海外赴任者の労務管理と人事戦略:成功のための完全ガイド

グローバル化の進展に伴い、日本企業にとって海外事業展開の重要性はますます高まっています。その戦略遂行の鍵を握るのが、海外へ派遣される従業員、すなわち海外赴任者です。彼らの活躍なくして、企業の国際的な成長は望めません。しかし、従業員を海外に派遣することは、単なる配置転換とは異なり、法務、税務、労務、文化、そして個人の生活に至るまで、多岐にわたる複雑な課題とリスクを伴います 。所得税の課税タイミングが赴任者に大きな影響を及ぼす国もあれば、住宅契約の法的拘束力が強く、解約時のペナルティが制度設計上のリスクとなる国も存在します 。  

本稿は、海外赴任者の労務管理と人事戦略に関する包括的な手引きとなることを目的としています。人事労務担当者や経営者が、海外赴任に伴う諸問題を適切に管理し、リスクを軽減し、法令を遵守し、そして何よりも赴任者が安心して業務に専念できる環境を整備するための知識と実践的な方策を提供します。これにより、企業は海外赴任制度を戦略的に活用し、グローバルな成功を確固たるものにすることができるでしょう。

目次

海外赴任規程の策定と重要性

海外赴任者を派遣するにあたり、その土台となるのが「海外赴任規程」です。これは単なる社内文書ではなく、海外事業戦略を成功に導き、企業と従業員双方を守るための戦略的ツールと言えます。

なぜ海外赴任規程が必要か

法的リスクの軽減

海外赴任規程は、労働条件、福利厚生、給与体系、現地でのサポート内容などを明確に定めることで、トラブルを未然に防ぎ、企業側の責任範囲を明確化する役割を果たします 。海外では、労働法規、税法、社会保障制度などが日本と大きく異なるため、規程なしに場当たり的な対応をすることは、企業を深刻な法的リスクに晒すことになります 。例えば、赴任先の労働法を遵守しなかった場合、現地当局からの罰則や従業員からの訴訟といった事態を招きかねません。  

明確な規程がない場合、赴任者ごとに処遇が異なるなど、不公平感を生む可能性があります。特に労働者の権利意識が高い国々では、こうした不公平感が労働紛争や法的な争いに発展するケースも少なくありません。海外赴任規程は、処遇の基準を明文化し、公平な運用を担保することで、こうしたリスクを未然に防ぐ防波堤となるのです。

従業員の安心確保とモチベーション維持

海外赴任は、従業員にとってキャリア上の大きな転機であると同時に、未知の環境での生活という大きな不安を伴うものです。海外赴任規程の主な目的の一つは、赴任者が安心して業務に集中できる環境を整えることです 。給与や手当の条件、勤務条件、帯同家族に関する取り決め、健康保険などが明確に定められていれば、従業員は経済的な不安や生活上の懸念を軽減し、新たな環境での業務に前向きに取り組むことができます 。  

特に、帯同家族へのサポート体制を規程に盛り込むことは、赴任の成功率を大きく左右します 。家族が現地での生活に馴染めなかったり、サポートが不十分であったりする場合、赴任者本人の業務遂行能力や精神状態に悪影響を及ぼし、最悪の場合、任期途中の帰任といった事態にも繋がりかねません。これは企業にとって大きな損失です。したがって、住宅、子女教育、配偶者のサポートなど、家族に関する規定を充実させることは、優秀な人材の維持・確保、そして海外赴任という投資に対するリターンを最大化する上で極めて重要です。  

H4: 企業と従業員双方の責任範囲の明確化

海外赴任規程は、企業が従業員に対して提供するサポートの範囲(例:住居、旅費、医療保険)と、従業員が遵守すべき事項(例:現地法規の遵守、業務遂行基準、報告義務)を明確に区分します 。これにより、双方の期待値のズレを防ぎ、無用な誤解や対立を避けることができます。  

また、多くの海外赴任規程には「服務心得」といった形で、赴任中の従業員の行動規範が定められています 。これには、単に職務規律を守るだけでなく、赴任国の文化や慣習を尊重し、企業を代表する者として品位を保つといった内容が含まれます。従業員が現地で不適切な行動をとった場合、個人の問題に留まらず、企業の評判を著しく損ねたり、法的な問題を引き起こしたりする可能性があります。したがって、服務心得を通じて従業員の意識を高めることは、企業にとって重要なリスクマネジメントの一環となるのです。  

海外赴任規程に盛り込むべき主要項目

海外赴任規程には、赴任者が安心して海外で活躍するために不可欠な項目を網羅的に盛り込む必要があります 。以下に主要な項目を挙げます。  

総則(目的、定義、適用範囲)

規程の冒頭には、その目的、海外赴任者(例:「日本国から又は勤務中の外地から日本国を経由せず、直接海外の駐在員事務所、支店、現地法人、合弁会社、代理店、他会社等に転勤又は出向を命じられた者」など )の定義、規程の適用範囲などを明確に記載します。これにより、規程全体の法的・運用上の位置づけが明確になります。  

赴任・帰任手続き(辞令、期間、所属)

赴任命令の発令(辞令 )、赴任期間(例:「赴任期間は最長で1年間とする」)、赴任中の所属(例:「海外事業部付」)、帰任時の手続きなどを定めます。これにより、赴任から帰任までの一連の流れが明確になり、従業員も安心して準備を進めることができます。  

労働条件(労働時間、休日、休暇)

労働時間、休憩、休日、年次有給休暇、赴任・着任・帰任休暇、一時帰国休暇などについて定めます 。特に、労働時間や休日については、赴任先の国の労働法規や一般的な慣習を考慮する必要があります 。日本とは労働時間に対する考え方やワークライフバランスの文化が大きく異なる国も多く、例えば欧米諸国では労働時間の短縮化や有給休暇の取得率の高さが一般的です 。ドイツの年間平均労働時間は日本のそれよりも大幅に短いというデータもあります 。  

日本の労働慣行をそのまま持ち込もうとすると、従業員の心身の疲弊を招くだけでなく、現地の従業員との軋轢を生んだり、現地の労働法に抵触したりするリスクがあります。したがって、規程においては、赴任先の状況を十分に踏まえた柔軟な対応が求められます。

給与・手当・賞与(基本給、海外勤務手当、ハードシップ手当等)

基本給の決定方法、海外勤務手当、住宅手当、子女教育手当、単身赴任手当、ハードシップ手当、賞与の取り扱いなどを具体的に定めます 。各種手当の支給基準や計算方法を明確にすることで、従業員の経済的な不安を軽減します 。給与水準の決定にあたっては、赴任国の物価水準や為替レートを考慮した購買力補償方式なども検討されます 。  

旅費・赴任支度金

赴任時および帰任時の旅費(航空券、交通費)、渡航手続き費用(査証料、予防接種費用など)、荷物運送費、赴任支度金など、会社が負担する費用とその範囲を明記します 。赴任支度金は、勤続年数や役職に応じて段階的に設定されることもあります 。  

住居

社宅の提供、住宅手当の支給、賃貸契約に関するルール(契約主体、費用負担、解約時のペナルティ対応など)を定めます 。一部の国では住宅契約の法的拘束力が非常に強く、中途解約に高額な違約金が発生するケースもあるため、事前の調査と規程への反映が重要です 。光熱費の負担区分なども明確にしておく必要があります 。  

福利厚生(帯同家族、医療、一時帰国)

帯同家族に関するサポート(ビザ取得支援、医療保険、子女教育支援など)、赴任者および家族の医療保険制度(日本の健康保険の継続加入や海外旅行傷害保険への加入など )、一時帰国休暇の取得条件や頻度、費用負担などを定めます 。  

安全衛生・健康管理

赴任前・赴任中・帰任後の健康診断の実施義務、予防接種の実施、メンタルヘルスケア、現地の医療体制に関する情報提供など、従業員の心身の健康を守るための措置を規定します 。これは、後述する企業の安全配慮義務とも密接に関連します。  

服務規律

赴任中の従業員が遵守すべき服務心得(就業規則の遵守、企業秘密の保持、現地法規の遵守、異文化尊重、公私混同の禁止など)を定めます 。  

緊急時対応・危機管理

自然災害、政情不安、テロ、感染症のパンデミックなど、緊急事態発生時の連絡体制、安否確認方法、避難誘導、医療支援体制などを規定します 。  

表1: 海外赴任規程 主要項目チェックリスト

No.主要項目主な規定内容例
1総則規程の目的、赴任者の定義、適用範囲
2赴任・帰任手続き赴任命令、赴任期間、所属部署、帰任手続き、各種休暇(赴任・着任・帰任)
3労働条件労働時間、休憩、休日、年次有給休暇(赴任先基準の考慮)
4給与・手当・賞与基本給、海外勤務手当、住宅手当、子女教育手当、単身赴任手当、ハードシップ手当、賞与、税金負担(グロスアップ等)、為替レート変動への対応
5旅費・赴任支度金赴任・帰任旅費(航空券、交通費)、荷物運送費、渡航手続き費用、赴任支度金
6住居社宅提供または住宅手当、賃貸契約ルール、光熱費負担
7福利厚生帯同家族支援(ビザ、医療、教育)、医療保険(日本の健康保険継続、海外旅行傷害保険)、一時帰国制度(頻度、費用負担)、慶弔見舞金
8安全衛生・健康管理健康診断(赴任前・中・後)、予防接種、メンタルヘルスケア、現地医療機関情報
9服務規律就業規則遵守、秘密保持、現地法規・文化尊重、公私混同禁止、ハラスメント防止
10緊急時対応・危機管理緊急連絡体制、安否確認システム、避難計画、医療支援体制、在外公館との連携
11教育・研修赴任前研修(語学、異文化理解、危機管理)、赴任中の能力開発支援
12社会保険・労災保険日本の社会保険(健康保険、厚生年金、雇用保険)の継続・脱退手続き、労災保険の特別加入、社会保障協定の適用
13規程の改廃規程の見直し時期、改廃手続き

海外赴任規程作成のポイントと注意点

現地法規・慣習の考慮

海外赴任規程を作成する上で最も重要なのは、赴任先の国の労働法、税法、社会保障制度、さらには文化や慣習を十分に調査し、規程内容に反映させることです 。日本国内の就業規則をそのまま適用しようとすると、現地の法律に違反したり、従業員のモチベーションを著しく低下させたりする可能性があります。例えば、ある国では所得税の課税タイミングが日本と大きく異なり、これが赴任者の手取り額に大きな影響を与えることもありますし、別の国では住宅契約の法的拘束力が非常に強く、中途解約に伴う高額なペナルティがリスクとなることもあります 。  

これらのリスクを回避するためには、規程作成の段階から、赴任国の法制度に詳しい専門家(弁護士、社労士、税理士など)に相談し、アドバイスを受けることが不可欠です。特に、労働時間、休日、解雇規制、差別禁止規定などは国によって大きく異なるため、慎重な確認が求められます。このような事前の法務デューデリジェンスを怠り、問題が発生してから対応するのでは、時間もコストも余計にかかることになります。

H4: 公平性と透明性の確保

海外赴任規程は、特定の従業員だけでなく、将来的に海外赴任する可能性のある全ての従業員にとって公平な内容でなければなりません 。また、給与や手当の算定根拠、各種制度の適用基準などを明確にし、透明性を確保することが重要です 。従業員が「なぜこのような処遇なのか」を理解できなければ、不満や不信感につながりかねません。  

定期的な見直しと改訂

海外赴任規程は一度作成したら終わりではありません。赴任先の法改正、経済状況の変化、社会情勢の変動、あるいは自社の海外戦略の変更などに合わせて、定期的に内容を見直し、必要に応じて改訂していく必要があります 。古い規程のまま運用を続けると、知らないうちに法令違反を犯していたり、従業員にとって魅力のない制度になっていたり、あるいは不測の事態に対応できないといった問題が生じます。例えば、赴任国のインフレ率が急上昇した場合、数年前に設定した手当額では生活が困窮するかもしれません。また、新たな感染症の出現など、予期せぬリスクに対応するための規定がなければ、従業員の安全を確保できません。規程を「生きている文書」として管理し、常に最新の状態に保つ努力が、企業のリスク管理能力を高め、従業員の信頼を維持することにつながるのです。  

海外赴任者の労務管理と法的留意点

海外赴任者の労務管理は、国内の従業員管理とは異なる特有の法的留意点が存在します。これらを正確に理解し、適切に対応することが、トラブルを未然に防ぎ、円滑な海外事業運営を実現する上で不可欠です。

適用される労働法と労働基準

日本の労働基準法の適用範囲

日本の労働基準法は、原則として日本国内の事業所に適用されます 。したがって、従業員が海外の現地法人や支店に「出向」し、現地の組織に所属してその指揮命令下で働く場合、基本的には日本の労働基準法は適用されず、赴任先の国の労働法が適用されることになります。ただし、例外的に、海外の事業場が独立性のない工事現場などで、日本の本社が直接指揮命令を行っていると認められる場合には、日本の労働基準法が適用されることもあります 。  

一方、海外「出張」の場合は、従業員は日本の企業に所属したまま業務に従事するため、日本の労働基準法がそのまま適用されます 。この「出向」と「出張」の区別は極めて重要です。例えば、実質的には長期の出向であるにもかかわらず、形式的に出張として取り扱ってしまうと、赴任先の国で義務付けられている労働条件(労働時間の上限、割増賃金率、法定休暇など)を遵守していないと判断され、法的な問題に発展する可能性があります。また、税務上や社会保険の取り扱いにおいても、この区別は大きな影響を及ぼします。  

赴任先国の労働法の遵守

海外赴任者が現地法人の指揮命令下で働く場合、赴任先の労働法を遵守することが絶対的な原則です 。これには、労働時間、休日、休暇、賃金、解雇、安全衛生、差別禁止など、労働に関するあらゆる側面が含まれます。赴任先の労働法を正確に把握し、遵守体制を構築することは、企業の法的責任を果たす上で不可欠です。  

労働時間、休日、休暇制度の国際比較と対応

労働時間や残業に対する考え方、有給休暇の取得率、休日の日数などは、国によって大きく異なります 。日本では長時間労働が常態化している企業も少なくありませんが、欧米諸国をはじめとする多くの国では、ワークライフバランスが重視され、残業は例外的であり、有給休暇の完全消化が一般的です 。例えば、ドイツの2018年の年間平均労働時間は1363時間であるのに対し、日本は1680時間と、大きな差があります 。  

このような文化や法制度の違いを理解せず、日本国内の感覚で労務管理を行うと、赴任者が必要な休息を取れずに心身の健康を損なったり、現地の従業員との間で摩擦が生じたり、さらには現地の労働法に違反して罰則を科されたりするリスクがあります。企業は、赴任先の労働時間規制や休暇制度を正確に把握し、それに基づいた労務管理を行う必要があります。

表2: 日本と主要赴任国の労働条件比較(例)

項目日本アメリカ(連邦法/州により異なる)中国ドイツ
標準週労働時間40時間40時間(超過分は割増賃金)40時間原則48時間上限(多くは労働協約で35-40時間)
残業規制割増率25%~、上限規制あり割増率50%~(適用除外あり)割増率50%~300%、月36時間上限(特別事情除く)割増は法律でなく協約等、1日10時間超は原則不可
最低法定年次有給休暇勤続年数に応じ10~20日法定なし(慣行として2~4週間程度)勤続年数に応じ5~15日週6日勤務で24日、週5日勤務で20日
公共休日数(年間目安)約16日約10日(連邦休日)約11日(調整あり)9~13日(州により異なる)
休暇取得の文化取得率が低い傾向、取得促進が課題比較的取得しやすい、企業文化による取得は法定通り、大型連休に集中する傾向取得率が非常に高い、完全消化が一般的

注: 上記は一般的な目安であり、具体的な内容は各国の最新の法令や労働協約、企業ごとの規定によって異なります。必ず専門家にご確認ください。

海外赴任者の選定と赴任前準備

海外赴任の成否は、適切な人材を選定し、十分な赴任前準備を行うかに大きく左右されます。

適性評価(語学力、柔軟性、適応力)

海外赴任に適任な従業員を選定する際には、業務遂行能力に加えて、語学力、異文化環境への柔軟性や適応力が極めて重要です 。現地の言葉で円滑なコミュニケーションが取れなければ、業務の遅延やミスに繋がる恐れがあります。また、海外では日本では考えられないような事態が発生することも珍しくありません。そのような状況下でも冷静に対応し、問題を解決していくためには、高い柔軟性と適応力が不可欠です 。  

技術的に優秀な人材であっても、これらのソフトスキルが不足している場合、現地での業務遂行に支障をきたしたり、生活に馴染めずに早期帰任となったりするケースがあります。これは企業にとって大きな損失です。したがって、選考プロセスにおいては、これらの適性を多角的に評価する仕組みを取り入れることが望ましいでしょう。

赴任前研修(語学、異文化理解、危機管理)

赴任者に対しては、事前に十分な研修を実施する必要があります。語学研修はもちろんのこと 、赴任先の文化、宗教、歴史、生活習慣、ビジネス慣行などを学ぶ異文化理解研修も重要です。また、赴任先の治安状況、特有の健康リスク、自然災害のリスクなどを踏まえた危機管理研修や安全衛生教育も、企業の安全配慮義務の一環として実施すべきです 。メンタルヘルスに関する研修も、赴任前、赴任中、帰国後の各段階で重要となります。  

赴任国の情報提供(JETRO、JILAF等の活用)

企業は、赴任者に対して赴任国に関する正確かつ最新の情報を提供する必要があります。独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)は、世界約70カ所の海外事務所を通じて、現地の一般経済事情やビジネス環境、駐在員の生活環境などに関する情報提供サービスを行っています 。また、労働政策研究・研修機構(JILPT)は、JILAF(国際労働財団)の活動とも関連しつつ、海外の労働市場や労使関係に関する情報(「国別労働トピック」など)を提供しています 。経済産業省も海外展開に関する調査報告を行っています 。  

これらの公的機関が提供する情報は、多くの場合無料でアクセス可能であり、特に海外進出の経験が浅い中小企業にとっては非常に有用なリソースとなります。これらの情報を積極的に活用し、赴任者自身が主体的に情報収集できるよう促すことも重要です。

表3: 海外赴任前準備チェックリスト(赴任者・人事担当者向け)

カテゴリー項目
書類関連パスポート(有効期限確認、更新)
ビザ・労働許可証取得手続き
海外赴任規程・雇用契約書(赴任先用)の確認・署名
社会保障協定に基づく適用証明書取得手続き(該当する場合)
国際運転免許証取得(必要な場合)
各種証明書(戸籍謄本、卒業証明書等、英文)準備(必要な場合)
赴任準備航空券手配
海外引越荷物手配・発送
現地での仮住居手配
予防接種・健康診断受診
赴任前研修(語学、異文化理解、危機管理等)受講
財務関連現地銀行口座開設準備
給与振込口座(国内・海外)確認
税務コンサルテーション(赴任前)
クレジットカード、海外キャッシュカード準備
健康・安全赴任先医療機関情報収集
緊急連絡先リスト作成・共有(会社、家族)
海外旅行傷害保険加入手続き
外務省「たびレジ」等への登録
家族関連帯同家族のパスポート・ビザ手続き
(帯同の場合)子女の学校選定・入学手続き
配偶者向けサポート情報提供(語学研修、現地コミュニティ等)
家族の健康診断・予防接種
その他国内不在中の手続き(郵便物転送、公共料金支払い等)
携帯電話・インターネット契約(現地での利用準備)

解雇規制と労働紛争への対応

海外赴任者の雇用契約を解消(解雇)する際には、赴任先の国の解雇規制を厳格に遵守する必要があります 。  

各国の解雇規制の違い

解雇規制は国によって大きく異なり、一般的にヨーロッパ諸国は厳しく、北米は緩やかであるとされています 。OECDの評価によれば、日本の解雇規制は、多くのヨーロッパ諸国よりは緩やかですが、北米よりは厳しい位置づけにあります 。解雇理由、手続き、予告期間、解雇補償金など、各国で詳細な規定が設けられており、これらを無視した解雇は無効とされたり、高額な損害賠償を請求されたりするリスクがあります。  

紛争解決プロセスの理解と準備

万が一、労働紛争が発生した場合に備え、赴任先の紛争解決プロセス(労働審判、調停、訴訟など)を事前に理解しておくことが重要です。雇用主側の理由による解雇の場合、勤続年数に応じた退職金の支払いが一般的ですが、その計算方法や条件は国や判例によって異なります 。  

労働紛争を未然に防ぐためには、赴任国の法律に準拠した、曖昧さを排除した包括的な雇用契約書を作成することが求められます 。雇用条件を明確にし、誤解や不一致を防ぐことが重要です。また、日頃から現地スタッフとのコミュニケーションを密にし、現地の文化や慣習を理解することも、信頼関係を構築し、紛争リスクを低減する上で効果的です 。  

海外赴任者の安全衛生と健康管理

企業は、海外で業務に従事する従業員の安全と健康を確保する「安全配慮義務」を負っています。これは労働契約法第5条にも定められた企業の基本的な義務であり、海外赴任者もその対象となります 。  

企業の安全配慮義務とその範囲

企業の安全配慮義務は、赴任先の治安状況への配慮、赴任前の予防接種の実施、赴任中および帰国後のメンタルヘルス対策、健康や安全に関する研修の実施など、多岐にわたります 。この義務は、従業員の身体的な安全だけでなく、精神的な健康も含む包括的なものです 。安全配慮義務を怠り、従業員が怪我をしたり、精神疾患に罹患したりした場合、企業は損害賠償責任を問われる可能性があります。特に慰謝料については労災保険の対象外となるため注意が必要です 。  

安全配慮義務の具体的な内容は、赴任先の国や地域、業務内容、従業員個人の状況などによって異なります 。したがって、企業は画一的な対応ではなく、個別の状況に応じたきめ細やかな配慮を行う必要があります。例えば、治安の悪い地域へ派遣する場合はより厳重なセキュリティ対策が求められますし、既往症のある従業員には特別な医療サポートが必要になるかもしれません。企業は、予見し得る危険に対して、合理的な範囲で十分な予防策や対応策を講じる責任があるのです。  

赴任先の治安・危険情報への配慮

企業は、従業員を派遣する前に、赴任先の治安状況、犯罪発生率、テロや誘拐のリスク、政情不安、自然災害の可能性などを十分に調査し、必要な対策を講じなければなりません 。外務省が提供する「海外安全ホームページ」では、国・地域別の危険情報や安全対策基礎データ(犯罪事情、風俗・習慣、査証・出入国審査、滞在時の留意事項、健康、緊急時の連絡先など)が提供されており、これらの情報を活用することが推奨されます 。  

健康診断の実施(赴任前・赴任中・帰国後)

労働安全衛生規則により、6ヶ月以上海外へ派遣する従業員に対しては、赴任前と帰国後に健康診断を実施することが事業主に義務付けられています 。健康診断の項目は法定のものに加え、医師が必要と判断した場合には追加の検査(腹部画像検査、B型肝炎ウイルス抗体検査など)が行われることもあります 。赴任中も定期的な健康診断の機会を設けることが望ましいでしょう。  

予防接種の実施

赴任先の地域で流行している感染症を予防するため、事前に適切な予防接種を実施することも安全配慮義務の一環です 。デング熱やマラリアを媒介する蚊、狂犬病を持つ動物など、現地特有の感染リスクに対応するため、必要なワクチン接種のスケジュールを計画的に進める必要があります。複数回の接種が必要なワクチンもあるため、早めの準備が肝心です 。  

メンタルヘルスケア対策

海外赴任は、環境の大きな変化や異文化への適応などから、従業員にとって大きな精神的ストレスとなる可能性があります 。企業は、赴任者のメンタルヘルス不調を予防し、早期に発見・対応するための体制を整備する必要があります。  

環境変化によるストレスとその要因

海外赴任に伴うストレスの要因は多岐にわたります。食文化や気候の違い、治安への不安、言語の壁、価値観の相違などは、日常生活における大きなストレス源となり得ます 。また、日本とは異なる医療体制や、新型コロナウイルス感染症のような新たな健康不安もストレスを増大させる要因です 。さらに、日本での人間関係から切り離され、海外で新たな人間関係を構築する過程や、帯同した家族が現地に馴染めないといった問題も、赴任者本人にとって大きな精神的負担となります 。  

H4: 相談窓口の設置とサポート体制

企業は、赴任者が気軽に相談できる窓口を設置し、適切なサポートを提供できる体制を整えることが重要です 。これには、定期的な面談の実施、カウンセリングサービスの提供(EAP:従業員支援プログラムの活用など)、産業医や専門医との連携などが含まれます。厚生労働省が示すメンタルヘルスケアの4つのケア(セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア)を参考に、多層的なサポート体制を構築することが望ましいでしょう 。  

ストレスチェックの実施義務(日本法人所属の場合)

日本の企業に在籍し、海外に赴任している従業員は、日本の労働安全衛生法に基づくストレスチェックの実施対象者となります 。ただし、海外の現地法人で直接雇用された場合は、日本の法律の適用外となり、ストレスチェックの実施義務の対象とはなりません 。海外赴任者に対してストレスチェックを実施する際には、地理的な制約や言語の壁、結果に基づく面談の実施方法など、実務上の課題を考慮し、実効性のある運用体制を構築する必要があります。例えば、海外赴任者のストレス状況を企業として把握するために、集団分析の下限人数を衛生委員会で検討して調整するなどの工夫も考えられます 。  

危機管理体制の構築と緊急時対応

海外では、日本国内では想定しにくい様々な危機(自然災害、テロ、政情不安、感染症のパンデミックなど)が発生する可能性があります。企業は、これらの危機から従業員の生命と安全を守るため、実効性のある危機管理体制を構築し、緊急時対応計画を策定しておく必要があります 。  

緊急連絡体制の整備

緊急事態発生時に、企業と赴任者、そしてその家族が迅速かつ確実に連絡を取り合える体制を整備することが不可欠です 。24時間対応可能な連絡窓口、複数の連絡手段(電話、メール、SNSなど)、情報伝達のフローなどを明確に定めておく必要があります。  

安否確認システムの導入と運用

大規模な災害や事件が発生した際には、多数の赴任者の安否を迅速に確認する必要があります。安否確認システムを導入することで、一斉に安否確認メールを送信したり、赴任者の現在位置を把握したり(渡航データに基づく )、未回答者へのフォローアップを効率的に行うことが可能になります 。JTBの「アラート☆スター」のようなサービスでは、リスク情報の発信に加え、危機管理コンサルタントへの相談や国外退避サポートも提供されています 。  

現地医療機関との連携

赴任者が病気や怪我をした場合に備え、現地の信頼できる医療機関(日本語対応可能な医師や専門医がいればなお良い )を事前にリストアップし、必要に応じて連携体制を構築しておくことが望ましいです 。緊急時の医療搬送サービスや、海外旅行傷害保険の内容についても、赴任者にあらかじめ周知しておく必要があります。  

海外赴任者の税務・社会保険手続き

海外赴任者の税務および社会保険の手続きは、国際的なルールが絡み合い、非常に複雑です。適切な処理を怠ると、企業や赴任者個人に追徴課税や罰金などの不利益が生じる可能性があるため、細心の注意が必要です。

国際税務の基本と注意点

所得税の課税原則(居住者・非居住者)

個人の所得税は、一般的にその個人の「居住地国」で課税されます。多くの国では、滞在日数(例えば183日基準 )や生活の本拠地などに基づいて居住者・非居住者の判定が行われます。日本の税法では、国内に住所を有するか、または1年以上居所を有する個人を居住者として扱います。海外赴任者が日本の非居住者となるか、居住者のままとなるかによって、日本での課税範囲が大きく異なります。同様に、赴任先の国でも居住者・非居住者の区分があり、それによって赴任先国での納税義務の範囲が決まります。役員が海外勤務に対する報酬を受ける場合、その所得が日本の国内源泉所得に該当し、源泉徴収が必要となるケースもあります 。また、所得税の課税タイミングが国によって異なることも、赴任者の手取り額に影響を与える重要な要素です 。  

二重課税リスクと租税条約

海外赴任者は、日本と赴任先国の双方から同じ所得に対して課税される「二重課税」のリスクに直面することがあります。この二重課税を排除または軽減するために、日本は多くの国と租税条約を締結しています。租税条約には、課税権の配分ルールや、二重課税が生じた場合の調整措置(外国税額控除など)が定められています。企業の人事・経理担当者は、赴任先国との租税条約の内容を理解し、適切に適用することが求められます。

グロスアップ計算とネット保証

多くの日本企業では、海外赴任者の手取り給与額を保証する「ネット保証」方式を採用しています 。これは、赴任先で納付すべき所得税や社会保険料を会社が負担することで、赴任者の税引後手取額を一定に保つ制度です。この場合、会社が負担した税金等は赴任者の経済的利益(所得)とみなされ、その負担額に対しても所得税が課されることになります(タックス・オン・タックス)。そのため、保証したい手取り額から逆算して、課税対象となる給与総額(グロス給与)を算出する必要があり、この計算を「グロスアップ計算」と呼びます 。この計算は複雑であり、専門的な知識やツールが必要となります。  

出国税(国外転出時課税)への対応

一定額以上の有価証券等を所有する日本の居住者が国外に転出する場合、その含み益に対して所得税が課税される「出国税(国外転出時課税制度)」が適用されることがあります。多くの企業では、この出国税の取り扱いについて明確な規程を設けておらず、「個別判断」や「会社負担でのサポートなし」としているケースが多いようです 。しかし、近年は給与以外の所得を持つ赴任者も増えており、今後対象者が増加する可能性もあるため、企業としての方針を検討しておくことが重要です 。  

社会保険制度の国際的取り扱い

日本の社会保険の継続加入と脱退

海外赴任中も、日本の本社から給与の全部または一部が支払われる場合は、原則として日本の健康保険、厚生年金保険、雇用保険に引き続き加入します 。これにより、特に年金加入期間の継続性が保たれるというメリットがあります。  

赴任先国での社会保険加入義務

一方で、赴任先の国でも社会保険制度への加入が義務付けられている場合が多く、その結果、日本と赴任先国の双方で社会保険料を二重に支払わなければならないという問題が生じます 。また、赴任先国の年金制度に加入しても、受給資格期間を満たす前に帰国してしまうと、支払った保険料が掛け捨てになってしまう可能性もあります 。  

社会保障協定の活用(二重加入防止、年金期間通算)

このような社会保険料の二重負担や年金加入期間の掛け捨てといった問題を解決するために、日本は多くの国と社会保障協定を締結しています 。社会保障協定の主な目的は、「保険料の二重負担の防止」と「年金加入期間の通算」です。  

二重負担防止については、協定に基づき、派遣期間が一定期間(多くは5年以内)の見込みであれば、日本の社会保険制度にのみ加入し続け、赴任先国での社会保険料の支払いが免除されるという仕組みがあります。このためには、事前に日本の年金事務所等から「適用証明書」の交付を受け、赴任先国の社会保険機関に提出する必要があります。

年金加入期間の通算とは、日本の年金加入期間と協定相手国の年金加入期間を合算して、それぞれの国の年金受給資格期間を満たすかどうかを判断する仕組みです 。これにより、例えば赴任先国での加入期間だけでは年金受給資格が得られない場合でも、日本での加入期間と合わせることで受給資格を得られる可能性があります。  

表4: 社会保障協定の概要とメリット

項目内容メリット主な手続き
保険料の二重負担防止一定期間(通常5年以内)の海外派遣の場合、派遣元国(日本)の社会保障制度にのみ加入し、派遣先国での加入が免除される。赴任者と企業の社会保険料負担を軽減できる。日本の年金事務所等で「適用証明書」を申請・取得し、赴任先国の機関に提出。
年金加入期間の通算日本の年金制度と協定相手国の年金制度の加入期間を互いに通算し、それぞれの国の年金受給資格を得るために必要な期間を満たすかどうかを判断する。短期間の海外赴任でも、将来の年金受給の可能性が高まる。支払った保険料が無駄になりにくい。各国の年金請求時に、他方の国での加入期間を申し出る。
協定相手国(例)アメリカ、ドイツ、イギリス、韓国、フランス、カナダ、オーストラリア、ベルギー、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク、フィリピン、スロバキア、中国、フィンランド、スウェーデン、イタリアなど(最新情報は日本年金機構HP等で確認)

注: 協定の内容や手続きは相手国によって異なります。詳細は必ず日本年金機構や専門家にご確認ください。

労災保険の特別加入制度

日本の労災保険は、原則として国内の事業に適用されるため、海外の事業場で働く海外派遣者は、そのままでは日本の労災保険の対象とはなりません 。しかし、海外の労災補償制度が日本のものと比べて十分でない場合もあるため、海外派遣者を日本の労災保険の保護下に置くための「特別加入制度」が設けられています 。  

海外派遣と海外出張の区別

労災保険の適用において、「海外派遣」と「海外出張」の区別は重要です。「海外出張」の場合は、国内の事業場に所属し、その指揮命令下で業務を行うため、特別な手続きなく国内の労災保険が適用されます 。一方、「海外派遣」の場合は、海外の事業場に所属し、その指揮命令下で業務を行うため、特別加入の手続きを行わなければ日本の労災保険給付は受けられません 。どちらに該当するかは、勤務の実態(指揮命令関係、所属など)に基づいて総合的に判断されます。  

加入手続きと給付内容

海外派遣者の労災保険特別加入は、派遣元の事業主が、所轄の労働基準監督署長を経由して都道府県労働局長に申請し、承認を受けることで成立します 。申請書には、特別加入を希望する人の業務内容、役職、希望する給付基礎日額などを記載します 。一度承認を受ければ、新たに追加で派遣する者については変更届で対応できます。業務災害または通勤災害により被災した場合、国内の労働者と同様の保険給付(療養補償給付、休業補償給付など)を受けることができます 。  

税務リスク管理と申告漏れ対策

海外赴任者の税務処理は極めて煩雑であり、申告漏れや誤りが生じやすい領域です。これらは企業にとって重大な税務リスクとなり得ます 。  

赴任者コスト負担に関する税務リスク

海外赴任にかかるコスト(給与、手当、住宅費など)を日本の親会社が負担するのか、現地の海外子会社が負担するのか、あるいは分担するのかという問題は、税務上非常に重要です。多くの企業では、赴任者コストの一部または全部を日本の親会社が負担していますが、これには複数の税務リスクが伴います 。  

  1. 日本の税務リスク: 本来、海外赴任者のコストは、その労務提供を受ける現地法人が負担すべきものです。日本本社がこれを負担した場合、税務調査で「国外関連者への寄付金」とみなされ、損金算入が否認される可能性があります 。  
  2. 海外の税務リスク: 赴任国がPE(Permanent Establishment:恒久的施設)認定リスクの高い国の場合、日本本社が出向者コストを負担しているという事実をもって、「出向者は日本本社のPEである」と認定され、日本本社が赴任国で法人税の申告・納税義務を負うことになる可能性があります 。  
  3. 経営判断を誤るリスク: 現地法人のために働く出向者のコストを本社が負担していると、現地法人の真の経営実態が見えにくくなります。現地法人が出向者コストを全額負担した上で採算が取れるのかどうかを正しく評価できず、追加投資や撤退などの重要な経営判断を誤る可能性があります 。  

これらのリスクを認識し、赴任者コストの負担割合については、移転価格税制の観点も踏まえ、合理的な根拠をもって決定する必要があります。

申告漏れの事例と影響

調査によれば、約19%の企業が海外赴任者の現地での個人所得税・社会保険料の申告漏れを経験しています 。主な原因としては、「課税範囲の誤り」や「日本払いの給与・福利厚生を現地申告に含めていなかった」などが挙げられています 。申告漏れが税務調査で指摘された場合、過去に遡って追徴課税や延滞税、過少申告加算税などが課される可能性があります。特に、赴任者が既に日本に帰任している場合、会社がその追徴税額を負担すると、それが赴任者に対する給与とみなされ、日本でさらに課税されるという二重のコスト増につながることもあります 。  

このような事態を避けるためには、海外赴任者の税務申告について、本社側である程度の管理体制を構築するか、税務プロバイダーを活用して一元的に管理し、コンプライアンスを確保することが重要です。

よくある質問(Q&A)

Q1: 海外赴任規程は就業規則とどう違うのですか?

A1: 就業規則は、国内勤務の全従業員に適用される基本的な労働条件や服務規律を定めたものです。一方、海外赴任規程は、海外という特殊な環境で勤務する従業員に特化し、就業規則の規定を補完、変更、または優先して適用される事項を定めるものです。例えば、海外勤務手当、ハードシップ手当、一時帰国制度、赴任国の法制度への適合、安全配慮義務に基づく特別な措置など、就業規則だけではカバーしきれない海外赴任特有の項目が盛り込まれます。つまり、海外赴任規程は、就業規則の特別規程という位置づけになります。

Q2: 赴任者の給与水準はどのように決定すればよいですか?(購買力補償方式など)

A2: 海外赴任者の給与水準決定には、いくつかの代表的な方式があります 。  

  1. 本国基準方式(バランスシート方式): 日本での給与を基準とし、赴任国の物価水準、為替レート、生活困難度などを調整して、日本と同等の購買力を維持できるようにする方式です。これが「購買力補償方式」とも呼ばれる考え方です 。各種手当(住宅、教育など)を上乗せします。  
  2. 現地基準方式: 赴任先の同等職位の給与水準に合わせる方式です。
  3. 併用方式: 上記の要素を組み合わせる方式です。 大企業では合理的な説明が可能な購買力補償方式が多く、中小企業では制度の明快さから併用方式が選ばれる傾向があります 。重要なのは、赴任者が不利益を被らず、モチベーションを維持できる公平な水準を設定すること、そしてその算定根拠を明確にすることです。  

Q3: 帯同家族へのサポートはどこまで必要ですか?

A3: 帯同家族へのサポートは、海外赴任の成否に大きく影響するため、企業として可能な範囲で手厚く行うことが望ましいです。海外赴任規程には、家族手当、子女教育手当、家族の医療費補助、一時帰国旅費の家族分負担などが盛り込まれることが一般的です 。 具体的には、以下のようなサポートが考えられます。  

  • 赴任前: 家族向けオリエンテーション(現地の生活情報、文化、習慣など)、語学研修の機会提供、ビザ取得支援。
  • 赴任中: 住居選定支援、子女の学校選定・入学手続き支援、配偶者の就労支援(可能な場合)や現地コミュニティへの参加支援、家族向け医療相談窓口の設置、緊急時の家族への連絡体制。
  • 帰国時: 引っ越し支援、子女の編入・進学支援。 企業の安全配慮義務は、赴任者本人だけでなく、帯同する家族の安全と健康にも及ぶと解釈される場合があります。

Q4: 海外赴任中の従業員がハラスメントを受けたら?

A4: 企業は、海外赴任中の従業員に対しても、ハラスメントのない安全な職場環境を提供する義務があります。これは安全配慮義務の一環であり、心身の健康を守ることに繋がります 。 万が一、海外赴任中の従業員がハラスメント(セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、人種差別など)の被害を訴えた場合、企業は以下の対応を迅速に行う必要があります。  

  1. 相談・通報窓口の設置と周知: 赴任者が安心して相談できる窓口(本社の人事部門、現地の管理職、第三者機関など)を設け、その存在を周知徹底します。
  2. 事実関係の迅速かつ公正な調査: 国境を越えた調査になる可能性も考慮し、プライバシーに配慮しつつ、客観的な証拠に基づいて事実確認を行います。
  3. 被害者保護と加害者への適切な措置: 調査結果に基づき、被害者のケア(メンタルヘルスサポート、必要であれば配置転換や一時帰国など)を行うとともに、加害者に対しては就業規則等に基づき厳正な処分を行います。
  4. 再発防止策の実施: ハラスメントが発生した原因を分析し、研修の実施や規程の見直しなど、再発防止に向けた具体的な対策を講じます。 海外では、ハラスメントに対する法的規制や社会的な認識が日本以上に厳しい国もあるため、特に注意が必要です。

Q5: 現地採用社員と日本人赴任者の処遇に差があっても問題ないですか?

A5: 現地採用社員と日本人赴任者の間には、給与体系や福利厚生において一定の差異が生じることが一般的です。日本人赴任者には、海外勤務に伴う生活費の補填、住宅手当、子女教育手当、一時帰国費用、ハードシップ手当など、いわゆる「赴任者パッケージ」が適用されるためです。 この差異自体が直ちに違法となるわけではありませんが、以下の点に留意する必要があります。

  1. 現地労働法規の遵守: 現地採用社員の処遇は、当然ながら赴任先の労働法規(最低賃金、労働時間、休暇、社会保険など)を完全に遵守している必要があります。
  2. 合理的な理由の説明: 赴任者と現地採用社員の処遇差については、赴任に伴う追加コストや生活環境の違いなど、合理的な理由が存在することを、可能な範囲で説明できるようにしておくことが望ましいです。
  3. 不公平感の醸成防止: あまりにも大きな格差や、理由の不透明な差異は、現地採用社員のモチベーション低下や不公平感につながり、労使関係の悪化を招く可能性があります。
  4. 差別禁止: 国籍や人種などを理由とした不合理な差別的取り扱いは、多くの国で法律により禁止されています。 企業としては、赴任者パッケージの必要性を理解しつつも、現地採用社員の貢献にも報い、公平で透明性の高い人事制度を構築し、良好な職場環境を維持する努力が求められます。

まとめ

グローバル化が加速する現代において、海外赴任者の戦略的活用は日本企業の持続的成長に不可欠です。しかし、その成功は、周到な準備と適切な労務管理体制の構築にかかっています。本稿で詳述してきたように、実効性のある海外赴任規程の策定、赴任国の法制度や文化の深い理解、安全衛生とメンタルヘルスへの配慮、複雑な税務・社会保険手続きへの的確な対応、そして何よりも赴任者とその家族への継続的なサポートが鍵となります。

これらの取り組みは、単にリスクを回避し、法令を遵守するという守りの側面だけでなく、海外赴任者がその能力を最大限に発揮し、企業のグローバル戦略に貢献するための攻めの投資でもあります。国際情勢や各国の法制度は絶えず変化するため、企業は常に最新情報を収集し、必要に応じて社労士、弁護士、税理士といった外部専門家の知見を活用することが極めて重要です 。  

海外赴任者管理を単なる人事業務の一つとして捉えるのではなく、グローバル人事戦略の中核に位置づけ、経営層も含めた全社的なコミットメントのもとで推進していくことが、真のグローバル企業への道を拓くと言えるでしょう。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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