就業規則は、会社と従業員のルールブックともいえる重要な社内規程です。とくにベンチャー企業や中小企業では、創業時に就業規則を作成したまま内容を更新せずに放置しているケースも少なくありません。しかし近年は「就業規則のチェックポイント」が多くの経営者にとって関心事となっており、法改正への対応や働き方の多様化に合わせて定期的な見直しが必要です。
本記事では、社会保険労務士(社労士)の監修のもと、就業規則を見直す理由や具体的なチェックポイント、見直しの手順、そして専門家に相談するメリットまでを詳しく解説します。
就業規則の見直しが必要な理由
就業規則は一度作成すれば終わりではなく、定期的な見直しと更新が欠かせません。ここでは、なぜ就業規則の見直しが必要なのか、その主な理由を確認します。
法令改正への対応
労働関係法令は毎年のように改正が行われており、就業規則も最新の法律に適合させる必要があります。例えば、月60時間超の残業に対する割増賃金率の引き上げ(中小企業は2023年4月施行)や、同一労働同一賃金の対応(2020年~2021年施行)など、直近数年でも重要な改正が相次ぎました。就業規則の記載が古いままだと、知らないうちに法律違反の状態になっている可能性もあります。法改正に対応できていない就業規則を放置すると、労働基準監督署の調査で是正勧告を受けたり、最悪の場合30万円以下の罰金など法的ペナルティを科されるリスクもあります。こうした事態を避けるためにも、最新の法令に合わせて就業規則を見直すことが重要です。
加えて、育児・介護休業法の改正やパワハラ防止措置の義務化(中小企業では2022年4月から義務化)といった労働環境に関するルール変更も見逃せません。これらの法改正に伴い、「育児休業を分割して取得できる制度」や「ハラスメント相談窓口の設置」など、就業規則に盛り込むべき新しい項目が増えています。定期的に法改正情報をキャッチアップし、自社の規程が法令に照らして遅れていないかチェックすることが必要です。
労務トラブルの予防
就業規則を見直す大きな目的の一つが、労務トラブルの未然防止です。就業規則には労働条件や服務規律、懲戒処分の手続きなどを明文化しておくことで、会社と従業員双方が守るべきルールを明確にできます。内容が現状に合っていない古い就業規則のままだと、解釈のズレや不備から思わぬトラブルに発展する恐れがあります。
例えば、会社設立当初に厚生労働省のモデル就業規則をそのまま使っていて自社の実態に合っていない場合、従業員がその規則の存在を指摘して問題になるケースがあります。過去には、就業規則上は「退職金制度あり」と記載されていたために、経営者が想定していなかった退職金の支払い義務が生じてしまった例や、残業代の計算方法の記載ミスにより未払い残業代の請求トラブルに発展した例もあります。就業規則を現状に即して適正な内容に見直しておけば、労働条件を巡る誤解を防ぎ、従業員との紛争リスクを減らすことができます。
さらに、ハラスメントや不正行為に関する規定を整備しておくことで、問題発生時の対処もスムーズになります。逆に規定が曖昧だと、懲戒処分を下す際に「就業規則にない処分は無効」と主張される可能性もあります。定期的な見直しでトラブルの種を摘み取り、安心して働ける職場環境を整備しましょう。
企業の成長に伴う変化への対応
ベンチャー企業は日々成長し、創業時とは社内環境が大きく変化していきます。その組織の変化や事業拡大に合わせて就業規則もアップデートする必要があります。企業規模が大きくなるにつれ、従業員の働き方や福利厚生のニーズも変わってくるためです。
例えば、従業員数が増えてチームや部署が新設されたり、勤務形態が多様化した場合、勤務時間帯やシフト制の導入などに対応する規定が必要になるでしょう。正社員だけでなく契約社員やパートタイマー、派遣社員など雇用形態の異なるスタッフを抱えるようになれば、各雇用区分に応じた労働条件(例えば有給休暇の付与ルールや福利厚生の扱いなど)を明記することが重要です。【※従業員の種類によって不合理な待遇差がないか確認し、必要に応じて是正する(同一労働同一賃金の観点)】
また、事業内容の拡大や新規サービスの開始に伴い、必要な社内ルールも追加・変更されます。例えば出張や外部研修が増えれば旅費規程や研修受講のルールを定める必要が出てきますし、福利厚生を充実させたいなら休暇制度(リフレッシュ休暇など特別休暇の新設)を整備するかもしれません。こうした企業の成長に伴う変化に就業規則が追いついていないと、社内ルールが現実と乖離して形骸化してしまいかねません。定期的な見直しによって、会社の現状と就業規則の内容を常に一致させておくことが大切です。
さらに、最近ではベンチャー企業でもリモートワーク(テレワーク)や副業を導入するケースが増えています。これらについては後述のチェックポイントで詳しく触れますが、まさに時代の変化に応じた就業規則の改定事項といえます。企業が成長し働き方が変われば、その都度就業規則を見直す──これが健全な労務管理のポイントです。
就業規則のチェックポイント
続いて、具体的に就業規則の中でどの項目をチェックすべきか、主なポイントを解説します。就業規則には労働条件に関する重要事項が網羅されていますが、その中でも法令遵守と実態適合の観点で見直しておきたい項目をピックアップしました。各項目ごとに、自社の就業規則が適切かどうか確認してみましょう。
労働時間・休日・休暇の規定
労働時間や休日、休暇に関する規定は、労働基準法でも特に重要視される部分です。まず労働時間については、所定労働時間や始業・終業時刻、休憩時間が明確に定められているか確認します。フレックスタイム制やみなし労働時間制、裁量労働制など特殊な勤務体系を採用している場合は、その運用ルールがきちんと規定されていることが必要です。
時間外労働(残業)についても要チェックです。残業の上限や36協定に基づく延長時間について触れているか、割増賃金率が最新の法定率に対応しているかを確認しましょう。前述したように、中小企業でも2023年4月以降は月60時間超の残業に対する割増率50%適用が必要となりました。就業規則の賃金項目で時間外手当の率が旧来の25%のままになっていないか、チェックが欠かせません。
休日・休暇については、法定休日(少なくとも週1日)や年間の所定休日数、祝日の扱いなどが記載されているか確認します。有給休暇については、入社何ヶ月後に付与するか、付与日数や繰越し、計画年休制度の有無などを明示しましょう。特に年5日の有給休暇取得義務(2019年施行)に対応し、年休を取得させる仕組みについて触れられていることが望ましいです。
また、育児・介護休業や産前産後休業など法定の休暇制度も規定に盛り込む必要があります。育児・介護休業法の度重なる改正により、育児休業の分割取得や男性の産後パパ育休制度(出生時育児休業)など新しい制度が追加されています。自社の就業規則が最新の育児・介護休業制度に対応しているか、期間や手続きについて古い記載のままになっていないかチェックしましょう。例えば「育児休業は子が1歳になるまで」としか書いていない場合は、現在は最長2歳まで延長できる旨を反映させる必要があります。
賃金・手当・賞与の規定
賃金に関する規定も見直しの重要ポイントです。基本給の支払い方法(毎月◯日払い等)や計算期間、締め日と支払日が明記されていることは大前提です。その上で、各種手当(通勤手当、役職手当、時間外手当など)の支給条件や金額算定方法が明確になっているか確認しましょう。
特に割増賃金の項目は最新の法定水準に合わせておく必要があります。深夜残業手当(22時~5時は25%割増)や休日労働の割増率(35%)など、法律で定められた率以上になっているかをチェックします。前述のように、中小企業への猶予措置が廃止されたことで時間外60時間超の割増50%が必須となったため、その点も記載漏れがないか確認しましょう。
また、賞与(ボーナス)の扱いも就業規則で定めておくと安心です。賞与は会社の裁量による部分が大きいですが、支給時期や算定基準の概要(業績連動なのか、在籍要件はあるのか等)を記載しておくことで従業員の納得感が高まります。昨今では賞与のほか業績連動型のインセンティブや株式報酬制度を導入するベンチャーもありますが、その場合も基本的なルールを規程化しておくとよいでしょう。
給与の見直しルール(昇給・降給の条件)や退職金制度の有無についても明記が必要です。退職金を設けている場合は支給条件や算定方法を詳細に定めます。逆に退職金制度を採用していない場合でも、「当社は退職金を支給しない」旨を明確にしておくと誤解がありません。このように賃金に関する事項は、一律かつ明確なルールを示すことで不公平感の解消とトラブル予防につながります。
退職・解雇・懲戒の規定
退職や解雇、懲戒処分に関する規定は、会社と従業員の最もシビアな局面に関わるため、慎重にチェックすべき項目です。まず退職に関しては、自己都合退職の場合の手続き(退職の申し出は何日前までに届け出る必要があるか等)や有給消化の取扱い、退職時に返却すべき貸与物などについて定めておきます。
一方、会社都合退職(解雇)については、法律上濫用が厳しく制限されています。就業規則上でも解雇事由をできるだけ具体的に列挙し、どのような場合に解雇があり得るのかを明示することが重要です。「業務命令違反を繰り返した場合」「著しい経歴詐称が発覚した場合」など、想定されるケースを網羅的に記載します。ただし就業規則に定めていない理由での解雇は無効と判断されるリスクが高いため、解雇事由の記載漏れがないよう最新の状況に合わせて見直しましょう。また、近年問題となっている整理解雇(業績悪化による人員整理)の要件についても触れておくと、万一の場合の判断基準が示せます。
懲戒処分の規定も細かく点検しましょう。懲戒の種類(戒告、減給、出勤停止、諭旨退職、懲戒解雇など)と適用事由を明確に定め、手続き(本人の弁明機会を与えるなど)も記載しておきます。特に懲戒解雇は重い処分のため、就業規則上に定めた重大な違反行為があった場合に限定するのが一般的です。例えば「横領、背任行為があった場合」「ハラスメント行為で会社の秩序を著しく乱した場合」など具体例を挙げておくとよいでしょう。
さらに、懲戒と併せて退職金の不支給・減額に関する規定もあると万全です。懲戒解雇者には退職金を支給しない、あるいは減額できる旨を定めておけば、万一の不祥事の際にも会社方針を明確に示せます。ただしこの規定も就業規則に記載がなければ適用できないため、忘れずにチェックしておきます。
これら退職・解雇・懲戒のルールを整えておくことで、従業員との契約終了時のトラブル(解雇無効の主張や訴訟など)を回避し、万一トラブルになっても就業規則に則って対処できます。会社の規模拡大に伴い従業員が増えてきたら、このセクションは特に注意深く見直しておきましょう。
ハラスメント防止の規定
近年の法改正や社会的要請を背景に、ハラスメント防止に関する規定も就業規則の重要チェックポイントとなりました。パワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)の施行により、2022年4月から全ての企業にパワハラ防止措置が義務化されています。これを受けて、多くの企業では就業規則やハラスメント防止規程の中で、ハラスメント禁止規定や相談窓口の設置について定めています。
就業規則本体にハラスメント関連の章を設けている場合は、パワハラ・セクハラ・マタハラ等の定義や、それらを行った場合の懲戒処分の対象となる旨を明記しているか確認しましょう。また、従業員からの相談や苦情を受け付ける窓口の設置、再発防止策やプライバシー保護の方針なども盛り込みます。最近は別途「ハラスメント防止規程」や「行動規範」を作成して詳細を定め、その旨を就業規則にリンクさせる企業もありますが、いずれにせよハラスメント対策について会社がどのような姿勢で臨むかを規定しておくことが必要です。
特に留意したいのは、ハラスメント発生時の対応手順です。被害者からの申し出があった場合の調査方法や加害者への対処(事実関係確認の上での懲戒処分等)、被害者のケアなどについて、社内ルールを定めておくことが望ましいでしょう。これらは法律上直接の義務ではありませんが、具体的な対応策があることで従業員の安心感につながります。
なお、ハラスメント以外にも近年注目されるメンタルヘルス不調への対応(過重労働の防止や相談体制)についても、就業規則や関連規程で定めを置く企業が増えています。安全配慮義務の観点から、長時間労働の是正措置や産業医・産業保健スタッフによる支援制度などを整備している場合は、それらの制度についても規定を明記しておくとよいでしょう。
テレワーク・副業の規定
テレワーク(在宅勤務)や副業・兼業に関する規定は、時代の流れとともに重要性が増しているチェックポイントです。コロナ禍をきっかけに在宅勤務を導入した企業も多いですが、その場合に就業規則へテレワークのルールを追記していないと、労働時間管理や費用負担の扱いで混乱を招く恐れがあります。
テレワークについてチェックすべき内容としては、テレワークを行う場合の勤務時間管理方法(自己申告かシステム打刻か等)、在宅勤務手当など費用負担の有無、通信費や光熱費の取扱い、業務上の注意事項(情報漏えい防止策やセキュリティルール)などがあります。オフィス勤務と異なる点を洗い出し、必要なルールを定めましょう。例えば「テレワーク勤務日は始業終業を社員が専用システムに記録する」「業務に支障が出ない範囲で私用外出を認めるが事前申請を要する」「在宅勤務手当として月〇〇円を支給する」等、会社の方針を明文化しておきます。
副業・兼業についても、政府が副業解禁を推進する中で、多くの企業が就業規則を改定しています。従来は「許可なく他の会社等の業務に従事してはならない」と一律禁止としていた就業規則も多かったのですが、最近では「届出制」に変更したり、一定の条件下で副業を認めるケースが増えています。自社の方針に沿って、副業を全面禁止にするのか許可制にするのかを明確にしましょう。許可制にする場合は、許可の条件(競合他社で働かない、労働時間が週○時間以内等)や申請・承認の手続き、守るべきルール(会社の名誉や信用を傷つけない、副業先でも守秘義務を守る等)を規定します。
テレワークや副業の規定は、働き方の柔軟性と労務管理上の秩序維持を両立させるために不可欠です。従業員のモチベーション向上や優秀な人材確保のためにあえて副業を解禁する企業もありますが、就業規則上ノールールでは情報漏洩や長時間労働などリスクも伴います。会社の意図しない形で従業員が副業を始めてしまう前に、しっかりとポリシーを示しておきましょう。テレワークも同様に、恒常的に実施するなら就業規則や在宅勤務規程にその運用ルールを明記しておくのがベストです。
以上のような各項目について、自社の就業規則を一通りチェックすることで、見直すべきポイントが見えてきます。では実際に就業規則を改定する際、どのような手順で進めればよいのでしょうか。次章で、就業規則見直しの具体的な手順と注意点を解説します。
就業規則の見直し手順と注意点
就業規則を改定するには、いくつかのステップを踏む必要があります。ただ闇雲に文章を書き換えれば良いというものではなく、法律上の手続きや社内調整も含めた適切なプロセスがあります。ここでは就業規則を見直す際の手順と注意点を順を追って説明します。
現状の就業規則の把握
まず最初に行うべきは、現行の就業規則の内容を正確に把握することです。改定作業に着手する前に、現在の就業規則がどうなっているかを改めて精査します。紙のファイルに閉じられたまま何年も見ていない就業規則があれば、最新版を用意して全文に目を通しましょう。
現状把握のポイントは、どの部分が現状にそぐわないか洗い出すことです。自社の実態や最新の法規制と照らし合わせて、「この規定はもう適用していない」「法律の要件が変わっている」「そもそも規定が存在しないが新設が必要」といった項目をリストアップします。例えば、就業規則を5年以上見直していない場合、前述のような残業代率やハラスメント規定などに見直し漏れがある可能性が高いです。チェックリストを使って網羅的に点検するのも有効でしょう。労務管理の専門書や厚生労働省の公開しているモデル就業規則等を参照しつつ、自社就業規則に抜け漏れがないか確認します。
また、就業規則には必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)が労働基準法で決まっています。労働時間、休日休暇、賃金、退職など先に挙げた項目がそれに当たります。最悪の場合、必要事項が就業規則から漏れていると法律違反になりかねませんので、その有無もこの段階でチェックしてください。
現行規程の内容把握と課題抽出を終えたら、次に具体的な改定内容を検討します。その際には以下の法令との整合性の確認が欠かせません。
法令との整合性の確認
就業規則を見直す際には、労働関連法令に適合しているかを丁寧に確認します。法律に違反する就業規則は無効となってしまうため、ここが最重要ポイントです。現行規則の把握で洗い出した改定候補箇所について、一つ一つ該当する法律や最新のガイドラインに照らしてチェックしましょう。
確認すべき代表的な法令は、労働基準法をはじめ、労働契約法、労働安全衛生法、育児介護休業法、男女雇用機会均等法、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)など多岐にわたります。例えば労働時間や残業の規定なら労基法や関連する政省令、ハラスメント規定なら労働施策総合推進法や均等法の指針、といった具合に該当部分を調べます。近年5年程度の主な法改正をリストアップし、それらに対応した就業規則項目をすべて網羅できているか確認する方法も有効です。
法令チェックの際の注意点として、法律で義務化されている制度は漏れなく規定し、不利に緩和するような規定は置かないことです。たとえば「育児休業は取得させない」といった法律違反の規定は論外ですが、他にも法定の有給休暇日数を下回る規定や、残業代を支払わないと読めるような規定があれば即修正が必要です。また労働契約法の定めにより、就業規則の変更で労働者に不利益を及ぼす場合には合理的な理由が求められることも押さえておきましょう(大幅な不利益変更は訴訟リスクがあります)。
もし自社だけで法令チェックするのが難しい場合は、後述する社労士など専門家の力を借りるのも賢明です。最新の法改正情報を把握している専門家であれば、見落としがちなポイントまで指摘してもらえるでしょう。
社内の意見収集と合意形成
就業規則の改定内容が固まってきたら、社内での意見収集と合意形成のプロセスに入ります。就業規則は従業員の労働条件を定めるものですから、会社が一方的に変更を決めるだけでなく、従業員の声にも耳を傾けることが大切です。
まず、現在の就業規則について従業員から不満点や改善要望が出ていないか確認しましょう。日頃の面談や社員アンケートなどで得た意見があるなら、見直しの参考にします。例えば「休暇制度をもっと柔軟にしてほしい」「テレワークルールがあいまいで困っている」等の声があれば、可能な範囲で取り入れることで従業員満足度も向上します。
次に、就業規則改定案を作成したら労働者代表にも意見を求めます。会社に労働組合がある場合は労使協議を行い、組合のない場合は従業員の過半数代表者(労基法第90条に基づき選出された代表)に就業規則の変更案を提示して意見書をもらいます。法律上は労働者代表の「意見」を聴くことが義務であり、同意までは必要ないとされています。しかし、円滑な運用のためには可能な限り従業員の納得を得ることが望ましいでしょう。
改定案について社内説明会を開いたり、ドラフトを回覧してフィードバックを収集するのも有効です。従業員にとって不利益となる変更点(例えば手当の減額や規律の厳格化など)がある場合は、特に丁寧な説明と理解促進が必要です。従業員個々人に対しても、変更理由を説明し納得を得る努力をしましょう。不利益変更を強行するとモチベーション低下や退職者増加につながる恐れもあるため、合意形成には時間をかけて慎重に進めることが肝心です。
労働基準監督署への届け出
社内で就業規則の最終案がまとまったら、労働基準監督署への届け出を行います。労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出義務があります。対象となる企業は、就業規則を新規作成した場合だけでなく、その後の変更を行った場合も届出が必要です。
届け出にあたっては、改定後の就業規則本体(全文)と就業規則変更届、そして前述の労働者代表の意見書を添えて提出します。意見書には労働者代表が就業規則の変更内容に対して述べた意見(賛成・反対やコメント)が記載されます。仮に反対意見であっても届出自体は受理されますが、労基署から変更内容について説明を求められることもあるため注意しましょう。
届出は、事業所の所在地を管轄する労働基準監督署で行います。郵送提出も可能ですが、不備があると差し戻しになりますので、可能であれば担当者に直接持参しその場で確認してもらうと安心です。提出後は受理印の押された控えを保管し、将来のために保存しておきます。
注意点: 労基署への届出を怠ると、先述のとおり罰則(30万円以下の罰金)の対象となる可能性があります。また、届出だけで安心せず、後述する従業員への周知までがセットで義務となっている点にも留意しましょう。届出を終えたら速やかに次のステップに移ります。
従業員への周知と説明
最後に、改定した就業規則の内容を従業員に周知することが必要です。新しい就業規則は、届出をしただけでは効力を発しません。労働基準法第106条により、就業規則は常時労働者に周知させなければならないと定められています。
周知の方法として一般的なのは、社内掲示板へ掲載したり、社内LAN・イントラネットに電子データを掲載する方法です。従業員がいつでも内容を確認できる状態にしておくことが求められます。また、就業規則改定のポイントについて説明会を開催したり、文書で解説資料を配布するといったフォローも大切です。特に規則の変更点が多い場合や従業員への影響が大きい場合は、きちんと時間を取って説明し、質問にも答える場を設けることで現場の混乱を防げます。
従業員への通知書を配布し、各自署名捺印のうえ提出してもらう方法もあります(これは法律上必須ではありませんが、周知徹底と証拠のために行う企業もあります)。例えば就業規則の改定箇所をまとめた「就業規則改定のお知らせ」を作成し、従業員一人ひとりに配布して署名を回収すれば、全員に周知した事実が確認できます。
周知徹底ができていないと、「そんなルールは聞いていない」と従業員から異議を唱えられるリスクがあります。せっかくルールを整備しても現場で守られなければ意味がありません。就業規則の改定時には、全従業員が新ルールを正しく理解するよう丁寧に説明することが締めくくりとして重要です。
以上が就業規則見直しの一連の手順です。自社だけで進めるのが難しい場合や、専門知識のフォローが必要な場合は、次に述べる専門家への相談も検討しましょう。
専門家(社労士)への相談のすすめ
就業規則の作成・見直しは労務管理の専門分野です。法改正事項の漏れがないか確認したり、自社に適した制度設計を行うには専門知識が求められます。ここでは、社労士(社会保険労務士)など専門家に相談するメリットと、相談時に押さえておきたいポイントを説明します。
社労士に相談するメリット
社会保険労務士(社労士)は労働法や社会保険の専門家であり、就業規則の作成・変更手続きについて豊富な知識と実務経験を持っています。社労士に相談・依頼することで、以下のようなメリットが得られます。
- 最新法令への確実な対応: 専門家は日々アップデートされる労働法規に精通しているため、自社だけでは見落としがちな最新の法改正事項も漏れなく反映した就業規則を作成できます。例えば「2022年の育児休業法改正に対応した規定を追加しましょう」など、適切な助言を受けられます。
- 自社の実態に合った制度設計: 社労士は多くの企業事例を知っており、ベンチャー企業特有の風土や業界慣習も踏まえたうえで、会社ごとのオーダーメイドの就業規則を提案してくれます。ただテンプレートを埋めるのではなく、現場で運用しやすいルール作りにつなげられます。
- 手続きの効率化: 労基署への届出書類作成や労使協議の進め方などについてもアドバイスを受けられます。必要に応じて労基署との事前相談や調整も行ってくれる場合があり、スムーズに改定手続きを完了できます。社内担当者の負担軽減にもつながるでしょう。
- リスク対策と安心感: 専門家の目を通すことで「規定に不整合や法律違反がないか」「将来トラブルになるリスクはないか」をチェックでき、会社としての安心感が得られます。万一トラブルが起きても、「社労士の助言に基づき適切に整備していた」ことが説明できれば、対外的な信用にも資するでしょう。
このように社労士に相談しながら就業規則を策定・見直しすることは、情報量・専門性の面で大きなメリットがあります。社内に人事労務の専門部署がない中小企業であればなおさら、積極的に専門家の力を活用することをおすすめします。
相談時のポイントと準備事項
社労士に就業規則の相談をする際には、事前に準備しておくと良い事項や、相談を有意義に進めるためのポイントがあります。
- 現行就業規則や社内規程類の準備: まず、いま使っている就業規則や雇用契約書、賃金規程など関連する社内規程類を手元に用意しましょう。社労士に現状を把握してもらうために必要な資料です。紙であればコピーを、データであれば印刷するか送付できるようにします。加えて、従業員数や雇用形態の内訳(正社員〇名、契約社員〇名など)、労働時間制度の概要といった基本情報も伝えられるよう準備します。
- 見直したいポイントの整理: 自社として特に見直したいと感じているポイントや懸念事項を整理しておきます。例えば「テレワークの規定を充実させたい」「退職時のルールを明確化したい」「最近◯◯ハラスメントの問題が発生したので規定を整えたい」などです。優先順位をつけて伝えることで、社労士も適切なアドバイスをしやすくなります。
- 会社の方針や希望の共有: 就業規則の内容は会社の方針を反映するものです。経営者や人事担当者が考える理想の働き方や、実現したい企業文化があれば事前に言語化しておきましょう。社労士との打ち合わせ時に「弊社はフレックスタイム制を将来的に導入したい」「副業は積極的に認める方向で考えたい」など方向性を共有すれば、それに沿った規程案を提案してもらえます。
- 予算やスケジュールの確認: 相談前におおよその予算やスケジュール感も把握しておきます。社労士への依頼料は事務所によって異なりますが、就業規則一式の作成・改定で数万円〜十数万円程度が目安です(内容のボリュームによります)。自社の予算内で対応可能か、いつまでに改定を完了させたいかを決めておくとよいでしょう。また、初回相談は無料で対応してくれる社労士事務所も多いので、気軽に問い合わせてみるのも一つの方法です。
相談の際には、疑問点や専門用語で分からないことは遠慮なく質問しましょう。信頼できる社労士であれば、こちらの理解度に合わせて丁寧に説明してくれるはずです。最終的には会社と社労士が二人三脚で就業規則を作り上げていく形になりますので、積極的なコミュニケーションを心がけると良い結果につながります。
まとめ
就業規則の見直しは、法令遵守と健全な職場環境づくりの両面で欠かせない取り組みです。特にベンチャーや中小企業では、事業の成長や働き方の変化に合わせて定期的に就業規則をアップデートすることが重要です。法改正が頻繁に行われる昨今、就業規則の内容が古いままだと法律違反のリスクや労務トラブルの火種になりかねません。一方、最新のルールを反映し実態に合った就業規則を整備しておけば、従業員が安心して働ける職場作りや会社のリスクヘッジにつながります。