従業員が10人未満の会社では、就業規則の作成は法律上の義務ではありません。しかし、「義務がないから作らない」という判断が、将来の大きなトラブルに繋がるケースは少なくありません。特に「残業」が必要になった時、就業規則がないことで事業に支障が出る可能性をご存知でしょうか。
本記事では、10人未満の会社における法的ルールや、作成することで得られるリスク管理上のメリットを社会保険労務士が解説します。
- 10人未満の会社における就業規則の作成義務と正しい人数の数え方
- 作成義務がなくても就業規則を作ることのメリット(リスク回避、助成金活用)
- 雛形を使う際の注意点と小規模企業向けカスタマイズのポイント
- 自社で作成・届出を行うための具体的な4ステップ

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10人未満の会社に就業規則の作成義務はないが作るべき
従業員数が10人未満の事業場において、就業規則の作成は法的な義務ではありません。しかし、これが「就業規則は不要である」という意味には直結しません。
むしろ、企業規模の大小にかかわらず、就業規則は健全な企業運営と従業員との良好な関係構築のために、積極的に作成・整備すべきものになります。
法的義務は「常時10人以上」から
労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出ることを義務付けています 。ここでいう「常時使用する労働者」には、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトといった雇用形態の従業員も、一定の条件下では含まれる点に注意が必要です。
多くの人が、「法的義務がないのであれば、作成する必要はない」と考えがちです。しかし、法律が定めるのはあくまで最低限の基準です。企業経営の安定性を高め、潜在的な労務リスクを未然に防ぐという観点からは、法的義務の有無にかかわらず、就業規則の整備を検討することが賢明です。
「常時10人」の正しいカウント方法
「常時10人」のカウント方法について、正しく理解していない経営者様は意外と多いものです。
ここでは、雇用形態別の取り扱いや、「常時」という言葉の意味について詳しく解説します。
まず、「労働者」の範囲です。
労働基準法上の労働者とは、職業の種類を問わず、事業または事務所に使用され、賃金を支払われる者をいいます。
したがって、正社員だけでなく、パートタイム労働者、アルバイト、契約社員、嘱託社員などもすべて「1人」としてカウントされます。
勤務時間や日数の長短は関係ありません。
例えば、週1回しか出勤しないアルバイトであっても、継続して雇用されている限りは人数に含まれます。
一方で、カウントに含まれない人もいます。
代表的なのが「役員」と「派遣社員」です。
| 属性 | カウント対象 | 理由・備考 |
|---|---|---|
| 正社員 | 〇 | 無期雇用労働者として当然に含まれます。 |
| パート・アルバイト | 〇 | 労働時間に関わらず、雇用関係にあれば含まれます。 |
| 契約社員 | 〇 | 有期雇用労働者も含まれます。 |
| 会社役員 | × | 労働者ではないため対象外です(ただし兼務役員は実態により含む場合あり)。 |
| 派遣社員 | × | 派遣元の事業場でカウントされるため、派遣先(自社)では含みません。 |
| 業務委託 | × | 雇用契約ではないため対象外です。 |
次に「常時」の解釈です。
「常時10人以上」とは、「常に10人以上張り付いている」という意味ではなく、「常態として10人以上を使用している」ことを指します。
例えば、繁忙期だけ臨時アルバイトを雇って一時的に10人を超え、それ以外の期間は5人程度という場合は「常時10人以上」には該当しません。
しかし、通常は10人以上の体制であり、たまたま退職者が出て一時的に9人になっているような場合は、「常時10人以上」とみなされ、作成義務が発生します。
また、この人数要件は「企業単位」ではなく「事業場単位」で判断される点も極めて重要です。
例えば、全従業員が15人の会社であっても、本社に8人、支店に7人と場所が分かれている場合、それぞれの事業場は「10人未満」となるため、法律上の作成・届出義務は発生しません。
ただし、人事労務管理の一貫性を保つため、実務上は全社統一の就業規則を作成し、それぞれの管轄監督署へ届け出る、あるいは本社で一括管理することが推奨されます。
なぜ義務がなくても作るべきなのか?
就業規則は、単に法律で定められたから作成する「守りの書類」ではありません。万が一、問題社員への対応や解雇、休職判断が必要になった際、就業規則という「根拠」がなければ会社は法的に極めて不利な立場に立たされます。「言った・言わない」の泥沼化を防ぐ最強の盾となります。
義務がないからと放置することは、いわば「ルールブックのない試合」をしているようなものであり、経営上のリスクが非常に高いからです。
義務はなくても作成すべき3つの理由
法律上の義務がない10人未満の会社であっても、私たち専門家が就業規則の作成を強く推奨するのは、経営上の明確なメリットと、作成しないことによる重大なリスクが存在するからです。
「うちは家族的な経営だから」「口約束で信頼関係ができているから」と考えていても、従業員の数が増え、価値観が多様化するにつれて、阿吽の呼吸だけでは通じなくなります。
ここでは、小規模企業が就業規則を作成すべき3つの主要な理由を深掘りします。
1. 「解雇・懲戒」のトラブル回避(問題社員への対応)
経営者にとって最も頭を悩ませるのが、職場の秩序を乱す「問題社員」への対応です。
「勤務態度が悪ければ辞めてもらえばいい」と簡単に考えがちですが、日本の労働法制において解雇のハードルは極めて高く設定されています。
特に重要なのが、「懲戒処分の根拠」です。
刑法に「罪刑法定主義(法律がなければ罰せられない)」という原則があるように、企業における懲戒処分にも「就業規則に根拠がなければ処分できない」という原則があります(フジ興産事件判例等)。
具体的には、就業規則に以下の2点が明記されている必要があります。
- 懲戒事由:どのような行為をしたら処分の対象になるか
- 懲戒の種類:その行為に対してどのような処分(戒告、減給、出勤停止、懲戒解雇など)を下すか
これらが定められていない状態で、従業員を懲戒解雇したり、給与をカット(減給)したりすると、法的に無効と判断される可能性が非常に高くなります。
例えば、横領や重大な経歴詐称、ハラスメント行為があったとしても、就業規則がなければ「何を根拠に処分したのか」が問われ、不当解雇として訴えられれば会社側が敗訴するリスクがあります。
敗訴すれば、解雇期間中の賃金の支払いや、職場への復帰を命じられることになり、組織にとって計り知れないダメージとなります。
10人未満の小規模な組織ほど、一人の問題行動が全体に与える影響は甚大です。
万が一のリスクに備え、どのような行動が許されないのかを「ルール」として明文化しておくことは、会社を守るための最低限の防衛策と言えます。
2. 助成金の受給要件を満たせる
国(厚生労働省)は、雇用の安定や労働環境の改善に取り組む企業に対して、様々な「助成金」を用意しています。
これらは融資と異なり返済不要であるため、資金力の乏しい小規模企業にとっては非常に大きな支援となります。
しかし、主要な助成金の多くは、「就業規則の作成・届出」を受給の必須要件としています。
代表的な例として「キャリアアップ助成金(正社員化コース)」が挙げられます。
これは、有期雇用のパート社員などを正社員に転換した場合に、1人あたり最大80万円(※年度・要件により変動)が支給される制度ですが、申請には以下のステップが求められます。
- キャリアアップ計画書を労働基準監督署等へ提出する。
- 就業規則に「正社員への転換制度」を規定し、労働基準監督署へ届け出る。
- 就業規則に基づき、正社員転換試験などを実施して転換する。
- 転換後6ヶ月分の賃金を支払い、支給申請を行う。
このプロセスにおいて、就業規則が未作成であったり、作成していても監督署への届出印がなかったりすると、助成金は受給できません。
10人未満の会社であっても、助成金を申請するならば「就業規則の作成と届出」は事実上の義務となります。
また、単に就業規則があればよいわけではなく、「正社員の定義」「転換の手続き」「転換後の労働条件」などが、助成金の支給要件(キャリアアップ助成金であれば賃金3%アップなど)に合致している必要があります。
助成金受給を目的に就業規則を作成する場合は、その助成金の最新の要件を網羅した規定作りが求められます。

3. ルールの明確化による採用力向上と定着
3つ目の理由は、「人」の採用と定着(リテンション)に関する効果です。
人手不足の今、求職者は「安心して働ける環境か」を厳しくチェックしています。
採用面でのメリット:脱「ブラック企業」
就業規則があることは、労働条件(賃金、時間、休日など)が明確にルール化されていることの証明になります。
- ない場合のリスク:「有給は取れるのか?」「給料は社長の気分次第?」といった不安を持たれ、「ブラック企業予備軍」として敬遠されてしまいます。
- ある場合のメリット:透明性をアピールでき、応募のハードルを下げることができます。
定着面でのメリット:入社後のギャップ解消
早期離職の主な原因は、入社前の説明と実際の待遇が違うという「リアリティ・ショック」です。
- よくあるトラブル
- 「ボーナスが出ると聞いていたのに出ない」
- 「完全週休2日のはずが違う」
- 解決策
- 明確なルールブックを入社時に提示・説明することで、期待値のズレを防ぎます。
「うちはこういうルールで運営している」と堂々と示せることは、従業員の会社に対する信頼感(エンゲージメント)を高めます。
10人未満の小規模な会社だからこそ、透明性の高い経営姿勢が、従業員との強固な信頼関係を作る土台となります。
作成前に知っておきたいデメリットと注意点
ここまで作成のメリットを強調しましたが、就業規則を作成することには、当然ながらデメリットや注意すべき点も存在します。
これらを理解せずに安易に作成・届出をしてしまうと、かえって会社の首を絞めることになりかねません。
会社側の「柔軟な運用」が難しくなる?
就業規則を作成することの最大のデメリットは、「一度決めたルールは、会社側の一方的な都合では簡単に変えられない」という点です。
これを労働法では「労働条件の不利益変更の禁止」といいます。
1. 「書いてしまった」ことによる縛り
就業規則に記載された内容は、従業員にとっての「既得権(守られるべき権利)」となります。
- 就業規則がない場合
- 経営が苦しい時に、「今年の冬のボーナスは無しにさせてほしい」と社員一人ひとりに頼み込み、合意を得て乗り切る余地があります。
- 就業規則がある場合
- 「賞与は基本給の2ヶ月分を年2回支給する」と記載してあれば、業績が悪くても支払う法的義務が生じます。後から「支払わない」とすることは契約違反となります。
2. ルール変更のハードル(労働契約法第10条)
一度定めた条件を従業員に不利な内容へ変更する場合、単なる「業績不振」程度では認められないケースが大半です。
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
――労働契約法(就業規則による労働契約の内容の変更)第十条
法的に変更が認められるには、高度な「必要性」と「合理性」を証明しなければなりません。
3. 「無料テンプレート」の危険性
インターネット上のひな形をそのまま使い、内容を精査せずに届け出てしまうケースが後を絶ちません。
- よくある失敗:実力に見合わない「豪華な退職金規定」や「自動昇給規定」を盛り込んでしまう。
- 結果:会社にお金がなくても、規定通りに支払うよう法的に強制されます。
就業規則を作るということは、会社自らを法的に拘束することです。
「書いたことは守らなければならない」という原則を理解し、自社の体力に見合った、確実に守れる内容に留める慎重さが求められます。
法改正ごとの見直し(メンテナンス)が必要になる
もう一つの注意点は、メンテナンスの手間とコストです。
労働関係の法律は、毎年のように改正が行われます。
例えば、近年だけでも以下のような大きな法改正がありました。
- 働き方改革関連法(時間外労働の上限規制、有給休暇の取得義務化)
- 育児・介護休業法の改正(産後パパ育休の創設、周知義務化)
- パワハラ防止法の施行(中小企業も義務化)
- 最低賃金の引き上げ
法律が変われば、それに対応して就業規則も改定(変更)し、再度労働基準監督署へ届け出る必要があります。
古い法律に基づいた就業規則を放置しておくと、いざという時に法的に無効となったり、従業員とのトラブルの原因になったりします。
また、助成金の要件も頻繁に変わるため、常に最新の状態にアップデートしておく必要があります。
自社で管理する場合は担当者が常に法改正情報をチェックしなければなりませんし、社労士に依頼する場合はその都度費用が発生します。
就業規則は「一度作れば終わり」ではなく、会社が存続する限りメンテナンスし続ける必要があるツールであることを、あらかじめ認識しておく必要があります。
就業規則がないと「残業」させられない? 36協定との関係
従業員数が5名を超え、「事業拡大に伴い残業の必要性が出てきた」という状況は多くの成長企業が直面する課題です。
特に「残業」という具体的なアクションに焦点を当て、就業規則と36協定の関係性、そして就業規則がない場合に潜む重大なリスクについて詳しく解説します。
36協定とは「残業を合法にするための労使協定」
まず、36協定(サブロク協定)について理解しておく必要があります。
36協定(サブロク協定)とは、労働基準法第36条に基づき、企業が法定労働時間(原則1日8時間・週40時間)を超えて労働させる場合に必要となる労使協定のことです。
正式名称は「時間外・休日労働に関する協定届」。
会社が従業員に残業や休日労働をさせる場合、以下の手続きが必要になります。
- 労働者の過半数代表者(または労働組合)と書面で協定を締結
- 所轄の労働基準監督署へ届け出
この届出を行って初めて、法定労働時間を超える労働が「適法」となります。
つまり、36協定は「残業を命じるための前提条件」かつ「違法にならないための免罰装置」
といえる重要な手続きです。
就業規則は不要でも「36協定」の届出は必須
「10人未満だから就業規則はいらない」=「労務関係の書類は何もしなくていい」と誤解されているケースが散見されますが、これは非常に危険な認識です。
特に注意しなければならないのが「36協定(時間外・休日労働に関する協定届)」です。
労働基準法では、休憩時間を除き「1日8時間、週40時間」という法定労働時間を定めています。
これを超えて従業員に働かせる(残業させる)場合や、法定休日に労働させる場合には、会社は必ず従業員代表と書面で協定を結び、労働基準監督署へ届け出なければなりません。
36協定の届出には、人数の要件はありません。
従業員がたった1人であっても、その従業員に法定労働時間を超える残業をさせる可能性があるならば、36協定の締結と届出が必須となります。
「就業規則がないから36協定も出していない」という状態で残業をさせると、労働基準法第32条違反となり、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰の対象となります。
| 書類名 | 作成義務の基準 | 提出頻度 | 目的 |
|---|---|---|---|
| 就業規則 | 常時10人以上の事業場 | 変更時 | 職場のルールの明確化 |
| 36協定 | 残業・休日労働がある全事業場(1人以上) | 原則1年ごと | 法定労働時間を超える労働の免罰効果 |
さらに、2019年の法改正(中小企業は2020年適用)により、時間外労働の上限規制(月45時間、年360時間など)が導入され、36協定の様式も新しくなっています。
就業規則を作成しない選択をしたとしても、従業員の労働時間管理と36協定の届出だけは、経営者の絶対的な義務として遂行しなければなりません。
36協定の根拠規定として就業規則があるのが望ましい
36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出ることで、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働は違法ではなくなります。しかし、それだけで会社が当然に残業を命じられるわけではありません。
36協定は、あくまで「法定労働時間を超えて労働させても刑事罰を受けないための手続き」にすぎません。
実際に従業員へ残業を命じるためには、
「業務上必要がある場合には、時間外労働または休日労働を命じることがある」
といった根拠規定を就業規則に明記しておくことが実務上望ましいとされています。
これは、36協定が労働基準法第36条に基づく“公法上の手続き”であるのに対し、残業命令は“労働契約上の義務”として従業員を拘束する問題だからです。
時間外労働の根拠規定がないリスク
就業規則に「業務上の都合により、所定労働時間を超えて労働させることがある」といった具体的な時間外労働に関する定めがない場合、36協定を適法に締結・届出していたとしても、従業員が残業命令を拒否した場合に、企業側が業務命令として強制することが困難になるリスクが生じます。
具体例:ケース1
急な大口受注により納期が目前に迫っている状況。
しかし従業員Aさんは、「私の雇用契約には残業義務は含まれていません。時間外労働を命じる根拠もないはずです」と主張し、定時で退社。
結果として対応が間に合わず、納期遅延が発生。取引先からの信用を大きく損なう事態となりました。
具体例:ケース2
繁忙期に複数の従業員へ残業を依頼したところ、一部の従業員が「36協定は会社と代表者との取り決めであり、私個人が残業に同意したわけではない」と拒否。
業務が計画通りに進まず、他の従業員へ負担が集中。結果として社内に不公平感と不満が広がり、組織の一体感が損なわれました。
このような事態は、単に業務が一時的に滞るだけでなく、事業運営の停滞、貴重なビジネスチャンスの損失、従業員間の不公平感の醸成、そして最悪の場合には契約不履行による損害賠償請求といった深刻な経営リスクに発展する可能性があります。
36協定を締結していても、その実効性を担保し、いざという時に残業を指示できる法的根拠となるのが就業規則なのです。
「就業規則がないから残業代は払わない」は通用しない
一部の経営者の方の中には、「就業規則がないのだから、残業代を支払う義務もない」と誤解されているケースが見受けられます。しかし、これは大きな間違いです。
就業規則の有無にかかわらず、法定労働時間を超えて労働させた場合には、労働基準法に基づき、企業は割増賃金(残業代)を支払う義務を負います。
時間外労働に対しては通常の賃金の2割5分以上、休日労働に対しては3割5分以上の割増賃金を支払わなければなりません。「就業規則がないから」「従業員が10人未満の小規模な会社だから」といった理由は、残業代を支払わないことの正当な理由には一切なりません。
未払いの残業代は、労働者からの請求があった場合、遅延損害金(退職労働者の場合は年14.6%)や、裁判所の命令によっては付加金(未払い額と同額)の支払いを命じられる可能性もあり、企業にとって大きな経済的負担となるリスクを伴います。
就業規則がないことは、残業代の支払い義務を免れさせるどころか、むしろ労働時間管理の曖昧さを招き、後日、高額な未払い残業代請求という形でより大きなリスクとして表面化する可能性があるのです。
10人未満向け|就業規則の作成・届出の4ステップ
それでは、実際に10人未満の会社が就業規則を作成する場合の具体的な手順を解説します。
基本的な流れは10人以上の会社と同じですが、小規模企業ならではのポイントも交えて、4つのステップで進めていきましょう。
手順1:厚生労働省の「モデル就業規則(雛形)」を用意する
一から条文を作成するのは非常に困難です。
まずは信頼できるベースとなる雛形(テンプレート)を入手しましょう。
最も標準的で安心なのが、厚生労働省が公開している「モデル就業規則」です。Word形式でダウンロードでき、条文ごとに解説がついているため、初心者でも理解しやすい構成になっています。
ただし、厚生労働省のモデル就業規則は、あらゆる業種に対応できるように作られており、かつ内容は「労働者保護」の観点が強く、やや大企業向けの手厚い内容になっている傾向があります。
そのまま使うと小規模企業には重すぎる規定も含まれているため、必ず次のステップでのカスタマイズが必要になります。
また、東京労働局などが公開している「中小規模事業場用モデル就業規則」など、規模に応じた簡易版のテンプレートを利用するのも一つの手です。
手順2:自社の実情に合わせてカスタマイズする
入手した雛形を、自社の働き方や実情に合わせて修正していきます。
ここが最も重要な工程です。
以下の項目を中心に、一つひとつ自社の実態と照らし合わせます。
- 労働時間・休憩・休日: 始業・終業時刻、休憩時間、休日の設定は合っているか。変形労働時間制を採用する場合はその規定が必要です。
- 賃金:給与の計算期間、支払日、残業代の計算方法。
- 服務規律・懲戒:禁止事項と処分の内容。
- 休職・退職:休職期間の長さや、退職の申し出時期(民法上は2週間前ですが、引継ぎを考慮して1ヶ月前とするのが一般的です)。
この際、絶対に記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、制度がある場合に記載が必要な「相対的必要記載事項」を漏らさないように注意します。
特に10人未満の企業では、複雑な人事評価制度などを盛り込むよりも、シンプルで運用しやすい規定にすることを心がけましょう。
手順3:従業員の「意見書」を作成する
就業規則案ができたら、従業員の意見を聞く法的手続きを行います。
労働基準法第90条により、就業規則を作成・変更する際には、「労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)」の意見を聴くことが義務付けられています。
過半数代表者の選び方:管理監督者(部長や工場長など)ではない従業員の中から、投票や挙手などの民主的な方法で選出します。会社が指名した人は認められません。
選出された代表者に就業規則案を見せ、意見を求めます。
この際、代表者が内容に「同意」する必要はありません。
「反対」という意見であっても、意見を聞いたという事実があれば手続きは有効です。
聴取した内容は「意見書」という書面にまとめ、代表者の署名・押印をもらいます。
社労士:野澤惇10人未満で届出義務がない場合でも、このプロセスを経ることは非常に重要です。
労働契約法第7条において、就業規則が法的効力を持つためには「労働者に周知させていること」等が要件となるため、意見聴取はそのプロセスの一環としても機能します。
手順4:労働基準監督署へ届出・社内へ周知する
最後に、完成した「就業規則(本則)」と「意見書」をセットにして、所轄の労働基準監督署へ届け出ます。
10人未満の事業場には届出義務はありませんが、法的には「任意届出」として受け付けてもらえます。
助成金申請のためには、この届出を行い、監督署の受付印が押された就業規則の控えが必要不可欠となります。
届出方法は以下の3通りです。
- 窓口持参:その場でチェックを受けられ、受領印をもらえます(控え用と提出用の2部持参します)。
- 郵送:返信用封筒を同封して送付します。
- 電子申請:e-Govを利用してオンラインで申請します。
届出が完了したら、必ず社内で周知を行います。
「社長の机の中にしまってある」状態では、就業規則は効力を持ちません(フジ興産事件)。
休憩室に備え付ける、書面で配布する、社内サーバーで閲覧できるようにするなど、従業員がいつでも見られる状態にしておくことが、運用の大前提です。


雛形をそのまま使わない!小規模企業が修正すべきポイント
手順2で触れた「カスタマイズ」において、特に小規模企業が注意すべき、あるいは修正すべき具体的なポイントを解説します。
無料のテンプレートには「小規模企業にとってはリスクが高い」条項が含まれていることが多々あります。
不要な手当・退職金規定は削除してリスクを抑える
モデル就業規則には、「家族手当」「住宅手当」「精皆勤手当」などが例示されていることがよくあります。
しかし、これらをそのまま残すと支払義務が発生します。
小規模企業では、属人的な手当よりも、職務や能力に応じた基本給一本で管理する方が事務負担も軽く、トラブルも少なくなります。
実際に支給する予定のない手当の条項は、全て削除してください。
特に危険なのが「退職金」です。
退職金は法律上の支払い義務はありませんが、就業規則に規定すると支払い義務が生じます。
原資の確保が難しい創業期や小規模企業においては、「退職金制度は設けない」と明記するか、退職金の章自体を削除しておくのが賢明です。
SNS利用や副業など現代的なトラブル防止条項を入れる
近年の労務トラブルのトレンドに対応した条項を追加することも重要です。
特にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に関するトラブルは急増しています。
従業員が職場の不適切な動画を投稿して炎上したり(バイトテロ)、会社の機密情報や悪口を書き込んだりするケースです。
これらを防ぐために、服務規律の中に以下のような条項を追加します。
- 「許可なく職場の撮影を行わないこと」
- 「業務上知り得た機密情報や顧客情報をSNS等で発信しないこと」
- 「会社や他者の名誉を毀損するような書き込みを行わないこと」
これらを違反した場合に懲戒処分の対象となることを明記し、抑止力を高めます。
また、「副業・兼業」についても明確なルールが必要です。現在は国の方針で副業解禁が進んでいますが、長時間労働による本業への支障や、情報漏洩のリスクは防がなければなりません。
「届出制」または「許可制」とし、どのような場合に副業を禁止・制限できるかを具体的に定めておくべきです。


休職・復職のルールを厳格に決めておく
メンタルヘルス不調による休職者が増えている現在、休職規定の整備は必須です。
しかし、大企業向けの雛形では、休職期間が「勤続年数に関わらず1年6ヶ月」などと長く設定されていることがあります。
余裕のない小規模企業で、働けない社員を長期間在籍させ続けることは、社会保険料の会社負担や代替要員の確保といった面で経営を圧迫します。
自社の体力に合わせて、例えば「勤続1年未満の者は休職制度の対象外とする」「休職期間は最大3ヶ月〜6ヶ月とする」といったように、期間を短縮・調整することを検討してください。
また、復職の条件として「主治医だけでなく、会社が指定する医師の診断書提出を命じることができる」「復職の可否は会社が決定する」といった条項を入れ、治っていない状態での無理な復職や、復職判断を巡るトラブルを防ぐ手立てを講じておくことが重要です。
自社で作成するか、社労士に依頼するか?
ここまで解説してきた通り、就業規則の作成には多くの法的知識と実務的な判断が求められます。
「自社で作るか、プロに頼むか」は、コストとリスクのバランスをどう考えるかによります。
自作(テンプレート利用)の手間と法的リスク
社労士に依頼するメリットと費用相場
社会保険労務士(社労士)は、労働法令の専門家であり、就業規則作成のプロフェッショナルです。
「まずはコストを抑えたい」という場合でも、将来のリスクや助成金の活用を考えれば、専門家に依頼することは「経費」ではなく、会社を守るための有効な「投資」と言えます。
よくある質問
ここでは、従業員10人未満の企業の経営者や人事担当者の方から特によく寄せられるご質問とその回答をご紹介します。
- パート・アルバイト用の就業規則は分けるべきですか
-
はい、分けることを強くお勧めします。
正社員用の就業規則一本で運用すると、「労働者」の定義にパートも含まれてしまい、正社員向けの賞与や退職金規定がパートにも適用されるリスクがあります。
正社員用就業規則に「パートタイム労働者には適用しない」という除外規定を設け、別途、より簡易な「パートタイム就業規則」を作成するのが安全です。ただし、同一労働同一賃金の観点から、不合理な待遇差にならないよう注意が必要です。
- 従業員が10人を超えたら、いつまでに届け出る必要がありますか
-
労働基準法では、常時10人以上になった場合、「遅滞なく(ちたいなく)」届け出なければならないとされています。
「遅滞なく」とは、「正当な理由や合理的な理由による遅れは許容されるが、事情が許す限り速やかに」という意味であり、具体的な日数(例えば14日以内など)は定められていません。
しかし、法律上の義務が発生している状態ですので、速やかに作成・届出を行うべきです。
放置して監督署の調査が入った場合、是正勧告を受けることになります。 - 就業規則の代わりに「労働条件通知書」だけでは不十分ですか
-
不十分です。
「労働条件通知書(雇用契約書)」は個々の労働者との契約内容を示すものですが、就業規則は職場全体のルールを定めたものです。
懲戒処分を行うための根拠規定や、全社的な労働条件の変更などは、個別の契約書では対応しきれません。
また、就業規則があれば、法的手続きを経て労働条件を統一的に変更することが可能になります。
「個別の契約」と「全体のルール」、この両輪が揃って初めて適正な労務管理が可能になります。 - パートタイマーも従業員数に含めますか
-
はい、パートタイマーやアルバイトであっても、臨時雇いや日雇いのような一時的な雇用関係でない限り、原則として「常時使用する労働者」として就業規則の作成義務の判断基準となる従業員数に含まれます。
雇用契約の名称(パート、アルバイトなど)や1週間の所定労働時間の長短だけで一律に判断されるわけではありません。
日々雇用される者や試用期間中の者であっても、「実態として継続的に雇用されている」または「継続雇用が見込まれる場合」は含まれると考えられます。ただし、労働安全衛生法など他の法律における「常時使用する労働者」のカウント方法は異なる場合があるため、注意が必要です。
- 就業規則の作成にはどのくらいの費用がかかりますか
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就業規則の作成を社会保険労務士に依頼する場合、新規作成の場合は30万円程度が相場と言われています。
しかしこれは企業の規模、従業員数、規定内容の複雑さ、どこまでオリジナルの内容を盛り込むか、関連規程(賃金規程、育児介護休業規程など)を同時に作成するかどうかなど、様々な要因によって大きく変動します。
多くの社会保険労務士事務所では、初回相談は無料で行っている場合がありますので、まずは具体的な状況を伝えて見積もりを依頼することをお勧めします。
- 就業規則にはどんな内容を盛り込めばいいですか
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就業規則に記載すべき事項は、労働基準法第89条により定められています。これらは大きく分けて、「絶対的必要記載事項」(必ず記載しなければならない事項)、「相対的必要記載事項」(企業が特定の制度を設ける場合に記載しなければならない事項)、そして「任意記載事項」(法律上の記載義務はないが、企業が任意に定めることができる事項)の3つに分類されます。
最低限、以下の「絶対的必要記載事項」は必ず盛り込む必要があります。
絶対的記載事項
- 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
- 賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
これらに加え、企業の実情に応じて、退職手当、賞与、安全衛生、職業訓練、服務規律、懲戒規定、休職規定、育児・介護休業規定、ハラスメント防止規定、副業・兼業規定などを「相対的必要記載事項」や「任意記載事項」として盛り込むことが一般的です。
記載事項の種類 主な内容例 根拠条文(労働基準法) 絶対的必要記載事項 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制労働に関する事項 89条1号 賃金の決定・計算・支払の方法、賃金の締切り・支払の時期、昇給に関する事項 89条2号 退職に関する事項(解雇の事由を含む) 89条3号 相対的必要記載事項 退職手当、臨時の賃金等(賞与など)、最低賃金額、食費・作業用品等の労働者負担、安全衛生、職業訓練、災害補償・業務外の傷病扶助、表彰・制裁、その他全労働者適用事項 89条3号の2~10号 任意記載事項 経営理念・服務心得、人事異動、休職、副業・兼業、ハラスメント防止、個人情報保護など、法律で定められていないが会社が必要と判断する事項 自社に必要な項目を洗い出し、法的に問題なく、かつ実態に即した内容とすることが重要です
- 36協定の有効期間はどれくらいですか。また毎年提出が必要ですか?
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36協定には、有効期間を定める必要があり、その期間は1年とすることが望ましいとされています。
これは、労働者の過半数代表者の適格性や協定内容を毎年見直す機会を設けるためです。
有効期間を過ぎた36協定は効力を失いますので、時間外労働や休日労働を行わせる可能性がある場合は、毎年新たに協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。36協定に「自動更新」の条項を設けることは認められていませんので、毎年、締結と届出の手続きを忘れずに行うことが重要です。


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まとめ:10人未満こそ「守りのルール」で会社を強くしよう
- 常時10人未満なら作成義務はないが、リスク管理と助成金活用のために作成が推奨される。
- 「常時10人」にはパート・アルバイトも含まれるが、役員・派遣社員は含まれない。
- 雛形をそのまま使わず、不要な手当の削除やSNS規定の追加など自社に合わせた修正が必須。
- 作成時は従業員の意見聴取を行い、10人未満でも労働基準監督署への届出(任意)を行うのがベスト。
本記事では、10人未満の企業における就業規則の必要性について解説しました。
法律上の作成義務はありませんが、リスク管理、助成金の活用、そして採用力・定着率向上の観点から、その重要性は規模に関わらず極めて高いものです。
就業規則は、単に「従業員を縛るもの」ではありません。
会社がどのような組織でありたいかを示し、従業員が安心して働ける環境を守るための「盾」であり、成長への「羅針盤」でもあります。
「まだ小さいから」と後回しにせず、今のうちからしっかりとしたルールを整備することで、強い組織の土台を築いていきましょう。









