社会保険「算定基礎届」とは?提出方法・記載ポイントを社労士が解説

年に一度の算定基礎届、初めてのご担当で「何から手をつければ…」「もし間違えたら従業員に迷惑をかけてしまうのでは…」と、大きなプレッシャーを感じていませんか?そのお気持ち、よく分かります。算定基礎届は、従業員の生活に直結する社会保険料を決める重要な手続き。だからこそ、絶対に間違えられないという不安がつきまといます。

この記事では、数多くの企業様をサポートしてきた私たち社労士事務所altruloopが、担当者の方が最もつまずきやすいポイントに絞って、やるべきことを分かりやすく解説します。網羅的なマニュアルではなく、「ここさえ押さえれば大丈夫」という急所を理解することで、あなたの不安を「自分でもできる」という自信に変えることをお約束します。

目次

そもそも「算定基礎届」とは?たった1つの目的を理解しよう

複雑に見える手続きも、その目的をシンプルに理解するだけで、ぐっと取り組みやすくなります。算定基礎届とは何か、まずはその核心から見ていきましょう。

目的は「9月からの社会保険料」を正しく決めるため

算定基礎届の目的は、たった一つです。それは、「毎年9月から翌年8月までの1年間、従業員が支払う社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)の基準額を決定すること」です。

毎年4月、5月、6月に支払われた給与の平均額をもとに、「標準報酬月額」という基準額を算出します。この標準報酬月額に保険料率を掛けて、毎月の社会保険料が決まる仕組みです。

なぜ年に一度、このような見直しが必要なのでしょうか。それは、昇給や手当の変動によって従業員の給与は変わるためです。給与の実態とかけ離れた保険料にならないよう、定期的に「今の給与額」に合わせて保険料を算出し直す。これが算定基礎届の役割であり、従業員にとっても会社にとっても、公平で納得感のある制度を維持するための大切な手続きなのです。

いつまでに出す?【毎年7月10日】が提出期限

算定基礎届の提出期限は、毎年7月10日です。この日付は全国共通で、原則として延長は認められません。

なぜこれほど厳格なのでしょうか。それは、日本年金機構が全国の何百万という事業所から集まった膨大なデータを処理し、9月からの新しい保険料を確定させるために、タイトなスケジュールで動いているからです。一つの事業所の遅れが、全体の計算に影響を及ぼしかねません。期限は絶対であると認識し、計画的に準備を進めることが重要です。

誰が対象?【7月1日時点】の全従業員

算定基礎届の対象となるのは、その年の7月1日時点で社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入している全ての被保険者です。

正社員はもちろん、代表取締役などの役員、そして社会保険の加入要件を満たしているパートタイマーやアルバイトも含まれます。雇用形態や役職は関係ありません。「7月1日時点で社会保険に加入しているか」という一点で判断します。

例えば、6月30日付で退職した従業員は対象外ですが、7月1日時点では在籍しているため、7月15日に退職予定の従業員は対象となります。この「7月1日」という基準日を正確に把握することが、最初の重要なステップです。

【最重要】ここだけは押さえて!算定基礎届で「一番つまずく」2大ポイント

ここからが本題です。算定基礎届でミスが発生する箇所は、実はほぼ決まっています。これから解説する2つのポイントを完璧にマスターすれば、手続きの9割は乗り越えたと言っても過言ではありません。多くの担当者が頭を悩ませる「急所」を、具体例とともに徹底解説します。

ポイント①:「支払基礎日数」は給与形態で数え方が違う

「支払基礎日数」は、報酬を支払う対象となった日数のことです。この日数が17日以上(短時間労働者は11日以上)ある月のみが、標準報酬月額の計算対象となります。そして、この日数の数え方が、給与形態によって全く異なるため、非常に間違いやすいのです。

月給者・週給者の場合:暦日数でカウントする

月給や週給で給与が定められている従業員の場合、支払基礎日数は「その月の暦日数」となります。欠勤や遅刻早退があっても、給与から控除されない限り、暦日数でカウントします。

具体例: 月給制のAさんが、5月(31日間)に体調不良で5日間欠勤したとします。この場合でも、Aさんの給与は「5月分」として支払われるため、支払基礎日数は欠勤があったかどうかに関わらず「31日」となります。

なぜなら、月給制の契約は「1ヶ月間、会社に在籍し労働を提供する」という契約だからです。実際に働いた日数ではなく、契約上の期間が基準となります。この原則を覚えておけば、迷うことはありません。

日給者・時給者の場合:出勤日数でカウントする

日給や時給で働くパートタイマーやアルバイトの場合、支払基礎日数は「実際に出勤した日数」となります。

具体例: 時給制のBさんが、4月(30日間)に15日間出勤したとします。この場合、支払基礎日数は働いた日数そのものである「15日」となります。

こちらはシンプルです。給与が「働いた時間や日数」という実績に基づいて支払われるため、その実績日数をそのまま記入します。

この2つのルールの違いを混同してしまうと、計算の前提がすべて崩れてしまいます。「この従業員は月給か、それとも時給か?」という契約形態をまず確認し、それに合った正しいルールで日数を数えることが、ミスを防ぐ第一歩です。

ポイント②:「報酬月額」に含めるもの・含めないものの具体例

支払基礎日数の次に難しいのが、「どの手当を報酬に含めるか」という判断です。ここで迷う担当者の方は非常に多くいらっしゃいます。

判断に迷ったときは、この黄金ルールを思い出してください。 「その支払いは、労働の対価として経常的に(定期的に)支払われるものか?」

この問いに「Yes」と答えられるものは、原則としてすべて報酬に含まれます。社会保険における「報酬」とは、健康保険法で「賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」と非常に広く定義されています。

この定義に基づき、具体的にどの手当が含まれ、どの手当が含まれないのかを一覧表にまとめました。自社の給与明細と見比べながら確認してください。

項目報酬に含めるか根拠・判断のポイント
基本給含める労働の対価として経常的に支払われる賃金の根幹です。
残業手当・深夜手当・休日手当含める労働の対価として支払われるものです。毎月金額が変動しても、経常的な手当として含めます。
通勤手当含める金銭で支給されるものは、実費精算であっても名称を問わず報酬に含まれます。所得税法上の非課税通勤手当も対象です。
住宅手当含める従業員の生活を補助する目的で経常的に支払われるため、労働の対価と見なされます。
役職手当含める職務内容や責任に応じて経常的に支払われるため、報酬の根幹部分です。
家族手当・扶養手当含める従業員の生活基盤に応じて経常的に支払われるため、報酬に含まれます。
食事手当(金銭支給)含める金銭で支給される手当は、名称を問わず報酬となります。
食事(現物支給)原則、含める食事代の3分の2以上を従業員が負担していない場合、厚生労働大臣が定める価額で金銭に換算して含めます。
年4回以上支給される賞与含める年に4回以上支給される賞与は、通常の報酬(給与)と見なされ、算定基礎届の対象となります。
出張手当・日当含めない会社の業務命令で発生した費用の実費弁償的な性質が強く、労働の対価とは見なされないためです。
慶弔見舞金(結婚祝金など)含めない恩恵的・臨時的に支払われるものであり、経常的な労働の対価ではないためです。
会社負担の生命保険料など含めない福利厚生目的であり、労働の対価性が低いと判断されるためです。
退職金含めない臨時に支払われるものであり、経常的な報酬には該当しません。(退職時に支払われるもの)
賞与(年3回以下)含めない年3回以下の賞与は「算定基礎届」の対象外です。別途「被保険者賞与支払届」で社会保険料を計算します。

この表の「根拠・判断のポイント」を理解することが重要です。単に暗記するのではなく、「なぜそう判断されるのか」という理由を把握することで、表にない手当が出てきた場合でも応用が利くようになります。

【要注意】通勤手当・残業代・現物支給も報酬です

上記リストの中でも、特に判断を誤りやすい3つの項目について、さらに詳しく解説します。

通勤手当は非課税でも報酬に含める

最も多い間違いの一つが通勤手当です。「所得税が非課税だから、社会保険料もかからないはず」と思い込んでしまうケースが後を絶ちません。しかし、所得税のルールと社会保険のルールは全く別物です。社会保険では、金銭で支払われる通勤手当は、全額が報酬に含まれます。6ヶ月定期代をまとめて支給している場合は、1ヶ月あたりの金額に換算して各月の報酬に加えます。

残業代は変動しても報酬に含める

「残業代は月によって金額が大きく違うから、含めなくて良いのでは?」という疑問もよく聞かれます。これも誤りです。残業代はまさしく「労働の対価」そのものです。算定基礎届では、4月・5月・6月の3ヶ月間の平均を取ることで、こうした月々の変動を平準化します。そのため、残業が多かった月も少なかった月も、正直に支払われた実績額をそのまま記入してください。

現物支給は金銭に換算して報酬に含める

社宅や食事など、金銭以外で支給される「現物給与」も、従業員にとって経済的な利益となるため、原則として報酬に含まれます。例えば、会社が格安の家賃で社宅を提供している場合、近隣の同じような物件の相場家賃との差額が「報酬」と見なされることがあります。食事についても、会社が全額負担していたり、従業員の負担額が非常に少なかったりする場合は、定められた価額に換算して報酬に加える必要があります。判断が非常に難しいため、現物支給がある場合は専門家への確認をおすすめします。

3ステップで完了!算定基礎届の記入から提出までの流れ

つまずきやすいポイントを理解したら、あとは手順に沿って進めるだけです。ここでは、実際の作業の流れを3つのステップに分けて解説します。

ステップ①:年金事務所から届く書類を確認する

毎年5月下旬から6月にかけて、管轄の年金事務所(または健康保険組合)から算定基礎届の用紙一式が郵送されてきます。

この書類には、7月1日時点での被保険者情報(氏名、生年月日、現在の標準報酬月額など)がすでに印字されていることがほとんどです。まずは、この印字されている従業員リストに漏れや誤りがないか、退職者が含まれていないかなどを確認しましょう。ここが作業のスタート地点です。

ステップ②:4月・5月・6月の給与をもとに記入する

次に、会社の賃金台帳や給与明細を用意し、4月・5月・6月に支払った給与額を従業員一人ひとりについて転記していきます。

記入する主な項目は以下の通りです。

  • 昇(降)給・休職の状況:4月~6月の間に給与変動や休職がなかったかを確認します。
  • 支払基礎日数:前述のルールに従い、月給者なら「暦日数」、時給者なら「出勤日数」を記入します。
  • 通貨によるものの額(給与・手当):通勤手当などを含めた、金銭で支払った報酬の総額を記入します。
  • 現物によるものの額:社宅や食事などの現物給与があれば、換算額を記入します。
  • 合計と平均:3ヶ月分の報酬を合計し、3で割って平均額(報酬月額)を算出します。
  • 備考欄:支払基礎日数が17日未満の月がある場合や、特別な事情がある場合に理由を記入します。

このステップが作業の大部分を占めます。特に「支払基礎日数」と「報酬に含める手当の範囲」を間違えないよう、細心の注意を払いましょう。

ステップ③:電子申請または郵送で提出する

すべての記入が完了したら、代表者印を押印し、7月10日の期限までに提出します。提出方法は主に2つあります。

  • 電子申請(e-Gov):政府の電子申請システムを利用する方法です。24時間いつでも申請でき、提出記録が残るため安心です。近年は電子申請が主流になってきています。
  • 郵送または窓口持参:管轄の年金事務所へ郵送するか、直接窓口へ持参します。郵送の場合は、必ず控えのコピーを取っておきましょう。

電子申請のメリットや導入方法については、今後別の記事で詳しく解説する予定です。

よくある質問

最後に、算定基礎届に関して担当者の方からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q. 提出が遅れたり、忘れたりしたらどうなりますか?

まず、年金事務所から電話や文書で督促が来ます。それでも提出しない場合、健康保険法第208条に基づき、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。また、年金事務所が職権で標準報酬月額を決定することもあり、その結果、延滞金が発生するケースもあります。遅れたと気づいた時点で、速やかに年金事務所に連絡し、指示を仰ぐことが最も重要です。

Q. 提出した後に、記入ミスに気づきました。どうすればいいですか?

慌てる必要はありません。ミスは誰にでも起こり得ます。間違いに気づいた場合は、速やかに「算定基礎届訂正届」を提出してください。この訂正届で正しい内容を報告すれば、問題なく修正されます。大切なのは、ミスを放置せず、気づいた時点ですぐに行動することです。

Q. パートタイマーやアルバイトも対象になりますか?

はい、対象になります。雇用形態(正社員、パート、アルバイトなど)は関係ありません。社会保険の加入者であれば、全ての人が算定基礎届の提出対象です。パートタイマーの方の社会保険加入条件については、複雑な部分もあるため、不明な点があれば専門家にご相談ください。

パート・アルバイトの社会保険加入条件については、こちらの記事で詳しく解説しています。

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Q. 4~6月の途中で昇給(給与改定)があった場合はどう書けばいいですか?

これは専門的な判断が必要なケースです。昇給後の給与で3ヶ月間の平均を出し、その結果、標準報酬月額が2等級以上変動する場合は、「随時改定(月額変更届)」の対象となる可能性があります。随時改定に該当する場合は、算定基礎届とは別の手続きが必要です。

どの月に給与改定があったか、固定的賃金の変動はあったかなど、状況によって対応が異なります。誤った手続きは従業員の不利益に繋がるため、このようなケースでは、私たちのような社労士へご相談いただくことを強くおすすめします。

まとめ

算定基礎届は、年に一度、従業員の大切な社会保険料を決めるための非常に重要な手続きです。その重要性ゆえに、担当者の方にかかるプレッシャーは大きいものがあります。

しかし、この記事で解説した通り、つまずきやすいポイント、間違えやすい急所はほぼ決まっています。

  • 「支払基礎日数」は月給者(暦日数)と時給者(出勤日数)で数え方が違うこと
  • 「報酬」には所得税非課税の通勤手当や変動する残業代も含まれること

この2大ポイントさえ正確に押さえれば、算定基礎届は決して怖い手続きではありません。この記事が、あなたの不安を解消し、自信を持って業務に取り組むための一助となれば幸いです。もし、自社のケースで判断に迷う場合や、手続きに少しでも不安を感じる場合は、専門家の力を借りることも有効な選択肢です。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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