出張旅費規程の整備をお考えですか?
安易なテンプレート利用は、将来の税務調査で思わぬ追徴課税を招く火種になりかねません。この記事では、すぐに使える出張旅費規程のひな形をご提供するとともに、なぜテンプレートのままでは危険なのか、そして税務調査で否認されないための重要なカスタマイズのポイントを、多くの企業を支援してきた社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)の知見に基づき解説します。規程整備の第一歩として、ぜひ本記事をご活用ください。
【ダウンロード可】出張旅費規程のひな形(テンプレート)
まずは、出張旅費規程を作成する上での土台となるテンプレートをご用意しました。下記よりダウンロードしてご利用いただけます。
【テンプレート利用の注意点:貴社に合わせたカスタマイズが不可欠です】
本テンプレートは、あくまで一般的な項目を網羅したひな形です。最適な規程の内容は、企業の規模、業種、出張の実態によって大きく異なります。このテンプレートをそのまま利用するだけでは、貴社の状況に合わず、法的なリスクを抱える可能性があります。必ず次章以降の解説を熟読し、自社の実態に合わせて内容を修正・追記してください。
【最重要】そのテンプレート、そのまま使うのは危険です
なぜ、インターネットで手に入るテンプレートをそのまま使うことが危険なのでしょうか。その最大の理由は、税務調査で「問題あり」と判断されるリスクが非常に高いからです。
なぜなら「税務調査」で日当が給与認定されるから
出張旅費規程が税務調査で問題視された場合、最も恐ろしいのが「日当」が経費(旅費交通費)ではなく「給与」として認定されることです。これを「給与認定」と呼びます。
日当が給与とみなされると、企業と従業員の双方に、以下のような深刻な金銭的ダメージが発生します。
会社側が負う三重の負担
源泉所得税の追徴課税
- 給与を支払う際には源泉所得税を天引きする義務があります。日当が給与認定されると、過去に遡って源泉徴収漏れを指摘され、本来納めるべきだった所得税と、ペナルティである不納付加算税を支払う必要が出てきます。
消費税の追徴課税
- 旅費交通費として処理していた場合、消費税の仕入税額控除の対象としていたはずです。しかし給与には消費税がかからないため、この仕入税額控除が否認され、その分の消費税も追徴されます。
法人税の増加(役員の場合)
- 給与認定された日当が役員に対して支払われたものだった場合、それは「役員賞与」とみなされます。原則として役員賞与は法人税法上の経費(損金)に算入できないため、その分だけ会社の利益が上乗せされ、法人税の負担が増加します。
役員・従業員側の負担増
所得税・住民税の増加
- 非課税所得であったはずの日当が課税対象の給与となるため、個人の所得が増え、所得税や住民税の負担が増加します。
社会保険料の増加
- 給与(標準報酬月額)が増えることで、健康保険や厚生年金保険といった社会保険料の負担も増加します。これは会社負担分、個人負担分の両方に影響し、将来にわたってコストが増え続けることになります。
特に危険な項目1:根拠のない「日当」の金額
税務調査官が最も厳しくチェックするポイントが「日当の金額」です。なぜその金額に設定したのか、客観的な根拠を示せなければなりません。
「インターネットに書いてあったから」「なんとなくキリがいいから」といった理由では、到底通用しません。過去の裁判例では、会社が設定した日当の一部が「高すぎる」として否認され、課税処分となったケースも存在します。金額の妥当性を証明する責任は、会社側にあるのです。
特に危険な項目2:曖昧な「適用範囲」と「支給条件」
「どのような場合に出張とみなすか」という定義が曖昧な規程も非常に危険です。
- 会社から何キロメートル以上の移動を「出張」とするのか?
- 日帰り出張と宿泊出張の定義は何か?
- 役員だけ、特定の従業員だけ、といった恣意的な運用が可能なルールになっていないか?
これらの支給条件が明確でないと、規程そのものの正当性が疑われ、税務署に「実質的には給与と同じではないか」と指摘される隙を与えてしまいます。
税務調査をクリアするカスタマイズのポイント3つ
では、税務調査で否認されない「本当に使える」出張旅費規程にするには、テンプレートをどのようにカスタマイズすればよいのでしょうか。ここでは、社労士が実務で最も重視する3つの核心を解説します。
ポイント1:「社会通念」を意識した日当・宿泊費の金額設定
日当や宿泊費が非課税として認められるためには、所得税法上「社会通念上相当と認められる範囲内」であることが求められます。この「社会通念」という曖昧な基準を、客観的なデータで補強することが極めて重要です。
金額設定の際に参考となる、信頼性の高いベンチマークは主に2つあります。
- 公的基準:国家公務員の旅費:税務調査の現場で、一つの比較基準として持ち出されることが多いのが「国家公務員等の旅費に関する法律」に基づく支給基準です。これは最も保守的で安全なラインと考えることができます。
- 民間調査:同規模・同業種の支給水準:より実態に近い基準として、産労総合研究所などが定期的に発表する「出張旅費に関する調査」があります。自社と同規模・同業種の企業の平均的な支給額を示すことで、金額の妥当性を主張しやすくなります。
これらのデータを比較検討し、自社の規程に落とし込むことが重要です。
表:出張日当・宿泊費の相場観(公的基準・民間調査比較)
役職 | 項目 | 国家公務員基準(目安) | 民間企業調査(2023年産労総合研究所) |
役員クラス | 日当(宿泊) | 3,800円 | 2,550円 |
宿泊費 | 17,200円~19,100円 | 9,710円 | |
一般社員 | 日当(宿泊) | 1,700円 | 2,309円 |
宿泊費 | 7,800円~8,700円 | 9,198円 |
※国家公務員基準は役職や地域により変動します。民間調査は全産業平均です。
この表を見てわかる通り、基準によって金額は異なります。重要なのは、これらのデータを参考に、自社がなぜこの金額を設定したのかを説明できる「議事録」や「検討資料」を社内に残しておくことです。そのひと手間が、金額の任意性を排し、合理的な経営判断であったことの強力な証明となります。
ポイント2:「役員と従業員」で差を設ける場合の注意点
役員と一般従業員とで、日当や宿泊費の上限に差を設けること自体は、一般的に認められています。役員は取引先との会食の機会が多い、より高いレベルでの対外的な責任を負う、といった職務内容の違いを根拠に、合理的な範囲で差を設けることは可能です。
しかし、ここには税務リスクと労務リスクの2つの視点が必要です。
- 税務上の注意点:役職による差が、同業他社の水準と比較してあまりに大きい場合、「役員への実質的な利益供与(ボーナス)」とみなされ、給与認定されるリスクが高まります。
- 労務上の注意点:近年重視される「同一労働同一賃金」の原則です。パートタイマーや契約社員であっても、正社員と同じ業務内容の出張を行うのであれば、雇用形態だけを理由に不合理な待遇差を設けることはできません。日当の差は、あくまで「職務内容」や「責任の範囲」の違いに基づいて設定する必要があり、安易な身分による区別は労務トラブルの原因となり得ます。
この税務と労務の2つの法律が交差する領域こそ、専門家である社労士の腕の見せ所です。両方のリスクを勘案し、貴社にとって最適かつ安全な落としどころを設計します。
ポイント3:「カラ出張」を防ぐための報告・精算ルール
どれだけ完璧な規程を作っても、運用がずさんでは意味がありません。特に「カラ出張(実態のない出張)」や経費の水増し請求は、会社の資産を損なうだけでなく、税務調査で発覚すれば会社全体の信用を失墜させます。
これを防ぐには、性善説に頼るのではなく、不正が起こりくい仕組みを規程に組み込むことが不可欠です。
証拠の厳格化
単なる領収書だけでなく、客観的な証拠の提出を義務付けます。
- 交通費:新幹線の切符購入の領収書だけでなく、実際に乗車したことがわかる「利用票」や、交通系ICカードの「利用履歴」の提出を求める。
- 宿泊費:予約確認メールではなく、実際に宿泊したホテルが発行する「宿泊証明書」や「領収書」を必須とする。
プロセスのシステム化
立替精算を極力減らし、会社が実態を把握できる仕組みを導入します。
- 法人カード・出張手配サービスの利用:航空券やホテルの予約は、原則として法人契約のクレジットカードや出張手配サービスを利用させることで、会社が直接利用状況を管理できます。
- 出張報告書の義務化:経費精算書とは別に、「いつ、どこで、誰と会い、何をしたか」を具体的に記載した出張報告書の提出を義務付けます。これにより、出張の業務実態が明確になり、不正の抑止力となります。
これらのルールは、従業員を疑うためではなく、会社と正直な従業員を守るための公正な仕組み(ガバナンス)として整備することが重要です。
出張旅費規程は就業規則本体に組み込むか、別規程で作成すべきか
出張旅費規程は、賃金に関するルールの一部であるため、法律上は「就業規則」の一部として扱われます。では、就業規則本体にすべて書き込むべきか、それとも別の規程として作成すべきでしょうか。
なぜ「別規程」での作成を推奨するのか
結論から言えば、就業規則とは別の独立した規程として作成することを強く推奨します。
理由は「柔軟性」と「管理コスト」です。宿泊費の相場や交通費は、社会経済の状況によって変動します。就業規則本体を変更するには、従業員代表からの意見聴取や労働基準監督署への届出など、厳格な手続きが必要です。
一方、別規程にしておけば、金額の見直しなど軽微な変更が生じた際に、就業規則本体に手を入れることなく、より機動的に対応できます。
就業規則に含める場合の最低限の記載事項
もし就業規則と一体化させる場合でも、詳細をすべて書き込むのは避けるべきです。就業規則の旅費に関する条項には、「従業員の出張に関する事項は、別途定める『出張旅費規程』による。」という一文を記載するに留めましょう。
これにより、法的な位置づけを明確にしつつ、運用上の柔軟性を確保することができます。
最終的に社労士へ依頼すべき理由
テンプレートを参考に自社で規程を作成することも可能ですが、なぜ最終的に専門家である社労士に依頼すべきなのでしょうか。それは、テンプレートでは決してカバーできない、本質的な価値を提供できるからです。
テンプレートでは不可能な「労務リスク」の洗い出し
前述の通り、出張旅費規程には税務リスクだけでなく、「同一労働同一賃金」に代表される労務リスクが潜んでいます。パートタイマーや契約社員の待遇、役職間の格差設定など、テンプレートはこれらの個別具体的なリスクを想定していません。安易な規程が、思わぬ労務紛争の引き金になることもあります。

税務・労務の両面から「最適な落としどころ」を提案できる
社労士は、労働法の専門家であると同時に、給与計算や社会保険を通じて税務にも精通しています。税務署が納得する「税務上の合理性」と、従業員が納得し、法律にも準拠した「労務上の公正性」。この両面をクリアする最適なバランスを見つけ出し、貴社だけの規程を設計できるのが最大の強みです。
作成後の「適切な運用」まで見据えたサポート
規程は作って終わりではありません。労働基準法では、作成・変更した就業規則(出張旅費規程も含む)を全従業員に周知する義務が定められています。この周知を怠ると、せっかく作った規程が無効と判断されることさえあります。
社労士は、規程作成後の従業員説明会の実施方法や、法的に有効な周知手続きまで、円滑な運用をトータルでサポートします。
よくある質問
Q. 日当の相場はいくらですか?
A. 法的な上限額はありませんが、一般的には宿泊を伴う出張の場合、役員で5,000円~10,000円、一般社員で2,000円~3,000円程度が社会通念上相当な範囲と解釈されることが多いです。ただし、最も重要なのは金額そのものよりも、「なぜその金額にしたのか」という客観的な根拠です。企業の規模や同業他社の水準、国家公務員の基準などを参考に、総合的に判断して設定する必要があります。
Q. インボイス制度開始で何か変わりますか?
A. はい、規程の重要性がさらに増しました。インボイス制度には「出張旅費等特例」があり、規程に基づき支給される日当や実費精算が難しい旅費については、インボイスがなくても仕入税額控除が認められます。しかし、これはあくまで消費税の話です。法人税や所得税の観点では、領収書がない日当などの経費を損金として認めてもらうためには、支払いの根拠となる「出張旅費規程」がこれまで以上に重要な証拠(証憑)となります。
Q. パートタイマーにも適用すべきですか?
A. はい、適用すべきです。雇用形態だけを理由に不合理な待遇差を設けることは、「パートタイム・有期雇用労働法」が定める同一労働同一賃金の原則に反する可能性があります。業務命令によって正社員と同じ内容の出張をするのであれば、原則として正社員と同様に規程を適用し、日当や旅費を支給する必要があります。

Q. 規程作成後、従業員への周知は必要ですか?
A. はい、必須です。就業規則と同様に、作成・変更した規程は全従業員に周知する義務が労働基準法で定められています。周知されて初めて法的な効力を持つため、説明会の実施や社内イントラネットへの掲示、書面での交付など、全従業員がいつでも内容を確認できる状態にしなければなりません。
まとめ
本記事で提供したテンプレートは、出張旅費規程作成の第一歩に過ぎません。しかし、最も重要なのは、そのひな形を「いかに自社の実態に合わせて、税務署や従業員に説明できる形にカスタマイズするか」という点にあります。安易な規程は、将来の追徴課税という大きなリスクになりかねません。
貴社の大切な資産を守り、従業員が安心して働ける環境を整えるため、出張旅費規程の整備は専門家である社労士事務所altruloopにぜひご相談ください。 社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。