コンプライアンス規程の作成を考え、まずインターネットで「雛形」を探している担当者の方は多いのではないでしょうか。確かに雛形は規程作成の第一歩として非常に便利です。
この記事では、まず基本となるコンプライアンス規程の雛形を共有したうえでテンプレートのまま使用するリスクやカスタマイズのポイントを解説します。
ただ、企業ごとにカスタマイズするポイントが異なる部分もあるため、しっかりとした規則を作りたい場合はぜひ社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)へご相談ください
【ダウンロード可】コンプライアンス規程の無料テンプレート(雛形)
【テンプレート利用の注意点:貴社に合わせたカスタマイズが不可欠です】
のテンプレートは、法的な要件を満たすための一般的な枠組みを提供するものです。しかし、貴社の業務内容、働き方の実態、企業文化などを反映させなければ、意味のないものになってしまいます。 例えば、テンプレート上の休日規定が自社のシフト実態と異なっていたり、手当の規定が自社の支給実態と合っていなかったりすると、かえってトラブルの原因になりかねません。テンプレートはあくまで「たたき台」として活用し、必ず専門家である社労士に相談の上、自社に最適な形にカスタマイズしてください。
なぜ雛形のままではダメなのか?カスタマイズしない3つの深刻なリスク
上記の雛形を見て、「これで十分そうだ」と感じたとしたら、注意が必要です。自社の状況を反映させずに雛形をそのまま流用することは、3つの深刻なリスクを抱え込むことになります。
リスク1:実態と合わず、誰も守らない「置物規程」になる
雛形には、あらゆる業種を想定した一般的な条文が並んでいます。例えば、製造業向けの詳細な工場安全規程や、大企業向けの複雑な接待・贈答ルールなどです。あなたの会社が10人規模のIT企業であれば、これらの規定は全く無関係でしょう 。
問題は、従業員がこうした明らかに自社と無関係なルールを目にした時に起こります。「この規程は、うちの会社の実態に合っていないな」と感じた瞬間、規程全体の権威が失墜し始めるのです。無関係な条文の存在が、本来守るべき重要なルール(情報管理やハラスメント防止など)までも「どうせ形式的なものだろう」と軽視させるきっかけを与えてしまいます。
結果として、規程は誰にも意識されず、ただ保管されているだけの「置物」と化します。ルールを守る企業文化を醸成する第一歩が、規程への不信感から始まってしまうという、本末転倒な事態を招くのです。
リスク2:問題発生時に会社を守れない「穴だらけの盾」になる
雛形に書かれている服務規律は、「会社の信用を傷つける行為をしてはならない」といった、抽象的な表現に留まっていることがほとんどです 。平時であればこれでも問題ないかもしれません。しかし、いざ「問題社員」が現れた時、こうした曖昧なルールは全く役に立ちません。
例えば、従業員がSNSに備品の悪ふざけをする動画を投稿したとします(いわゆるバイトテロ)。会社として懲戒解雇などの厳しい処分を検討しても、本人が「会社の信用を傷つける意図はなかった」と主張した場合、抽象的な服務規律だけを根拠に処分を下すのは法的に非常に危険です 。
「SNSへ会社の許可なく業務関連の動画を投稿することを禁じる」といった具体的な禁止行為と、それに対応する懲戒処分が就業規則とセットで明記されていなければ、会社は有効な対抗策を取れません 。雛形は、こうした現代特有のリスクと、それに対する具体的な罰則を結びつける「法的根拠」という盾の役割を果たしてくれないのです。
リスク3:対外的な信用を失う「姿勢の証明」ができない
コンプライアンスに関するトラブル(情報漏洩、ハラスメントなど)が発生した際、行政や司法、そして社会から問われるのは「会社として、予防のために何をしていたか?」という点です。このとき、コンプライアンス規程は、会社がリスク予防に真摯に取り組んでいたことを証明する重要な証拠となります。
しかし、そこに提示されたのが誰でもダウンロードできる雛形そのものだったらどうでしょうか。それは「自社のリスクを分析し、独自の対策を講じていた」ことの証明にはなりません。むしろ、「コンプライアンス対応を形だけで済ませていた」という心証を与え、企業の社会的信用を大きく損なう結果につながります 。
優れたコンプライアンス規程は、単なる社内ルールではなく、社会に対する「私たちの会社は、これだけ真剣にリスクと向き合っています」という意思表明です。雛形のコピペは、その意思がない、あるいは希薄であると公言しているようなものなのです。
雛形を「自社の言葉」に!必須カスタマイズ3つのポイント
では、具体的に雛形のどこを、どのように変更すれば「自社仕様」の生きた規程になるのでしょうか。ここでは、絶対に押さえるべき3つのカスタマイズポイントを解説します。
ポイント1:「目的」条文に会社の魂を吹き込む
雛形の第1条「目的」は、単なる前置きではありません。これは、規程全体に魂を吹き込む、最も重要な条文です 。この規程が何のために存在するのか、会社として何を目指すのかを、自社の言葉で表現する場所です。
堅苦しい法律用語を並べるのではなく、自社の価値観や普段使っている言葉で語りかけることで、従業員の共感を呼び、規程がより身近なものになります 。
ポイント2:「遵守事項」で自社特有のリスクに網をかける
雛形の第4条「具体的な遵守事項」は、規程の心臓部です。ここで重要なのは、自社にとって最も発生確率が高く、発生した場合の影響が大きいリスクを見極め、そこから優先的に対策を講じることです 。
まず、自社の事業内容や働き方を基に、「うちの会社が一番トラブルになりそうなことは何か?」を洗い出しましょう 。その上で、規程に盛り込むべき具体策を検討します。
【業種別】コンプライアンスリスクの優先順位付け(具体例)
業種 | 最優先リスク | 規程に盛り込むべき具体策 |
IT / SaaS | 情報漏洩・個人情報保護違反 | ・顧客データのアクセス権限の厳格化 ・リモートワーク時のセキュリティルール(公共Wi-Fiでの業務禁止等) ・私物デバイスの業務利用に関する規定 |
小売 / 飲食 | SNS炎上(バイトテロ)、衛生管理 | ・勤務中の写真/動画撮影および許可なきSNS投稿の原則禁止 ・顧客への不適切な言動の禁止 ・店舗の衛生管理基準と違反時の対応の明記 |
建設業 | 安全管理、下請法違反 | ・現場での安全装備着用義務の徹底 ・危険作業に関する報告/許可プロセスの規定 ・下請業者への不当な要求(一方的な値引き、無償作業等)の禁止 |
人材サービス | 顧客情報・候補者情報の漏洩、偽装請負 | ・候補者情報の目的外利用の禁止 ・取引先企業に関する情報の守秘義務の再確認 ・業務における指揮命令系統に関するルールの明確化 |
曖昧なルールは解釈の余地を生み、違反の言い訳を許してしまいます。「許可なく会社のデータをUSBメモリ等で持ち出す行為」のように具体的に書くことで、従業員は「何をしてはいけないか」を明確に理解でき、違反行為への心理的なハードルが高まるのです 。
ポイント3:「相談窓口」を会社の規模に合わせて設計する
雛形の第5条にある「相談窓口」は、コンプライアンス違反の早期発見に不可欠です。しかし、その設計は企業の規模によって最適な形が異なります 。特に小規模な企業ほど、
通報者の心理的な安全性をどう確保するかが重要になります。
- 従業員10名未満のステージ
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- 課題: 社長や役員が直接の相談相手になりがちで、経営層に関する問題を相談しにくい。匿名性も確保しづらい 。
- 設計案: 特定の役員や管理職を「社内担当者」と定めます。しかし、それだけでは不十分です。従業員が安心して相談できる選択肢として、顧問社労士や弁護士といった「外部の専門家」を第二の窓口として併設することが極めて有効です 。
- 従業員10~50名のステージ
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- 課題: 専任の担当者がいても、「報告しても、どうせ上層部で握りつぶされるのでは」という不信感が生まれやすい。
- 設計案: 人事・総務担当者を正式な「社内窓口」と位置づけます。同時に、客観性と独立性を担保するため、法律事務所や専門機関と契約し、公式な「社外窓口」を設置します。社内・社外の2つのルートを従業員が自由に選べる体制は、現在のガイドラインでも推奨されており、制度への信頼性を格段に高めます 。
- 従業員50名以上のステージ
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- 課題: 相談件数が増え、調査や対応の負荷が特定の担当者に集中しがちになる 。
- 設計案: 人事、総務、法務などの関連部署からメンバーを選出し、「コンプライアンス委員会」のような横断的な体制を構築します 。調査や是正勧告をチームで担うことで、客観性と公平性を保ちやすくなります。このステージでも、経営幹部が関わるような重大案件に備え、独立した「社外窓口」の機能は維持することが望ましいです。
このように、会社の成長フェーズに合わせて窓口のあり方を進化させていく視点が、実効性のある制度運用の鍵となります。
よくある質問
コンプライアンス規程の作成や運用に関して、担当者の方からよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 就業規則とコンプライアンス規程、両方必要ですか?
はい、両方必要であり、それぞれ役割が異なります。 就業規則が労働時間や賃金といった労働条件の最低基準を定める「守りのルール」であるのに対し、コンプライアンス規程は企業が社会に対してどうあるべきか、どのような倫理観を持つかを示す「攻めのルール」としての側面を持ちます 。就業規則が従業員の基本的な権利と義務を定めるのに対し、コンプライアンス規程はより広い社会的責任や企業倫理までをカバーします。両者は互いに補完しあう関係にあり、一体で運用することで会社のリスク管理体制が強固になります。
就業規則の基本的な作成方法については、こちらの記事もご参照ください。

Q. 規程を作った後、従業員にどう周知すればいいですか?
作成して終わりではなく、全従業員への説明会を実施し、内容を自分事として捉えてもらうことが不可欠です。 単に規程を読み上げるだけでなく、「なぜこのルールが必要なのか」「過去に他社でどのような事例があったのか」といった背景や目的を、具体的なケーススタディを交えながら伝えることで、従業員の理解と納得感が深まります 。また、新入社員研修の必須項目に組み込むなど、継続的に教育を行う仕組み作りも重要です 。
Q. 罰則はどのくらい厳しくすればいいですか?
罰則の重さは、就業規則に定められた懲戒規程と必ず連動させる必要があります 。
懲戒処分の種類(けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇など)と、それに該当する違反行為を就業規則で具体的に定めておき、コンプライアンス規程違反がそのいずれに該当するかを判断します 。罰則は、違反行為の態様や結果の重大性などを考慮し、社会通念上、相当と認められる範囲で設定することが極めて重要です。独断で重すぎる罰則を科すと、後に無効と判断されるリスクがあります。
Q. 社労士に頼むメリットは何ですか?
自社だけでは気づきにくい客観的なリスクを洗い出せる点、法改正に迅速に対応した最新の規程を整備できる点、そして何より「規程を作って終わり」にせず、実効性を高める運用方法までサポートを受けられる点が大きなメリットです 。
特に、相談窓口の設計や従業員への研修方法など、規程を形骸化させずに「生きたルール」として定着させるためのノウハウは、社労士ならではの価値です 。初期投資はかかりますが、将来の重大なトラブルを未然に防ぐための、最も確実な経営判断と言えるでしょう。
まとめ
コンプライアンス規程の作成は、雛形をダウンロードして社名を書き換えたら完成、という単純な作業ではありません。雛形はあくまで出発点です。自社の事業内容、企業文化、そしてそこに潜む特有のリスクを正しく理解し、規程に反映させる「カスタマイズ」の工程こそが、会社を本当に守る上で最も重要です。
この記事で紹介した必須項目と3つのカスタマイズ術を参考に、ぜひ貴社だけの「生きたルール」作りに着手してみてください。それは、単なるリスク対策に留まらず、従業員が安心して働ける職場環境と、社会から信頼される企業文化を育むための、確かな礎となるはずです。
社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。