有給休暇の留意点とは?日本の有給休暇制度 完全解説ガイド

目次

はじめに

中小企業の経営者および人事ご担当者の皆様にとって、従業員のエンゲージメントと生産性を高め、同時に法的リスクを回避するためには、年次有給休暇(以下、有給休暇)制度の正確な理解と適切な運用が不可欠です。有給休暇は、労働者の権利であると同時に、企業にとっては労務管理上の重要な課題でもあります。特に、2019年の労働基準法改正により、年5日の有給休暇取得が義務化されるなど、企業が対応すべき事項は複雑化しています。

本記事は、日本の複雑な有給休暇制度について、中小企業の経営者や人事担当者が直面する具体的な課題に焦点を当て、網羅的かつ実践的な解説を提供することを目的としています。有給休暇の基本的な法的原則から、法改正への具体的な対応、実務上の留意点、さらには紛争予防策に至るまで、専門的な知見に基づき分かりやすく解説します。

この記事をお読みいただくことで、有給休暇に関する法改正への適切な対応、日々の実務における疑問点の解消、そして何よりも従業員との無用なトラブルを未然に防ぎ、より良い職場環境を構築するための一助となることを目指しています。

本記事は、労働法規と人事労務管理の専門家である社会保険労務士事務所altruloopが、中小企業の皆様の健全な発展をサポートするために提供するものです。

第1章:年次有給休暇の基本原則

有給休暇制度を適切に運用するためには、まずその基本的な考え方と法的根拠を理解することが第一歩となります。

1.1. 年次有給休暇とは?

年次有給休暇は、労働者が心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図るとともに、ゆとりある生活を実現することを目的とした、賃金が支払われる休暇制度です 。この制度は労働基準法第39条に定められており、一定の要件を満たした労働者に対して、法律上当然に与えられる権利です 。企業がこの目的を理解することは、単に法律を遵守するだけでなく、従業員のモチベーション維持や生産性向上にも繋がるため、非常に重要です。  

1.2. 付与要件

有給休暇は、以下の2つの要件をいずれも満たした労働者に対して付与されなければなりません。

  1. 雇入れの日から6ヶ月間継続勤務していること  
  2. その6ヶ月間の全労働日の8割以上出勤していること  

これらの要件は、正社員、契約社員、パートタイム労働者、アルバイトといった雇用形態に関わらず、全ての労働者に適用されます 。また、管理監督者も有給休暇の付与対象となります 。  

出勤率の算定において注意すべき点として、以下の期間は出勤したものとして取り扱われます。

  • 業務上の負傷または疾病による療養のために休業した期間
  • 産前産後休業期間
  • 育児休業または介護休業期間
  • 年次有給休暇を取得した日  

特に「8割以上の出勤」という要件の計算において、何が「出勤日」に含まれるのかを誤解すると、不当に有給休暇の付与を拒否してしまう事態を招きかねません。上記の通り、法律で保護されている休業期間や、既に取得した有給休暇の日数を出勤率計算の際に不利に扱うことはできません。この点を正確に理解し運用することが、無用な労使紛争を避ける上で極めて重要です。

1.3. 付与日数

有給休暇の付与日数は、労働者の勤続年数や所定労働日数・時間によって異なります。

正社員・フルタイム労働者の場合

週の所定労働時間が30時間以上、または週の所定労働日数が5日以上のフルタイム労働者(またはこれに準ずる労働者)の場合、付与日数は以下の通りです 。  

  • 雇入れ後6ヶ月:10労働日
  • 雇入れ後1年6ヶ月:11労働日
  • 雇入れ後2年6ヶ月:12労働日
  • 雇入れ後3年6ヶ月:14労働日
  • 雇入れ後4年6ヶ月:16労働日
  • 雇入れ後5年6ヶ月:18労働日
  • 雇入れ後6年6ヶ月以上:20労働日

パートタイム労働者の場合(比例付与)

週の所定労働時間が30時間未満で、かつ、週の所定労働日数が4日以下または年間の所定労働日数が216日以下のパートタイム労働者については、その所定労働日数に応じて有給休暇が比例的に付与されます(比例付与)。  

比例付与の対象となるパートタイム労働者の具体的な付与日数は、以下の表の通りです。中小企業においては多様な働き方の従業員を雇用しているケースが多く、特にパートタイム労働者の有給休暇日数の計算は誤りが生じやすいポイントです。正確な管理のためには、厚生労働省の基準に基づいた計算が求められます 。  

年次有給休暇付与日数表(パートタイム労働者への比例付与を含む)

継続勤務年数通常の労働者の付与日数週所定労働日数4日 (年間169~216日)週所定労働日数3日 (年間121~168日)週所定労働日数2日 (年間73~120日)週所定労働日数1日 (年間48~72日)
6ヶ月10日7日5日3日1日
1年6ヶ月11日8日6日4日2日
2年6ヶ月12日9日6日4日2日
3年6ヶ月14日10日8日5日2日
4年6ヶ月16日12日9日6日3日
5年6ヶ月18日13日10日6日3日
6年6ヶ月以上20日15日11日7日3日

(出典: 厚生労働省資料等に基づき作成)  

週の所定労働日数が明確に定まっていない労働者(例:シフト制で月ごとに勤務日数が変動するアルバイトなど)については、基準日直前の実績(例えば、雇入れ後6ヶ月間の労働実績を2倍するなど)を基に年間の所定労働日数を算出し、上記の表に当てはめて付与日数を決定します 。比例付与の計算は複雑であり、特に人事労務に関する専門部署を持たない中小企業にとっては、誤りが生じやすい領域です。この誤りは、従業員の不満や、未払い賃金請求のリスクにも繋がるため、正確な理解と運用が不可欠です。  

1.4. 休暇取得の基本ルール

労働者による時季指定権と自由利用の原則

有給休暇をいつ、どのように利用するかは、原則として労働者の自由に委ねられています。労働者は、取得したい時季を指定して会社に請求することができ、これを「時季指定権」と呼びます(労働基準法第39条第5項)。会社は、労働者が指定した時季に有給休暇を与えなければなりません。  

重要な点として、労働者は有給休暇の取得理由を会社に申告する義務はなく、会社も取得理由によって有給休暇の取得を拒否することはできません 。例えば、「私用のため」といった理由で十分であり、具体的な内容を詮索したり、理由が不適切であるとして取得を認めないことは違法となります。  

有給休暇取得に対する不利益取扱いの禁止

労働者が有給休暇を取得したことを理由として、会社がその労働者に対して不利益な取扱いをすることは、労働基準法附則第136条の趣旨に鑑み、望ましくないとされています。具体的には、賃金の減額、賞与や昇給の査定における不利益な評価、有給休暇取得日を欠勤として扱うことなどがこれに該当します 。  

ただし、皆勤手当の取扱いについては注意が必要です。判例では、有給休暇の取得を理由に皆勤手当を減額または不支給とすることが、直ちに公序良俗に反して無効となるわけではないと判断されたケースがあります 。しかし、その減額幅や不支給の条件が、事実上有給休暇の取得を著しく抑制するような効果を持つ場合には、公序良俗に反し無効と判断される可能性も否定できません。したがって、皆勤手当の制度設計や運用にあたっては、有給休暇取得の権利を不当に阻害しないよう、慎重な配慮が求められます。この点は、単に「不利益な取扱いは禁止」という原則だけでなく、手当の性質や運用実態が問われるため、専門家への相談も検討すべきでしょう。  

第2章:2019年労働基準法改正と企業の義務

2019年4月1日に施行された働き方改革関連法により、労働基準法が改正され、有給休暇に関する企業の義務が強化されました。特に中小企業においては、この改正内容を正確に理解し、対応することが急務となっています。

2.1. 年5日の年次有給休暇取得義務化

改正の最大のポイントは、「年5日の年次有給休暇の確実な取得」が使用者に義務付けられたことです。これは、それまでの有給休暇取得率が低迷していた状況を改善し、労働者が確実に休息を取れるようにするための措置です 。  

対象となる労働者

この義務の対象となるのは、年次有給休暇が10日以上付与される全ての労働者です 。これには、管理監督者や有期雇用労働者、そして前述の比例付与により年10日以上の有給休暇が付与されるパートタイム労働者も含まれます 。  

使用者の具体的な義務

使用者は、対象となる労働者ごとに、有給休暇を付与した日(これを「基準日」といいます)から1年以内に5日について、取得時季を指定して有給休暇を取得させなければなりません 。  

この法改正は、有給休暇の取得について、従来の「労働者が請求する」という側面に加え、「使用者が取得させる」という責任を明確にした点で大きな変化と言えます。つまり、企業側は単に労働者からの申請を待つだけでなく、積極的に取得を促し、必要であれば時季を指定してでも5日間の休暇を確保する義務を負うことになったのです。これは、特に中小企業において、新たな管理体制の構築を求めるものとなりました。

前倒し付与や斉一的取扱い(基準日の統一)の場合の義務の考え方

有給休暇の管理を簡便にするため、法定の基準日(雇入れ後6ヶ月経過日など)よりも前に有給休暇を付与する「前倒し付与」や、全従業員の基準日を特定の日(例:毎年4月1日)に統一する「斉一的取扱い」を行う企業もあります。このような場合でも、年5日の取得義務は適用されます。

  • 入社時に10日以上の有給休暇を付与した場合(前倒し付与): その付与した日から1年以内に5日の有給休暇を取得させる必要があります 。例えば、4月1日入社の社員に同日付で10日付与した場合、翌年の3月31日までに5日取得させる義務が生じます。  
  • 基準日統一により、義務履行期間に重複が生じる場合: 例えば、初年度は法定通り雇入れ半年後に付与し、次年度以降は全社的に4月1日に統一して付与する場合など、年5日取得義務の対象となる1年間の期間が重複することがあります。このような場合、管理を簡便にするため、重複する期間全体を通じた期間の長さに応じた日数(例:18ヶ月間であれば、18÷12×5日=7.5日)を取得させることも認められています 。  

これらの取扱いは、柔軟な有給休暇管理を可能にする一方で、年5日の取得義務を確実に履行するための正確な期間管理が求められます。

2.2. 使用者による時季指定の方法

使用者が労働者の有給休暇の時季を指定する場合、以下の点が重要となります。

労働者の意見聴取と尊重義務

使用者は、時季指定を行うにあたっては、あらかじめ労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません 。これは、使用者の義務と労働者の希望とのバランスを取るための重要な手続きです。単に会社側の都合で一方的に時季を指定するのではなく、労働者の希望をできる限り反映させる努力が求められます。この「意見を尊重するよう努める」という規定は、形式的な聴取に留まらず、真摯な対応を企業に促すものです。中小企業においては、このプロセスを記録として残しておくことも、万が一の際の対応として有効です。  

具体的な手順

  1. 労働者に対して、取得時季に関する希望を聴取します。
  2. 労働者から示された希望をできる限り尊重し、調整を行います。
  3. 最終的に使用者が取得時季を指定し、労働者に通知します。

時季指定が不要なケース

以下のいずれかの場合には、使用者による時季指定は不要となります 。  

  • 労働者が自ら請求して年5日以上の有給休暇を取得した場合。
  • 労使協定に基づく計画的付与制度により、年5日以上の有給休暇を取得した場合。
  • 上記2つの方法(労働者自らの請求・取得と計画的付与)を合わせて、既に年5日以上の有給休暇を取得している場合(例:労働者が自ら3日取得し、計画的付与で2日取得した場合)。

2.3. 年次有給休暇管理簿の作成・保存義務

年5日の取得義務化に伴い、使用者は**「年次有給休暇管理簿」を作成し、3年間保存する**ことが義務付けられました 。これは、労働者ごとの有給休暇の取得状況を正確に把握し、年5日の取得義務の履行を担保するためのものです。  

作成義務の対象者

年10日以上の有給休暇が付与される労働者を雇用する全ての使用者が対象です 。  

記載事項

年次有給休暇管理簿には、労働者ごとに以下の3項目を記載する必要があります 。  

  1. 基準日: 有給休暇を付与した日。
  2. 日数: 付与した日数、および実際に取得した日数。
  3. 時季: 実際に有給休暇を取得した日付。

これらの情報が正確に記録されていることが、年5日の取得義務を遵守していることの証明となります。労働基準監督署の調査が入った際には、この管理簿の提出を求められることが一般的であり、その正確性と完全性が問われます 。  

様式

年次有給休暇管理簿には、法律で定められた特定の様式はありません 。上記の必須記載事項が網羅されていれば、紙媒体、Excel等のスプレッドシート、専用の勤怠管理システムなど、企業の実情に合った方法で作成・管理することができます。また、労働者名簿や賃金台帳と合わせて調製することも可能です 。厚生労働省のウェブサイトでは参考様式も提供されていますので、活用するとよいでしょう 。  

保存期間

作成した年次有給休暇管理簿は、その有給休暇を与えた期間中および当該期間の満了後3年間保存しなければなりません 。  

効率的な作成・管理方法

従業員ごとに入社日が異なると基準日も個々に設定され、管理が煩雑になりがちです。効率化のためには、前述の「基準日の統一」や、有給休暇の付与・取得状況を自動的に記録・管理できる「勤怠管理システム」の導入などが有効です 。特に中小企業にとっては、手作業による管理ミスを防ぎ、管理工数を削減する上で、システムの活用は大きなメリットがあります。  

2.4. 違反した場合の罰則

労働基準法に定められた有給休暇に関する義務に違反した場合、罰則が科される可能性があります。

年次有給休暇義務違反に関する罰則一覧

違反内容根拠条文罰則内容備考
年5日の年次有給休暇を取得させなかった場合労働基準法第39条第7項30万円以下の罰金(労働基準法第120条)対象労働者1人につき1罪として扱われる
労働者の請求する時季に所定の有給休暇を与えなかった場合(時季変更権の濫用など)労働基準法第39条(第7項を除く)6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(労働基準法第119条)
就業規則に時季指定に関する規定がないまま使用者による時季指定を行った場合労働基準法第89条30万円以下の罰金(労働基準法第120条)
年次有給休暇管理簿を作成しなかったり、保存を怠ったりした場合労働基準法第109条(書類の保存)に関連直接的な罰則規定なし労働基準監督署からの是正勧告の対象

(出典: 労働基準法等に基づき作成)

特に、年5日の取得義務違反については、対象となる労働者1人につき1罪として罰金が科されるため、違反者が複数いる場合には罰金額が大きくなる可能性があります 。  

労働基準監督署の調査は、従業員からの申告や定期的な監督指導によって行われることがあります。有給休暇に関する違反、特に注目度の高い年5日の取得義務違反は、他の労働法規違反の有無も含めた広範な調査のきっかけとなる可能性も念頭に置くべきです。一つの違反が、企業全体の労務管理体制への信頼性を揺るがすことにも繋がりかねないため、日頃からの法令遵守が極めて重要です。

第3章:有給休暇の実務運用と留意点

有給休暇制度を円滑に運用するためには、日々の実務における細かな点にも注意を払う必要があります。従業員からの申請処理から、買取りや繰越しのルールまで、具体的な運用方法と留意点を解説します。

3.1. 従業員からの休暇申請の処理

従業員が有給休暇を取得する際の申請手続きを明確に定めておくことは、無用な混乱を避け、スムーズな運用を実現するために不可欠です。

申請手続きの明確化

就業規則において、有給休暇の申請期限(例:取得希望日の〇日前まで)、申請方法(例:所定の申請書を提出、システムで申請)、承認プロセスなどを具体的に定めておくことが重要です 。ただし、申請期限をあまりにも早く設定するなど、労働者の権利行使を不当に制約するようなルールは無効と判断される可能性があるため注意が必要です 。  

申請の承認

労働者から有給休暇の申請があった場合、企業は原則としてこれを承認しなければなりません。前述の通り、取得理由を尋ねたり、理由によって取得を拒否したりすることはできません。

不当な申請拒否

正当な理由なく有給休暇の申請を拒否した場合、労働基準法違反となる可能性があります 。明確で公正な申請プロセスを確立し、それを一貫して適用することが、紛争を未然に防ぐ鍵となります。曖昧なルールや運用は、従業員の不信感や不公平感を生み出し、紛争の火種となり得るため、注意が必要です。  

3.2. 使用者の時季変更権

労働者には希望する時季に有給休暇を取得する権利(時季指定権)がありますが、例外的に、使用者は労働者が請求した時季に有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、他の時季に休暇を変更するよう求めることができます。これを「時季変更権」といいます 。  

行使の条件

時季変更権の行使が認められるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限定されます 。この「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、単に「繁忙期である」「人手が不足している」といった抽象的な理由だけでは不十分と解されています。裁判例においても、この要件は厳格に解釈される傾向にあり、安易な時季変更権の行使は違法と判断されるリスクがあります 。  

具体的な判断要素としては、以下のような点が総合的に考慮されます。

  • 事業所の規模や業務内容
  • 当該労働者の担当業務の内容や代替可能性
  • 代替要員を確保するための努力の有無とその困難性
  • 有給休暇の申請がなされたタイミング(業務の繁閑との関連)
  • 休暇期間の長さ  

特に中小企業では、人員体制が手薄な場合も多く、時季変更権を行使したいと考える場面があるかもしれません。しかし、恒常的な人員不足を理由とした時季変更権の行使は、原則として認められません 。企業には、労働者が有給休暇を取得できるよう、代替要員の確保や業務調整に努める配慮義務があるとされています 。この努力を怠った上での時季変更権の行使は、権利の濫用とみなされる可能性が高いです。  

限界

時季変更権にはいくつかの限界があります。

  • 取得理由による変更不可: 労働者の有給休暇の取得理由によって、時季変更権を行使することはできません 。  
  • 退職予定者: 退職日が確定しており、変更後の時季に有給休暇を取得することが不可能な労働者に対しては、原則として時季変更権を行使できません 。  
  • 行使のタイミング: 時季変更権を行使する場合は、労働者からの申請後、速やかに行う必要があります。申請から長期間経過した後や、休暇取得日の直前になってから時季変更権を行使することは、労働者の予定を著しく不安定にするため、違法と判断される可能性があります 。  

具体的なケーススタディ

  • 認められやすいケース:
    • 本人が参加しなければ代替が効かない重要な研修期間中の申請 。  
    • 同じ部署の多くの労働者が同時期に申請し、代替要員の確保が客観的に極めて困難な場合 。  
    • 非常に長期間にわたる連続休暇の申請で、業務への支障が明白な場合(ただし、全期間ではなく一部期間の変更を検討)。  
  • 認められにくいケース:
    • 慢性的な人手不足を理由とする場合 。  
    • 代替要員を確保するための合理的な努力を会社が怠った場合 。  

最近のJR東海の判例(新幹線の運転士の有給申請に対し、要員不足を理由に時季変更権を行使したことが違法と判断された事例)は、大企業であっても時季変更権の行使が厳しく判断されることを示しており、中小企業においても同様の注意が必要です 。  

時季変更権を行使する際には、労働者に対してその理由を丁寧に説明し、理解を求めることが重要です。法律上、代替日を具体的に提示する義務まではありませんが 、円滑な労使関係のためには、できる限り労働者の希望に近い時季に休暇を取得できるよう配慮することが望ましいでしょう。 proactiveな人員計画や多能工化を進めることが、時季変更権に頼らない安定した企業運営の鍵となります。  

3.3. 未使用休暇の買取り

有給休暇は、労働者の休息を確保するための制度であるため、金銭で買い取ることは原則として認められていません 。事前に有給休暇の買取りを約束し、休暇を取得させないような取り扱いは違法となります。  

例外的に認められるケース

ただし、以下の特定のケースにおいては、有給休暇の買取りが例外的に認められると解されています。

  1. 法定日数を超える会社独自の上乗せ休暇分: 労働基準法で定められた付与日数(法定休暇)を超える部分について、会社が任意に恩恵として付与している休暇(法定外休暇)については、その買取りを就業規則等で定めることが可能です 。  
  2. 時効により消滅する休暇分: 有給休暇の権利は2年間で時効により消滅しますが、この消滅する予定の休暇について、事後的に会社が恩恵として買い上げることは、直ちに違法とはなりません 。  
  3. 退職時に未消化で残った休暇分: 労働者が退職する際に、使い切れなかった有給休暇が残っている場合、退職日以降はもはや休暇を取得することができないため、これを会社が買い上げることは問題ないとされています 。  

買取りに関する注意点

  • 企業の義務ではない: 上記の例外ケースであっても、有給休暇の買取りは法律で義務付けられているものではありません 。買取りを行うかどうか、またその条件(金額など)は、基本的には労使間の合意や就業規則の定めに委ねられます。  
  • 金額算定と合意: 買取りを行う場合は、その金額の算定根拠や支払い方法について、労働者と事前に合意し、書面等で確認しておくことがトラブル防止のために望ましいです 。  
  • 制度の趣旨の徹底: たとえ退職時の買取りが認められるとしても、企業が日常的に有給休暇の取得を奨励せず、結果として多くの休暇が未消化のまま退職時に買い取られるような状況は、年5日の取得義務の趣旨に反する可能性や、有給休暇を取得しづらい企業風土の表れと見なされるリスクがあります。あくまで休暇の取得を最優先とし、買取りは例外的な措置と位置づけるべきです。

3.4. 時間単位年休制度

時間単位年休制度は、労働者が年次有給休暇を1時間単位で取得できる制度であり、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を推進し、より柔軟な休暇取得を可能にすることを目的としています 。育児や介護、通院、子供の学校行事への参加など、短時間の休暇ニーズに対応できるメリットがあります 。  

導入の要件と手続き

時間単位年休制度を導入するためには、以下の2点が必要です。

  1. 労使協定の締結: 労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者との間で、書面による協定(労使協定)を締結しなければなりません 。この労使協定は、所轄の労働基準監督署長への届出は不要です 。  
  2. 就業規則への規定: 時間単位年休制度を導入する旨を就業規則に規定する必要があります 。  

労使協定で定める事項

労使協定では、主に以下の事項を定めます 。  

  1. 対象となる労働者の範囲: 原則として全ての労働者が対象ですが、業務の性質上、時間単位での休暇取得が著しく困難な業務に従事する労働者を対象外とすることも可能です。ただし、取得目的によって対象範囲を限定することはできません。
  2. 取得できる日数: 1年間に取得できる時間単位年休の日数は、5日以内の範囲で定めます。
  3. 1日の年休が何時間分に相当するか: 1日の所定労働時間数を基に定めます。1時間未満の端数がある場合は、時間単位に切り上げます(例:1日の所定労働時間が7時間30分の場合、8時間とする)。
  4. 1時間以外の時間を単位とする場合の時間数: 2時間単位など、1時間単位以外の時間を単位とする場合は、その時間数を定めます。ただし、1日の所定労働時間を超えることはできません。

運用上の注意点

  • 年5日の取得義務との関係: 時間単位で取得した年休は、年5日の有給休暇取得義務の日数にはカウントされません 。この点は非常に重要であり、時間単位年休を導入したからといって、年5日の取得義務が軽減されるわけではないことを明確に理解しておく必要があります。年5日の取得義務は、あくまで1日単位または半日単位での取得が基本となります。  
  • 賃金の支払い: 時間単位年休を取得した時間分の賃金は、通常の賃金、平均賃金、または標準報酬日額のいずれかの方法で支払います。就業規則等で定めておく必要があります 。  
  • 時季変更権: 時間単位年休についても、事業の正常な運営を妨げる場合には時季変更権の行使が認められます。ただし、日単位の請求を時間単位に変更したり、その逆の変更を命じたりすることはできません 。  
  • 計画的付与: 時間単位年休は、計画的付与の対象とすることはできません 。  

時間単位年休の導入率はまだ低いものの、上昇傾向にあります 。柔軟な働き方を支援する有効な手段となり得ますが、上記の注意点を踏まえた適切な運用が求められます。  

3.5. 有給休暇の繰越しと消滅時効

取得されなかった有給休暇は、一定のルールに基づいて翌年度に繰り越すことができますが、無期限に保有できるわけではありません。

繰越ルール

その年度に取得されなかった有給休暇は、翌年度に限り繰り越すことができます 。例えば、2023年度に付与された有給休暇のうち未消化分は、2024年度に繰り越して取得することが可能です。  

消滅時効

有給休暇を取得する権利(請求権)は、付与された日(基準日)から2年間行使しないと、時効によって消滅します(労働基準法第115条)。つまり、2023年4月1日に付与された有給休暇は、2025年3月31日までに取得しなければ消滅することになります。  

企業が就業規則で、この法律で定められた2年間よりも短い時効期間を定めることは、労働者に不利益となるため認められません 。逆に、2年よりも長い期間の保有を認めることは問題ありません。  

繰越可能な日数と最大保有日数

年5日の取得義務を考慮すると、例えば年20日付与される労働者がその年に5日取得した場合、残りの15日が翌年に繰り越されます。翌年度に新たに20日付与されると、その時点での最大保有日数は、前年度からの繰越分15日と新規付与分20日を合わせて35日となります 。この理論上の最大保有日数は、企業が従業員の有給休暇残日数を管理する上で一つの目安となります。多数の従業員が常に最大日数に近い有給休暇を保有している状態は、休暇取得が進んでいない可能性を示唆し、業務運営や退職時の精算において課題となることもあります。  

パートタイム労働者やアルバイトについても、同様に2年間の消滅時効と繰越しのルールが適用されます 。  

消化順序

繰り越された有給休暇と、その年度に新たに付与された有給休暇のどちらから先に消化するかについては、法律上の定めはありません。しかし、労働者にとっては通常、時効が近い古い有給休暇から消化される方が有利であるため、就業規則で「繰り越された有給休暇から先に消化する」旨を定めておくことが一般的であり、望ましい対応です 。  

未払い賃金の請求時効

なお、有給休暇を取得したにもかかわらず賃金が支払われなかった場合の未払い賃金請求権の時効は、原則として5年(ただし、当分の間の経過措置として3年)とされています 。これは有給休暇そのものの消滅時効とは異なる点に注意が必要です。  

第4章:有給休暇をめぐる紛争予防と就業規則

有給休暇に関するトラブルは、労働紛争の中でも比較的発生しやすい類型の一つです 。紛争を未然に防ぐためには、就業規則の整備と適切な実務運用が不可欠です。  

4.1. よくある労働紛争の類型

有給休暇をめぐるトラブルは、様々な形で現れます。以下に代表的な紛争類型と、その背景にある問題点を挙げます。

  • 退職時の有給消化トラブル
    • 従業員が退職を申し出た際に、残っている有給休暇の消化をまとめて申請するケースは少なくありません。これに対し、企業側が業務の引継ぎが不十分であることなどを理由に難色を示すと、紛争に発展しやすくなります 。原則として、退職予定者に対しても有給休暇を取得する権利は保障され、企業側は時季変更権を行使することができません 。この種のトラブルを避けるためには、退職の意思表示をできるだけ早期に受ける体制づくり、計画的な業務引継ぎと休暇取得の調整、そして就業規則における退職時の有給休暇申請手続きの明確化が求められます 。  
  • 繁忙期の取得拒否トラブル: 「繁忙期だから」「人手が足りないから」といった理由で、従業員の有給休暇申請を一律に拒否するような対応は、労働基準法違反となる可能性が高いです 。第3章で詳述した通り、使用者の時季変更権の行使は厳格な要件のもとでのみ認められます。繁忙期であっても、代替要員の確保努力や業務の平準化、計画的付与制度の活用、従業員との十分なコミュニケーションを通じて、可能な限り休暇取得を認める姿勢が重要です 。  
  • 年5日取得義務未達に関するトラブル: 2019年の法改正で義務化された年5日の有給休暇取得を企業が確実に履行していない場合、労働基準監督署からの指導・是正勧告の対象となり、場合によっては罰則が科されるリスクがあります 。具体的には、使用者による時季指定の未実施、年次有給休暇管理簿の未作成・未保存などが問題となります 。  
  • その他の紛争類型:
    • 有給休暇の取得理由を執拗に問い質したり、理由によって取得を認めない 。  
    • 有給休暇を取得したことを理由に、昇進・昇格で不利に扱ったり、賞与を減額したりするなどの不利益取扱い 。  
    • 本来会社が設定すべき夏季休暇や年末年始休暇を有給休暇として処理させるなど、不適切な運用 。  

これらの紛争の多くは、法律や制度の誤解、コミュニケーション不足、あるいは明確な社内ルールの欠如から生じます。企業側が有給休暇に関する正しい知識を持ち、従業員の権利を尊重する姿勢を示すことが、紛争予防の第一歩です。

4.2. 就業規則の重要性と記載事項

就業規則は、職場の労働条件や服務規律などを定めた「職場のルールブック」であり、労使双方にとって非常に重要なものです。有給休暇に関する規定は、就業規則の「休暇」に関する事項として、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」の一つです 。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります。  

有給休暇に関して就業規則に記載すべき主な項目と、その規定例は以下の通りです。

  • 付与条件:
    • 勤続年数や出勤率に応じた付与日数、パートタイム労働者への比例付与の基準などを明記します 。  
    • 規定例: 「第〇条 会社は、雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、別に定める基準に従い、勤続年数に応じた日数の年次有給休暇を与える。」
  • 申請手続き:
    • 申請期限(例:原則として取得希望日の〇労働日前まで)、申請方法(例:所定の書式、電子申請システム)、承認者などを定めます 。  
    • 規定例: 「第〇条 年次有給休暇を取得しようとする労働者は、原則として取得希望日の〇労働日前までに、所属長を経由して会社に届け出なければならない。」
  • 使用者による時季指定義務に関する規定:
    • 年5日の取得義務を履行するため、使用者が時季指定を行う場合の対象者、手続き(意見聴取を含む)などを定めます 。  
    • 規定例: 「第〇条 年次有給休暇が10日以上付与された労働者に対しては、当該有給休暇を付与した日から1年以内に、会社が労働者の意見を聴取し、その意見を尊重した上で、5日の範囲で取得時季を指定して年次有給休暇を取得させることがある。ただし、労働者が自ら請求し取得した日数、または計画的付与により取得した日数がある場合は、その日数を5日から控除する。」
  • 計画的付与制度に関する規定:
    • 導入する場合、対象者、対象となる有給休暇の日数(付与日数のうち5日を超える部分)、具体的な付与方法、労使協定を締結する旨などを定めます 。  
    • 規定例: 「第〇条 会社は、労働者の過半数を代表する者との書面による協定に基づき、各労働者が有する年次有給休暇日数のうち5日を超える部分について、あらかじめ時季を定めて計画的に取得させることがある。」
  • 時間単位年休制度に関する規定:
    • 導入する場合、対象者、取得できる年間の上限日数(5日以内)、1日の有給休暇に相当する時間数、労使協定を締結する旨などを定めます 。  
    • 規定例: 「第〇条 会社は、労働者の過半数を代表する者との書面による協定に基づき、年次有給休暇の日数のうち年5日を限度として、1時間単位で年次有給休暇(時間単位年休)を与えることができる。1日の年次有給休暇に相当する時間単位年休の時間数は、所定労働時間〇時間とする。」
  • 半日単位年休に関する規定:
    • 労働者の希望に応じて半日単位での取得を認める場合、その旨と午前・午後の区切りなどを定めます 。  
    • 規定例: 「第〇条 労働者が希望し、会社が業務の都合上支障がないと認めた場合には、年次有給休暇を半日単位で取得することができる。この場合の半日は、午前〇時から正午まで、または午後〇時から午後〇時までとする。」
  • 繰越に関する規定:
    • 有給休暇の2年間の消滅時効、繰り越された休暇と新規付与分の消化順序(通常は古いものから)などを明記します 。  
    • 規定例: 「第〇条 当該年度に取得しなかった年次有給休暇は、翌年度に限り繰り越すことができる。繰り越された年次有給休暇と新たに付与された年次有給休暇のいずれも取得できる場合には、繰り越されたものから先に取得するものとする。」
  • 基準日の統一(斉一的取扱い)に関する規定:
    • 全従業員の有給休暇の基準日を統一する場合、その基準日と、それに応じた付与のルールを定めます 。  

就業規則にこれらの事項を明確に規定しておくことは、労使双方の権利義務を明らかにし、予測可能性を高めることで、紛争を未然に防ぐ上で極めて重要です。例えば、使用者による時季指定や計画的付与、時間単位年休といった制度は、就業規則への規定と(多くの場合)労使協定の締結が法的要件となっています。これらの手続きを欠いたまま運用すると、制度自体が無効と判断されるリスクがあります。したがって、就業規則の整備は、有給休暇管理の根幹をなすものと言えるでしょう。

4.3. 紛争予防のための実務的対策

就業規則の整備に加え、日々の実務における紛争予防策も重要です。

社内への周知徹底とコミュニケーション

  • 制度の周知: 有給休暇制度の内容、就業規則の関連規定、法改正の内容(特に年5日取得義務)などを、全従業員に対して分かりやすく説明する機会を設けることが重要です 。説明会、社内ポータルサイトへの掲載、ハンドブックの配布などが有効です。  
  • トップメッセージ: 経営トップから、有給休暇取得の重要性や、会社として取得を奨励する方針を明確に発信することは、取得しやすい雰囲気づくりに繋がります 。  
  • 取得計画の共有: 部署ごとやチーム内で有給休暇の取得計画表を作成・共有し、業務の調整をしやすくする工夫も有効です 。これにより、特定の時期に取得希望が集中することを避けたり、業務の属人化を防いだりする効果も期待できます。  
  • 日常的な対話: 上司と部下、あるいは人事担当者と従業員との間で、有給休暇に関する希望や懸念について気軽に話し合える風通しの良い職場環境を構築することが、誤解や不満の蓄積を防ぎます 。  

管理職への教育

管理職は、部下の有給休暇管理において非常に重要な役割を担います。そのため、管理職に対して適切な教育・研修を行うことが不可欠です。

  • 法的知識の習得: 年5日の取得義務、時季変更権の正しい理解と行使の限界、ハラスメント(有給休暇取得を妨害するような言動)の防止など、関連法規や判例の知識を習得させます 。  
  • コミュニケーションスキル: 部下が気兼ねなく有給休暇を申請できるようなコミュニケーション方法、業務調整の仕方、休暇取得をサポートする姿勢などを指導します。
  • 率先垂範: 管理職自身が積極的に有給休暇を取得し、模範を示すことも重要です 。  
  • 評価への反映: 部下の有給休暇取得状況を管理職の人事評価項目の一つとして加えることも、取得促進に向けた意識改革を促す一手段となり得ます 。  

相談窓口の設置

有給休暇に関する疑問や、取得に関する悩み、あるいは不適切な対応を受けた場合の相談窓口を社内に設置することも、問題の早期発見と解決に繋がります。人事部門や信頼できる第三者機関などが考えられます。

有給休暇に関する紛争予防は、単に法律を守るという受動的な姿勢ではなく、従業員が心身ともに健康で、意欲的に働ける職場環境を積極的に構築するという能動的な取り組みが求められます。その中心には、経営者や管理職のリーダーシップと、従業員との良好なコミュニケーションがあります。法制度の整備と並行して、休暇を取りやすい企業文化を醸成していくことが、長期的な視点での最も効果的な紛争予防策と言えるでしょう。

第5章:中小企業の有給休暇取得率向上に向けて

日本の有給休暇取得率は、近年改善傾向にあるものの、依然として国際的に見て高い水準とは言えません。中小企業においては、大企業と比較して取得率が低い傾向も見られ、その向上が課題となっています。

5.1. 日本の有給休暇取得の現状(統計データ紹介)

厚生労働省の「就労条件総合調査」によると、日本の有給休暇の取得状況は以下のようになっています。

  • 最新の取得率: 令和6年(2024年)の調査では、労働者1人平均の年次有給休暇取得率は65.3%となり、9年連続で上昇し、昭和59年以降で過去最高を記録しました 。  
  • 平均付与日数と取得日数: 令和6年調査における労働者1人平均の付与日数は16.9日、平均取得日数は11.0日でした 。  
  • 企業規模別の状況: 企業規模間の取得日数の差は年々縮小しています。令和6年のデータでは、従業員1,000人以上の企業で平均11.5日、30~99人の企業で平均10.6日となっており、特に30~99人規模の企業では取得日数が増加傾向にあります 。  
  • 業種別の状況: 業種によって取得率に差が見られます。「電気・ガス・熱供給・水道業」のようなインフラ関連産業では73.3%と高い水準である一方、「卸売業、小売業」や「宿泊業、飲食サービス業」などでは5割を下回るなど、取得が進んでいない業種も存在します 。これらの業種は中小企業が多く、人手不足やシフト勤務といった構造的な課題を抱えている場合が少なくありません。  
  • 政府目標との比較: 政府は有給休暇の取得率70%を目標として掲げていますが、現状はまだその水準には達していません 。  

取得が進まない背景には、職場の上司や同僚への気兼ね、休むことへのためらい、休んだ後の業務負担増への懸念など、日本特有の職場風土や意識が影響していると考えられています 。これらのデータは、中小企業が自社の状況を客観的に把握し、取得率向上に向けた具体的な戦略を立てる上で参考になります。  

5.2. 取得促進のための具体的施策

有給休暇の取得率を向上させるためには、制度面の整備だけでなく、取得しやすい環境づくりや意識改革が不可欠です。以下に具体的な施策を挙げます。

  • 経営トップ・管理職からの積極的なメッセージ発信と率先垂範: 経営者や管理職が、有給休暇取得の重要性を繰り返し伝え、自らも積極的に休暇を取得する姿を示すことは、従業員が休暇を取りやすい雰囲気を作る上で非常に効果的です 。  
  • 年次有給休暇取得計画表の作成と共有: 年度初めなどに、部署ごとや個人ごとに年間の有給休暇取得計画表を作成し、共有することで、計画的な取得を促し、業務の調整もしやすくなります 。  
  • 計画的付与制度の活用: 労使協定に基づき、会社が計画的に有給休暇の取得日を割り振る「計画的付与制度」は、特に取得率が低い企業にとって有効な手段です。夏季や年末年始に全社一斉の休暇としたり、飛び石連休の間の日を休暇とする「ブリッジホリデー」として活用したりする方法があります 。  
  • 時間単位年休・半日単位年休の導入: 1時間単位や半日単位で有給休暇を取得できる制度を導入することで、短時間の私用(通院、役所の手続き、子供の送迎など)にも対応しやすくなり、結果として休暇取得のハードルを下げることができます 。  
  • 業務の多能工化、カバー体制の構築、業務標準化: 特定の従業員しかできない業務を減らし、複数人で業務をカバーできる体制を構築したり、業務手順を標準化したりすることで、誰かが休んでも業務が滞らないようにすることが重要です。「休むと他の人に迷惑がかかる」という心理的負担を軽減できます 。  
  • 取得状況の可視化とフォローアップ: 従業員ごとの有給休暇の付与日数、取得日数、残日数を一覧化し、定期的に本人や上司にフィードバックすることで、取得への意識を高めます。特に取得日数が少ない従業員に対しては、上司から個別に声かけを行い、取得を促すことも有効です 。  
  • 有給休暇取得奨励のためのインセンティブ: 法定の付与日数とは別に、有給休暇を一定日数以上取得した従業員に対して特別休暇を付与するなど、何らかのインセンティブを設けることも、取得促進の一つの方法です 。  
  • 社内啓発活動: ポスターの掲示、社内報やイントラネットでの特集、有給休暇を活用したリフレッシュ事例の紹介など、様々な方法で社内の意識啓発を行います 。  

これらの施策は、単独で行うよりも複数を組み合わせて実施する方が効果的です。重要なのは、従業員が「休みづらい」と感じる根本的な原因(例えば、過度な業務量、人員不足、評価への不安、職場の雰囲気など)を特定し、それらを解消するための取り組みを並行して進めることです。単に制度を導入するだけでは、実際の取得には繋がりにくいのが実情です。

5.3. 労働基準監督署の調査と指導への対応

労働基準監督署は、労働基準法等の遵守状況を確認するため、企業に対して調査(監督指導)を行うことがあります。有給休暇に関する事項も、調査の重要なポイントの一つです。

調査の種類と確認ポイント

労働基準監督署の調査には、管轄内の事業場を対象に計画的に行われる「定期監督」や、労働者からの申告(通報)に基づいて行われる「申告監督」などがあります。 有給休暇に関しては、特に以下の点が確認されます。

  • 年5日の有給休暇取得義務の履行状況
  • 年次有給休暇管理簿の作成・保存状況とその内容の正確性
  • 就業規則における有給休暇に関する規定の整備状況
  • その他、有給休暇の付与日数や取得手続きが適切に行われているか

指導・是正勧告への対応

調査の結果、法令違反や不適切な運用が認められた場合、労働基準監督署から口頭または文書による指導、あるいは「是正勧告書」が交付されることがあります。 是正勧告を受けた場合の一般的な対応フローは以下の通りです。

  1. 指摘内容の正確な把握: 勧告書の内容を詳細に確認し、どの点が法令に違反しているのか、または改善が必要なのかを正確に理解します。
  2. 是正計画の策定: 指摘事項を改善するための具体的な計画(いつまでに、誰が、何を行うか)を策定します。
  3. 是正措置の実施: 管理体制の見直し、就業規則の改定、年次有給休暇管理簿の整備、従業員への周知徹底、未取得者への取得勧奨など、具体的な改善措置を実施します 。  
  4. 是正報告書の提出: 指定された期日までに、実施した是正措置の内容と結果をまとめた「是正報告書」を労働基準監督署に提出します。

是正勧告自体に直接的な罰則はありませんが、これを無視したり、適切な対応を怠ったりした場合には、悪質なケースとして書類送検され、最終的に罰金が科される可能性もあります 。茨城県の飲食業者が年5日の時季指定を怠ったとして送検された事例は、その一例です 。  

労働基準監督署の調査や指導は、企業にとっては負担となる側面もありますが、自社の労務管理体制を見直し、法令遵守を徹底する良い機会と捉えることもできます。指摘を受けた事項だけでなく、関連する他の労務管理上の課題についても自主的に点検し、改善を図ることで、より健全な職場環境の構築に繋がります。日頃から法令を遵守し、適切な労務管理を行っていれば、調査を過度に恐れる必要はありません。

よくある質問(FAQ)

中小企業の経営者や人事担当者の皆様から寄せられる、年次有給休暇に関する代表的な質問とその回答をまとめました。

Q1: パート・アルバイトにも年5日の取得義務は適用されますか?

A1: はい、適用されます。年次有給休暇が比例付与の結果として10日以上付与されるパートタイム労働者やアルバイトの方も、年5日の有給休暇取得義務の対象となります。ただし、週の所定労働日数や勤続年数によっては付与日数が10日に満たない場合があり、その場合は年5日の取得義務の対象外となります。  

Q2: 退職する従業員から大量の有給休暇申請がありましたが、すべて認める必要はありますか?業務の引継ぎが心配です。

A2: 原則として、退職日までに残っている有給休暇はすべて取得させる必要があります。退職予定者に対しては、会社は時季変更権を行使することができません。これは、時季変更権は「他の時季に与えること」を前提としているため、退職により他の時季が存在しない場合には行使できないと解されるためです 。 業務の引継ぎに関しては、従業員と退職日までのスケジュール(最終出社日、有休消化期間など)を誠実に協議し、協力を求めることが重要です。就業規則で退職時の有給休暇消化に関する手続き(例:引継ぎ完了を条件とはできないが、引継ぎに協力する努力義務を定めるなど)を定めておくことも、円滑な対応の一助となります 。  

Q3: 年次有給休暇管理簿はどのような形式で作成すればよいですか?指定の様式はありますか?

A3: 年次有給休暇管理簿には、法律で定められた特定の様式はありません。労働者ごとに「基準日」「(取得)日数」「(取得した)時季」の3つの必須事項が管理されていれば、手書きの帳簿、Excelなどのスプレッドシート、専用の勤怠管理システムなど、企業の実情に合ったどのような形式でも構いません 。厚生労働省のウェブサイトでは参考様式も提供されていますので、それを活用することもできます。また、労働者名簿や賃金台帳と合わせて作成・管理することも認められています 。  

Q4: 従業員が希望日に有給休暇を取得すると業務に支障が出ます。時季変更権はどのような場合に認められますか?

A4: 使用者の時季変更権は、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、例外的に認められます。単に「忙しいから」「人手が足りないから」といった理由だけでは、時季変更権の行使は認められません 。 具体的には、代替要員の確保に最大限努力したにもかかわらず、当該労働者がその日に休むことによって客観的かつ重大な業務運営上の支障(例:事業所全体の機能が停止する、顧客に多大な迷惑がかかるなど)が生じることが明白な場合に、慎重に検討されるべきものです。時季変更権を行使する際には、従業員にその理由を丁寧に説明し、できるだけ近い時季に休暇を取得できるよう配慮することが求められます 。  

Q5: 時間単位の有給休暇は、年5日の取得義務の対象になりますか?

A5: いいえ、時間単位で取得した年次有給休暇は、年5日の取得義務の日数には含まれません(カウントされません)。年5日の取得義務は、1日単位または半日単位(労働者が希望し使用者が同意した場合)での取得が対象となります。したがって、時間単位年休制度を導入している企業であっても、別途、日単位または半日単位で年間5日間の有給休暇を取得させる必要があります 。  

Q6: 有給休暇の取得理由を聞いてもよいですか?理由によって拒否できますか?

A6: 労働者は有給休暇を取得する際に、その理由を会社に申告する義務はありません。また、会社も取得理由によって有給休暇の取得を拒否することはできません 。有給休暇は労働者の権利であり、その利用目的は労働者の自由です。 ただし、会社が時季変更権を行使するか否かを判断するにあたり、業務の調整の参考にするために、差し支えのない範囲で取得理由を尋ねることはあり得ます。しかし、それを強要したり、理由の内容次第で取得を認めない、あるいは不利益な取り扱いをしたりすることはできません 。  

おわりに

本記事では、中小企業の経営者および人事担当者の皆様に向けて、日本の年次有給休暇制度に関する法的原則、2019年の法改正に伴う企業の義務、実務上の運用ポイント、そして紛争予防策について解説してまいりました。

年次有給休暇制度を適切に運用することは、単に法的義務を遵守するというだけでなく、従業員の心身の健康を維持し、モチベーションを高め、ひいては企業の生産性向上や良好な労使関係の構築に不可欠な要素です。特に、年5日の取得義務化や年次有給休暇管理簿の作成・保存といった新しい義務への対応は、中小企業にとって喫緊の課題と言えるでしょう。

そのためには、経営者と人事担当者が率先して有給休暇に関する正しい知識を習得し、就業規則の整備、社内への周知徹底、管理職への教育、そして休暇を取得しやすい職場風土の醸成といった社内体制を計画的に整備していくことが求められます。

有給休暇の運用は、個々の従業員の状況や企業の事業特性によって、判断に迷う複雑なケースも生じ得ます。そのような場合には、自己判断に頼るだけでなく、労働法規の専門家である社会保険労務士にご相談いただくことを強く推奨いたします。専門家のアドバイスは、法的なリスクを回避し、より実効性のある制度運用を実現するための確かな指針となるでしょう。

本記事が、貴社における年次有給休暇制度の円滑な運用の一助となれば幸いです。ご不明な点がございましたら、社会保険労務士事務所altruloopまでお気軽にご相談ください。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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