会社設立期の役員報酬設定は、会社のキャッシュフローを大きく左右する重要な経営判断です。特に社会保険料は、一度決めると簡単には変更できない重い固定費。知識がないまま決めてしまうと、気づかぬうちに年間数十万円単位で損をしているケースも少なくありません。
この記事では、多くの経営者が悩む「役員報酬と社会保険料」の最適なバランスについて、社労士事務所altruloopが設立初期の社長に特化して徹底解説します。
結論:役員報酬の最適解は「社会保険料の等級」を意識すること
役員報酬をいくらに設定するかは、社長にとって悩ましい問題です。しかし、社会保険料の仕組みを理解し、その「等級」を意識することで、手取り額を大きく変えることなく、会社と社長個人の社会保険料負担を最適化できる可能性があります。
そもそも社長一人でも社会保険は強制加入?
会社を設立すると、たとえ社長一人だけの会社であっても、原則として社会保険(健康保険・厚生年金保険)の強制適用事業所となります 。これは、社長自身も法人から役員報酬という形で給与を受け取る「法人に使用される者」とみなされるためです 。
ただし、役員報酬がゼロであれば、社会保険に加入することはできません。その場合は、社長個人で国民健康保険と国民年金に加入することになります 。
重要なのは、社会保険への加入義務が生じているにもかかわらず手続きを怠ると、年金事務所から加入指導があり、最悪の場合、過去2年分まで遡って保険料を一括で請求されるリスクがあるという点です 。設立後、または役員報酬の支払いを開始したら、速やかに「健康保険・厚生年金保険新規適用届」および「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を提出する必要があります。法人設立後5日以内が原則的な手続き期限とされています 。
なお、従業員を雇用していない一人社長の場合、労働保険(労災保険・雇用保険)の加入義務は原則としてありません。ただし、労災保険については、特別加入制度を利用することで社長も加入できる場合があります 。
保険料は給与額そのものではなく「標準報酬月額」で決まる
毎月の社会保険料は、実際に支給される役員報酬の金額そのものではなく、「標準報酬月額」という基準に基づいて計算されます。標準報酬月額とは、役員報酬の月額を一定の範囲ごとに区切った等級(健康保険は1等級から50等級、厚生年金保険は1等級から32等級)に当てはめて決定される金額のことです 。
この「報酬月額」には、基本給だけでなく、役職手当、通勤手当、住宅手当なども含まれます 。また、注意点として、年4回以上支給される賞与も、この標準報酬月額の算定基礎となる報酬に含まれるとされています 。
つまり、報酬額が数千円違うだけで、適用される標準報酬月額の等級が変わり、結果として社会保険料が大きく変動することがあります。この仕組みを理解することが、社会保険料を最適化する第一歩となります。標準報酬月額は、将来受け取る傷病手当金や出産手当金の計算基礎にもなるため、重要な指標です 。
【要注意】設立期にやりがちな報酬設定の失敗パターン
設立初期の経営者が陥りやすい役員報酬設定の失敗には、いくつかの共通パターンがあります。これらを事前に知っておくことで、無駄な支出を避け、より健全な会社経営を目指すことができます。
社会保険料負担を考慮せず高額な報酬を設定してしまう
会社の成長への期待や、個人の生活水準維持のために、当初から高めの役員報酬を設定するケースです。しかし、これに伴う社会保険料(会社負担分と個人負担分の合計)の大きさを具体的に把握していないと、予想以上のキャッシュアウトに繋がり、設立初期の不安定な資金繰りを圧迫する原因となります。
「標準報酬月額の等級の切れ目」を意識しない報酬設定
あと数千円報酬を低く設定していれば社会保険料の等級が一段階下がり、保険料負担を抑えられたにもかかわらず、その「切れ目」をわずかに超える報酬額を設定してしまうパターンです。これにより、手取り額に大きな差がないのに、会社と個人の保険料負担だけが増えてしまいます。
役員報酬の変更ルールを理解していない
役員報酬(特に毎月定額で支払われる定期同額給与)は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内でないと変更できません 。業績が好調だからといって期中に安易に増額すると、その増額分が税務上の損金として認められず、結果的に法人税負担が増える可能性があります。
賞与の社会保険料における取り扱いを誤解している
役員賞与の支払い方によっては、社会保険料の負担を軽減できる場合があります。しかし、全ての賞与が同じように扱われるわけではありません。特に「事前確定届出給与」としての賞与の活用方法を知らないと、節約の機会を逃すことになります。年4回以上支給される賞与は標準報酬月額の対象となる点も注意が必要です 。
これらの失敗パターンは、社会保険の仕組みや税務ルールに関する知識不足から生じることがほとんどです。設立初期だからこそ、専門家のアドバイスも活用しながら慎重な意思決定が求められます。
会社のキャッシュを最大化する役員報酬設定の3つの着眼点
設立初期の会社にとって、手元キャッシュの最大化は経営の安定に直結します。役員報酬の設定において、以下の3つの着眼点を持つことで、社会保険料の負担を最適化し、会社のキャッシュフロー改善に繋げることが可能です。
着眼点①:「等級の切れ目」を狙って月額報酬を決定する
社会保険料は、実際の報酬額ではなく「標準報酬月額」の等級によって決まるため、この等級の「切れ目」を意識することが重要です。報酬月額がわずかに等級の境界を超えるだけで、社会保険料が一段階上がってしまうことがあります。
例えば、協会けんぽ東京支部、令和6年度、40歳未満(介護保険料なし)の場合で見てみましょう。 報酬月額が28万9千円の場合、標準報酬月額は28万円(20等級)となります。一方、報酬月額が29万1千円の場合、標準報酬月額は30万円(21等級)に上がります。 このわずか2千円の報酬差で、社会保険料の会社負担分と本人負担分がそれぞれ月額で数千円、年間では数万円単位で変わってくるのです。
以下の表は、報酬月額の具体例と、それに対応する標準報酬月額、および社会保険料(協会けんぽ・東京支部・令和6年度・40歳未満の場合)を示したものです。
報酬月額の範囲 | 標準報酬月額 | 健康保険料(本人負担) | 健康保険料(会社負担) | 厚生年金保険料(本人負担) | 厚生年金保険料(会社負担) | 合計本人負担(月額) | 合計会社負担(月額) | 合計会社負担(年額) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
¥270,000~¥289,999 | ¥280,000 | ¥13,972 | ¥13,972 | ¥25,620 | ¥25,620 | ¥39,592 | ¥39,592 | ¥475,104 |
¥290,000~¥309,999 | ¥300,000 | ¥14,970 | ¥14,970 | ¥27,450 | ¥27,450 | ¥42,420 | ¥42,420 | ¥509,040 |
¥485,000~¥514,999 | ¥500,000 | ¥24,950 | ¥24,950 | ¥45,750 | ¥45,750 | ¥70,700 | ¥70,700 | ¥848,400 |
¥515,000~¥544,999 | ¥530,000 | ¥26,447 | ¥26,447 | ¥48,495 | ¥48,495 | ¥74,942 | ¥74,942 | ¥899,304 |
出典:全国健康保険協会 令和6年度保険料額表(東京都)等に基づき作成(40歳未満・介護保険第2号被保険者に該当しない場合)
この表からわかるように、例えば報酬月額を28万9千円にするか、29万1千円にするかで、会社の年間社会保険料負担額には¥33,936(¥509,040 – ¥475,104)もの差が生じます。同様に、報酬月額を51万4千円にするか、51万6千円にするかでも、会社負担は年間で¥50,904(¥899,304 – ¥848,400)の差が出ます。
このように、報酬月額を決定する際には、社会保険料の等級の切れ目を意識し、可能であれば等級が上がらない範囲で報酬額を設定することで、会社と個人の双方にとってメリットが生まれます。保険料額表は都道府県や年度によって異なりますので、必ず最新の情報を確認してください。
着眼点②:毎月の報酬を抑え「役員賞与」を戦略的に活用する
毎月の役員報酬を低めに設定し、その分を役員賞与として支給する方法も、社会保険料の負担を軽減する有効な手段の一つです。この戦略の鍵となるのが「事前確定届出給与」制度と、賞与にかかる社会保険料の上限設定です。
事前確定届出給与とは、役員に対して「所定の時期に確定額を支給する」旨を事前に税務署に届け出て、その通りに支給する給与(賞与)のことです。この手続きを正しく行うことで、役員賞与を法人税法上の損金として算入できます 。
社会保険料の観点から重要なのは、賞与にかかる保険料の計算方法です。賞与にも社会保険料がかかりますが、その算定基礎となる「標準賞与額」には上限が設けられています 。
- 健康保険料:年度の累計標準賞与額の上限 573万円
- 厚生年金保険料:1回の支給(支給月ごと)の標準賞与額の上限 150万円
特に厚生年金保険料の上限150万円がポイントです。例えば、年間の役員報酬総額が高額な場合、毎月の報酬を低く抑え、大きな金額を年1回または2回の賞与として支給すると、賞与にかかる厚生年金保険料は、実際の賞与額が150万円を超えていても、150万円を上限として計算されます。これにより、年間の社会保険料総額を大幅に削減できる可能性があります。
事前確定届出給与の手続き
この制度を活用するには、厳格な手続きが必要です。
- 株主総会での決議:支給する役員賞与の金額、支給日などを株主総会で決議します。一人社長の会社であっても、この議事録の作成・保管は必須です 。
- 株主総会議事録(例:一人会社の場合)
- 開催日時:令和〇年〇月〇日 午前〇時〇分
- 開催場所:当社本店会議室
- 株主の総数:1名
- 発行済株式総数:〇〇株
- 議決権を行使できる株主の総数:1名
- その議決権の総数:〇〇個
- 出席株主数(本人出席):1名
- その議決権の数:〇〇個
- 出席取締役:代表取締役 〇〇 〇〇(議長兼議事録作成者)
- (中略)
- 第〇号議案 役員賞与支給の件
- 議長より、下記の役員に対し、下記の通り賞与を支給したい旨を述べ、その理由を説明し、議場にその承認を求めたところ、満場一致をもってこれを承認可決した。
- 記
- 対象役員:代表取締役 〇〇 〇〇
- 支給額 :金〇〇〇万円
- 支給日 :令和〇年〇月〇日
- (以下略)
- 株主総会議事録(例:一人会社の場合)
- 税務署への届出:「事前確定届出給与に関する届出書」を作成し、所轄の税務署長に提出します 。
- 届出書の主な記載事項:
- 納税地、法人名、代表者氏名
- 事業年度
- 事前確定届出給与に係る株主総会等の決議をした日及びその決議をした機関等
- 対象役員の氏名、役職名
- 職務執行期間
- 支給時期(具体的な日付)、支給金額(1円単位)
- 届出書の主な記載事項:
- 届出期限(厳守):
- 原則:株主総会等で決議した日から1ヶ月を経過する日、または会計期間開始の日から4ヶ月を経過する日のうち、いずれか早い日。
- 新設法人の場合:設立の日以後2ヶ月を経過する日。設立1年目の社長にとっては、この期限が特に重要です。
- 届出通りの支給:届け出た支給日、支給金額を1円単位で厳格に守る必要があります。1日でもずれたり、1円でも金額が異なったりすると、原則としてその賞与の全額が損金不算入となるリスクがあります 。
この方法は大きな節税効果と社会保険料削減効果が期待できますが、手続きが複雑で厳格なため、実行には細心の注意が必要です。専門家である社労士や税理士に相談しながら進めることを強く推奨します。
着眼点③:「非常勤」や「報酬ゼロ」の役員の正しい扱い
役員構成や報酬の支払い方によっては、社会保険の加入対象とならないケースもあります。特に設立初期には、これらの選択肢を正しく理解しておくことが重要です。
役員報酬ゼロの場合
前述の通り、社長が役員報酬を全く受け取らない「報酬ゼロ」の場合は、会社の社会保険(健康保険・厚生年金保険)には加入できません 。この場合、社長は個人として国民健康保険と国民年金に加入することになります。これは、事業が軌道に乗るまでのごく初期段階で、会社からの資金流出を最小限に抑えたい場合に取られることがあります。ただし、報酬の支払いが開始されれば、社会保険の加入手続きが必要になります。
非常勤役員と社会保険
「非常勤役員」という肩書きだけで社会保険の加入義務が免除されるわけではありません。重要なのは、その役員の勤務実態です 。
社会保険の加入が不要と判断される可能性のある非常勤役員の主な要素は以下の通りです。これらは総合的に判断されます 。
- 勤務形態:定期的に会社に出勤していない、出勤日数が極めて少ない 。例えば、週の所定労働時間が20時間未満、または正社員の4分の3未満であることなどが目安とされることがあります 。
- 業務内容・経営への関与度:会社の経営会議や取締役会への出席が限定的である、日常的な業務執行や意思決定に深く関与していない、主にアドバイスを提供する立場に留まっている 。
- 報酬額:受け取る報酬が、労務の対価というよりも、実費弁償的な要素が強い、または社会通念上、非常勤としての関与度合いに見合った低額なものであること 。月額88,000円未満が一つの目安とされることもあります 。
- 他の職務との兼務状況:他に主たる職業や役職を有している 。
例えば、名目的に役員として名を連ねているものの、実際の業務にはほとんど関与せず、ごく少額の報酬のみを受け取っている家族などが該当する場合があります。
しかし、単に「非常勤」という名称を使い、実質的には常勤役員と同様の業務を行っているにもかかわらず社会保険への加入を避けようとすると、後日、年金事務所の調査等で指摘を受け、遡って保険料の納付を求められるリスクがあります。あくまで実態に基づいて慎重に判断する必要があります 。
【シミュレーション】年収600万円でも「払い方」で手取りはこう変わる
役員報酬の支払い方によって、社会保険料の負担がどれだけ変わるのか、具体的な年収例でシミュレーションしてみましょう。 ここでは、年収600万円の社長(40歳未満・介護保険料なし・協会けんぽ東京支部・令和6年度の料率)を想定します。
ケース1:毎月50万円の役員報酬(年収600万円)の場合
- 月の役員報酬:500,000円
- 標準報酬月額:500,000円(29等級:報酬月額485,000円~515,000円の範囲)
- 月額社会保険料(会社負担分):
- 健康保険料:500,000円 × 9.98% ÷ 2 = 24,950円
- 厚生年金保険料:500,000円 × 18.3% ÷ 2 = 45,750円
- 合計(会社負担・月額):24,950円 + 45,750円 = 70,700円
- 年間社会保険料(会社負担分):70,700円 × 12ヶ月 = 848,400円
- 年間社会保険料(本人負担分):同様に 848,400円
- 年間社会保険料(会社+本人 合計):848,400円 + 848,400円 = 1,696,800円
ケース2:月報酬30万円+賞与240万円(年収600万円)の場合
このケースでは、毎月の役員報酬を30万円に抑え、差額の240万円(600万円 – 30万円×12ヶ月)を年1回の役員賞与(事前確定届出給与)として支給します。
毎月の役員報酬部分
毎月の役員報酬部分
- 毎月の役員報酬:300,000円
- 標準報酬月額:300,000円(21等級:報酬月額290,000円~310,000円の範囲)
- 月額社会保険料(会社負担分):
- 健康保険料:300,000円 × 9.98% ÷ 2 = 14,970円
- 厚生年金保険料:300,000円 × 18.3% ÷ 2 = 27,450円
- 合計(会社負担・月額):14,970円 + 27,450円 = 42,420円
- 年間社会保険料(会社負担・月給分):42,420円 × 12ヶ月 = 509,040円
- 年間社会保険料(本人負担・月給分):同様に 509,040円
役員賞与部分(240万円を年1回支給)
- 標準賞与額(健康保険):2,400,000円(年間累計上限573万円以内)
- 標準賞与額(厚生年金):1,500,000円(1回の上限150万円が適用されるため、240万円ではなく150万円で計算)
- 賞与にかかる社会保険料(会社負担分):
- 健康保険料:2,400,000円 × 9.98% ÷ 2 = 119,760円
- 厚生年金保険料:1,500,000円 × 18.3% ÷ 2 = 137,250円
- 合計(会社負担・賞与分):119,760円 + 137,250円 = 257,010円
- 賞与にかかる社会保険料(本人負担分):同様に 257,010円
- ケース2の年間社会保険料合計
- 会社負担合計:509,040円(月給分)+ 257,010円(賞与分)= 766,050円
- 本人負担合計:509,040円(月給分)+ 257,010円(賞与分)= 766,050円
- 年間社会保険料(会社+本人 合計):766,050円 + 766,050円 = 1,532,100円
シミュレーション結果比較
項目 | ケース1:月額報酬50万円 | ケース2:月額報酬30万円+賞与240万円 |
---|---|---|
年間役員報酬総額 | ¥6,000,000 | ¥6,000,000 |
標準報酬月額(月給分) | ¥500,000 | ¥300,000 |
年間社会保険料(月給分・本人負担) | ¥848,400 | ¥509,040 |
年間社会保険料(月給分・会社負担) | ¥848,400 | ¥509,040 |
賞与にかかる標準賞与額(健康保険) | – | ¥2,400,000 |
賞与にかかる標準賞与額(厚生年金) | – | ¥1,500,000 |
年間社会保険料(賞与分・本人負担) | – | ¥257,010 |
年間社会保険料(賞与分・会社負担) | – | ¥257,010 |
年間社会保険料合計(本人負担) | ¥848,400 | ¥766,050 |
年間社会保険料合計(会社負担) | ¥848,400 | ¥766,050 |
年間社会保険料総合計(本人+会社) | ¥1,696,800 | ¥1,532,100 |
このシミュレーション結果から、同じ年収600万円でも、支払い方を変える(月額報酬を抑え、賞与を活用する)ことで、会社と個人の社会保険料負担を年間で合計16万円以上、会社負担だけでも年間8万円以上削減できることがわかります。
なぜ社会保険料に大きな差が生まれるのか?
この大きな差が生まれる主な理由は、厚生年金保険における標準賞与額の上限設定にあります 。
ケース1のように毎月50万円の報酬を受け取る場合、毎月50万円全額が厚生年金保険料の計算対象となります。 一方、ケース2のように月額報酬を30万円に抑え、残りを240万円の賞与として受け取る場合、月給部分の厚生年金保険料は30万円を基準に計算されます。そして、240万円の賞与については、実際の支給額が150万円を超えていても、厚生年金保険料の計算基礎となる標準賞여額は150万円が上限となります。つまり、賞与のうち150万円を超える部分(この例では90万円)には、厚生年金保険料がかからないのです。
健康保険料にも賞与の年間累計上限(573万円)がありますが、今回の年収600万円のケースでは、厚生年金保険料の1回あたりの上限がより大きな節約効果を生んでいます。
ただし、この賞与を活用した方法は、税務上の損金として認められるために「事前確定届出給与」の厳格な手続きを遵守することが大前提です。手続きに不備があると、賞与が損金不算入となり、法人税の負担が増えてしまうため、注意が必要です。
よくある質問
Q. 役員報酬はいつでも変更できますか?
A. 原則として、役員報酬(特に毎月定額で支払われる定期同額給与)を損金として全額算入するためには、事業年度開始の日から3ヶ月以内に決定・変更する必要があります 。この期間を過ぎてからの変更は、税務上の損金として認められないリスクがあります。例えば、期中に業績が向上したからといって役員報酬を増額した場合、その増額分は損金不算入となる可能性が高いです。ただし、役員の職位の変更(例:取締役から代表取締役への昇格)など、客観的にみて報酬が増減される特別な理由(臨時改定事由)がある場合や、経営状況が著しく悪化した場合(業績悪化改定事由)には、期中の変更が認められることもあります 。いずれの場合も、株主総会の決議と議事録の作成・保管が不可欠です 。
Q. 健康保険料を安くするために、協会けんぽ以外の選択肢はありますか?
A. はい、全国健康保険協会(協会けんぽ)の他に、組合管掌健康保険(組合健保)という選択肢があります 。組合健保は、主に同業種の企業が集まって設立・運営しており、協会けんぽと比較して保険料率が低い場合があります。また、法定給付に加えて、人間ドックの補助や保養施設の利用といった独自の付加給付が充実していることも魅力です 。例えば、IT業界では「関東ITソフトウェア健康保険組合(ITS)」などが有名です 。 ただし、組合健保への加入には、一定の業種や地域に属していること、一定以上の被保険者数(従業員数)がいることなどの条件があります 。特に設立初期の企業にとっては、「協会けんぽに一定期間加入していること」が条件となっている組合健保もあるため(例えばITSは1年以上の社会保険加入実績が必要とされる場合があります )、すぐに加入するのは難しいケースが多いです。そのため、多くの設立初期の企業は、まず協会けんぽに加入することになります。
Q. 役員退職金にも社会保険料はかかりますか?
A. いいえ、役員退職慰労金は報酬とはみなされないため、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)の対象外です 。これは会社側にとって大きなメリットの一つで、社会保険料の会社負担分が発生しません。ただし、受け取る役員側では、退職所得として所得税・住民税の課税対象にはなります。退職所得には勤続年数に応じた退職所得控除があり、また、控除後の金額をさらに2分の1にして税額を計算する(特定役員退職手当等に該当しない場合)など、税制上の優遇措置が設けられています 。
Q. 利益が出てきたので、期中に役員報酬を増額したいのですが…
A. 原則として、期中に役員報酬(定期同額給与)を増額した場合、その増額分は損金として認められません 。損金として認められるためには、「臨時改定事由」に該当する必要があります 。臨時改定事由とは、例えば「役員の職制上の地位の変更(例:平取締役から代表取締役への昇格)」や「役員の職務内容の重大な変更(例:合併に伴い管掌業務が大幅に増加)」など、客観的にみて報酬額を改定せざるを得ないやむを得ない事情を指します 。単に「利益が出たから」という理由だけでは臨時改定事由には該当せず、増額分は法人税の計算上、損金不算入となる可能性が非常に高いです。安易な期中増額は避け、専門家にご相談ください。
まとめ
役員報酬と社会保険料の最適化は、単なる節約術ではなく、会社の未来を守るための重要な経営戦略です。特に設立初期においては、社会保険料の仕組みを正しく理解し、自社の状況に合わせた意思決定を行うことが、キャッシュフローの安定に直結します。
今回ご紹介した「等級の切れ目を狙う」「役員賞与を戦略的に活用する」といった着眼点やシミュレーションはあくまで一例であり、最適な設定は、会社の利益計画、社長個人のライフプランによって大きく異なります。自社にとってのベストな選択をするためには、専門家への相談が最も確実な近道です。
社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。