以上の事業所で働く方が対象となります 。
個人事業主の方も、事業が拡大し従業員数が増えてくると、これらの適用拡大のルールを正確に把握し、対象となるパート・アルバイトの方を適切に社会保険に加入させる必要があります。
パート・アルバイトの社会保険加入条件(従業員規模別:令和6年10月~)
加入基準 | 従業員数50人以下の事業所 | 従業員数51人以上の事業所 |
---|---|---|
基本(4分の3基準) | ||
週の所定労働時間 | 正社員の4分の3以上 | 正社員の4分の3以上 |
月の所定労働日数 | 正社員の4分の3以上 | 正社員の4分の3以上 |
適用拡大(4分の3基準未達の場合) | (原則として適用なし。ただし労使合意による任意適用拡大の途はあり) | 以下の全てを満たす場合に対象 |
週の所定労働時間 | 20時間以上 | |
月額賃金(所定内) | 88,000円以上 | |
雇用期間の見込み | 2ヶ月超 | |
学生でないこと | 該当(昼間学生は原則対象外) |
※従業員数は、厚生年金保険の被保険者数でカウントします。
これらの条件は複雑であり、個別のケースで判断に迷うことも少なくありません。従業員の働き方が多様化する中で、正確な勤怠管理と社会保険の知識が事業主には求められます。
手続きをしないとどうなる?
もし、社会保険の加入義務があるにもかかわらず、事業所としての届出や、対象となる従業員の加入手続きを怠った場合、様々な不利益やペナルティが発生する可能性があります。
具体的には、後から過去に遡って保険料を徴収されたり、延滞金が課されたりすることがあります 。また、従業員の将来の年金受給額が減ってしまうなど、従業員にも直接的な不利益が生じます。これらのリスクについては、次のセクションで詳しく解説します。
手続きの遅れや漏れは、後々大きな問題に発展しかねないため、加入義務が発生した場合には速やかに、かつ正確に対応することが極めて重要です。
知らないと怖い、社会保険に加入しない3つのリスク
社会保険への加入は、法律で定められた事業主の義務です。この義務を怠った場合、単に「知らなかった」では済まされない、深刻なリスクが伴います。ここでは、社会保険に加入しなかった場合に事業主が直面する可能性のある主な3つのリスクについて、具体的な事例も交えながら解説します。これらのリスクを理解することは、適切な労務管理と事業の安定的な継続のために不可欠です。
リスク1:最大2年分の保険料を遡って徴収される
社会保険の加入義務があるにもかかわらず手続きをしていなかったことが発覚した場合、最も直接的で大きな金銭的負担となるのが、過去の保険料の遡及徴収です。
年金事務所などの調査により未加入が指摘されると、最大で過去2年分の社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)を一括で納付するよう求められることがあります 。この2年という期間は、保険料の徴収権の時効(健康保険法第193条、厚生年金保険法第85条などで規定)に基づいています 。
遡及徴収される保険料には、事業主負担分だけでなく、従業員負担分も含まれます。事業主は、まずこの全額を立て替えて支払い、その後、従業員から従業員負担分を徴収しなければなりません。しかし、既に退職してしまった従業員から過去の保険料を回収するのは非常に困難な場合が多く、結果として事業主が全額を負担せざるを得ないケースも少なくありません 。
さらに、納付が遅れた期間に応じて延滞金が加算されることもあります 。数年分の保険料と延滞金が一気に請求されると、その金額は数百万円に上ることもあり、特に中小企業や個人事業主にとっては、事業の存続を揺るがしかねないほどの大きな負担となります。
【社労士が遭遇した事例】 ある個人事業主の方は、従業員が常時5人以上いるにもかかわらず、社会保険の適用事業所としての届出を失念していました。ある日、年金事務所から「厚生年金保険・健康保険の加入状況について」という調査通知が届き、調査の結果、過去2年分の社会保険料として約300万円の納付指導を受けました。事業主は慌てて資金繰りに奔走することになり、事業計画にも大きな影響が出たとのことです。このような事態は、決して他人事ではありません 。
リスク2:将来もらえる年金額が減る
社会保険の未加入は、事業主の金銭的リスクだけでなく、従業員の将来の生活設計にも深刻な影響を及ぼします。
本来、厚生年金保険に加入していれば、国民年金(老齢基礎年金)に加えて、現役時代の報酬に比例した厚生年金(老齢厚生年金)が上乗せされて支給されます。しかし、未加入だった期間については厚生年金の加入記録がないため、その分、将来受け取れる年金額が大幅に減少してしまいます 。
具体的にどの程度の差が出るのでしょうか。厚生労働省の統計によると、令和4年度末における国民年金(老齢基礎年金)のみの受給者の平均年金月額は約5万6千円です 。一方、厚生年金保険(国民年金分を含む)の受給者の平均年金月額は約14万5千円となっています 。単純計算でも、月額約9万円、年間で100万円以上の差が生じる可能性があるのです。令和6年度の老齢基礎年金(満額)は月額約6万8千円(昭和31年4月2日以後生まれの方)であり 、これと比較しても厚生年金の上乗せ効果は明らかです。
この差は、老後の生活水準に直結します。また、万が一の際の障害厚生年金や遺族厚生年金の受給資格や金額にも影響が出る可能性があります。従業員にとっては、本来得られるはずだった権利が侵害されることになり、これは後々大きな問題に発展する可能性があります。
リスク3:従業員からの信頼を失い、トラブルに発展する
社会保険の未加入が発覚した場合、金銭的なペナルティや年金額の減少だけでなく、従業員との信頼関係が大きく損なわれるという、目に見えないけれど深刻なリスクがあります。
従業員は、事業主が法律で定められた義務を果たさず、自分たちの福利厚生や将来の生活保障を軽視していたと感じるでしょう。これは、従業員のモチベーション低下や不信感の増大につながり、以下のような事態を引き起こす可能性があります。
- 従業員の離職:安心して働ける環境ではないと感じ、優秀な人材が流出してしまう。
- 採用難:社会保険未加入の事実が外部に知れ渡れば、企業の評判が下がり、新たな人材の確保が困難になる(ハローワークへの求人掲載が停止される場合もあります )。
- 労働紛争:未加入期間の保険料負担や、傷病手当金が受給できなかったことによる損害、年金額の減少分などについて、従業員から損害賠償を請求されるなど、法的なトラブルに発展するケースも考えられます。
【社労士が遭遇した事例】
ある小規模な飲食店では、パート従業員を社会保険に加入させていませんでした。そのうちの一人が病気で長期休養を余儀なくされた際、本来であれば傷病手当金を受給できるはずでしたが、未加入だったために受給できず、生活に困窮してしまいました。これがきっかけで社会保険の未加入問題が他の従業員にも知れ渡り、事業主に対する不信感が一気に広がり、結果として複数の従業員が退職してしまったという事例があります。
従業員からの信頼は、事業運営の基盤です。一度失った信頼を回復するのは容易ではありません。社会保険への適切な加入は、法令遵守はもちろんのこと、従業員が安心して働ける環境を提供し、良好な労使関係を築く上でも極めて重要です。
個人事業主の社会保険に関するよくある質問
個人事業主の社会保険については、個別の状況によって様々な疑問が生じやすいものです。ここでは、特によく寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q. 家族を青色事業専従者にした場合、社会保険の扶養に入れますか?
はい、原則として、青色事業専従者であるご家族も、年間の収入が130万円未満であるなど、健康保険の被扶養者としての認定基準を満たせば、事業主の方(または他のご家族で社会保険に加入している方)の社会保険の扶養に入ることができます 。
ここで重要なのは「年間収入130万円未満」の考え方です。個人事業主や青色事業専従者の場合、この収入は、一般的に売上(収入金額)から事業に必要な直接的経費を差し引いた後の所得金額で判断されます 。これは、給与所得者の給与収入(額面)で判断されるのとは異なります。
ただし、いくつか注意点があります。 まず、加入している健康保険組合によっては、独自の扶養認定基準を設けている場合がありますので、必ずご自身が加入している健康保険組合または協会けんぽに確認することが最も確実です 。 また、働き方の実態(労働時間、業務内容、責任の度合いなど)が、単なる家事手伝いの範囲を超え、独立して生計を立てられる程度と判断されると、収入額が基準内であっても扶養から外れる可能性も稀にあります。 さらに、税金の話になりますが、家族に青色事業専従者給与を支払うと、事業主は配偶者控除や扶養控除といった所得控除(税法上の控除)を受けられなくなる点も考慮に入れておく必要があります 。
Q. 法人化(法人成り)すれば、必ず社会保険に加入できますか?
はい、その通りです。個人事業を法人化し、株式会社や合同会社などを設立した場合、その法人は社長1人だけの会社であっても、社長が役員報酬を得ている限り、健康保険・厚生年金保険への加入が法律で義務付けられます 。
これは、健康保険法第3条や厚生年金保険法第9条などの規定により、法人の代表者も「法人という組織に使用される者(被用者)」とみなされるためです 。 個人事業主のままでは加入できなかった厚生年金にも、法人化してご自身に役員報酬を設定することで、社長自身が加入できるようになります。これは、将来の年金受給額を手厚くしたいと考える事業主にとって、法人化の大きなメリットの一つと言えるでしょう。
法人成りやそれに伴う社会保険手続きについては、当事務所のこちらの記事「法人設立(法人成り)時の社会保険・労働保険手続き完全ガイド」もご参照ください 。

Q. 個人事業主が任意で厚生年金に加入する方法はありますか?
残念ながら、個人事業主本人が、個人事業主という立場のまま任意で厚生年金に加入する制度は、現在のところありません 。厚生年金保険は、基本的に会社などに雇用されている被用者のための年金制度だからです。
しかし、個人事業主の方が将来の年金額を増やすために活用できる制度はあります。主なものとして以下の2つが挙げられます。
- 国民年金基金: 国民年金(老齢基礎年金)に上乗せして加入できる公的な年金制度です。会社員の厚生年金のような2階建て部分を、自営業者等にも提供することを目的としています。掛金は全額が社会保険料控除の対象となり、節税効果もあります 。国民年金基金に関する詳細はこちらの記事もご参照ください。
- iDeCo(個人型確定拠出年金): ご自身で掛金を拠出し、用意された運用商品(定期預金、保険、投資信託など)を選んで運用し、将来の年金資産を形成する私的年金制度です。掛金は全額が所得控除(小規模企業共済等掛金控除)の対象となり、運用によって得られた利益も非課税で再投資されるなど、税制上の優遇措置が大きいのが特徴です 。iDeCoに関する詳細はこちらの記事もご参照ください。
国民年金基金とiDeCoは併用することも可能ですが、拠出できる掛金の合計額には上限が定められています(多くの場合、合計で月額68,000円が上限となります )。ご自身のライフプランやリスク許容度に合わせて、これらの制度の活用を検討するとよいでしょう。
Q. 社会保険の手続きは自分でもできますか?
はい、国民健康保険・国民年金への加入手続きや、従業員を雇用した場合の適用事業所に関する手続きなど、社会保険に関する各種手続きをご自身で行うことは可能です。
しかし、社会保険の手続きは種類が多く、それぞれに必要な書類の準備や正確な記入、届出先の確認、厳しい提出期限の管理などが伴い、非常に煩雑です。特に、初めて手続きを行う場合や、従業員の入退社が頻繁にある場合、法改正があった場合などには、多くの時間と手間を要することが予想されます。
また、手続きの誤りや届出漏れがあった場合、前述したように、後から過去の保険料の追徴や延滞金の発生、従業員とのトラブルといったペナルティにつながるリスクも無視できません。
本業に集中し、かつ正確でスムーズな手続きを確実に行うためには、社会保険労務士のような専門家にご相談いただくことを強くお勧めします。専門家であれば、最新の法改正にも常に対応しており、個々の事業所の状況に応じた最適なアドバイスや手続き代行が可能です。結果として、時間的コストやリスクを大幅に削減できるでしょう。
Q. 副業が会社にバレないように社会保険の手続きをする方法はありますか?
会社員の方が個人事業主として副業を始めた場合、その副業が本業の会社に知られてしまうのではないかと心配される方は少なくありません。
まずご理解いただきたいのは、個人事業主としての副業収入によって、本業の会社で天引きされる社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)が直接的に増えることはないという点です。本業の社会保険料は、あくまで本業の会社から支払われる給与(標準報酬月額)に基づいて計算されるためです 。したがって、社会保険の手続き自体が原因で、個人事業主としての副業が本業の会社に直接的に知られるリスクは低いと言えます。
ただし、注意が必要なのは住民税です。住民税は、前年のすべての所得(本業の給与所得+副業の事業所得など)を合算して計算されます。通常、会社員の場合、住民税は給与から天引き(特別徴収)されます。もし副業による所得が増加し、その分の住民税も特別徴収の対象となると、本業の会社に通知される住民税額が通常よりも高くなるため、会社側が「他に所得があるのではないか?」と気づく可能性があります。
この住民税の通知を介した副業バレを防ぐための対策として、確定申告の際に、副業の所得(事業所得や雑所得など)にかかる住民税の徴収方法として「自分で納付(普通徴収)」を選択するという方法があります 。 具体的には、確定申告書第二表の「住民税・事業税に関する事項」という欄にある「給与、公的年金等以外の所得に係る住民税の徴収方法の選択」で、「自分で納付」にチェックを入れます 。これにより、副業分の住民税の納付書がご自宅に直接送付され、ご自身で金融機関などで納付することになるため、本業の会社には副業分の住民税額が通知されにくくなります。
ただし、自治体によっては運用が異なる場合もあるため、確実を期すためにはお住まいの市区町村役場に確認することをお勧めします。また、会社の就業規則で副業が禁止されている場合は、この方法をとったとしても、他の経路から副業が発覚する可能性はゼロではありませんので、その点はご留意ください。
まとめ
個人事業主の社会保険は、一人で事業を行うか(国民健康保険・国民年金が基本)、従業員を雇用するか(厚生年金・健康保険の適用事業所となる可能性)、そして会社員との兼業か(本業の社会保険が優先され、副業収入は本業の保険料に直接影響しない)によって、その取り扱いや手続きが大きく異なります。
特に従業員を雇用した場合には、法律で定められた義務として、社会保険への加入手続きが必須となるケースがあり、パート・アルバイトの方であっても一定の条件を満たせば加入対象となります。
手続きの漏れや誤りは、後から最大2年分の保険料の遡及徴収や延滞金、将来の年金額の減少、従業員との信頼関係の失墜といった、事業運営において看過できない大きなリスクにつながる可能性があります。
ご自身の状況で社会保険にどう対応すべきか判断に迷う場合や、手続きが煩雑で本業に手が回らないといった場合は、ぜひ専門家である社会保険労務士にご相談ください。 社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。