退職代行で連絡が来たらどう対応すべきか?企業側の対応手順と予防策を社労士が解説

「従業員から、退職代行サービスを通じて退職の連絡が来た…」経営者や人事労務ご担当者様にとって、これはまさに青天の霹靂かもしれません。どのように対応すれば良いのか、法的に問題はないのか、不安は尽きないことでしょう。この記事では、企業が退職代行から連絡を受けた際に直面する疑問や課題を整理し、具体的な対応ステップ、法的留意点、そして将来的な予防策まで、網羅的に解説します。

目次

退職代行とは?

退職代行サービスの利用は、近年増加傾向にあり、企業側もその仕組みや影響について正確に理解しておく必要性が高まっています。まずは、退職代行サービスの基本的な知識と、企業にどのような影響を与える可能性があるのかを把握し、冷静な対応の土台を築きましょう。

退職代行サービスの仕組みと主なサービス内容

退職代行サービスとは、従業員本人に代わって、第三者(代行業者)が会社に対して退職の意思を伝え、退職に関わる手続きの仲介を行うサービスです 。従業員は、退職の意思を直接上司や人事担当者に伝える精神的な負担を軽減できるため、利用が増えています。  

一般的な退職代行の流れは以下の通りです。

  1. 従業員が退職代行サービスに相談し、サービス内容や料金について説明を受け、依頼を決定し料金を支払います 。  
  2. 従業員は、氏名、連絡先、退職希望日、有給休暇の残日数、会社への返却物などの情報を代行業者に提供します 。  
  3. 退職代行者は、従業員から提供された情報に基づき、会社へ電話や書面で退職の意思を伝達します。その際、退職希望日や有給休暇の消化希望なども合わせて伝えることが一般的です 。  
  4. その後、会社と退職代行业者(または従業員本人)との間で、退職日の調整、業務の引継ぎ、貸与品の返却、私物の回収、離職票などの必要書類の発行といった具体的な手続きが進められます 。  

退職代行サービスが提供する主な内容は、退職意思の伝達、退職手続きや会社とのやり取りの仲介です 。ただし、有給休暇の取得や退職日の調整、未払い賃金の請求といった「交渉」業務については、代行業者の運営元(民間企業、労働組合、弁護士事務所)によって対応できる範囲が大きく異なります。この点は、企業が対応する上で非常に重要なポイントとなります 。  

なぜ従業員は退職代行を利用するのか?

従業員が退職代行サービスを利用する背景には、様々な心理や理由が存在します。企業側がこれらの背景を理解することは、同様の事態の再発防止策を考える上で不可欠です。

主な理由としては、以下のようなものが挙げられます。

理由詳細
退職を言い出しにくい職場環境や人間関係上司に退職を切り出すことへの恐怖心、同僚に迷惑をかけることへの懸念、職場の雰囲気が退職を許容しないと感じるなど、直接的な意思表示が困難な場合があります 。
ハラスメントの存在パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントなど、職場でのハラスメントが原因で、加害者である上司や会社と直接関わることなく退職したいと考えるケースです 。  
劣悪な労働条件(ブラック企業からの脱却) 極端な長時間労働や過度なノルマ、低いコンプライアンス意識など、いわゆる「ブラック企業」と呼ばれるような環境から一刻も早く抜け出したいという強い動機も理由の一つです 。
入社後間もない早期離職の気まずさ入社して日が浅い段階での退職は、申し訳なさや気まずさを感じやすく、直接言い出しにくいという心理が働くことがあります 。
執拗な引き止めへの懸念・経験過去に退職を申し出た際に強い引き止めに遭った経験がある、あるいはそうなることを強く懸念している場合、退職代行を利用してスムーズな退職を目指すことがあります 。実際に、ある調査では「引き留められた(引き留められそうだ)から」という理由が退職代行利用の最多となっています 。  
心身の不調と即日退職の希望精神的な不調や体調不良により、これ以上出社することが困難であり、即日退職を望む場合にも利用されることがあります 。

これらの理由は、従業員が職場に対して何らかの不満や困難を抱えていることの現れであり、企業にとっては労務管理や職場環境を見直すきっかけとなり得ます。

退職代行利用が企業に与える直接的・間接的な影響

従業員による退職代行サービスの利用は、企業に対して様々な直接的・間接的な影響を及ぼします。

直接的な影響

  • 突然の人員不足と業務への支障
    • 退職代行からの連絡は多くの場合、企業にとって予期せぬものであり、突然の人員不足は担当業務の遅延や停滞、他の従業員への業務負荷の増大といった直接的な支障を引き起こします 。  
  • 採用コストの増加
    • 欠員を補充するための新たな採用活動には、求人広告費、人材紹介手数料、採用担当者の人件費など、多大なコストが発生します 。  
  • 煩雑な退職手続き
    • 通常の退職手続きに比べ、退職代行業者とのやり取りが発生するため、手続きが煩雑になり、人事担当者の負担が増加する可能性があります 。  

間接的な影響

  • 残された従業員の心理への影響
    • 同僚が退職代行を利用して突然辞めてしまうことは、残された従業員に「なぜ直接相談してくれなかったのか」という不信感や、自社の職場環境に対する不安感を与え、士気の低下につながる可能性があります 。  
  • 企業イメージの低下
    • 退職代行の利用が頻繁に起こるような企業であるという評判が広まると、採用活動における応募者の減少や、取引先からの信頼低下など、企業イメージに悪影響を及ぼす可能性があります 。  
  • 組織知・ノウハウの喪失
    • 十分な引継ぎが行われないまま従業員が退職することで、その従業員が持っていた知識やノウハウが組織から失われるリスクがあります 。  
  • 組織風土・労務管理体制の見直しの契機
    • 一方で、退職代行の利用は、企業が自社のコミュニケーション不足、ハラスメントの有無、労働条件、評価制度など、組織風土や労務管理体制の問題点を可視化し、改善に取り組むための重要な契機となり得ます 。この出来事を真摯に受け止め、改善に繋げることができれば、より良い職場環境の構築に役立ちます。  

退職代行から連絡が!会社が取るべき初期対応と法的有効性

従業員からではなく、退職代行業者を名乗る者から突然退職の連絡が入った場合、多くの経営者や人事担当者は戸惑い、どのように対応すべきか判断に迷うことでしょう。ここでは、そのような状況における初期対応のポイントと、退職の意思表示の法的有効性について解説します。

まず確認すべきこと:連絡の事実と退職代行者の情報

退職代行業者から連絡があった場合、まずは慌てずに冷静に対応し、以下の情報を確認・記録することが重要です。

  • 連絡の事実: いつ、誰から、どのような手段(電話、書面など)で連絡があったのかを正確に記録します。
  • 退職代行業者の情報: 業者の正式名称、所在地、連絡先(電話番号、メールアドレスなど)、担当者名を必ず確認しましょう 。  
  • 退職代行業者の運営元: 退職代行業者の運営元は、主に「民間企業」「労働組合(退職代行ユニオンなど)」「弁護士事務所」の3つに大別されます。どの形態の業者かによって、その業者が行える業務範囲や交渉権限が法的に異なるため、最初に確認することが極めて重要です 。  

委任状の確認と本人確認の重要性

退職代行業者からの連絡が、本当に従業員本人の意思に基づくものかを確認することは、初期対応において最も重要なステップの一つです。 従業員本人からの正式な依頼であることを確認するために、退職代行業者に対して委任状(弁護士の場合)またはそれに類する従業員本人からの依頼を証明する書面(労働組合や民間企業の場合)の提示を求めましょう 。この書面には、従業員本人が当該業者に退職手続きの代行を依頼した旨が記載されている必要があります。  

この確認を怠ると、万が一、第三者によるいたずらや嫌がらせであった場合に、誤った対応をしてしまうリスクがあります 。また、業者が正当な権限を持たずに連絡してきている可能性も排除できません。委任状等の提示を拒否されたり、曖昧な回答しか得られなかったりする場合は、慎重な対応が必要です 。  

退職の意思表示は有効?民法上の解釈と会社の対応

退職代行業者を通じて伝えられた退職の意思表示は、法的に有効なのでしょうか。これは、従業員の雇用形態(期間の定めのない雇用契約か、期間の定めのある雇用契約か)によって判断が異なります。

期間の定めのない雇用契約(いわゆる正社員など)の場合、民法第627条第1項により、従業員はいつでも解約の申し入れをすることができ、その申し入れの日から2週間を経過することによって雇用契約は終了すると定められています 。この規定は強行法規と解されており、会社の承認や合意は必要ありません。したがって、退職代行業者を通じてであっても、従業員本人からの退職の意思表示が明確になされれば、会社は原則としてこれを拒否することはできません 。  

有期雇用契約者の場合の注意点

一方、有期雇用契約(契約社員やパートタイマーなどで契約期間が定められている場合)の従業員については、原則として契約期間中の自己都合による一方的な退職は認められません 。 ただし、以下の例外があります。  

  • やむを得ない事由がある場合:民法第628条により、本人や家族の病気、家族の介護、会社側によるハラスメントや契約違反など、契約期間満了を待つことが困難な「やむを得ない事由」がある場合は、契約期間中であっても直ちに契約を解除(退職)できます 。  
  • 契約期間が1年を超える場合:労働契約法第17条第1項に基づき、契約期間の初日から1年を経過した日以後においては、申し出ることによりいつでも退職できます(一定の専門業務従事者や満60歳以上の労働者との契約を除く)。

退職代行業者から有期雇用契約者の退職申し出があった場合は、まず契約内容と上記の例外事由に該当するかどうかを確認する必要があります。

退職代行は違法?

退職代行サービス自体が直ちに違法となるわけではありません 。従業員が第三者を「使者」として退職の意思を伝えること自体は問題ありません。しかし、代行業者の業務範囲によっては、弁護士法第72条に抵触する「非弁行為」となる可能性があるため、企業側は注意が必要です 。  

非弁行為とは?具体的にどのような行為が該当するのか

非弁行為とは、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で、法律事件に関して鑑定、代理、仲裁、和解その他の法律事務を取り扱い、またはこれらの周旋をすることを業とすることを禁止するものです 。退職代行の文脈では、単に退職の意思を伝えるだけでなく、会社との間で退職条件(例:未払い残業代の請求、退職金の交渉、有給休暇の取得交渉、損害賠償請求への対応など)について具体的な交渉を行う行為が非弁行為に該当する可能性があります 。非弁行為を行った業者には、罰金や懲役刑が科されることがあります 。  

企業が退職代行業者と対応する際には、まずその運営元を確認することが重要です。

  • 弁護士事務所:弁護士は法律に基づき依頼者の代理人として交渉を行うことができます。
  • 労働組合:労働組合法に基づき、団体交渉権を有しており、従業員(組合員)のために会社と交渉することができます 。ただし、訴訟代理はできません。  
  • 民間企業:上記以外の民間企業が運営する退職代行サービスは、原則として退職の意思を伝達する「使者」としての役割に限定され、法的な交渉権限はありません。もし民間企業が運営する代行業者が退職条件の交渉を持ちかけてきた場合、企業側は非弁行為の可能性を指摘し、交渉に応じる義務はありません 。そのような場合は、従業員本人またはその正式な代理人(弁護士)と直接交渉する旨を伝えるべきです 。  

退職代行業者とのやり取りで判断に迷う場合は、労働問題に詳しい社労士や弁護士に相談することをお勧めします。

スクロールできます
運営元主なサービス範囲交渉権限費用相場(従業員負担)企業側が特に注意すべき点
民間企業退職意思の伝達、事務連絡の仲介原則なし(交渉は非弁行為リスクあり)1万円~5万円程度非弁行為に注意。退職条件の交渉は原則不可。あくまで「使者」としての対応を基本とする。
労働組合退職意思の伝達、退職条件(退職日、有給消化など)の交渉あり(団体交渉権)2万5千円~3万円程度団体交渉の申し入れには誠実に対応する必要がある。ただし、訴訟代理は不可。
弁護士事務所退職意思の伝達、退職条件の交渉、未払い賃金請求、損害賠償対応、法的紛争対応(訴訟含む)あり(依頼者の代理人として法的権限を持つ)5万円~10万円以上正式な代理人であり、その通知や要求には法的な重みがある。必要に応じて自社も弁護士に相談して対応する。

退職代行サービスの種類と特徴 (上記費用相場は一般的な目安です )  

【ステップ別】退職代行への具体的な対応フローと交渉ポイント

退職代行業者から連絡を受け、初期対応として業者の情報確認や退職意思の有効性を確認した後は、具体的な退職手続きを進めていくことになります。ここでは、企業が取るべき対応をステップごとに分け、各段階での交渉ポイントや注意点を解説します。

ステップ1:退職条件の確認(退職日、有給休暇消化、最終給与など)

退職にあたっては、退職日、有給休暇の取り扱い、最終的な給与計算など、いくつかの重要な条件を確定させる必要があります。これらの条件については、退職代行業者(交渉権限のある弁護士または労働組合の場合)または従業員本人と確認・調整を行います。

退職日の確定と交渉の進め方

従業員が希望する退職日は、退職代行業者から伝えられます 。企業としては、業務の引継ぎや後任者の確保に必要な期間を考慮し、従業員の希望と調整を図ることになります。 期間の定めのない雇用契約の場合、民法第627条により、従業員は退職の申し入れから2週間後に退職することができます 。就業規則で「退職の申し出は1ヶ月前まで」などと定めていても、法律上はこの2週間ルールが優先されると解釈されるのが一般的です 。 ただし、円満な退職のためには、可能な範囲で業務の引継ぎ期間を設けることが望ましいでしょう。退職日の交渉は、弁護士または労働組合が運営する退職代行サービスであれば可能ですが、民間企業運営の代行業者は退職の意思を伝えるのみで、交渉はできません 。  

有給休暇の申請への対応と時季変更権の可否

退職時に未消化の有給休暇が残っている場合、従業員は原則としてその全てを消化する権利があります 。企業側には、労働基準法第39条第5項ただし書きに基づき、事業の正常な運営を妨げる場合に限り、有給休暇の取得時季を変更する権利(時季変更権)が認められています。 しかし、退職予定日を超えて時季を変更することはできないため、退職を控えた従業員に対する時季変更権の行使は事実上困難です 。したがって、従業員が退職日までの間に有給休暇の消化を希望した場合、企業は原則としてこれを認めなければなりません。実務上は、最終出勤日以降、正式な退職日までの期間を有給休暇消化に充てることで、実質的な即日退職のような形になることもあります 。まずは、従業員の有給休暇の残日数を確認し、適切な処理を行います。  

あわせて読みたい
有給休暇の留意点とは?日本の有給休暇制度 完全解説ガイド はじめに 中小企業の経営者および人事ご担当者の皆様にとって、従業員のエンゲージメントと生産性を高め、同時に法的リスクを回避するためには、年次有給休暇(以下、有...

未払い賃金や退職金の取り扱い

退職時には、未払いの給与(基本給、諸手当、残業代など)を正確に計算し、支払う義務があります 。退職代行を利用したからといって、これらの支払いを拒否することはできません。 退職金については、企業の退職金規程に定めがある場合に限り、その規程に基づいて支給されます 。退職金規程がない場合は、法律上の支払い義務はありません。 未払い賃金や退職金の金額について争いがある場合、その交渉は弁護士または労働組合でなければ行うことができません 。

あわせて読みたい
未払残業代の対応方法とは? 労務の専門家である社労士が解説 従業員や元従業員から未払いの残業代を請求されたとき、多くの経営者や人事担当者様は「どう対応すれば良いのか」「そもそも自社に支払い義務はあるのか」と不安に思わ...

ステップ2:業務引継ぎの依頼と進め方

従業員の退職に伴い、担当していた業務を後任者や他の従業員に引き継ぐことは、事業の継続性にとって非常に重要です。しかし、退職代行を利用する従業員は、会社への出社を拒否するケースも少なくありません。

退職代行経由での引継ぎは可能か?

退職代行業者を通じて、業務引継ぎの協力を依頼することは可能です。従業員本人が出社を望まない場合でも、引継ぎ資料の作成・送付、電話やオンラインでの説明といった代替手段を提案し、協力を求めることになります 。引継ぎの範囲や方法について調整が必要な場合、その交渉は交渉権のある弁護士や労働組合が行うことができます 。  

引継ぎがなされない場合のリスクと対策

従業員には、法律上、退職時に必ずしも詳細な業務引継ぎを行う明確な義務はありません 。ただし、就業規則に引継ぎ義務が明記されている場合や、引継ぎを全く行わないことが信義則に著しく反し、会社に具体的な損害を与えたと評価されるような極めて例外的なケースでは、問題となる可能性も否定できません。 引継ぎが不十分な場合、業務の停滞、顧客からの信頼失墜、他の従業員への過度な負担といったリスクが生じます 。 会社が引継ぎ不足を理由に従業員に損害賠償を請求することは、従業員に悪意や重大な過失があり、かつ会社が具体的な損害とその因果関係を立証できた場合に限られ、ハードルは非常に高いのが実情です 。 最も現実的な対策は、退職する従業員に対して、可能な範囲での協力を丁寧に依頼し、引継ぎに必要な情報(何を、誰に、どのように引き継いでほしいか)を具体的にリストアップして伝えることです 。  

ステップ3:貸与品の返却・私物の整理に関する連絡

従業員の退職時には、会社からの貸与品を返却してもらい、従業員の私物を本人に引き渡す手続きが必要です。退職代行を利用している場合、これらのやり取りも郵送で行われることが一般的です。

返却リストの作成と送付依頼

会社は、従業員に貸与している物品(例:PC、スマートフォン、社員証、制服、健康保険証、業務関連書類、データなど)のリストを作成し、退職代行業者を通じて従業員に提示し、返却を依頼します 。返却期限、返却方法(郵送が一般的)、送付先を明確に伝えましょう。郵送費用については、会社負担か従業員負担かを事前に取り決めておくことが望ましいです。 同様に、オフィスに従業員の私物が残っている場合は、そのリストを作成し、本人に確認の上、郵送で返却するか、本人が希望すれば処分するなどの対応を取ります 。私物の郵送費用は着払いとするケースも見られます 。  

PC内のデータや機密情報の取り扱い

貸与PCやUSBメモリなどに保存されている業務データや機密情報の取り扱いには特に注意が必要です。退職する従業員に対しては、退職代行業者を通じて、改めて守秘義務の遵守を求めるとともに、会社規程に基づいたデータの削除や返却を指示します 。情報漏洩は企業にとって重大なリスクとなるため、適切な対応を徹底する必要があります 。  

ステップ4:退職書類の作成と送付手続き

従業員の退職に伴い、会社はいくつかの公的書類を作成し、本人に交付する義務があります。これらの手続きは、退職代行の利用の有無に関わらず、適切に行わなければなりません。

離職票、源泉徴収票などの必要書類

主に以下の書類が必要となります。

必要な書類

  • 離職票(雇用保険被保険者離職票): 従業員が失業保険(基本手当)を受給する際に必要となる書類です。原則として、退職者から請求があった場合に交付します 。退職日から10日以内にハローワークへ「離職証明書」を提出し、その後ハローワークから交付される離職票を本人に送付します。  
  • 源泉徴収票(給与所得の源泉徴収票): その年に支払われた給与額や源泉徴収された所得税額が記載された書類で、退職者の年末調整や確定申告に必要です。退職後1ヶ月以内に交付する義務があります 。  
  • 健康保険被保険者資格喪失証明書: 退職者が国民健康保険に加入する際などに必要となる場合があります。会社が発行します 。  
  • 年金手帳: 会社が預かっている場合は返却します 。  
  • 退職証明書: 従業員から請求があった場合に、退職した事実を証明する書類として発行します 。

これらの書類は、退職者の次のステップに不可欠なものであるため、遅滞なく発行・送付することが重要です。

社会保険・雇用保険の手続きについて

従業員が退職する際には、社会保険(健康保険・厚生年金保険)と雇用保険の資格喪失手続きを会社が行う必要があります。

必要な手続き

  • 社会保険の資格喪失手続き:退職日の翌日から5日以内に「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」を管轄の年金事務所または健康保険組合に提出します 。従業員から健康保険証(被扶養者の分も含む)を回収し、添付または別途返却します。  
  • 雇用保険の資格喪失手続き:退職日の翌日から10日以内に「雇用保険被保険者資格喪失届」を管轄のハローワークに提出します 。離職票を発行する場合は、併せて「離職証明書」も提出します。

これらの手続きにはそれぞれ期限が定められており、遅延すると退職者に不利益が生じるだけでなく、会社に行政指導が入る可能性もあるため、迅速かつ正確な対応が求められます 。  

スクロールできます
書類名内容・目的発行義務主な提出先/用途(従業員)発行期限の目安(会社から従業員へ)
離職票失業保険受給手続きに必要請求により発行ハローワーク(失業保険申請)退職後、手続きを経て10日~2週間程度
源泉徴収票年末調整・確定申告に必要必須新しい勤務先、税務署(確定申告時)退職後1ヶ月以内
健康保険資格喪失証明書国民健康保険加入手続きなどに必要請求により発行市区町村役場(国民健康保険加入)、新しい勤務先の健康保険組合退職後速やかに
年金手帳国民年金・厚生年金の手続きに必要(会社が預かっている場合)本人所有物を返却自身で保管退職時
退職証明書退職した事実の証明(転職先から求められる場合など)請求により発行新しい勤務先など請求後速やかに

退職時に会社が発行する主要書類一覧

あわせて読みたい
【社労士が解説】日本の社会保険制度のすべて:加入条件から手続き、保険料まで 社会保険制度は、私たちの生活を取り巻く様々なリスク、例えば病気、怪我、出産、死亡、老齢、障害、そして失業といった困難に直面した際に、経済的な支援や必要なサー...

退職代行利用で会社が直面しうる法的リスクとトラブル事例

退職代行サービスの利用は、企業にとって予期せぬ事態であり、対応を誤ると法的なリスクやトラブルに発展する可能性があります。ここでは、具体的なケースを挙げながら、企業が直面しうる問題点と、紛争を未然に防ぐための留意点を解説します。

ケース1:一方的な退職通知と業務への支障

退職代行からの連絡は、多くの場合、企業にとって突然の退職通知となります。これにより、担当していた業務が中断したり、プロジェクトの進行に遅れが生じたりするなど、業務への支障は避けられません 。特に、中小企業で人員に余裕がない場合、一人の欠員が全体の業務遂行能力に大きな影響を与えることがあります。 また、このような突然の退職は、残された他の従業員の業務負担を増加させ、不満や不安を引き起こし、チームの士気低下につながる可能性も指摘されています 。後任者の採用や育成にも時間とコストがかかるため、企業にとっては大きな負担となります。  

ケース2:引継ぎ不足による損害と責任の所在

退職代行を利用する従業員は、会社との直接的な接触を避ける傾向にあるため、十分な業務引継ぎが行われないケースが散見されます。引継ぎが不十分な場合、業務のノウハウが失われたり、取引先との関係が悪化したりする可能性があります。 法的には、従業員に退職時の引継ぎを強制する明確な義務はありませんが、就業規則に引継ぎ義務が規定されている場合や、引継ぎを全く行わないことが著しく信義に反し、会社に具体的な損害を与えたと認められるような極めて例外的な状況では、会社が従業員に対して損害賠償を請求できる可能性もゼロではありません 。 しかし、損害賠償請求が認められるためには、会社側が「従業員の引継ぎ不足が原因で具体的な金銭的損害が発生したこと」および「従業員に悪意または重大な過失があったこと」を立証する必要があり、これは非常に困難です。特に、従業員が退職代行を利用する背景には、会社とのコミュニケーションが困難な状況があることも多く、一方的に責任を問うことは難しいでしょう。 重要な顧客情報や専門知識を持つ従業員が十分な引継ぎなしに退職した場合、その影響は大きくなりますが、法的な責任追及よりも、可能な範囲での協力を粘り強く求めることが現実的な対応となります 。  

ケース3:退職代行業者との交渉決裂と対応

退職代行業者との間で、退職条件(退職日、有給休暇、未払い賃金など)に関する交渉が難航し、決裂状態に陥ることもあります。特に、退職代行業者が法律上の権限を超えた要求(例:法적根拠のない慰謝料請求など)をしてきたり、民間企業運営の業者が弁護士法に抵触する可能性のある交渉(非弁行為)を行おうとしたりする場合です 。 このような場合、企業側の対応としては、まず冷静に法的な義務の範囲を確認し、それ以上の不当な要求には応じない姿勢を明確にすることが重要です。交渉権限のない民間業者に対しては、法的な交渉は従業員本人またはその正式な代理人(弁護士)と行う旨を伝え、交渉を拒否することができます 。 全てのやり取りを記録し、必要であれば社労士や弁護士に相談しながら、法的に適切な対応を心がけることが、無用なトラブルを避けるために不可欠です 。  

会社から損害賠償請求はできる?その条件と限界

従業員の退職に伴い、会社が損害を被ったと感じることはあるかもしれません。しかし、退職した従業員に対して会社が損害賠償を請求できるのは、非常に限定的なケースに限られます。 単に「退職代行サービスを利用して退職した」という事実だけでは、損害賠償請求の理由にはなりません 。また、引継ぎが不十分であったという理由だけでも、請求が認められるハードルは極めて高いです。 損害賠償請求が法的に認められるためには、以下の条件を満たす必要があります。  

損害賠償請求が法的に認められる条件

  • 従業員の行為が違法行為(例:会社の金銭の横領、顧客情報の不正持ち出しと利用、営業秘密の漏洩、会社備品の故意による破損など)であること、または雇用契約上の重大な義務違反(例:競業避止義務違反など)があること 。  
  • その行為によって会社に具体的な金銭的損害が発生し、その損害額を客観的に立証できること 。  
  • 従業員の行為と会社の損害との間に、直接的な因果関係が認められること 。  
  • 従業員に故意または重大な過失があったと認められること 。  

 

退職代行を利用したことを理由に懲戒解雇を示唆するような対応も、不当解雇として逆に会社が訴えられるリスクがあるため、厳に慎むべきです 。 安易な損害賠償請求は、かえって紛争を泥沼化させる可能性があるため、まずは労働問題に詳しい社労士や弁護士に相談し、法的な見解を確認することが賢明です。  

退職代行を利用されないために企業ができる予防策と環境整備

従業員が退職代行サービスを利用する背景には、多くの場合、職場環境やコミュニケーションに関する何らかの問題が潜んでいます。企業がこれらの問題に真摯に向き合い、予防策を講じることは、同様の事態の再発を防ぐだけでなく、従業員が安心して長く働ける、より良い職場環境の実現にも繋がります。

従業員の不満や退職理由の早期把握と対応

従業員の不満や退職の兆候を早期に察知し、適切に対応することは、退職代行の利用を防ぐための第一歩です。

定期的な面談やサーベイの実施

形骸化した目標管理面談だけでなく、従業員一人ひとりの状況や考えを把握するための1on1ミーティングなどを定期的に実施することが有効です 。これにより、従業員が抱える悩みや不満を早期に吸い上げ、個別に対応することが可能になります。 また、匿名の従業員満足度調査やエンゲージメントサーベイを実施し、組織全体の課題を把握することも重要です 。これらの結果を分析し、具体的な改善策に繋げましょう。 従業員が退職する際には、退職面談(出口面談) を行い、本当の退職理由や会社に対する意見を丁寧にヒアリングすることも、今後の組織改善に役立ちます 。 勤怠データに残業時間の急増や休暇取得の不自然な偏りなどが見られた場合も、何らかの問題を抱えているサインかもしれません 。  

ハラスメント相談窓口の設置と機能化

職場におけるハラスメントは、従業員が退職代行を利用する大きな原因の一つです 。企業には、ハラスメント防止措置を講じる義務があり、その一環として相談窓口の設置が求められています。 相談窓口は、従業員が安心して利用できるよう、プライバシー保護を徹底し、相談したことによる不利益な取り扱いをしないことを明確にする必要があります 。社内に適切な担当者を配置するだけでなく、外部の専門機関に委託したり、匿名で相談できる仕組みを導入したりすることも有効です 。相談窓口の担当者には適切な研修を実施し、相談に適切に対応できる体制を整えることが重要です 。  

労働条件・職場環境の見直しと改善

従業員が働きがいを感じ、安心して長く勤められるためには、魅力的な労働条件と良好な職場環境が不可欠です。

適正な労働時間管理と休暇取得の推進

長時間労働や休日出勤の常態化、有給休暇の取りづらさは、従業員の心身の健康を損ない、離職の大きな原因となります。企業は、労働基準法を遵守し、適正な労働時間管理を行う義務があります 。タイムカードや勤怠管理システムを導入し、従業員の労働時間を客観的かつ正確に把握しましょう 。 また、年次有給休暇の取得は労働者の権利であり、企業は年5日の取得義務を確実に履行するとともに、従業員が気兼ねなく休暇を取得できるような雰囲気づくりや計画的な取得を推進することが求められます ノー残業デーの設定や、業務効率化による時間外労働の削減も有効な取り組みです 。  

公平な評価制度とキャリアパスの提示

従業員の頑張りや成果が正当に評価され、処遇に反映される公平な評価制度は、モチベーション維持に不可欠です 。評価基準を明確にし、評価プロセスを透明化することで、従業員の納得感を高めることができます。 さらに、従業員が自社で成長し、キャリアを築いていけるという見通しを持てるよう、キャリアパスを提示することも重要です 。研修機会の提供や資格取得支援など、具体的な成長支援策と合わせて示すことで、従業員の定着と成長意欲の向上に繋がります。人事評価制度の設計や見直しにあたっては、従業員の意見を聴取することも、納得感を高める上で有効です 。  

コミュニケーションの活性化と良好な人間関係の構築

風通しの良い職場は、従業員の定着率を高め、退職代行の利用といった事態を未然に防ぐ上で非常に重要です。

心理的安全性の高い職場づくり

心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。心理的安全性の高い職場では、従業員はミスを恐れずに新しいことに挑戦したり、建設的な意見を述べたりしやすくなります。 リーダーが率先してメンバーの意見に耳を傾け、多様な価値観を尊重し、失敗から学ぶ姿勢を示すことが重要です 。また、感謝の言葉を伝え合う文化を醸成することも、心理的安全性を高める上で効果的です。  

退職時の円満なコミュニケーションプロセスの確立

従業員が退職を決意した際に、会社に対して直接、そして円満にその意思を伝えられるような環境を整備することも、退職代行の利用を防ぐ上で重要です 。 そのためには、管理職に対して、部下からの退職申し出をプロフェッショナルかつ共感的に受け止めるための研修を実施したり、社内で退職手続きのフロー(誰に、いつまでに、どのような書類を提出するのか等)を明確化し、周知したりすることが有効です 。従業員が「この会社なら、辞める時もきちんと話を聞いてくれる」と感じられるような信頼関係を日頃から築いておくことが、最終的に円満な退職に繋がります。  

退職代行に関するよくある質問と回答

退職代行サービスに関して、企業の人事労務ご担当者様から寄せられることの多いご質問とその回答をまとめました。

Q1. 退職代行業者に連絡しても本人と話せない場合は?

A1. 退職代行業者が弁護士や労働組合(交渉権を有する)で、従業員本人から正式な委任を受けている場合、企業は主にその代行業者を通じてコミュニケーションを取ることになります。従業員本人が「今後は会社と直接連絡を取りたくない」と希望している場合、代行業者はその意向を伝えてくるでしょう。 ただし、民間企業が運営する代行業者の場合は、法的な交渉権限がありません。退職の意思伝達は有効ですが、退職条件の詳細な交渉や、会社として本人に確認すべき重要事項(例:貸与品の具体的な状況、機密情報の取り扱いに関する最終確認など)については、企業は従業員本人に直接連絡を取る、または本人から正式な代理人(弁護士など)を立ててもらうよう要求することができます 。法的拘束力をもって本人への直接連絡を完全に禁止することは、代行業者にはできません。  

Q2. 退職代行費用を会社が負担する必要はある?

A2. いいえ、退職代行サービスの利用料金は、そのサービスを依頼した従業員本人が負担するものです。会社が負担する義務は一切ありません 。  

Q3. 退職の理由を詳しく聞くことはできる?

A3. 退職代行業者を通じて、あるいは従業員本人に対して、退職理由を尋ねることは可能です。しかし、従業員(またはその代理人である代行業者)が詳細な理由を回答する義務はありません。「一身上の都合」という理由で十分とされています。 無理に詳細な理由を聞き出そうとすることは、かえって従業員の心情を害し、円満な退職手続きを妨げる可能性があります。企業としては、退職理由の詮索よりも、必要な事務手続きを適切に進めることに注力すべきです。ただし、ハラスメントが疑われるなど、会社として調査が必要な場合は、慎重に事実確認を進める必要があります 。  

Q4. 退職代行を使われたことを他の社員にどう説明すべき?

A4. 他の社員への説明は、慎重かつ配慮深く行う必要があります。まず、退職するという事実と退職日を簡潔に伝えます。退職理由については「一身上の都合」とし、退職代行サービスを利用したという事実は、社内の憶測や不安を招く可能性があるため、原則として伝える必要はありません 。 重要なのは、業務の引継ぎが適切に行われ、業務に支障が出ないように会社として対応していることを伝え、残る社員の不安を軽減することです。個人のプライバシーに関わる情報を憶測で話したり、退職者を批判したりするような言動は厳に慎むべきです。  

Q5. 退職代行業者から高圧的な要求があった場合の対処法は?

A5. まずは冷静に対応し、相手の要求内容を正確に把握・記録してください。次に、その退職代行業者の運営元(弁護士、労働組合、民間企業)を確認します。 もし、交渉権限のない民間企業が運営する代行業者が、法的な根拠の薄い金銭要求や、本来会社が応じる義務のない条件を強硬に主張してくる(非弁行為の疑いがある)場合は、その要求には応じられない旨を毅然と伝えることができます 。その際は、「法的な交渉については、従業員ご本人、またはご本人が依頼された弁護士と直接お話しさせていただきます」と伝えるのが適切です。 全てのやり取りを記録し、対応に苦慮する場合は、速やかに社労士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。  

まとめ:退職代行への適切な対応と予防は、専門家である社労士にご相談ください

従業員による退職代行サービスの利用は、多くの企業にとって突然の出来事であり、対応に苦慮されるケースも少なくありません。しかし、本記事で解説したように、法的な知識に基づき、冷静かつ段階的に対応することで、無用なトラブルを避け、円満な解決を目指すことが可能です。 また、退職代行を利用されるという事態は、企業にとって自社の労務管理体制や職場環境を見直す貴重な機会でもあります。従業員の不満や退職理由の背景にある課題を分析し、改善に取り組むことは、将来的な同様のリスクを低減し、従業員が安心して長く働ける企業づくりにも繋がります。

退職代行への具体的な対応方法や、今後の予防策の策定、就業規則の見直し、ハラスメント対策、コミュニケーション改善など、人事労務に関する課題は多岐にわたります。これらの複雑な状況において、法的に適切な判断を下し、企業を守りつつ円滑な解決を図るためには、労働問題の専門家である社労士にご相談いただくことが、迅速かつ適切な解決への近道です。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

目次