企業型確定拠出年金(企業型DC)とは?活用、法改正まで社労士が解説

企業型確定拠出年金(以下、企業型DC)は、現代日本の退職給付制度および福利厚生において、その重要性をますます高めています。大企業だけでなく、中小企業においても導入が進んでおり、従業員の老後の資産形成を支える有力な手段として注目されています。本記事は、数多くの企業の企業型DC導入・運営を支援してきた社会保険労務士の専門的知見に基づき、企業経営者、人事労務担当者、そして従業員の皆様に向けて、制度の基礎から具体的な導入・運営、さらには法改正の動向や戦略的な活用方法に至るまで、網羅的かつ実践的に解説することを目的としています。企業型DCを深く理解し、そのメリットを最大限に活かすための一助となれば幸いです。

本稿では、まず制度の基本的な仕組みを解説し、次に企業・従業員双方のメリット・デメリット、導入・運営の実務、戦略的活用法、最新動向と今後の展望、そしてよくある質問への回答へと進みます。

目次

企業型確定拠出年金(企業型DC)とは?~制度の基本を完全理解~

企業型DCは、将来の年金給付額が加入者自身の運用成果によって変動する年金制度です。その仕組みと特徴を正しく理解することが、制度活用の第一歩となります。

企業型DCの仕組みと3つの大きな特徴

企業型DC制度とは、企業が毎月一定の掛金を拠出し、加入者である従業員がその資金を自ら運用し、原則60歳以降にその結果に基づいた年金給付を受け取る制度です 。この制度には、主に以下の3つの大きな特徴があります。  

  1. 企業による掛金拠出、従業員による運用管理: 企業が従業員のために掛金を拠出する点が、個人が掛金を拠出する個人型確定拠出年金(iDeCo)との大きな違いです 。従業員は、企業が提示する運用商品のラインナップの中から、自身の判断で商品を選択し、資産配分を決定します。つまり、運用責任は従業員自身が負うことになります 。これは、従来の企業年金制度からの大きな転換点であり、企業にとっては掛金拠出後の追加負担リスクがない一方、従業員にとっては自己責任での資産形成が求められることを意味します。この変化は、従業員が自身の退職後の生活設計に主体的に関与する機会を提供する一方で、企業による適切な情報提供や投資教育の重要性を高めています。  
  2. 運用成果に応じた変動する給付額: 将来受け取る年金額は、掛金の累計額と運用成果によって決まります。運用がうまくいけば給付額は増えますが、逆に運用成績が悪ければ元本を下回る可能性もあります 。この給付額の変動性は、従業員にとって、積極的な運用による資産増加の機会となる一方で、運用リスクに対する不安感も生じさせ得ます。企業は、制度導入や運営にあたり、こうした従業員の心理的側面にも配慮し、適切なサポートを提供することが望ましいでしょう。  
  3. 老後の資産形成を主目的とする長期運用: 企業型DCは、主として老後の生活資金を準備するための制度であり、拠出された資金は原則として60歳になるまで引き出すことができません 。長期的な視点での資産形成を促す仕組みと言えます。  

従来の退職金制度・確定給付年金(DB)との違いは?

企業型DCを理解する上で、従来の代表的な企業年金制度である確定給付企業年金(DB)との違いを把握することが重要です。DB制度は、将来の給付額をあらかじめ企業が約束し、その給付額を賄うために必要な掛金を企業が拠出し、外部機関が運用・管理するものです 。運用が計画通りに進まなかった場合、企業はその不足分を補填する責任を負います 。  

企業型DCとDBの主な違いを以下の表にまとめます。

表1: 企業型DCと確定給付年金(DB)の主な違い

特徴企業型DC(企業型確定拠出年金)確定給付年金(DB)
給付額運用成果により変動 あらかじめ確定
運用リスク負担従業員 企業
掛金・企業の追加負担企業は定額の掛金を拠出。運用不振による追加負担なし 運用不振の場合、企業に追加負担発生の可能性あり
退職給付債務原則として発生しない 発生する(企業の負債として計上)
制度の柔軟性従業員が運用商品を選択可能企業が運用機関を選定・運用
ポータビリティ高い(転職時に資産移換可能)制度による(限定的な場合あり)

DB制度は、特に低金利環境や市場の変動性が高まる中で、企業にとって大きな財務的負担となるケースが増えました。掛金の不足分を補填する必要性や、バランスシート上で退職給付債務として認識されることが、企業の財務戦略における課題となっていたのです 。企業型DCは、このようなDB制度の課題に対応する形で普及が進んできました。企業にとっては、掛金拠出時点で費用が確定し、将来の追加負担リスクを回避できる点が大きなメリットです 。  

なぜ今、多くの企業が企業型DCに注目するのか?

近年、多くの企業が企業型DCに注目し、導入を進めている背景には、複数の要因が絡み合っています。

  • 企業の財務的予測可能性の向上: 前述の通り、企業型DCでは掛金拠出後の追加負担が発生せず、退職給付に係るコストが予測しやすくなります。これは、特にDB制度の財務的負担に課題を感じていた企業にとって大きな魅力です 。  
  • 従業員の採用力強化と定着率向上への期待: 充実した福利厚生制度は、優秀な人材の確保や従業員の定着率向上に繋がります 。特に、老後資金への関心が高まる中で、企業型DCは魅力的な制度として認識されつつあります。転職が一般化する現代において、年金資産を転職先に持ち運べるポータビリティの仕組みも、従業員にとってメリットとなります 。  
  • 従業員の主体的な資産形成ニーズへの対応: 自身の判断で資産運用を行いたいという従業員のニーズに応えることができます。金融リテラシーの高い層にとっては、より積極的に資産を増やす機会となり得ます。
  • 政府による制度推進と法改正: 国も老後の所得確保の重要性から、私的年金制度の普及を後押ししています。加入可能年齢の拡大など、近年の法改正により、制度の利便性が向上し、より多くの人が利用しやすくなっている点も注目される理由の一つです 。  
  • 少子高齢化と公的年金制度への不安: 公的年金の支給開始年齢の引き上げの動きなどもあり、企業として従業員の自助努力による資産形成をサポートする必要性が増しています 。企業型DCは、その有力な手段の一つとして位置づけられています。  

これらの要因に加え、労働市場の流動化も企業型DCの普及を後押ししています。終身雇用が前提でなくなり、キャリアを通じて数回の転職を経験する人が増える中で、企業に縛られずに年金資産を持ち運べる企業型DCのポータビリティは、現代の働き方に適合した制度と言えるでしょう 。企業が福利厚生の一環として企業型DCを導入することは、単に退職金制度を整備するというだけでなく、変化する雇用環境に対応し、従業員の多様なニーズに応えるための戦略的な一手となりつつあります。  

企業型DC導入のメリット・デメリット~企業・従業員双方の視点から徹底比較~

企業型DCの導入は、企業と従業員の双方に多くのメリットをもたらす一方で、いくつかのデメリットや注意点も存在します。それぞれの立場から具体的に見ていきましょう。

企業側のメリット

企業が企業型DCを導入することで得られる主なメリットは、税制面、財務面、そして人事戦略面と多岐にわたります。

税制優遇と社会保険料軽減効果

企業型DCの掛金は、税法上および社会保険制度上、企業にとって有利な取り扱いがなされます。

  • 掛金の全額損金算入: 企業が拠出する掛金は、法人税法上、全額損金として算入することができます 。これにより、企業の課税所得が圧縮され、法人税負担の軽減に繋がります。  
  • 社会保険料負担の軽減: 企業が拠出する掛金は、従業員の給与とは見なされません。そのため、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料といった社会保険料の算定基礎からも除外されます 。これは、企業負担分の社会保険料の軽減に繋がり、実質的な人件費コストの抑制効果が期待できます。例えば、選択制DCを導入し、従業員が給与の一部を掛金として拠出する場合、その拠出額分だけ社会保険料の算定基礎となる標準報酬月額が下がり、結果として企業負担分の社会保険料も軽減されることになります。この税制優遇と社会保険料軽減の効果は、従業員数が多い企業ほど、また拠出額が大きいほど、企業にとって大きな財務的メリットとなります。  

退職給付債務からの解放と財務改善

従来のDB制度では、企業は将来の年金給付に備えて退職給付債務をバランスシートに計上する必要がありましたが、企業型DCではこの点が大きく異なります。

  • 退職給付債務の不発生: 企業型DCでは、企業は毎月定められた掛金を拠出すれば、それ以上の給付責任を負いません。したがって、DB制度のように将来の給付額を保証するための退職給付債務を抱える必要がありません 。  
  • 財務体質の健全化: 掛金を拠出した時点で企業の負担は確定し、その後の運用成果によって追加の資金拠出を求められるリスクがありません 。これにより、企業の財務状況の安定化や、バランスシートの健全化に貢献します。特に、金利変動や株価変動による退職給付債務の増減リスクから解放されることは、経営の予測可能性を高める上で非常に重要です。これは、投資家や金融機関からの企業評価にも好影響を与える可能性があります。  

人材採用力アップと従業員の定着率向上

企業型DCは、福利厚生制度としての魅力が高く、人材戦略においても有効なツールとなり得ます。

  • 採用競争力の強化: 老後の資産形成への関心が高まる中、企業型DC制度の導入は、求職者に対する企業のアピールポイントとなります 。特に中小企業においては、まだ導入率が低いことから、他社との差別化を図り、優秀な人材を獲得する上での強みとなり得ます 。  
  • 従業員の定着促進(リテンション効果): 従業員の長期的な資産形成を支援する制度を設けることは、従業員の満足度や企業への帰属意識を高め、定着率の向上に繋がることが期待されます 。  
  • ポータビリティによる魅力向上: 転職時に年金資産を持ち運べるポータビリティの仕組みは、キャリアの流動性が高まる現代において、従業員にとって大きな安心材料となります 。  

企業型DCの導入は、単なる退職金制度の整備に留まらず、企業の財務戦略、人事戦略にも深く関わる重要な経営判断と言えるでしょう。

従業員側のメリット

従業員にとっても、企業型DCは多くのメリットを享受できる制度です。

税制優遇(掛金・運用益・受取時)とポータビリティ

企業型DCは、掛金の拠出時、運用期間中、そして給付金の受取時という3つの段階で税制上の優遇措置が受けられる点が大きな特徴です。「トリプルタックスメリット」とも呼ばれ、効率的な資産形成を後押しします。

  • 掛金拠出時の優遇: 企業が拠出する掛金は、従業員の給与所得とはみなされず、所得税・住民税の課税対象となりません 。また、従業員自身がマッチング拠出制度を利用して掛金を上乗せする場合や、選択制DCで給与の一部を掛金として拠出する場合、その掛金は全額所得控除の対象となり、所得税・住民税が軽減されます 。  
  • 運用益の非課税: 通常、金融商品の運用によって得られた利息や配当、売却益には約20%の税金がかかりますが、企業型DCの口座内で得られた運用益は全額非課税となります 。これにより、複利効果を最大限に活かした効率的な資産運用が可能です。  
  • 給付金受取時の控除: 積み立てた年金資産を60歳以降に受け取る際にも、税制優遇があります。一時金として受け取る場合は「退職所得控除」、年金形式で受け取る場合は「公的年金等控除」の対象となり、税負担が軽減されます 。  
  • ポータビリティ: 転職や離職をした場合でも、それまでに積み立てた年金資産を、転職先の企業型DCやiDeCo(個人型確定拠出年金)などに移換(持ち運び)することができます 。これにより、キャリアチェンジの際にも年金資産の継続的な管理が可能です。  

選択制DC・マッチング拠出による柔軟な資産形成

企業型DCの制度設計によっては、従業員がより主体的に資産形成に関与できる仕組みが用意されています。

  • 選択制DC(選択制確定拠出年金): 従業員自身が企業型DCへの加入や掛金額を一定の範囲内で選択できる制度です 。ライフプランや経済状況に合わせて、掛金額を調整したり、加入を見送ったりする柔軟性があります。ただし、選択によって将来の給付額が変わるため、慎重な判断が必要です。  
  • マッチング拠出: 企業が拠出する掛金に加えて、従業員自身が掛金を上乗せできる制度です(企業によっては導入していない場合もあります)。ただし、従業員の拠出額は企業の拠出額を超えることはできず、また両者の合計額が拠出限度額を超えない範囲内である必要があります。マッチング拠出分も所得控除の対象となるため、税制メリットを享受しながら積立額を増やすことができます。  

これらの選択肢は、従業員に資産形成の自由度を与える一方で、自身の判断と責任がより一層求められることを意味します。企業からの適切な情報提供や教育が、従業員がこれらの制度を有効活用する上で不可欠です。

万が一の時の資産保護

企業型DCで積み立てられた資産は、法的に保護される仕組みが整っています。

  • 企業の倒産時: 企業型DCの年金資産は、企業の資産とは分別管理されており、信託銀行などの外部機関に積み立てられています。そのため、万が一勤務先の企業が倒産した場合でも、従業員の年金資産は保全されます 。  
  • 個人の自己破産時: 確定拠出年金法により、企業型DCの給付を受ける権利は原則として差押禁止財産とされています 。したがって、加入者個人が自己破産した場合でも、積み立てた年金資産は差し押さえの対象とならず、老後のための資金として守られます。  

これらの保護措置は、従業員が安心して長期的な資産形成に取り組むための重要な基盤となります。

企業側・従業員側のデメリットと注意点

多くのメリットがある企業型DCですが、導入・運用にあたってはいくつかのデメリットや注意点も理解しておく必要があります。

企業側のデメリット・注意点

  • 導入・運営コストの発生: 制度導入時の初期費用(コンサルティング費用、規約作成費用など)や、導入後の運営管理手数料(運営管理機関への手数料、口座管理手数料など)が発生します 。これらのコストは、企業の規模や選択する運営管理機関によって異なります。  
  • 事務負担の増加: 制度導入手続き、加入者管理、掛金拠出事務、法令改正への対応など、人事労務担当者の事務負担が増加する可能性があります 。  
  • 投資教育の実施義務(努力義務): 企業には、加入者である従業員に対して、継続的に投資教育を行う努力義務が課せられています 。これには、時間やコスト、専門知識が必要となります。適切な投資教育を怠った場合、従業員が運用に失敗した際にトラブルに発展する可能性も否定できません。  
  • 従業員の理解と合意形成の難しさ: 特に既存の退職金制度から移行する場合など、制度変更によって不利益を受ける従業員が出る可能性もあり、全従業員の理解と合意を得るためには丁寧な説明とコミュニケーションが不可欠です 。  

従業員側のデメリット・注意点

  • 運用リスクの負担: 運用成果によって将来の給付額が変動するため、元本割れのリスクも従業員自身が負うことになります 。投資に関する知識や経験が乏しい場合、適切な運用判断が難しい場合があります。  
  • 原則60歳まで引き出し不可: 老後の資産形成を目的とした制度であるため、原則として60歳になるまで積み立てた資産を引き出すことはできません 。例外的に脱退一時金として受け取れるケースもありますが、その要件は非常に厳格に定められています 。この流動性の低さは、特に若年層の従業員にとってはデメリットと感じられることがあります。  
  • 制度の複雑さと商品選択の難しさ: 多様な運用商品の中から自身で選択する必要があり、金融知識がないと戸惑うことがあります 。  
  • 選択制DCにおける社会保険料・公的年金への影響: 選択制DCにおいて、給与の一部を掛金として拠出した場合、標準報酬月額が下がる可能性があります。これにより、目先の所得税・住民税・社会保険料は軽減されますが、将来受け取る厚生年金額や、傷病手当金・出産手当金、失業保険などの給付額が若干減少する可能性がある点に留意が必要です 。ただし、多くの場合、拠出時の税・社会保険料軽減メリットの方が大きいと考えられます。  

企業型DCの導入・運営を成功させるためには、これらのデメリットや注意点を十分に理解し、企業と従業員双方にとって最善の制度設計とサポート体制を構築することが求められます。

企業型DC導入・運営の実務ガイド~手続きから費用、投資教育まで~

企業型DCの導入を検討する際には、具体的な手続きの流れ、加入資格の設計、掛金設定、運営管理機関の選定、そして投資教育の実施といった実務的な側面を理解しておくことが不可欠です。

導入手続きのステップと期間の目安

企業型DCの導入は、一定の手順と期間を要します。一般的な流れは以下の通りです。

  1. 準備段階・基本構想の策定: 企業内で導入の意思決定を行い、制度の目的、対象者、掛金水準などの基本的な方針を検討します。
  2. 運営管理機関・資産管理機関の選定: 複数の金融機関等を比較検討し、自社に最適な運営管理機関(制度運営、記録管理、情報提供等を担当)および資産管理機関(年金資産の管理・保全を担当)を選定します 。  
  3. 詳細な制度設計・規約作成: 選定した運営管理機関と協力し、加入資格、掛金、運用商品ラインナップ、給付方法などを具体的に定めた「確定拠出年金規約」を作成します 。  
  4. 労使合意の取得: 作成した規約案について、労働組合(労働組合がない場合は従業員の過半数を代表する者)に説明し、同意を得る必要があります。これは制度導入の必須要件です 。この労使合意のプロセスは、従業員への丁寧な説明と質疑応答を通じて、制度への理解を深めてもらう重要な機会となります。特に既存制度からの移行で不利益が生じる従業員がいる場合は、慎重な対応が求められます。  
  5. 厚生労働大臣への規約承認申請: 労使合意を得た確定拠出年金規約について、管轄の厚生局を通じて厚生労働大臣の承認を申請します 。審査には通常2ヶ月程度の期間を要します 。  
  6. 従業員への説明・投資教育・加入手続き: 厚生労働大臣の承認後、対象となる従業員に対して制度内容や運用商品に関する説明会や投資教育を実施し、加入手続きを進めます 。  
  7. 制度開始: 所定の手続きを経て、企業型DC制度が開始されます 。  

導入までの期間は、準備開始から制度開始まで、おおむね5ヶ月から6ヶ月程度が目安とされていますが、企業の状況や手続きの進捗によって変動します 。  

加入資格の設計と対象者の範囲設定

企業型DCの加入対象者は、原則としてその企業に勤務する厚生年金被保険者です 。2022年の法改正により、加入可能年齢の上限は原則70歳未満に引き上げられました 。  

企業は、確定拠出年金規約において、一定の範囲で加入資格を定めることができますが、その際には合理的かつ公平な基準が求められます 。主な設定方法は以下の通りです。  

  • 職種による限定: 特定の職種(例:正社員のみ)を対象とすることができます。ただし、その職種の従業員の労働条件や就業規則が他の職種と明確に区別されている必要があります 。  
  • 勤続期間による限定: 一定の勤続期間(例:勤続1年以上)を満たした従業員を対象とすることができます。この場合、加入資格を満たさない期間の従業員に対して、代替的な給付措置を検討することが望ましいとされています 。  
  • 年齢による限定: 一定年齢以上の従業員を加入対象外とすることも可能ですが、年齢差別の問題や高齢者雇用の推進といった観点から慎重な検討が必要です 。  
  • 希望者のみ(選択制): 従業員が任意で加入を選択できる「選択制DC」の形をとることも可能です 。  

これらの加入資格の設計は、必ず労使合意を経て規約に定める必要があります 。加入対象から除外される従業員がいる場合には、不公平感が生じないよう、代替措置の検討も含めて丁寧な制度設計が求められます 。社会保険労務士などの専門家は、法令遵守と公平性の観点から、適切な加入資格設定に関する助言を行うことができます。  

掛金設定の考え方と企業が負担する費用

企業型DCにおける掛金は、主に企業が負担しますが、選択制DCやマッチング拠出の場合は従業員も負担に関与します。

掛金設定の考え方

  • 拠出者: 原則として企業が拠出します 。選択制DCの場合は、従業員が自身の給与の一部を掛金として拠出することを選択できます 。マッチング拠出制度を導入している場合は、企業の掛金に従業員が上乗せして拠出できます 。  
  • 拠出限度額: 掛金には法令で上限が定められています。他の企業年金制度(DBなど)がない企業の場合、従業員1人あたりの事業主掛金の上限は月額55,000円です。他の企業年金制度がある場合は月額27,500円となります 。iDeCoと併用する場合は、合算での限度額も考慮する必要があります 。   表4: 企業型DCにおける掛金の上限額(事業主掛金)
条件月額拠出限度額
他の企業年金制度がない場合55,000円
他の企業年金制度(DBなど)がある場合27,500円
マッチング拠出あり(従業員拠出分について)従業員拠出額 ≦ 事業主拠出額、かつ合計が上記限度額内
  • 掛金額の決定方法: 企業が拠出する掛金額は、規約で定める必要があり、主に以下の方法があります 。
    • 定額制: 全加入者に対して一律の金額を拠出。
    • 定率制: 給与に一定率を乗じた額を拠出。
    • 役職・等級別: 役職や等級に応じて異なる金額を拠出。 企業の財務状況、従業員のニーズ、同業他社の動向などを総合的に勘案して決定します。特に選択制DCは、企業の初期の掛金負担を抑えつつ制度を導入できるため、中小企業にとって魅力的な選択肢となり得ます 。この場合、従業員が給与の一部をDC掛金に振り替える形となり、企業側の新たなキャッシュアウトは発生しませんが、従業員にとっては税制メリットを享受しながら老後資金を準備できる道が開かれます。  

企業が負担する費用

企業型DCの導入・運営には、掛金以外にも様々な費用が発生します。

表2: 企業型DC導入・運営にかかる主な費用

費用項目内容主な負担者目安金額・範囲
導入一時金制度導入コンサルティング、規約作成支援などにかかる初期費用企業運営管理機関により異なる(例:20万円程度
口座開設手数料加入者ごとの口座開設にかかる費用企業運営管理機関により異なる(例:1人あたり3,000円
企業掛金毎月企業が従業員のために拠出する掛金企業規約により定める
運営管理手数料(事業主)制度運営にかかる企業負担分の月額手数料企業運営管理機関により異なる(例:月額15,000円
運営管理手数料(加入者)制度運営にかかる加入者負担分の月額手数料(多くの場合、企業が負担)企業/従業員運営管理機関により異なる(例:1人あたり月額300円
資産管理手数料年金資産の管理・保全にかかる費用(通常、年金資産残高に対する一定率)企業/加入者運営管理機関・信託銀行により異なる
投資教育費用従業員向けセミナー開催、資料作成などにかかる費用企業実施内容により異なる(例:1回5万円程度
規約変更費用制度内容変更に伴う規約変更手続きにかかる費用(必要に応じて発生)企業運営管理機関により異なる(例:1回2万円程度

これらの費用は運営管理機関によって大きく異なるため、複数の機関から見積もりを取得し、サービス内容と合わせて比較検討することが重要です。

失敗しない運営管理機関の選定ポイント

運営管理機関(OMI)は、企業型DC制度の円滑な運営、適切な運用商品の提供、そして加入者へのサポートにおいて極めて重要な役割を担います。OMIの選定を誤ると、制度のメリットが十分に活かされなかったり、従業員の不満に繋がったりする可能性があるため、慎重な選定が求められます。

選定にあたっては、以下のポイントを総合的に比較検討することが推奨されます。

  • 手数料体系の透明性と妥当性: 口座管理手数料、運用商品の信託報酬など、各種手数料が明確に開示されており、その水準が妥当であるかを確認します 。手数料は運用成果に関わらず発生するコストであるため、特に重視すべき点です 。  
  • 運用商品ラインナップの多様性と質: 元本確保型商品(定期預金、保険など)から、国内外の株式や債券に投資する投資信託まで、多様なリスク・リターンの商品がバランス良く提供されているかを確認します 。特に、低コストのインデックスファンドの有無や、特定の金融グループの商品に偏っていないかといった中立性も重要です 。  
  • 事務サポート体制とシステムの利便性: 企業の人事労務担当者にとって事務処理が煩雑でないか、また、従業員が自身の資産状況の確認や運用指図を容易に行えるウェブサイトやコールセンターが整備されているかなどを確認します 。  
  • 投資教育サービスの充実度: 法令で努力義務とされている投資教育について、どのような内容・方法でサポートしてくれるかを確認します。質の高い教材やセミナー、個別相談の機会などが提供されるかどうかがポイントです 。  
  • 実績と信頼性: 企業型DC制度の運営実績が豊富で、安定した経営基盤を持つ機関であるかを確認します。

選定プロセスにおいては、複数のOMIから提案を受け、比較検討するコンペ方式(競争入札)も有効です 。最も重要なのは、「加入者の利益」を最優先に考えて選定することです 。単に手数料が安いという理由だけでなく、提供されるサービスの質やサポート体制を総合的に評価し、従業員が安心して資産形成に取り組めるOMIを選ぶことが、制度成功の鍵となります。  

企業に求められる投資教育の具体的内容と方法

企業型DCでは、従業員自身が運用責任を負うため、企業には加入者に対して継続的な投資教育を行う努力義務が課されています(確定拠出年金法第22条1項)。これは、従業員が適切な運用判断を下せるように支援し、将来的に「こんなはずではなかった」といった不満が生じるリスクを軽減する上でも非常に重要です 。  

厚生労働省のガイドラインなどに基づき、投資教育で提供すべき主な内容は以下の通りです 。  

  1. 確定拠出年金制度等の具体的な内容: 企業型DCの仕組み、掛金の拠出方法、給付の種類と受取方法、税制優遇、ポータビリティなど、制度全般に関する基本的な知識。
  2. 金融商品の仕組みと特徴: 提示されている運用商品(預貯金、保険商品、投資信託など)の種類、それぞれの商品のリスクとリターンの関係、手数料、運用実績の確認方法など。元本確保型商品と価格変動型商品の違いや特徴も理解を促します 。  
  3. 資産運用の基礎知識: 長期投資、分散投資、複利効果といった資産運用の基本的な考え方や、ポートフォリオの構築方法、リスク管理の重要性など。
  4. 確定拠出年金制度を含めた老後の生活設計: 自身のライフプランに基づいた老後必要資金額の試算、公的年金や他の私的年金との組み合わせ方、企業型DCをどのように位置づけて活用していくかといった、長期的な視点での生活設計。

投資教育の提供方法としては、以下のようなものが考えられます 。  

  • 集合研修・セミナー: 新規加入時や定期的なフォローアップとして開催。
  • 資料・動画の配布: 制度概要や運用商品の解説資料、eラーニングコンテンツなどを提供。
  • 個別相談: 必要に応じて、専門家による個別相談の機会を提供。
  • 運営管理機関の活用: 多くの運営管理機関が投資教育プログラムやツールを提供しているため、これらを活用するのも有効です。

投資教育は、一度実施して終わりではなく、加入後も継続的に、従業員の理解度やニーズに合わせて提供していくことが求められます 。企業がこの努力義務を誠実に果たすことは、従業員の金融リテラシー向上に貢献するだけでなく、企業自身の潜在的なリスク管理にも繋がる重要な取り組みです。  

企業型DCの戦略的活用法~中小企業から役員退職金、iDeCo併用まで~

企業型DCは、単なる退職金制度としてだけでなく、企業の規模や目的に応じて戦略的に活用することで、その効果を一層高めることができます。

中小企業こそ活用したい企業型DCの魅力と導入事例

大企業を中心に普及してきた企業型DCですが、近年では中小企業においてもその導入メリットが注目されています。

中小企業が企業型DCを導入する魅力

  • 人材採用・定着における競争力強化: 多くの中小企業では、退職金制度が未整備であるケースも少なくありません。企業型DCを導入することで、福利厚生を手厚くし、優秀な人材の採用や従業員の定着率向上に繋げることができます 。特に、100名以下の中小企業における企業型DCの導入率はまだ1%未満と低く、導入することで他社との明確な差別化が可能です 。  
  • コストを抑えた福利厚生の実現(特に選択制DC): 「選択制DC」を導入すれば、掛金の原資を従業員の給与の一部とすることで、企業側の新たな資金負担を抑えつつ、大手企業並みの退職金制度を導入できます 。従業員は社会保険料や税金の負担を軽減しながら老後資金を積み立てられるメリットがあります。  
  • 社会保険料の企業負担軽減: 選択制DCなどで従業員が掛金を拠出した場合、その分は社会保険料の算定基礎から除外されるため、企業の社会保険料負担も軽減されます 。  
  • 簡易型DC(簡易企業型年金)の活用: 従業員数300人以下の企業向けには、導入手続きが簡素化された「簡易型DC」も用意されており、制度導入のハードルが下がっています 。  

企業型DCは、福利厚生の面で大企業に見劣りしがちな中小企業にとって、魅力的な人材を惹きつけ、つなぎとめるための「切り札」となり得る制度です。選択制DCや簡易型DCといった仕組みをうまく活用することで、コスト負担を抑えながら効果的な福利厚生制度を構築できます。

経営者・役員の退職金準備としての賢い活用術

企業型DCは、従業員だけでなく、経営者や役員自身の退職金準備にも有効活用できます。ただし、役員が加入するためには、厚生年金被保険者であることが前提となります 。  

経営者・役員が企業型DCを活用するメリット

  • 掛金の損金算入: 役員のために企業が拠出する掛金も、従業員の場合と同様に、全額損金として算入できます 。  
  • 運用益非課税と受取時の税制優遇: 積み立てた資産の運用益は非課税となり、退職金として受け取る際には退職所得控除などの税制優遇が適用されます 。これは、役員報酬を増額して個人で資産運用するよりも税制面で有利になる場合があります。  
  • 他の退職金準備方法との比較: 役員退職金の準備方法としては、法人契約の生命保険や小規模企業共済などもありますが、企業型DCはこれらと比較して、税制メリットや資産運用の自由度、口座管理手数料の経費計上といった点で異なる特徴を持ちます 。例えば、小規模企業共済は掛金が全額所得控除(個人)となるのに対し、企業型DCの掛金は企業の損金となります。それぞれのメリット・デメリットを比較し、最適な組み合わせを検討することが重要です。ある専門家は、まず企業型DCなどの公的制度でベースを作り、不足分を生命保険などで補う方法を推奨しています 。  

企業型DCを役員の退職金準備に活用することは、企業の節税と役員個人の効率的な資産形成を両立させる賢い選択と言えます。特にオーナー経営者にとっては、自身の老後資金準備と会社の財務戦略を同時に考える上で有効な手段となります。

iDeCoとの併用は可能?メリット・デメリットと注意点

企業型DCに加入している従業員が、さらに個人型確定拠出年金(iDeCo)にも加入できるか、という点は多くの方が関心を持つところです。

iDeCoとの併用ルール

  • 2022年10月からの改正: 法改正により、2022年10月以降、企業型DC加入者であっても、原則としてiDeCoに加入できるようになりました。以前は企業の規約でiDeCo加入を認める定めが必要でしたが、この要件が緩和されました 。  
  • 併用できないケース: ただし、企業型DCで「マッチング拠出」を利用して従業員自身が掛金を上乗せしている場合は、iDeCoに同時加入することはできません 。  
  • 拠出限度額: 企業型DCとiDeCoを併用する場合、それぞれの掛金には上限があり、両者の合計額にも法令で定められた限度額が適用されます。企業型DCの事業主掛金額や、他の企業年金の加入状況によって、iDeCoで拠出できる金額が変わります 。  

表3: 企業型DCとiDeCoの比較と併用時の留意点

特徴企業型DCiDeCo併用時の留意点
掛金拠出者主に企業(選択制・マッチング拠出の場合は従業員も拠出)加入者本人 企業型DCの掛金状況によりiDeCoの拠出限度額変動
拠出限度額(月額)他の企業年金なし:5.5万円、あり:2.75万円(事業主掛金)加入者の属性により異なる(例:厚生年金加入者で企業年金なしの場合2.3万円)合計額に上限あり。マッチング拠出利用時はiDeCo不可
手数料負担者原則企業(一部加入者負担の場合あり)加入者本人 iDeCoの口座管理手数料等が別途発生
運用商品選択企業が選定したラインナップから選択 加入者が金融機関・商品を自由に選択 iDeCoでより多様な商品選択が可能になる可能性
マッチング拠出の可否制度によるなし企業型DCでマッチング拠出を利用している場合、iDeCo併用不可
ポータビリティあり あり制度間の資産移換は可能

併用のメリット

  • 拠出できる総額が増え、より多くの老後資金を準備できる可能性があります 。  
  • iDeCoでは金融機関や運用商品を自身で幅広く選べるため、企業型DCのラインナップにはない商品に投資できるなど、運用の選択肢が広がります 。  

併用のデメリット・注意点

  • iDeCoの口座管理手数料などは個人負担となります 。  
  • 2つの制度を管理する手間が増えます 。  
  • 前述の通り、マッチング拠出との併用はできません。どちらを利用するかは、企業の掛金上乗せ率やiDeCoの手数料、運用したい商品などを比較検討して判断する必要があります。

企業型DC加入者がiDeCoの併用を検討する際は、自身の勤務先の企業型DCの制度内容(特にマッチング拠出の有無や事業主掛金額)を確認し、拠出限度額や手数料負担などを総合的に考慮することが大切です。

企業型DC導入で活用できる助成金制度

企業型DCの導入にあたっては、国の助成金制度を活用できる場合があります。代表的なものとして「キャリアアップ助成金」の「賞与・退職金制度導入コース」が挙げられます 。  

  • キャリアアップ助成金(賞与・退職金制度導入コース): この助成金は、有期雇用労働者やパートタイム労働者などの非正規雇用労働者の処遇改善を目的としており、これらの労働者を対象に新たに賞与制度や退職金制度(企業型DCも含む)を導入し、実際に支給または積立てを行った場合に、企業に対して助成金が支給されるものです 。  
  • 助成額: 中小企業の場合、1事業所あたり40万円(大企業の場合は30万円)が支給されます(令和6年度時点)。  
  • 主な要件: 対象となる労働者に対して、新たに設けた退職金制度(企業型DC)に基づき、月3,000円以上の掛金を6か月分支給(積立て)することなどが求められます 。詳細な要件は年度によって変更される可能性があるため、厚生労働省の最新情報を確認する必要があります 。  

この助成金は、特に中小企業が企業型DCを導入する際の初期費用負担を軽減するのに役立ちます。ただし、助成金の受給には、非正規雇用労働者の処遇改善という本来の趣旨に沿った取り組みが求められるため、制度導入の主目的はあくまで従業員の福利厚生向上や企業の成長戦略に置くべきです。助成金は、その取り組みを後押しするインセンティブと捉えるのが適切でしょう。申請手続きは複雑な場合もあるため、社会保険労務士などの専門家に相談することも有効です。

企業型DCの最新動向と今後の展望~法改正への対応と制度の進化~

企業型DC制度は、社会経済情勢の変化や加入者のニーズに応じて、これまでも度々法改正が行われ、進化を続けてきました。今後もその動向を注視し、適切に対応していくことが企業には求められます。

2022年施行の主な法改正ポイントとその影響

2022年には、確定拠出年金法に関するいくつかの重要な改正が施行され、制度の利便性や柔軟性が大きく向上しました 。  

  • 受給開始時期の上限年齢引き上げ(2022年4月施行): 老齢給付金の受給開始時期の選択範囲が、従来の「60歳から70歳の間」から「60歳から75歳の間」に拡大されました。これにより、個人のライフプランや就労状況に合わせて、より柔軟に受給開始時期を選べるようになりました。
  • 加入可能年齢の拡大(2022年5月施行):
    • 企業型DC: 厚生年金被保険者であれば、原則として70歳未満まで加入可能となりました(従来は原則65歳未満)。
    • iDeCo: 厚生年金被保険者は65歳未満まで、国民年金の任意加入被保険者も65歳未満まで加入可能となりました(従来は原則60歳未満)。 これらの改正は、高齢期の就労が拡大する中で、より長期間にわたり資産形成を継続できる環境を整備するものです。
  • 企業型DC加入者のiDeCo加入要件緩和(2022年10月施行): 前述の通り、企業型DCに加入していても、原則としてiDeCoに加入しやすくなりました。企業の規約にiDeCo加入を認める定めがなくても、また、事業主掛金の上限を引き下げることなく、iDeCoを利用できるようになりました(ただし、マッチング拠出利用者は除く)。
  • 企業型DCの規約変更手続きの簡素化(2022年10月施行): 軽微な規約変更については、厚生労働大臣への届出が不要となるなど、手続きが一部簡素化されました。これにより、企業の事務負担軽減が期待されます。
  • 中小企業向け制度(簡易型DC)の対象範囲拡大: 簡易型DCの対象となる企業規模が、従業員数100人以下から300人以下に拡大されました 。より多くの中小企業が企業型DCを導入しやすくなることが期待されます。  

これらの2022年の法改正は、日本の急速な少子高齢化、働き方の多様化、そして個人の自助努力による資産形成の重要性の高まりといった社会的な背景を反映したものです。制度がより柔軟で利用しやすくなることで、企業型DCが私的年金の中核的な役割を一層担っていくことが期待されています。

2025年に向けた法改正の可能性と企業が備えるべきこと

企業型DC制度は、今後も社会情勢の変化に対応して見直しが行われる可能性があります。2025年に向けて、以下のような法改正が議論される可能性が指摘されています(現時点ではあくまで可能性であり、確定情報ではありません)。  

  • 掛金上限額のさらなる引き上げ: より手厚い老後資金準備を可能にするため、掛金の上限額が引き上げられる可能性があります。
  • 運用商品の選択肢の拡大(ESG投資など): 環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮したESG投資商品など、新たな運用商品の選択肢が増える可能性があります。
  • 投資教育の義務化: 現在「努力義務」とされている企業による投資教育が、法的な「義務」へと強化される可能性があります。

これらの動向を踏まえ、企業が備えておくべきことは以下の通りです。

  • 法改正情報の継続的な収集: 厚生労働省や運営管理機関などからの情報を注視し、最新の法改正動向を把握しておくことが重要です。
  • 現行制度の定期的な見直し: 法改正の可能性も視野に入れつつ、自社の企業型DC制度が従業員のニーズや社会情勢に適合しているか、定期的に見直しを行うことが望ましいでしょう。
  • 投資教育体制の強化: 投資教育が将来的に義務化される可能性も考慮し、現行の投資教育プログラムの内容や実施方法を点検し、必要に応じて強化を図ることが賢明です。これは、努力義務である現時点においても、従業員の適切な資産形成を支援し、企業の責任を果たす上で重要です。
  • 運営管理機関との連携強化: 法改正への対応や制度運営の改善について、運営管理機関と密に連携を取り、専門的な助言やサポートを活用することが効果的です。

企業型DC制度は、今後もより使いやすく、より効果的な制度へと進化していくことが予想されます。企業は、これらの変化に主体的に対応し、制度を最大限に活用していく姿勢が求められます。

よくある質問(Q&A)

企業型DCに関して、企業担当者や従業員の方からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q1: 企業型DCの掛金は、全額会社負担ですか?従業員も負担できますか?

A: 企業型DCの掛金は、原則として全額会社が負担します。ただし、制度設計によっては、従業員が給与の一部を掛金として拠出することを選択できる「選択制DC」や、会社の掛金に従業員が自身の資金を上乗せして拠出できる「マッチング拠出」といった仕組みを導入している場合があります。これらの場合、従業員も掛金を負担することができます 。  

Q2: 企業型DCは、何歳から受け取れますか?原則60歳未満での引き出しは可能ですか?

A: 企業型DCの老齢給付金は、原則として60歳から受け取ることができます。60歳未満での引き出し(脱退一時金としての受給)は、法令で定める非常に厳格な要件をすべて満たした場合に限り可能です。例えば、個人別管理資産額が15,000円以下であること、最後に企業型DCの資格を喪失した日から一定期間内であること、iDeCoに加入できない者であること、通算拠出期間が5年以内または資産額が25万円以下であることなどが挙げられます 。基本的には、老後のための資金であり、途中で安易に引き出すことはできないと理解しておく必要があります 。  

Q3: 転職・退職した場合、積み立てた資産はどうなりますか?

A: 企業型DCで積み立てた年金資産は、ポータビリティ(持ち運び可能)の仕組みがあります。転職・退職した場合は、その資産を転職先の企業型DC制度、個人型確定拠出年金(iDeCo)、または一定の条件を満たせば国民年金基金連合会に移換して運用を継続することができます 。  

Q4: 会社が倒産したら、年金資産は保護されますか?

A: はい、保護されます。企業型DCの年金資産は、会社の財産とは法的に分離され、信託銀行などの資産管理機関で管理・保全されています。そのため、万が一会社が倒産した場合でも、加入者の年金資産が差し押さえられたりすることはありません 。  

Q5: 企業型DCを導入するために、最低何人の従業員が必要ですか?

A: 企業型DCの導入に際して、法律上の最低従業員数といった規定は特にありません。役員1人のみの会社であっても、選択制DCなどの仕組みを活用すれば導入が可能です 。  

Q6: 企業型DCのマッチング拠出を利用している場合、iDeCoにも加入できますか?

A: いいえ、できません。企業型DCでマッチング拠出制度を利用して、従業員自身が掛金を上乗せして拠出している場合、その従業員はiDeCoに加入することはできません 。iDeCoへの加入を希望する場合は、マッチング拠出の利用を停止する必要があります。  

Q7: 投資の知識が全くありません。企業型DCで損をしませんか?

A: 企業型DCの運用は自己責任であり、選択した運用商品の価格変動によっては損失が生じる(元本割れする)リスクがあります 。しかし、企業には従業員に対して投資教育を行う努力義務があり、運用判断に必要な情報提供や知識習得の機会が提供されることになっています 。また、多くの企業型DCでは、元本確保型の商品(定期預金や保険商品など)も運用商品の選択肢として用意されています 。これらの商品は大きなリターンは期待しにくい反面、元本割れのリスクを抑えたい場合に適しています。ご自身の知識レベルやリスク許容度に合わせて、無理のない運用を心がけることが大切です。  

まとめ

企業型確定拠出年金(企業型DC)は、企業にとっては掛金の損金算入による税負担軽減、社会保険料負担の軽減、退職給付債務からの解放といった財務的メリットに加え、人材採用力の強化や従業員の定着率向上といった人事戦略上の利点も期待できる制度です。一方、従業員にとっては、税制優遇を受けながら効率的に老後資金を形成でき、運用次第では資産を大きく増やすことも可能です。また、ポータビリティの高さや、万が一の際の資産保護といったメリットも享受できます。

しかしながら、企業側には導入・運営コストや投資教育の実施といった負担が、従業員側には運用リスクや原則60歳まで引き出せないといった制約が伴います。これらのメリット・デメリットを十分に理解した上で、自社の状況や従業員のニーズに合った制度設計と丁寧な運営を心がけることが、企業型DC導入成功の鍵となります。

近年の法改正により、加入可能年齢の拡大やiDeCoとの併用要件緩和など、企業型DC制度はより柔軟で利用しやすいものへと進化を続けています。今後も、社会の変化に対応した制度の見直しが進むことが予想されます。

企業型DCの導入や運営は、専門的な知識が求められる場面も少なくありません。確定拠出年金規約の作成、労使合意の形成、適切な運営管理機関の選定、法令を遵守した投資教育の実施、さらには助成金の活用など、社会保険労務士はこれらの各段階において、企業を強力にサポートすることができます。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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