従業員からの「副業をしたい」という申し出に、どう対応すべきかお悩みではありませんか?就業規則に副業の定めがないまま放置すると、長時間労働による健康問題や情報漏洩など、思わぬ労務トラブルに発展しかねません。
この記事では、「就業規則に規定がない」状態から、副業を安全に許可するための就業規則の具体的な記載例と、トラブルを防ぐための必須ポイントを、多くの企業を支援してきた社労士事務所altruloopが実務に即して徹底解説します。
まず確認:就業規則に「副業」の定めがない場合のリスク
「特にルールを決めていない」「相談されたら都度、口頭で許可している」という企業は少なくありません。しかし、この「ルールがない」状態こそが、最も危険です。まずは、副業規定がないことで会社がどのようなリスクを負うのかを具体的に見ていきましょう。
放置は危険!副業規定がないと起こる3大トラブル
副業に関するルールを定めずに放置すると、主に以下の3つのトラブルが発生する可能性があります。
長時間労働による健康問題と安全配慮義務違反
従業員の労働時間は、本業と副業の時間を「通算」して管理するのが法律上の大原則です。つまり、自社での労働が6時間、副業先で3時間働いた場合、その日の労働時間は合計9時間と見なされます。法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた分は、割増賃金の支払い対象となります。 ルールがないと、会社は従業員の副業状況を把握できず、気づかぬうちに長時間労働をさせてしまうことになります。これにより、従業員の健康が損なわれれば、会社は「安全配慮義務」を問われ、損害賠償責任を負うリスクがあります。
情報漏洩・競業による利益相反
副業の内容によっては、自社の機密情報(顧客リスト、技術情報、事業計画など)が漏洩するリスクが高まります。特に、同業他社での副業は、意図せずとも情報が流出したり、自社の顧客が奪われたりする「競業」のリスクに直結します。明確なルールがなければ、どこまでが許される行為なのか従業員も判断できず、深刻な経営ダメージにつながる可能性があります。近年、転職や副業をきっかけとした営業秘密の漏洩事件は後を絶ちません。
企業の社会的信用の失墜
従業員が、公序良俗に反する副業や、反社会的な活動に関わる副業を行った場合、その従業員が所属する「会社」の評判も傷つくおそれがあります。SNSなどで情報が拡散しやすい現代において、従業員個人の問題が、会社のブランドイメージや社会的信用を大きく損なうケースも少なくありません。
なぜ「許可制」の導入が最も現実的なのか
では、これらのリスクを管理するために、企業はどのような方針をとるべきでしょうか。選択肢は主に「全面禁止」「届出制」「許可制」の3つですが、結論から言えば「許可制」が最も現実的かつ安全な選択肢です。
- 全面禁止は現実的ではない:そもそも、労働時間以外の時間をどう使うかは基本的に労働者の自由です。そのため、就業規則で副業を全面的に禁止しても、その規定自体が裁判で無効と判断される可能性が高いのが実情です。
- 「届出制」では不十分:厚生労働省のモデル就業規則では「届出制」が示されていますが、これは従業員が「副業を始めます」と事後に報告する制度です。会社としては、リスクのある副業が始まってからでないと対応できず、 問題発生を未然に防ぐという観点では不十分です。
- 「許可制」でリスクを事前審査:一方、「許可制」は、従業員が副業を始める前に会社に申請し、会社がその内容を審査して許可を与える制度です。これにより、会社は事前に副業の内容を把握し、前述した「長時間労働」「情報漏洩」「信用失墜」などのリスクがないかを確認できます。従業員の自由を尊重しつつ、企業としての防御策を講じることができる、最もバランスの取れた方法と言えます。
判例から見る「会社が副業を制限できるケース」
「許可制」を導入する上で最も重要なのが、「何を基準に許可・不許可を判断するか」です。会社の恣意的な判断は許されず、客観的で合理的な理由が必要です。過去の裁判例を基に、厚生労働省のガイドラインでも、会社が副業を制限できるのは、主に以下の4つのケースとされています。この4つの基準を就業規則に明記することが、有効な「許可制」運用の鍵となります。
- 労務提供上の支障がある場合:副業による疲労で、本業に遅刻・欠勤が増えたり、業務中のパフォーマンスが著しく低下したりするケースです。例えば、深夜まで及ぶ長時間の副業が原因で、本業の日中に居眠りをするなど、明らかに業務に支障が出ている場合が該当します(小川建設事件など)。
- 企業秘密が漏洩する場合:副業の内容が、自社の技術やノウハウ、顧客情報などを扱うもので、情報漏洩のリスクが極めて高いケースです。
- 競業により自社の利益が害される場合:自社と直接競合する企業で働く、あるいは自ら競合する事業を立ち上げるなど、自社の利益を直接的に損なうケースです(ナショナルシューズ事件など)。
- 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合:反社会的な活動や、会社の社会的評価を著しく傷つけるような副業が該当します。
逆に、これらのケースに該当しないにもかかわらず、会社が副業を不許可としたり、副業を理由に解雇したりした場合は、不当な措置として無効と判断される可能性があります(十和田運輸事件など)。
【記載例】今すぐ使える!副業許可制の就業規則 条文モデル
それでは、具体的に就業規則にどのように規定すればよいのでしょうか。ここでは、「就業規則に副業規定がない」状態から、安全な「許可制」へ移行するための条文モデルを、各条文の目的と合わせて解説します。
第〇条(副業・兼業)
第1項(基本方針):許可制を明確にする条文
労働者は、会社の所定労働時間外において、会社の許可を得た場合に限り、副業・兼業(以下「副業」という)を行うことができる。
【この条文の目的】 この一文で、自社の副業に関する基本スタンスが「許可制」であることを明確に宣言します。原則として副業は認めるものの、無断で行うことは認めないという会社の意思表示です。これにより、「言った・言わない」のトラブルや、従業員による勝手な解釈を防ぎます。
第2項(許可基準):会社が「許可しない」場合の具体的なケース
会社は、従業員から前項の許可申請があった場合において、当該副業が次の各号のいずれかに該当すると判断した場合は、これを許可しない。
- 副業を行うことにより、心身の過度の疲労などから、会社の業務に対する誠実な労務の提供に支障を生じるおそれがある場合
- 会社の業務上知り得た企業秘密(営業上・技術上の情報、個人情報等)が漏洩するおそれがある場合
- 会社と競合する事業を行う、または競合する企業に所属するなど、会社の正当な利益を害するおそれがある場合
- 会社の社会的信用や名誉を損なう、または損なうおそれがある場合
- その他、前各号に準ずる事由があると会社が合理的に判断した場合
【この条文の目的】 不許可とする場合の基準を具体的に示す、リスク管理の核となる条文です。前述した判例に基づく4つのケースを明記することで、会社の判断基準が恣意的ではなく、客観的で合理的であることを示します。これにより、万が一トラブルになった際にも、会社の正当性を主張しやすくなります。
第3項(届出義務):副業の申請手続きを定める条文
副業を希望する従業員は、あらかじめ会社所定の「副業・兼業許可申請書」に必要事項を記入の上、所属長を経由して人事部に提出し、会社の許可を得なければならない。
【この条文の目的】 許可を得るための具体的な手続きを定めます。「誰に」「何を」「いつまでに」提出するのかを明確にすることで、申請プロセスをスムーズにし、会社が必要な情報を確実に収集できるようにします。
第4項(許可の取消)
会社は、第1項に基づき副業を許可した後であっても、当該従業員の副業が第2項各号のいずれかに該当するに至った、またはそのおそれがあると判断した場合には、当該許可を取り消し、または条件の変更を命じることができる。
【この条文の目的】 一度許可した後も、状況に変化があれば対応できることを定めておきます。例えば、許可当初は問題なかったものの、副業の業務量が増えて本業に支障が出始めた、といったケースに対応するためのセーフティネットです。
失敗しない就業規則変更の2ステップと従業員への伝え方
副業規定を新設するには、就業規則の「変更」手続きが必要です。この手続きを正しく踏まないと、せっかく作ったルールが無効になってしまうこともあります。ここでは、失敗しないための2つのステップを解説します。
ステップ1:就業規則の変更と労働基準監督署への届出
就業規則の変更は、法律で定められた手順に沿って進める必要があります。
- 変更案の作成:上で解説した条文モデルなどを参考に、自社の実情に合った規定案を作成します。
- 意見聴取と意見書の作成:作成した変更案を、労働者の過半数を代表する者(労働組合がない場合)に提示し、意見を聴きます。反対意見が出たとしても、その意見を記載した「意見書」を作成すれば手続き上は問題ありません。重要なのは「意見を聴く」というプロセスそのものです。
- 就業規則(変更)届の作成:所定の様式である「就業規則(変更)届」を作成します。
- 労働基準監督署への届出:完成した「変更後の就業規則」「意見書」「就業規則(変更)届」の3点セットを、管轄の労働基準監督署へ提出します。
就業規則の変更手続きに関する詳細な内容は、こちらの記事も参考にしてください。 (内部リンク想定:就業規則の変更手続きに関する記事への導線)
ステップ2:従業員への説明会と周知のポイント
就業規則は、労働基準監督署に届け出ただけでは効力が発生しません。従業員に周知して初めて有効となります。周知の方法は、事業所の見やすい場所への掲示や、社内サーバーへのデータ保管などがあります。
しかし、単に掲示するだけでなく、従業員向けの説明会を開くことを強く推奨します。説明会では、以下のポイントを丁寧に伝えましょう。
- なぜルールを作るのか:これは従業員を縛るためのものではなく、「会社と従業員双方を予期せぬトラブルから守るため」のルールであることを強調します。
- 許可制の目的:長時間労働による健康被害や情報漏洩といった具体的なリスクを共有し、それを未然に防ぐために事前の確認が必要であることを説明します。
- ポジティブな側面を伝える:ルールを整備することで、会社として安心して副業を後押しできる体制が整う、という前向きなメッセージを伝えることが重要です。
【雛形あり】副業許可申請書の活用法
許可制を運用する上で不可欠なのが「副業・兼業許可申請書」です。この申請書は、会社が許可・不許可を判断するための重要な情報源となります。最低限、以下の項目は盛り込みましょう。
項目 | 記載させる理由(会社が確認するポイント) |
---|---|
副業先の名称・所在地・事業内容 | 競業に当たらないか、会社の信用を損なう事業でないかを確認するため。 |
副業先での業務内容 | 情報漏洩のリスクがないか、自社の業務と関連性が高すぎないかを確認するため。 |
契約形態(雇用、業務委託など) | 労働時間の通算が必要な「雇用契約」かどうかを判断するため。 |
契約期間・就業日時・労働時間 | 長時間労働につながらないか、本業への支障が出ないかを確認するため。 |
誓約事項 | 「本業に支障をきたさない」「会社の秘密を漏洩しない」等を従業員自身に再認識させるため。 |
以下にシンプルな申請書の雛形(テンプレート)を示します。
副業・兼業 許可申請書
年 月 日 代表取締役社長 殿
所属: 氏名:㊞
就業規則第〇条に基づき、下記のとおり副業・兼業の許可を申請いたします。
記
- 副業先の情報
- 名称:
- 所在地:
- 事業内容:
- 副業の内容
- 業務内容:
- 契約形態:□ 雇用契約 □ 業務委託契約 □ その他( )
- 契約期間: 年 月 日 ~ 年 月 日
- 就業日時・時間:
- 曜日:
- 時間帯: 時 分 ~ 時 分
- 1週間あたりの総労働時間(目安):約 時間
【誓約事項】 私は、上記の副業・兼業を行うにあたり、下記事項を遵守することを誓約いたします。
- 会社の業務に支障をきたさぬよう、自己の健康管理・時間管理に万全を期します。
- 会社の業務を通じて知り得た機密情報、個人情報を一切漏洩いたしません。
- 会社の信用や名誉を毀損する行為は一切行いません。
- 副業・兼業の状況に変更があった場合は、速やかに会社に報告いたします。
以上
よくある質問
最後に、副業規定に関して人事担当者からよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 副業を全面的に禁止することはできますか?
原則として禁止はできません。労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由だからです。ただし、企業秩序に影響を与えるなど、本記事で解説したような合理的な理由がある場合は、その範囲で制限が可能です。
Q. どんな副業でも許可しなければいけませんか?
いいえ、その必要はありません。本業への支障(労務提供上の支障)、情報漏洩のリスク、競業避止義務違反、会社の社会的信用の失墜につながる副業については、許可しないことが可能です。これを就業規則の許可基準として明記しておくことが、トラブル防止の鍵となります。
Q. 副業中の労働時間はどう管理すればいいですか?
労働時間は、自社と副業先の労働時間を通算して管理する必要があります。法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた部分は割増賃金の支払い対象となるため、副業を申請する際に労働時間等を申告させる仕組みが不可欠です。従業員からの自己申告を基本とし、申請書や定期的な報告で状況を把握しましょう。
Q. 副業が原因で問題が起きたら解雇できますか?
副業を理由に即時解雇することは極めて困難です。ただし、副業によって本業に著しい支障が生じたり、会社の信用を大きく損なったりした場合など、その程度が重大であれば、就業規則の懲戒規定に基づき、まずは譴責や減給といった軽い処分から検討します。改善が見られない場合に、最終的な手段として解雇を検討することになりますが、その有効性は慎重に判断されるため、専門家への相談が不可欠です。
まとめ
副業の解禁は、従業員のスキルアップや定着率向上につながる一方、ルールが曖昧なままでは大きなリスクを伴います。最も危険なのは「なんとなく許可」してしまうことです。重要なのは、厚生労働省のモデルを参考にしつつも、自社の実情に合わせて「本業への支障」や「情報漏洩」といった具体的なリスクを管理できる「許可制」の規定を整備することです。正しいルール作りで、会社と従業員の双方を守り、健全な副業を推進していきましょう。
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