中小企業のための賃金規程作成・見直しガイド(賃金トラブル・評価制度連動・法改正対応)

中小企業の経営者や人事担当者にとって、社員の賃金ルールを明文化した「賃金規程」は、安全な労務管理の要です。賃金規程を整備することで、給与計算の根拠が明確になり賃金トラブルを防止できます。また、社員の評価制度と賃金を連動させて公平な昇給・賞与を実現し、従業員のモチベーション向上にもつなげられます。さらに、賃金規程を最新の法律に適合させておくことで、法改正にも確実に対応でき、違反リスクを回避できます。

本記事では、「就業規則 賃金 規程」をキーワードに、従業員100名以下の中小企業向けに賃金規程の目的や重要性、法的要件、作成・見直しの具体的ステップ、注意点やよくあるミス、そして雛形の活用方法と社労士(社会保険労務士)の活用メリットまで徹底解説します。賃金規程を整備・改善して、社員が安心して働ける環境を整えましょう。初回相談無料や全国対応の専門家の力も借りつつ、自社に最適な賃金規程づくりに取り組んでみてください。

目次

賃金規程とは何か?その目的と重要性

賃金規程の定義と役割

賃金規程とは、企業が従業員に支払う賃金に関するルールを定めた文書です。一般的には就業規則の一部として位置づけられ、基本給や各種手当の決定方法、賃金の計算方法、支払い方法、締め日と支払日、昇給や賞与の基準など、給与に関するあらゆる取り決めを明文化します。労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出義務があり、その中で賃金に関する事項は「絶対的必要記載事項」とされています。つまり、一定規模(従業員10名以上)の会社では賃金規程を含む就業規則を整備することが法的に求められるのです。なお、就業規則の賃金部分を独立した「賃金規程」または「給与規程」として作成するケースも多く、分離することで賃金項目を詳細に定めやすくなります。企業規模によらず、賃金規程を設けることは経営者側にも従業員側にもメリットがあり、労使双方が賃金条件を正しく理解・共有するための重要な役割を果たします。

賃金規程が必要な理由

1.賃金トラブルの防止: 賃金規程を整備する最大の目的は、給与をめぐるトラブル防止です。賃金の決定根拠や計算方法が社内で共有されていないと、「残業代の計算が不透明」「手当の支給基準が曖昧」などの不満・誤解が生じやすく、未払い残業代請求や待遇に対する訴えといった紛争に発展しかねません。賃金規程で給与計算の根拠や支給ルールを明示しておけば、支給額についての認識のズレを防げます。例えば、遅刻早退や欠勤時の減額計算方法を定めていれば、「なぜこの額が控除されたのか?」という社員の疑問にも即答でき、納得を得やすくなります。明文化されたルールは客観的な判断基準となり、感情的な争いを未然に防ぐ効果があります。

2.公平性・納得感の向上(評価制度との連動): 賃金規程には昇給・賞与の時期や評価基準も盛り込みます。これにより、人事評価制度と賃金を連動させ、給与決定に公平性を持たせることができます。例えば、昇給の基準を規程せず経営者の裁量や主観で昇給額を決めていると、従業員は「評価が公平に行われていないのではないか」「なぜ自分の昇給が少ないのか」と不信感を抱きやすくなります。賃金規程で客観的な評価に基づく昇給・昇格のルールを明確に定めておけば、従業員は納得感を持ち、モチベーションアップにつながります。たとえば「毎年○月に人事評価を実施し、その結果に応じて等級や昇給額を決定する」などと明記することで、社員は自分の努力が給与にどう反映されるか理解できます。また、同じ仕事をしているのに雇用形態や性別で不当に賃金が異なるようなケースも防ぎやすくなり、近年重要性が増している同一労働同一賃金の原則にも沿った公正な待遇を実現できます。

3.法令遵守とリスク回避: 賃金に関する法律は随時改正されるため、常に最新の法規制に適合したルール整備が必要です。賃金規程を設けていれば、法改正のたびに社内規程を見直す仕組みができ、結果的にコンプライアンスを確保できます。例えば、最低賃金額の改定(最低賃金法)や残業代の割増率変更(労働基準法の改正:中小企業でも月60時間超残業の割増率50%適用が始まった等)に合わせて、賃金規程をアップデートすることで法違反による罰則や訴訟リスクを防げます。万一トラブルが起きた場合でも、整備された賃金規程は会社の主張を支える根拠となり得ます。一方、規程がなかったり古いままだと、労働基準監督署の調査や社員からの指摘により是正を求められることもあります。従業員が常時10名以上いる事業所では賃金規程の策定・届け出自体が法的義務であるため、その意味でも賃金規程は必須の社内ルールと言えるでしょう。

以上のように、賃金規程はトラブル防止・公平な人事運用・法令遵守という観点から、中小企業においても非常に重要です。明確で適正な賃金規程を整備することが、健全な労使関係とスムーズな給与運用の土台となります。

賃金規程の法的要件と記載すべき項目

法的に必要な記載事項

賃金規程には法律上、必ず記載しなければならない項目が定められています。労働基準法第89条では就業規則の絶対的必要記載事項として賃金に関する以下の内容を挙げています。

  • 賃金の決定方法: 賃金額の決め方や構成要素について記載します。具体的には基本給の決定基準(例:職務等級や経験年数による給与表など)や各種手当の種類と支給条件を定めます。賃金テーブルや等級ごとの給与レンジがある場合は、その旨を示すと社員にも分かりやすいでしょう。また、出来高払いや歩合給を採用している場合は、その決定方法も明示する必要があります。
  • 賃金の計算方法: 月給制・日給制・時給制の別、計算式や算出方法を記載します。例えば月給制であれば月給額を月所定労働時間で割って時給換算する方法、日割計算の方法(暦日割りか労働日数割りか等)、残業代や深夜・休日割増賃金の計算方法などを詳細に定めます。ノーワーク・ノーペイの原則(働かなかった時間分の賃金は支払わない)に基づき、欠勤や遅刻早退時にどのように控除計算するかも明確にしましょう。計算方法が曖昧だと後々の支給額に関する争いの火種となるため、できる限り具体的に記載することが重要です。
  • 賃金の支払い方法: 賃金をどのような形で支払うか(現金払い、銀行振込など)を定めます。労働基準法第24条の定める賃金支払いの五原則(通貨払い・直接払い・全額払い・毎月一回以上払い・定期日払い)を踏まえ、原則として現金で直接本人に全額を月1回以上、一定期日に支払うことが基本です。ただし、昨今は従業員の同意を得て銀行振込で支払うのが一般的なので、その旨を規程します(例:「毎月○日、従業員名義の銀行口座へ振り込む」など)。交通費など経費精算分を給与と合算する場合の扱いも決めておくとよいでしょう。
  • 賃金の締め切り日と支払い時期: どの期間働いた賃金をいつ支払うかを明示します。例えば「毎月末日を賃金計算締切日とし、翌月25日に支払う」等、締日と支払日を規程します。締日と支給日の間隔は業務の都合で設定できますが、給与計算実務に無理のない範囲で定めます(締日から支給日まで20日以内程度が一般的です)。また、月末が休日の場合の繰上げ・繰下げ払いの取扱いも記載しておくと確実です。支払日の遅延や不定期な変更は五原則の「定期日払い」に反する可能性があるため注意しましょう。
  • 昇給に関する事項: 賃金がどのようなタイミング・条件で増額されるかを定めます。例えば「昇給は毎年○月に人事考課を実施し、その結果に基づき年1回行う」や「業績および勤務成績に応じて不定期に昇給を行う場合がある」等、昇給の時期や評価基準、決定方法を具体的に示します。昇給額の決定方法(定額昇給か評価に応じた変動昇給か)や、昇給が見送られるケース(業績悪化等で特例的に昇給無など)があるならその条件も明記しておくと透明性が高まります。昇給に関する明確な基準は、社員の将来の処遇見通しを立てる助けとなり、不安の解消につながります。

上記が賃金規程に必ず記載すべき事項(絶対的記載事項)です。漏れなく記載しないと、労基法違反として30万円以下の罰金刑等のペナルティ対象となり得るため注意が必要です。例えば各種手当を支給しているのに賃金規程に記載し忘れると、「本来就業規則に定めるべき事項の不備」と見做される可能性があります。法定項目は会社規模に関わらず重要なので、しっかり網羅しましょう。

任意で記載することが望ましい項目

上記の必須項目以外にも、企業が独自の賃金制度を設けている場合には記載が必要な項目(相対的必要記載事項)や、定めておくと運用上望ましい項目があります。自社の状況に応じ、以下の事項を賃金規程に織り込むことを検討しましょう。

  • 賞与(ボーナス)など臨時の賃金: 賞与や決算手当など、毎月の給与以外に支給する金銭がある場合は、その項目を定めます。法律上賞与の支給は義務ではありませんが、一度賃金規程で「年2回賞与支給」などと規程すれば、その支払い義務が生じます。そのため、賞与を支給する場合は支給回数・時期(例:毎年○月と○月)、算定基準(例:業績と個人評価に基づき支給額決定)、支給対象者を具体的に記載しましょう。業績悪化で賞与ゼロとなる可能性があるなら「会社業績等により支給しない場合がある」旨も記載してリスクヘッジします。賞与の評価期間や評価項目も明示できれば、従業員は自分の成果が賞与にどう反映されるか理解しやすくなります。
  • 退職金制度: 退職金を設けている企業は、退職手当の適用範囲(どの従業員が対象か)、退職手当の決定・計算方法、支給方法・時期などを就業規則内の退職金規程または賃金規程に記載する必要があります。例えば「正社員として3年以上勤務した者に退職金を支給」「算定基礎は最終月給×支給率(勤続年数に応じて)」「退職日の○ヶ月以内に銀行振込」等です。中小企業では退職金制度がない場合もありますが、その場合は賃金規程に特に記載は要りません(制度が無ければ相対的記載事項として該当しないため)。しかし一時金的に功労金を出すことがあるなら、その扱いも含め検討しましょう。
  • 最低賃金額: 自社で独自に定める最低賃金(社内最低賃金)がある場合には、その金額を記載します。多くの企業では法定の地域別最低賃金を下回らないよう給与設定するだけですが、職種や等級ごとに「○○等級は月給△万円以上」など社内基準を設けることがあります。その際は賃金表などで明文化しましょう。特に賃金の据え置きや減額があっても最低保障する額などを決めている場合(保障給)は記載が必要です。また、法定最低賃金を下回る賃金契約は無効となりますので、規程の額が毎年の最低賃金改定に遅れないよう注意する意味でも、条文化しておくと管理しやすくなります。
  • 各種手当の詳細: 基本給以外に支給する諸手当(家族手当、通勤手当、資格手当、役職手当、精勤手当、住宅手当など)がある場合、その支給条件・支給額・計算方法を具体的に記載することが望ましいです。法律上、手当ごとの細かな金額まで書く義務はありませんが、明記しておくことで社員にとって給与内訳が理解しやすくなりますし、会社側も支給漏れや恣意的運用を防げます。例えば「通勤手当は実費(月額上限○万円)、通勤距離○km未満は支給対象外」「資格手当は○○の資格保有者に毎月△円」などと定めます。手当の金額を明記するか、種類と支給ルールだけ明記するかは運用方針によりますが、一度金額まで明記すると変更時に規程改定が必要になる点は留意しましょう(頻繁に新しい資格手当を追加する可能性がある場合、資格手当の定義のみ記載し金額は社内規程に別途一覧化する方法もあります)。
  • 賃金からの控除項目: 社会保険料や源泉所得税など法定控除項目以外に、会社が従業員給与から控除するものがある場合は、その旨を規程しておく必要があります。労基法の「全額払いの原則」により、法定控除や労使協定に基づく控除以外は勝手に天引きできません。よくあるのは社宅家賃の控除や労使協定による財形貯蓄控除などです。これらを行う場合、「従業員の同意または労使協定により○○の費用を給与天引きすることがある」等と記載し、何を控除する可能性があるか明示しましょう。特に罰則としての減給(制裁控除)は上限が給与の10%まで等制限がありますから、減給処分の規程と合わせて賃金規程にも触れておくと安心です。
  • 雇用形態ごとの賃金設定: 正社員とパート・アルバイト等で賃金体系が異なる場合、それぞれについて規程を設けることも望ましいです。就業規則を雇用形態別に分けるケースもありますが、一つの賃金規程内で「正社員については第○章、パートタイマーについては第○章で定める」など区分立てして記載します。雇用形態によって基本給の計算や手当の有無が違う場合、何をもって区分するか(週の労働時間や契約期間など)も含め定義を示すと誤解を生みません。これは同一労働同一賃金の観点から、不合理な待遇差がないか確認する意味でも重要です。たとえば「所定労働時間が週30時間未満の従業員を短時間正社員とし、賞与・退職金の支給対象外とする」といった具合に、待遇差の根拠を明文化しておきます。

以上が任意項目の例ですが、自社独自の賃金制度やルールは可能な限り賃金規程に盛り込むことが大切です。雛形や一般論ではカバーしきれない部分こそ、自社の実情に合わせて追記・修正しましょう。逆に、法律上要求されていない事項でも記載が不十分だと社内運用で混乱が生じるケースがあります。たとえば賃金の端数処理方法(1円未満の四捨五入等)も、定めておくと細かい計算を巡る混乱を避けられます。このように、法定必須項目+相対的記載事項に加えて、運用上必要な任意事項まで網羅した賃金規程を作成することが理想です。

賃金規程の作成・見直しのステップ

賃金規程を新たに作成する場合も、既存の規程を見直す場合も、段取りを踏んで進めることが成功の鍵です。ここでは、中小企業が賃金規程を作成・改定する際の一般的なステップを解説します。

①現状の課題の洗い出し

まずは現状分析から始めます。 自社の現在の賃金制度や運用状況を点検し、問題点や見直しニーズを洗い出しましょう。具体的には以下の観点で現状をチェックします。

既存規程・制度の把握

すでに就業規則や賃金規程がある場合、その内容が現行の給与制度や法律に合致しているか確認します。何年も改定していない規程の場合、内容が時代遅れになっている可能性があります。例えば「基本給+皆勤手当」の賃金体系だが実際には皆勤手当を廃止して久しい、にも関わらず規程に残っている、といったケースです。また、2019年以降の働き方改革関連法や同一労働同一賃金への対応状況も確認します。「法改正への対応不足」は見落としがちなポイントなので、最新の労務トピックを洗い出し、現行規程とのギャップを把握しましょう。

賃金トラブルの有無

過去に社員から賃金に関する不満・トラブル提起が無かったかを振り返ります。残業代の支払い漏れを指摘された、不明瞭な手当支給で揉めた、人事評価と昇給額の関係について不信感を持たれた、などの事例があれば、それは規程見直しのヒントになります。従業員の声を聞くことも有益です。給与についてどんな不安や不満があるのか、匿名アンケート等で把握すれば、規程に盛り込むべき改善点が見えてきます。

他社状況や法令基準との比較

業界水準に照らして自社の賃金体系が大きく逸脱していないか確認します。例えば最低賃金すれすれの時給設定になっていないか、法定の割増率や支給基準を下回る独自ルールを設けていないか(※そのような規程は無効になる可能性があります)、逆に手厚いけれど曖昧に運用されている制度はないか、などを点検します。社会保険労務士や労務コンサルタントに依頼すれば、他社の事例や最新の法令動向を踏まえた診断を受けることもできます(初回相談無料で対応している専門家も多く存在します)。

評価制度・経営方針との整合

賃金は経営戦略や人事評価制度とも深く関わります。もし新たに業績連動型の賞与制度を導入した、成果主義の人事評価を始めた、といった変化がある場合、それに合わせた賃金規程の見直しが必要です。賃金規程と評価制度の連動が図られていないと、評価制度を導入しても給与反映が不透明で社員の納得を得られません。現行の評価制度や人事制度上で賃金とリンクすべき項目(昇給昇格要件、インセンティブ支給条件など)を洗い出し、規程に反映する準備をします。

以上のように、現状を多角的に分析して課題リストを作成しましょう。この段階で課題を明確にしておくことで、次の設計フェーズで盛り込むべき項目や改善方向性がはっきりします。例えば「手当の支給条件が属人的で不明確」という課題が見つかれば、「手当の定義と金額を明文化する」という改善目標が立ちます。現状の課題を洗い出す作業は地味ですが、賃金規程作成の成否を分ける重要なステップです。

②規程内容の設計と文書化

課題を踏まえたら、実際に賃金規程の内容を設計して文書化していきます。この段階では具体的な条文や文言を作成する作業になります。以下の手順で進めるとスムーズです。

記載すべき項目のリストアップ

前章で述べた法定必須項目(賃金決定方法、計算方法、支払い方法、締日・支給日、昇給事項)と、自社で必要な相対的・任意項目(賞与、退職金、手当各種、最低賃金、控除項目、雇用形態別事項 等)をすべて書き出します。漏れが無いようにチェックリスト形式で確認しましょう。厚生労働省が公開しているモデル就業規則や各種雛形を参考にすると、必要項目の洗い出しに役立ちます。

各項目の具体的ルールを決定

リストアップした項目について、自社の賃金制度に合わせた具体的内容を検討・決定します。例えば、基本給の決定方法なら等級表があるのか、試用期間中は別給与か、役職手当の額はいくらか、皆勤手当を廃止する代わりに基本給に統合するか等、現状の課題や将来の運用を踏まえてルールを練ります。関係部署とも議論して、無理なく運用でき公平性も担保できる内容にしましょう。ここで決めた内容がそのまま規程の文言になりますので、経営者の意向と社員の納得のバランスが取れた制度設計を目指します。

条文化(ドラフト作成)

各ルールを就業規則の書式に沿って条文として書き起こします。既存の就業規則の体裁がある場合はそれに従い、「第○条 賃金(月給制とし、その内訳は基本給および以下の手当による)」等のように番号を振っていきます。初めて作成する場合はモデル規程を雛形にするとよいでしょう。ただし雛形のまま流用するのは避け、自社用にカスタマイズした文言にします。曖昧な表現は避け、「〜の場合は○○とする」「〜により算出する」などできるだけ明確で一義的に解釈できる書き方を心がけます。法令の条文を参考にしつつ、専門用語には必要に応じてカッコ書きで説明を添えると親切です。

内部レビューと修正

ドラフトができたら、経営陣や人事責任者、現場管理職など関係者に内容を確認してもらいます。この段階で不明確な点や実情にそぐわない点がないかチェックします。例えば「この表現では在宅勤務者の通勤手当が不明だ」など運用上の疑問が出れば条文を修正します。また、社内の代表的な社員(従業員代表に予定の人など)の意見を早めに聞いてみるのも有効です。従業員目線で理解しにくい箇所がないか、納得できる内容かをフィードバックしてもらい、必要なら調整します。労働条件の不利益変更(社員にデメリットがある変更)を含む場合は、特に慎重に文言と制度内容を検討しましょう。労働者への説明可能性を意識して、合理的な変更理由や経過措置などもあわせて検討します。

最終決定と規程完成

レビューを経て必要な修正を行ったら、経営者(使用者)による最終決裁を経て規程内容を確定させます。これで賃金規程の草案は完成です。社内規程として正式な文書に落とし込み、印刷・製本する場合は体裁を整えます。電子データで管理する場合もありますが、従業員へ配布するなら紙面でも用意するとよいでしょう。ここまでで賃金規程という文書の作成フェーズは完了です。

規程内容の設計・文書化ステップでは、専門知識が要求される場面も多々あります。社会保険労務士や弁護士等の専門家にチェックを依頼すれば、法違反となる恐れのある箇所の指摘や、業界標準に照らしたアドバイスを受けられます。中小企業では自前で詳細な規程を作るのが難しいこともありますので、必要に応じてプロの力を借りましょう。全国対応可能な社労士事務所も多く、遠隔でも文案のレビューを受けることができます。初回相談無料で受け付けている専門家もいますので、疑問点は気軽に相談しながら進めると安心です。

③従業員への周知と運用

完成した賃金規程は、社内で適切に周知し実際の運用に乗せて初めて意味を持ちます。周知と運用のステップでは、以下のポイントを押さえましょう。

労基署への届出(必要な場合)

従業員10名以上の会社で就業規則(賃金規程を含む)を新規作成または変更した場合、所轄の労働基準監督署への届出が法的に必要です。届出には、作成・改定した賃金規程本体の他に、社員の過半数代表者(労働者代表)からの意見書を添付する必要があります。労働者代表とは、選出方法など適正な手続きで社員から選ばれた代表者のことです。代表者に新しい賃金規程の内容を説明し、「本規程案に対し意見なし」等の所見を書いてもらいます。この意見書を添えて届出を行うことで、形式上の手続きは完了です。届出を怠ると労基法違反となり、30万円以下の罰金が科される可能性がありますので注意してください。特に就業規則をそもそも作成していなかった場合や、変更したのに届け出を忘れていると指摘されるケースがあります。届出は速やかに行いましょう。

従業員への説明・周知

賃金規程は作成して終わりではなく、全従業員に周知し、誰でも内容を確認できる状態にすることが法律上も求められます(労基法第106条)。周知義務を怠ると、せっかく作った規程も社員への効力を持たないとみなされ、さらに30万円以下の罰金の対象ともなり得ます。新しい規程を導入した際は、社員説明会を開く、文書や社内メールで改定趣旨とポイントを案内する、イントラネットや社内掲示板に掲載するなどして、社員一人ひとりに内容を理解させる機会を作りましょう。特に賃金に直結する重要事項なので、不明点は質問を受け付け丁寧に説明します。不利益変更がある場合は、社員の同意を得る努力が必要です。書面で同意書をもらうのがベターですが、難しい場合も納得が得られるまで説明を尽くしましょう。「知りませんでした」でトラブルにならないよう、周知徹底が肝心です。

運用開始と定着

周知が完了したら、定めたルール通りに給与計算や人事運用を行います。初回の給与支給時には新ルールで問題が起きないか慎重に確認しましょう。例えば、新たに設定した手当が正しく支給されているか、控除項目に漏れはないか、計算方法変更による差異について社員に説明したか、などチェックします。賃金規程と実際の運用内容が食い違ってはいけませんので、規程と実務の整合性を常に意識します。もし運用していく中で規程に不備が見つかった場合は、早めに是正措置を取りましょう(軽微な誤記修正等であれば労基署へ訂正届を出すなど)。

個別労働契約との整合性

社員との雇用契約書や労働条件通知書に記載された賃金条件とも矛盾がないか確認が必要です。賃金規程を改定した際に、従前の個別契約と条件が変わる場合は、契約更新時に新条件へ変更する手続きを踏みます。就業規則と労働契約書の不整合はトラブルのもとですので、「就業規則に定めるところによる」と契約書に記載している部分も含めて、内容を一致させておきます。例えば契約書に「皆勤手当月1万円」と書いていたが規程上は廃止した場合、契約書を書き換える必要があります。これを怠ると「書面では支給とあるのに払われていない」といったクレームにつながります。

最後に、運用状況のモニタリングも重要です。新しい賃金規程施行後しばらくは、社員の反応や現場の声を聞き、問題がないか注意深く観察しましょう。もし想定外の不満や混乱が出た場合は、追加説明や運用の微調整で対応します。規程はあくまで文書ですので、それを活かすも殺すも運用次第です。日々の給与計算や人事評価の場面で規程を拠り所にしながら、公平・着実に賃金管理を行ってください。

賃金規程作成時の注意点とよくあるミス

賃金規程を作成・改定する際には、いくつか注意すべきポイントがあります。ここでは、中小企業で起こりがちなミスや落とし穴を取り上げ、対策とともに解説します。

曖昧な表現のリスク

賃金規程の条文において、曖昧な表現や不明確な記載は絶対に避けましょう。曖昧さは後々のトラブルの火種になります。典型的なミスとして、以下のようなケースがあります。

条件をぼかした書き方

例えば「業績が特に良好な場合、賞与を支給することがある」など、一見柔軟性を持たせているようで実は基準が全く分からない表現です。これでは社員は自分が賞与をもらえるのか予測できず不安ですし、会社側も「特に良好」の線引きを巡って恣意的と批判されかねません。定性的な表現はできるだけ数値や具体例で補足し、「経常利益が前年比○%以上の場合、基本給○ヶ月分の賞与を支給する」等、判断基準を可能な範囲で示します。また「〜することがある」ではなく、「〜する」か「〜しないか」を明確化し、例外があるならその条件を書きます。

専門用語や法律用語の未定義使用

賃金規程には「平均賃金」や「所定労働時間」「管理監督者」など、労働法上定義のある用語が出てきます。これらを使う際には法律上の定義に沿った使い方をするか、誤解が生じないように注意が必要です。例えば管理監督者(残業代支給対象外の管理職)の定義を誤って広く捉えすぎると、違法なサービス残業を招く恐れがあります。言葉の定義は就業規則の冒頭や該当条文内に注記しておくと親切です。また社内独自の呼称(例:「準社員」など)がある場合も、その待遇や正社員との差異を曖昧にせず明文化します。

例外事項の書き漏れ

賃金規程は原則を書くだけでなく、想定される例外ケースの扱いも定めておく必要があります。例えば「試用期間中の賃金が本採用後と異なる場合」「育児・介護休業中の賃金(無給or有給の扱い)」「在籍出向の場合の給与負担」「非常時払い(事故や病気等緊急時に前借りを認めるか)」などです。これらが未定だと、いざその状況になったとき対応に迷い、トラブルになります。細かいようですが、「中途入社者の初月給与の日割計算方法」「端数の処理方法」など現実に起こり得るケースを洗い出し、一通り網羅しておくと安心です。曖昧なまま放置せず、可能な限り規程に反映しましょう。

対策

曖昧さを排除するためには、第三者の視点で条文を検証することが有効です。自社の人だけで作ると「社内では通じる言い回し」を無意識に使ってしまいがちです。専門家や他部署の人に読んでもらい、「この場合はどうなるの?」と突っ込みを入れてもらいましょう。すべての質問に即答できる状態が、明確な規程と言えます。また、自社で事例シミュレーションをするのも良策です。数パターンの社員モデルを想定し、その人たちの入社から退職まで賃金規程を当てはめてみて、解釈の迷う場面がないかチェックします。曖昧な表現が残らないよう丁寧に磨き上げることが、規程作成の仕上げとして重要です。

法改正への対応不足

賃金規程を定めた後も、社会情勢や法改正に応じて定期的に見直すことを怠ってはいけません。よくあるミスが、「作った賃金規程を何年も放置し、法改正に対応できていない」というケースです。

最低賃金の更新漏れ

日本では最低賃金額が毎年見直されており、ここ数年は年率数%のペースで上昇しています。規程に具体的な金額を記載していなくても、会社として支払っている給与額が最低賃金未満になると違法です。特にパートやアルバイトの時給を長らく据え置いていると、気づかぬうちに最低賃金を下回るリスクがあります。毎年の最低賃金改定時には自社の賃金テーブルを点検し、該当者がいれば速やかに調整するとともに、その旨を規程にも反映します。

残業代割増率等の変更

2019年の労基法改正で、中小企業にも月60時間超の時間外労働に対する割増率50%が2023年4月から適用されました。このように残業代計算ルールが変わる法改正は賃金規程に直結します。規程中に具体的数値を入れていなくても、「法定割増率による」と書いておけば問題ないと思われがちですが、注意が必要です。社内で36協定の範囲以上の割増賃金率を独自設定している場合などは、その見直しが必要になることもあります。また、同一労働同一賃金の流れから、正社員と非正規社員の不合理な手当格差是正が求められるようになったのも近年の動きです。こうした労働法制のトレンドや改正に遅れず対応しましょう。

社会保険制度等の変更

賃金規程には直接関係なくとも、育児介護休業制度の拡充や、高年齢者雇用安定法による定年延長など、人事制度全般の改正が行われれば賃金にも影響が及びます。例えば定年を65歳に延長したら、賃金規程の昇給停止時期や退職金の支給タイミング等を変える必要が出るかもしれません。法改正のニュースには常にアンテナを張り、関連しそうな事項があれば賃金規程や就業規則全体を見直すきっかけにします。

対策賃金規程は一度作ったら終わりではなく、「生きた文書」として定期メンテナンスする意識を持ちましょう。最低でも年に一度、人事責任者が規程内容をざっと再確認し、法改正情報と突き合わせる習慣をつけます。厚生労働省や労働局の発信する情報、信頼できる労務管理のニュースレターなどを購読しておくと便利です。また、社会保険労務士と顧問契約をしておけば、主要な法改正の際に通知・アドバイスを受けることができます。「制度変更や法改正の都度の見直し」を怠らないことで、常に最新かつ適法な賃金規程を保つことができます。

従業員とのトラブルを防ぐために

賃金規程がせっかく整備されても、従業員とのコミュニケーションや同意形成が不十分だと、かえって不信感やトラブルを招く恐れがあります。以下の点に注意し、社員との良好な関係を維持しましょう。

規程改定時の説明不足

賃金規程を変更する際、特に社員に不利益となる改定(減給、手当廃止等)を行う場合には、事前の説明と同意取り付けが極めて重要です。法律上は労働者代表の意見聴取で足りますが、現実には社員一人ひとりの理解と納得を得なければ、後々「聞いていない」「同意していない」という不満から紛争に発展することがあります。不利益変更を行う理由(会社の経営状況や制度改革の必要性)を丁寧に説明し、代替措置や経過措置を提案するなどして、社員の理解を求めましょう。場合によっては金銭的な補償(例えば手当廃止の代わりに一時金支給)を検討するのも円満な解決策です。

個別交渉と整合性

賃金規程は全社員に適用されるルールですが、個別の事情によって特別扱いをしているケースがあると注意が必要です。例えば「社長の親族社員だけ特別手当を支給している」「特定社員と『将来部長に昇格させ月給○万円保証』と口頭で約束している」等の場合、規程との不整合が発生しています。こうした曖昧な特例措置は他の社員との軋轢を生むだけでなく、本人との約束が守れなかった際に深刻なトラブルになりかねません。可能であれば特例は廃止し規程に一本化するか、どうしても必要な特例は契約書や労使協定など書面で明確にすることです。賃金規程に則った運用を徹底し、個別事情は極力排除することが、公平性確保とトラブル防止につながります。

労働契約書との矛盾回避

前述しましたが、社員それぞれの労働契約書や給与通知書に記載された条件と賃金規程が矛盾していると混乱の元です。契約書類を最新の規程内容にアップデートし、差異を無くしましょう。例えば古い雇用契約書に「定年60歳、退職金支給あり」と書いてあるのに、規程改定で定年65歳・退職金制度廃止にした場合、その社員との契約を明示的に変更しないと後日揉めます。契約変更の合意書を交わすか、新しい労働条件通知書を発行するなどして、社員に周知・同意を取ります。就業規則と個別契約、双方の整合性を常にチェックしておきましょう。

就業規則未整備による不信

そもそも賃金規程を含む就業規則を作っていない、あるいは社員がそれを閲覧できない状況だと、社員の会社に対する不信感を招きます。「会社は何か隠しているのでは?」と思われないためにも、規程類はオープンにしておくことが大切です。社内の誰もが見られる場所(例えば社内ネットワークや共有フォルダ、冊子の備え付けなど)に最新版を常備し、「いつでも確認してください」と伝えましょう。周知していない規程は無効と見なされる可能性もあり、周知不足はそのままトラブル原因になります。

対策

従業員とのトラブルを防ぐには、規程策定のプロセスから実施後まで一貫したコミュニケーションが重要です。できれば規程見直し時に社員代表の意見を聞く場を設けたり、ドラフト段階で管理職から部下へ情報を流してもらったりすると、社員も「自分たちの声が反映された」と感じやすくなります。決定事項の通知も、一方的に通達するのではなく説明会やQA対応をセットで行うようにします。賃金は労働者の生活の根幹ですから、その変更には敏感になって当然です。だからこそ透明性と丁寧さをもって対応し、信頼関係を損なわないよう努めましょう。何か懸念が出た場合は早めに話し合いで解決し、規程にフィードバックする姿勢も大切です。

賃金規程の雛形とカスタマイズのポイント

賃金規程をゼロから作るのは大変ですが、世の中には参考になる雛形(ひな形)やモデル就業規則があります。それらを上手に活用しつつ、自社に合わせてカスタマイズすることがポイントです。

基本的な雛形の紹介

厚生労働省や各都道府県労働局では、中小企業向けにモデル就業規則を公開しています。その中には賃金規程パートも含まれており、法律に準拠した条文例が示されています。例えば厚労省のモデル就業規則では、賃金に関して「賃金の決定・計算・支払い方法」「賃金の締切日・支払日」「昇給」「退職手当」「臨時の賃金(賞与)」等についてひな形が用意されています。こうした公式の雛形は最低限盛り込むべき事項が網羅されているため、初心者でも漏れのない規程作成の助けになります。

また、民間の人事労務サイトや書籍でも給与規程のサンプルが掲載されています。社労士事務所や弁護士事務所のウェブサイトでも、「賃金規程のサンプル」や記載例を公開していることがあります。例えば基本給と諸手当の区分、具体的な手当額の書き方のパターン(詳細に金額を明示する方式と、種類だけ書く方式の比較)など、複数の書きぶりを提示している資料もあります。こうした雛形をいくつか入手して読み比べると、自社に適した形式が見えてくるでしょう。

雛形のメリット

  • 法律遵守の型ができている(法定項目が漏れなく入っている)。
  • 文章の言い回しや条文番号の振り方など形式が整っている。
  • 初心者でもとっつきやすく、一から書く手間を省ける。

一方で雛形はあくまで一般的なものなので、自社固有の事情は反映されていません。そのまま使うと実態にそぐわない可能性が高いです。雛形は叩き台と割り切り、必要最低限の骨組みとして利用しましょう。例えば多くの雛形では手当の種類が限定的ですが、自社が支給している手当を追加したり、逆に不要な項目は削除したりする必要があります。

注意

インターネット上で雛形を検索する際は、情報の信頼性に留意してください。古い情報や出所不明の規程サンプルを参照すると、法改正前の内容だったということもありえます。公式機関や専門家が提供する最新の雛形を使うようにしましょう。また、「無料の就業規則作成ツール」などもありますが、それで生成したものをそのまま使うのではなく、必ず内容を理解した上でカスタマイズしてください。

自社に合わせたカスタマイズ方法

雛形を基に賃金規程を作成する場合でも、最終的には自社の実情に合わせたカスタマイズが必要です。以下にカスタマイズ時のポイントをまとめます。

自社の賃金体系を正確に反映

雛形には基本給や主要手当の記載例がありますが、自社特有の賃金項目があれば必ず組み込みます。例えば営業職向けの「インセンティブボーナス」制度があるなら、その算定方法を条文化します。逆に雛形にあるけれど自社では該当しない項目(例:退職金制度が無いのに退職手当の条文がある)は削除します。現行の給与明細に載っている項目をすべて洗い出し、その一つひとつについて規程上どのように扱うか決めて記載するイメージです。

自社の人事制度と整合

賃金は人事制度の一部なので、評価制度や等級制度、人材育成方針とも整合させます。例えば人事評価で昇格・降格が決まる仕組みの場合、昇格時の号俸アップや降格時の減給の扱いを規程に明記します(減給は違法にならないよう注意しつつ、評価結果により降格・役職手当減額がある旨を記載)。等級制度があるなら等級ごとの賃金レンジや昇給要件を示します。新卒初任給や中途採用時の処遇基準など、人事戦略上決めている事項も反映します。自社の給与決定プロセスを文章に落とし込む感覚で、自社色の強い部分を描き出しましょう。

業界・職種特性の考慮

業種や職種によっては特殊な賃金ルールが必要です。例えば建設業であれば天候に左右される日給制労働者の最低保証、運送業であれば歩合給の保障額や安全運転手当の設定、販売業ならインセンティブの算定基準など。その業界特有の制度や、職種特性(深夜シフトが多い職場なら深夜手当計算の細則を厚めに書く等)を考慮します。中小企業は一社一社で事情が異なりますので、「自社ならではの給与ルール」をもれなく書き出すことがカスタマイズの肝心な点です。

社員にとって理解しやすい内容に

条文の形式は雛形通りでも、中身の表現は自社の社員が読みやすいよう工夫します。例えば専門用語ばかりではなく、必要に応じて平易な言葉で補足したり、別表を設けて視覚的に示したりする方法もあります。家族手当や資格手当の対象資格リストなどは別表にして賃金規程の末尾に添付すると見やすく管理しやすくなります(変更時に別表差し替えで済む利点も)。自社の社員層(高齢者が多い、新卒が多い 等)に応じて、誰が読んでも意図を理解できる記載を心がけましょう。難解すぎず、しかし正確にがポイントです。

将来の拡張性を確保

規程は将来の変化にも対応できる柔軟性を残しておくことも大切です。あまり細部まで固定しすぎると、新たな制度導入のたびに改定が必要になります。例えば「新しい手当を増やす可能性が高い」場合、手当額を網羅的に列挙するのではなく「その他会社が定める手当を支給することがある」などと包括的に書いておくのも一案です(ただし包括的すぎると曖昧になるのでバランスが必要)。現時点の制度を正確に反映しつつ、変更に対応できる余地を残す文章表現を検討しましょう。

カスタマイズの結果完成した賃金規程は、もはや最初に入手した雛形とは別物になっているかもしれません。それで問題ありません。重要なのは自社の実態に即していることです。どんなに立派な規程でも、現場とかけ離れていては機能しません。社員から質問を受けたときに「それは規程に書いてないから分からない」では困ります。自社らしい賃金規程に仕上げることで、規程と運用のギャップを最小限にでき、ルールが社内に根付くのです。

賃金規程の変更手続きと社労士の活用

賃金規程の作成後も、状況に応じて変更(改定)が必要になることがあります。最後に、賃金規程を変更する際の法的手続きと、専門家である社会保険労務士(社労士)を活用するメリットについて解説します。

変更時の法的手続き

賃金規程を変更する場合の手続きは、新規作成時と基本的に同じですが、特に不利益変更に該当する際には注意点があります。

労働者代表の意見聴取と届出

賃金規程を含む就業規則を変更する際は、変更案について従業員の過半数代表者から意見を聴取し、その意見書を添付して所轄労基署に届け出る必要があります(労基法第90条)。意見書は賛否を問わず「意見を聴いた」事実が重要ですが、実務上はできれば「社員代表の同意」を得られることが望ましいです。届出自体は会社の義務で、代表の反対意見があっても提出は可能ですが、反対多数の中で強行すると労使紛争の火種となります。事前に社員へ十分説明し理解を得てから届出するのが円満な変更の秘訣です。

不利益変更の有効性

賃金規程の変更で従業員にとって不利益となる変更(賃下げ、手当削減等)を行う場合、就業規則の不利益変更に関する法理が問題になります。判例上は「労働者にとって不利益な就業規則の変更も、変更後の就業規則を労働契約に適用することが合理的である場合は有効」とされています。その合理性判断には、変更の必要性や不利益の程度、代替措置の有無、労働組合や労働者との協議状況などが考慮されます。つまり、一方的に賃金を大幅カットするような変更は無効と判断される可能性があるのです。実務対応: 不利益変更をどうしても行う場合は、可能な限り社員の同意を得る(同意書を個別に取り交わす)ことが望ましいです。また、段階的減額や一時金支給などの経過措置で影響を緩和し、納得感を高める努力が必要です。最終的には合理性が問われるため、変更理由の正当性(会社存続のため必要等)をきちんと説明資料として残しておくことも大切でしょう。

変更後の周知

就業規則変更後も、社員への周知義務があります。改定内容を周知しないと新規程は効力を持ちません。変更点一覧を作成して配布する、改定版規程を社内掲示するなどして、全員が知り得る状態を作ります。特に賃金に関わる変更は社員生活に直結するため、口頭説明や質疑応答の場も設け、周知徹底を図りましょう。周知の方法は新規作成時と同様です。

行政手続き上の注意

賃金規程変更届を労基署に提出する際、もし複数の規程(就業規則本則やその他規程)を同時に変える場合は、それぞれに意見書を付けて提出します。提出後、労基署から内容について問い合わせを受けることもあります。不明点なく作成していれば問題ありませんが、仮に指摘事項があれば速やかに修正しましょう。届け出を怠ると罰則(30万円以下の罰金)対象になる点は重ねて注意してください。変更から遅滞なく届け出ることが肝要です。

社労士に依頼するメリット

賃金規程の作成や変更は専門知識を要するため、社会保険労務士(社労士)に相談・依頼する企業も多くあります。社労士を活用するメリットは以下の通りです。

最新の法令知識と専門ノウハウ

社労士は労働基準法や労働関連法規のスペシャリストです。頻繁な法改正にも精通しているため、自社の賃金規程が法に適合しているかチェックし、必要な修正点を指摘してもらえます。また、多くの企業の就業規則作成に携わっているため、業界標準や実務上問題になりやすい点も踏まえた助言が可能です。自社内だけでは気づけない抜け漏れやリスクも、専門家の目で見れば発見できます。

文書作成の効率化

経営者や人事担当者が本業の傍らで詳細な規程文書を作るのは大変ですが、社労士に依頼すればヒアリングに基づいてプロがドラフトを作成してくれます。自社は要望や現在の制度を伝えるだけで、雛形の準備や条文案作成といった作業負担を大幅に軽減できます。出来上がった案を確認して修正を加えるフローになるため、結果的に短時間で質の高い規程を整備できます。

トラブル防止のアドバイス

賃金に関するトラブル事例を数多く知っている社労士であれば、「こう書いておかないと以前他社で揉めたケースがある」など、実践的なアドバイスが得られます。例えば、「固定残業代制度を導入するなら、見込み時間数や超過分精算について明記すべき」など具体的に指導してもらえます。これにより将来の紛争リスクを低減した就業規則が作れます。

手続き代行とアフターフォロー

社労士に依頼すれば、労基署への届出書類の作成・提出も代行してもらえます。慣れない書式に悩む必要がなく、正確な手続きを任せられるので安心です。さらに、顧問契約を結んでおけば、法改正時の規程修正や労務トラブル発生時の相談など、継続的なフォローを受けられます。全国対応可能な社労士事務所も多く、メールやオンライン会議で気軽に相談できる体制が整っています。初回相談無料のところに問い合わせてみて、信頼できる専門家をパートナーにすると心強いでしょう。

本業への専念

賃金規程整備のような煩雑な業務を社労士に任せることで、経営者や担当者は本来の事業運営や戦略策定にリソースを集中できます。特に人事・総務スタッフが少ない中小企業では、アウトソーシングにより業務効率を高められます。プロに任せることで「見落としがあって罰則を受けるかも…」という不安から解放され、安心して事業に専念できるメリットもあります。

もちろん社労士への依頼には費用が発生しますが、賃金規程の完成度やトラブル回避による安心感を考えれば投資対効果は高いでしょう。費用は社労士事務所によって異なりますが、就業規則一式の作成で数万円〜十数万円程度、顧問契約なら月額数万円程度が一般的です。初回相談無料でヒアリング・見積もりしてくれる事務所もあるので、まずは問い合わせてみると良いでしょう。

まとめ

賃金規程は中小企業において、賃金トラブル防止や評価制度の適正運用、法令遵守のためになくてはならないものです。最初は大変に思えるかもしれませんが、本記事で述べたポイントを押さえて一歩ずつ進めれば、必ず自社にフィットした規程が作れます。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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