業務委託契約と雇用契約の違いについて、最適な選び方含め社労士が徹底解説

中小企業の経営者や人事ご担当者の皆様は、日々の事業運営に追われる中で、人材の確保や活用について頭を悩ませることも多いのではないでしょうか。「この業務は外部に委託すべきか、それとも新しい従業員を雇うべきか」「業務委託契約と雇用契約、具体的に何がどう違うのだろうか」「法的なリスクを考えると、どちらの契約形態が安全なのか」――このような疑問や不安は、多くの企業が抱える共通の課題です。特に、人手不足が深刻化し、働き方が多様化する現代においては、適切な契約形態の選択が、企業の成長と安定経営に不可欠と言えるでしょう。人件費の最適化や、変化の激しい経営環境への柔軟な対応も求められています。

この記事では、中小企業の人事労務問題に精通した社会保険労務士が、業務委託契約と雇用契約の基本的な違いから、それぞれのメリット・デメリット、税金・社会保険の具体的な取り扱い、労働関連法規の適用関係、そして最も注意すべき「偽装請負」のリスクと判断基準、など専門家の視点から分かりやすく解説します。

本記事が、皆様の契約形態に関する疑問や不安を解消し、安心して事業運営に取り組むための一助となれば幸いです。「業務委託 雇用契約 違い」について深く理解し、適切な人材活用を実現しましょう。

目次

業務委託と雇用契約の「最も根本的な違い」とは

業務委託契約と雇用契約、この二つの契約形態を区別する上で、まず押さえておくべき最も根本的な違いは、「指揮命令権の有無」と「契約の目的」です。多くの企業が、この二つのポイントについての認識が曖昧なまま契約を結び、後に「こんなはずではなかった」というトラブルに発展するケースが後を絶ちません。まずは、この核心部分をしっかりと理解しましょう。

違い①:指揮命令権の有無

契約当事者がどのような法律上の立場に置かれ、一方が他方に対して業務の進め方について指示できる権利(指揮命令権)を持つのか否かが、両契約を分ける最初の大きな分岐点です。

雇用契約の定義と指揮命令権

雇用契約は、民法第623条において「当事者の一方(労働者)が相手方(使用者)に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」と定められています 。この契約に基づき、使用者(会社)は労働者(従業員)に対し、業務の内容、遂行方法、勤務場所、労働時間などについて具体的な指示を行う「指揮命令権」を有します 。労働者は、この使用者の指揮命令に従って労働力を提供する義務を負い、両者の間には「従属関係」が存在すると言えます 。  

業務委託契約の定義と指揮命令権

一方、業務委託契約という名称の契約は、実は民法上に直接規定されているものではありません。一般的に、企業が自社業務の一部を外部の事業者や個人に委託する際に用いられる契約の総称であり、その実態は主に「請負契約」または「(準)委任契約」のいずれかに該当します 。  

業務委託契約においては、委託者(発注者)と受託者(受注者)は対等な事業者間の関係にあり、原則として委託者には受託者に対する指揮命令権はありません 。受託者は、委託された業務を自己の裁量と責任において遂行します 。  

指揮命令権の有無がもたらす重大な影響

この「指揮命令権の有無」は、単に契約書に「指揮命令権はない」と記載すれば済む問題ではありません。契約の名称が「業務委託契約」となっていても、実際の業務遂行において、発注者が受注者に対して具体的な作業手順や時間配分、場所などについて細かく指示・管理していると判断されれば、それは実質的に「指揮命令権を行使している」とみなされます。

中小企業の経営者や人事担当者の方々が、日常業務における「指示」と、法的に問題となる「指揮命令」との区別を曖昧に捉えてしまうことは少なくありません。例えば、業務の進捗状況の確認や品質管理のために行っているつもりのコミュニケーションが、実質的な業務の進め方への指示・命令と解釈される可能性があるのです。このような誤解や認識の甘さが、後述する「偽装請負」という重大な法的リスクを生む最大の原因となります 。  

指揮命令権の有無は、労働基準法の適用、社会保険の加入義務、残業代の支払い義務といった、契約形態に関わるあらゆる法的側面に影響を及ぼす、まさに根本的な違いです。この点を最初にしっかりと理解することが、適切な契約選択とリスク回避の第一歩となります。

違い②:契約の目的(労働力提供か成果物の納品か)

次に重要な違いは、契約によって何を達成しようとしているのか、すなわち「契約の目的」です。

雇用契約の目的

雇用契約の主な目的は、労働者が使用者に対して、一定の期間、労働力を提供すること自体にあります 。その労働力の提供という行為の対価として、使用者は労働者に賃金を支払います。必ずしも具体的な「成果物」の完成が求められるわけではありません。  

業務委託契約の目的

業務委託契約の目的は、その契約が「請負契約」か「(準)委任契約」かによって異なります。

  • 請負契約 (民法第632条): 請負契約の目的は、ある「仕事の完成」です 。受託者は、依頼された仕事を完成させ、その成果物を委託者に納品する義務を負います。そして、その仕事が完成して初めて報酬請求権が発生するのが原則です。例えば、ウェブサイトの制作、記事の執筆、特定の製品の製造などが典型例です。この場合、委託者は成果物に対して「契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)」を追及できます。つまり、納品された成果物に契約内容と異なる点や欠陥があった場合、修補や代替物の引渡し、代金減額、損害賠償などを請求できる可能性があります 。  
  • 委任契約 (民法第643条): 委任契約は、法律行為の遂行を目的とします 。弁護士に訴訟代理を依頼する場合や、司法書士に登記手続きを依頼する場合などがこれにあたります。受任者は、委任された事務処理を善良な管理者の注意をもって行う義務(善管注意義務)を負います 。  
  • 準委任契約 (民法第656条): 準委任契約は、法律行為以外の事務処理の遂行を目的とします 。コンサルティング業務、システムの運用・保守、研修講師、データ入力業務などが該当します。準委任契約も委任契約と同様に、受任者は善管注意義務を負います。必ずしも具体的な成果物の完成が目的ではなく、業務を適切に遂行するプロセス自体が評価されることもあります。準委任契約には、業務の遂行自体を目的とする「履行割合型」と、業務の遂行によって一定の成果が達成されることを目的とする「成果完成型」がありますが、後者の場合でも請負契約とは異なり、仕事の完成自体が契約の主たる目的ではありません 。  

契約目的の明確化の重要性

契約の目的が曖昧であると、特に準委任契約において、「どこまでが委託された業務範囲なのか」「何を達成すれば報酬が支払われるのか」といった点で、委託者と受託者の間で認識の齟齬が生じ、トラブルの原因となることがあります 。例えば、「売上向上支援」といった漠然とした目的のコンサルティング契約では、具体的なアクションプランや報告義務が不明確なため、期待した成果が得られなかった場合に責任の所在が曖昧になりがちです。  

また、契約目的を明確にすることは、前述の「指揮命令権」の判断にも影響を与えます。成果物の完成を目的とする請負契約であれば、その達成プロセスに対する委託者からの過度な介入は指揮命令とみなされやすくなります。一方で、事務処理の遂行を目的とする準委任契約では、業務の方向性に関する協議や一定の進捗確認が必要となる場合もありますが、その際も受託者の専門性や裁量を尊重するバランスが求められます。

これらの根本的な違いを理解した上で、具体的な比較を見ていきましょう。

比較項目雇用契約業務委託契約(代表的な特徴)
法的根拠民法第623条、労働契約法、労働基準法など民法第632条(請負)、第643条(委任)、第656条(準委任)など
契約当事者の立場使用者(指揮命令する側)と労働者(指揮命令される側)の主従関係 委託者と受託者の対等な事業者間関係
指揮命令権使用者にあり 原則として委託者になし
契約の目的労働力の提供 仕事の完成(請負)または事務処理の遂行(委任・準委任)
労働基準法の適用あり 原則としてなし
社会保険・労働保険の加入義務原則としてあり(会社・労働者双方に義務) 原則としてなし(受託者が自身で国民健康保険・国民年金等に加入)
報酬の性質労働の対価としての「賃金」「給与」 業務の対価としての「報酬」
経費負担原則として使用者が負担原則として受託者が負担(契約による)
契約解除の自由度厳しい制限あり(解雇権濫用の法理) 契約内容によるが、雇用契約よりは比較的自由(ただし損害賠償のリスクあり)
責任の範囲安全配慮義務など 契約不適合責任(請負)、善管注意義務(委任・準委任)など

税金や社会保険はどう違う?

業務委託契約と雇用契約の選択は、企業と働く個人の双方にとって、税金や社会保険の取り扱いに大きな違いをもたらし、それは直接的にコスト負担の差となって現れます。特に中小企業の経営者にとっては、人件費や固定費の管理は経営の根幹に関わる重要事項です。ここでは、具体的な違いと、それが費用にどう影響するのかを詳しく見ていきましょう。

所得税・住民税の扱いの違い

まず、報酬や給与から差し引かれる所得税や住民税の扱いです。

雇用契約の場合

従業員として雇用契約を結ぶ場合、会社から支払われる金銭は「給与所得」として扱われます 。会社は、毎月の給与から所得税を源泉徴収し、年末には年末調整を行うのが一般的です 。そのため、従業員は原則として自身で確定申告を行う必要がない場合が多く、手続きの負担は軽減されます 。住民税についても、通常は給与から天引き(特別徴収)されます。  

業務委託契約の場合

一方、業務委託契約に基づき個人事業主やフリーランスとして働く場合、受け取る報酬は「事業所得」または「雑所得」として扱われます 。この場合、受託者自身が毎年確定申告を行い、所得税や住民税を計算して納付する必要があります 。事業所得や雑所得の場合、業務に関連して支出した費用(例えば、交通費、通信費、事務用品費など)を必要経費として計上できるため、課税対象となる所得を抑えることが可能です 。  

ただし、委託者(発注者)側も注意が必要です。特定の業務(例えば、原稿料、デザイン料、講演料、弁護士や税理士への報酬など)を個人に支払う際には、所得税法に基づき源泉徴収を行う義務が生じる場合があります 。この源泉徴収の対象となる報酬の範囲や税率は細かく定められているため、確認が必要です。  

消費税の扱い

消費税の取り扱いも異なります。雇用契約における給与には、消費税は課税されません 。しかし、業務委託契約の場合、受託者が消費税の課税事業者であれば、委託料(報酬)に消費税を上乗せして請求することになります 。2023年10月から開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)により、委託者側が仕入税額控除を受けるためには、原則として適格請求書(インボイス)の保存が必要となるなど、実務上の対応も変化しています。  

中小企業の人事・経理担当者にとって、業務委託報酬における消費税の処理や、源泉徴収の要否の判断は複雑で、誤解が生じやすいポイントです。例えば、デザイナーへの報酬は源泉徴収の対象となることが多いですが、システム開発を行うITエンジニアへの報酬は原則として対象外となるなど、業務内容によって扱いが異なります 。これらの税務処理を誤ると、税務調査で指摘を受け、追徴課税や加算税、延滞税といったペナルティが発生するリスクがあります。これは企業の資金繰りに直接影響を与えるため、正確な知識と慎重な対応が求められます。  

社会保険(健康保険・厚生年金)加入義務

病気やケガ、老後の生活を支える社会保険制度の加入義務も、契約形態によって大きく異なります。

雇用契約の場合

企業が従業員と雇用契約を結ぶ場合、その企業が社会保険の適用事業所であれば、原則として使用者(会社)と労働者(従業員)の双方が健康保険および厚生年金保険への加入が義務付けられます 。保険料は、会社と従業員がそれぞれ定められた割合で負担(労使折半)します。  

業務委託契約の場合

業務委託契約の受託者は、委託者である会社の社会保険(健康保険・厚生年金)には加入できません 。受託者が個人事業主やフリーランスである場合、自身で国民健康保険や国民年金に加入し、保険料を全額自己負担で納付する必要があります 。  

企業側が社会保険料の会社負担分を削減したいという動機から、実態としては雇用に近い働き方をさせているにもかかわらず、形式的に業務委託契約を選択するケースが見受けられます 。しかし、これは典型的な「偽装請負」を疑われる大きな要因となります。万が一、偽装請負と認定された場合、過去に遡って社会保険料の納付(会社負担分および本人負担分の一括納付)を求められるだけでなく、労働基準法違反として罰則が科される可能性も否定できません 。社会保険への未加入は、働く個人の病気療養や老後の生活保障に直結する重大な問題であり、企業が安易にコスト削減を優先することで、個人のセーフティネットを揺るがすことにも繋がります。これは、企業の社会的責任という観点からも厳しく問われる問題です。  

労働保険(労災保険・雇用保険)適用の有無

業務中や通勤中の事故、あるいは失業した場合のセーフティネットとなる労働保険の適用も、契約形態によって異なります。

雇用契約の場合

従業員として雇用される場合、原則として労災保険と雇用保険の適用対象となります 。労災保険料は全額会社が負担し、雇用保険料は会社と従業員の双方が定められた割合で負担します。これにより、従業員は業務上の事由または通勤によるケガや病気、障害、死亡などに対して労災保険からの給付を受けることができ、また、失業した場合には一定の要件を満たせば雇用保険から基本手当(いわゆる失業保険)などの給付を受けることができます。  

業務委託契約の場合

業務委託契約の受託者は、原則として労災保険・雇用保険の適用対象外です 。そのため、業務遂行中に事故に遭って負傷した場合の治療費や休業中の補償、あるいは契約が終了して仕事がなくなった場合の失業給付などは、原則として受けることができません。  

ただし、建設業の一人親方など、特定の業種や働き方をする人については、労災保険の特別加入制度が設けられており、任意で加入することができます。

近年、業務委託で働くフリーランスの保護が社会的な課題となる中で、発注者側の安全配慮に関する意識も変化しつつあります。直接的な労災保険の適用とは異なりますが、例えば2024年秋頃施行予定の「フリーランス保護新法」では、発注事業者に対してフリーランスの就業環境への配慮(ハラスメント対策など)が求められるようになります 。これは、発注者側の責任範囲が拡大する可能性を示唆しており、業務委託だからといって安全管理を全て受託者任せにするのではなく、契約内容や業務指示のあり方によっては、一定の配慮が求められるようになるという認識が必要です。  

会社側・個人側の負担額の違い

これまで見てきた所得税・住民税、社会保険、労働保険の取り扱いを踏まえると、会社側と個人側の実質的な費用負担には明確な違いが生じます。

会社側の負担:

  • 雇用契約の場合: 従業員の給与に加え、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料)の会社負担分、労働保険料(労災保険料全額・雇用保険料の会社負担分)が発生します。さらに、退職金制度があればその積立費用、通勤手当や住宅手当などの法定外福利厚生費もコストとなります 。  
  • 業務委託契約の場合: 受託者への報酬(消費税が含まれる場合はその分も)が主な費用です。社会保険料や労働保険料の会社負担はありません 。ただし、特定の報酬に対する源泉徴収事務や支払調書の作成・提出といった管理コストが発生する場合があります。  

個人側の負担と受取額:

  • 雇用契約の場合: 給与から所得税、住民税、社会保険料、雇用保険料などが天引きされた額が手取りとなります。天引きはされますが、その分、病気やケガ、失業、老後などに対する公的な保障が手厚くなります。
  • 業務委託契約の場合: 報酬額面は雇用契約の給与よりも高く見えることがありますが、そこから自身で国民健康保険料、国民年金保険料、所得税、住民税などを納付する必要があります。また、公的な保障は雇用契約の場合に比べて薄くなる傾向があります。

中小企業の経営者は、目先のコスト削減に注目し、業務委託契約の「社会保険料負担なし」という点に魅力を感じやすいかもしれません 。しかし、偽装請負と認定された場合の追徴金や罰則、訴訟リスク、あるいは専門性の高い業務を委託したものの期待した品質が得られず、再委託や修正でかえって費用がかさむといったリスクも考慮に入れる必要があります 。単純な人件費の比較だけでなく、採用コスト、教育コスト、業務管理コスト、そして潜在的な法的リスクや事業運営上のリスクまで含めた総合的なコストパフォーマンスで、どちらの契約形態が自社にとって最適かを判断する視点が極めて重要です。  

労働時間・休日・福利厚生の適用は?

働き方のルールや待遇面での違いは、企業にとっても働く個人にとっても大きな関心事です。特に、労働基準法が適用されるか否かは、残業代の支払い義務や有給休暇の取得権利など、日々の働き方に直結する重要なポイントとなります。

労働基準法の適用有無

雇用契約の場合

従業員として雇用契約を締結した場合、労働基準法、労働契約法をはじめとする労働保護関連の法律が全面的に適用されます 。これにより、法定労働時間(原則として1日8時間、1週40時間)、休憩時間(労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上)、休日(原則として毎週1回以上)、時間外労働に対する割増賃金、年次有給休暇の付与といった、労働者を保護するための様々な規定が適用されることになります 。  

業務委託契約の場合

一方、業務委託契約の受託者は、労働基準法上の「労働者」には該当しないため、原則として労働基準法の適用を受けません 。したがって、労働時間、休憩、休日に関する法的な保護や規制は原則としてありません。  

ただし、繰り返しになりますが、契約の名称が「業務委託契約」であっても、その実態が使用者の指揮命令下で労務を提供していると判断される「偽装請負」の場合には、実質的に雇用契約とみなされ、労働基準法が過去に遡って適用されるリスクがあります 。この点は十分に注意が必要です。  

「業務委託だから労働時間は完全に自由」という考え方は、必ずしも正しくありません。発注者側が納期設定や会議への出席義務などを通じて、実質的に受託者の業務時間を拘束しているとみなされる場合、それは指揮命令にあたるとして偽装請負のリスクを高める可能性があります 。また、2024年秋頃施行予定のフリーランス保護新法では、発注事業者に対し、フリーランスが仕事と育児・介護等を両立できるよう配慮する努力義務が課されるなど 、業務委託契約であっても発注者側に一定の配慮が求められるようになってきています。単に「労働基準法適用外」というだけでなく、契約内容の公正性や、新しい法律による発注者側の配慮義務についても理解を深めておくことが、現代の企業には求められています。  

残業代や有給休暇の考え方

雇用契約の場合

雇用契約においては、法定労働時間を超えて労働させた場合、使用者は割増賃金(いわゆる残業代)を支払う義務が生じます 。割増率は、時間外労働、休日労働、深夜労働など、労働の種類によって法律で定められています。また、雇入れの日から6ヶ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対しては、勤続年数に応じた日数の年次有給休暇を付与しなければなりません 。  

業務委託契約の場合

業務委託契約では、そもそも労働時間という概念が労働基準法上適用されないため、残業代や年次有給休暇といった考え方は基本的に存在しません 。報酬は、あくまで委託された業務の成果物や役務の遂行に対して支払われるものであり、労働時間に応じて変動するものではありません 。  

ただし、ITエンジニアのSES契約(準委任契約の一種)などでは、契約で月間の標準作業時間(例:140時間~180時間など)を定め、その範囲内での作業を基本とし、超過した場合には別途協議の上で精算するといった取り決めがなされることがあります 。これは、雇用契約における残業代とは法的な性質が異なるものであり、あくまで契約に基づく報酬の調整であるという点を明確に区別しておく必要があります。  

一部の業務委託契約、特にITエンジニアの準委任契約などにおいて、月額報酬に一定の作業時間を含める形で契約が結ばれることがあります。これを企業側が「みなし残業代込み」と誤解し、実質的な時間管理や業務遂行への細かな指揮命令を行ってしまうと、偽装請負と判断されるリスクが著しく高まります。業務委託契約における報酬は、あくまで委託された業務の対価であり、雇用契約における時間外労働に対する割増賃金とは法的根拠も性質も全く異なるということを、企業は強く認識しておく必要があります。このような誤解は、労働時間管理の実態と契約形式との間に乖離を生じさせ、偽装請負のリスクを増大させる要因となります。

福利厚生・安全配慮義務の違い

雇用契約の場合

雇用契約を結んだ従業員に対しては、会社は法定福利(健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険など、法律で加入が義務付けられているもの)の適用に加え、企業によっては法定外福利(住宅手当、家族手当、慶弔見舞金、社員食堂の提供、保養施設の利用補助、退職金制度など、企業が任意で設けるもの)を提供することがあります 。  

また、使用者は、労働契約法第5条に基づき、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負います 。これには、作業環境の整備、健康診断の実施、ハラスメント防止措置などが含まれます。  

業務委託契約の場合

業務委託契約の受託者は、原則として委託者である会社の福利厚生制度の対象外となります 。また、雇用契約におけるような直接的な安全配慮義務も、原則として委託者には課されません。受託者は、自己の責任において安全衛生を管理し、業務を遂行することになります。  

しかしながら、近年、フリーランスやギグワーカーといった多様な働き方をする人々の保護に関する議論が活発化する中で、業務委託契約であっても、発注者が提供する作業場所の欠陥や提供情報に起因する事故・トラブルについては、発注者側の一定の責任が問われる可能性も指摘されています。特に、フリーランス保護新法では、発注事業者に対してハラスメント対策を講じることなどが盛り込まれており 、これは労働者の安全で健康な就業環境への配慮義務の一環とも解釈できる動きです。中小企業においても、業務委託契約だからといって安全衛生に関する配慮を完全に怠るのではなく、契約内容や業務の実態に応じて、情報提供や危険防止のための措置など、可能な範囲での配慮を検討する意識が、今後ますます重要になってくると言えるでしょう。  

契約終了・解除の難易度は違う?

企業にとって、一度結んだ契約関係をどのように終わらせるか、その際のルールや難易度は非常に重要な関心事です。雇用契約における従業員の解雇が厳しく制限されているのに対し、業務委託契約は比較的柔軟に終了できるというイメージがあるかもしれませんが、実態はどうなのでしょうか。

解雇規制と契約解除

雇用契約の場合

雇用契約、特に期間の定めのない雇用契約(いわゆる正社員など)における従業員の解雇は、日本の労働法制上、非常に厳しく規制されています。労働契約法第16条には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められており、これは「解雇権濫用の法理」と呼ばれています 。  

解雇には、従業員の能力不足や勤務態度不良などを理由とする「普通解雇」、経営不振などを理由とする「整理解雇(リストラ)」、従業員の重大な規律違反に対する「懲戒解雇」などがありますが、いずれもその有効性が認められるためには厳しい要件を満たす必要があります。また、解雇を行う場合には、原則として30日以上前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります(労働基準法第20条)。

期間の定めのある有期雇用契約(契約社員、パートタイマーなど)の場合であっても、契約期間の途中で解雇することは、「やむを得ない事由」がない限り認められません(労働契約法第17条)。  

業務委託契約の場合

業務委託契約の終了や解除は、雇用契約における解雇とは異なり、基本的には契約当事者間の合意に基づいて定められた契約条件に従います。契約書には、契約期間満了による終了のほか、どのような場合に契約を中途解除できるか(解除条項)、解除の際の手続きなどが明記されるのが一般的です 。  

契約の種類によって、民法上の解除に関するルールも異なります。

  • 請負契約の場合、仕事が完成する前であれば、発注者はいつでも損害を賠償して契約を解除することができます(民法第641条)。  
  • 委任契約・準委任契約の場合、各当事者は原則としていつでも契約を解除できます。ただし、相手方にとって不利な時期に解除した場合や、委任者が受任者の利益をも目的とする委任契約を解除した場合には、損害賠償責任が生じることがあります(民法第651条)。  

中小企業の経営者の中には、「業務委託契約なら、不要になったらいつでも簡単に契約を終了できる」という認識をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんが、これは必ずしも正確ではありません 。契約書に解除条件が明確に定められていればそれに従いますが、一方的な契約解除は、相手方から契約不履行に基づく損害賠償を請求されるリスクを伴います 。  

さらに、2024年秋頃施行予定のフリーランス保護新法では、発注事業者がフリーランス(特定受託事業者)との間で締結した業務委託契約のうち、一定期間(6ヶ月以上)継続するものを中途解除する場合には、原則として30日前までにその旨を予告し、フリーランスから請求があった場合には理由を開示する義務が課されることになります 。これにより、特に継続的な業務委託契約における安易な契約打ち切りは、より難しくなると言えるでしょう。企業側は、この新しい法律の内容を正確に理解し、適切に対応する必要があります。  

契約期間と更新

雇用契約の場合

雇用契約には、契約期間の定めのないもの(いわゆる正社員など)と、契約期間の定めのある有期雇用契約(契約社員、パートタイマー、アルバイトなど)があります。有期雇用契約の場合、契約期間の上限は、原則として3年(高度な専門知識を有する労働者や満60歳以上の労働者との契約など一定の場合は5年)とされています 。  

有期雇用契約が繰り返し更新されて通算契約期間が5年を超えた場合、労働者からの申込みがあれば、企業は期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換しなければならないというルール(無期転換ルール)が労働契約法第18条に定められています 。企業は、このルールを理解し、有期雇用契約者の契約管理を適切に行う必要があります。  

業務委託契約の場合

業務委託契約における契約期間は、当事者間の合意によって自由に設定することができます。特定のプロジェクトが完了するまでの短期契約から、1年単位といった長期の契約まで様々です 。契約期間が満了すれば、原則として契約は終了しますが、契約書に自動更新条項が設けられている場合は、特段の意思表示がなければ契約が更新されることもあります。契約を更新する際の条件や手続きについても、事前に契約書で明確に定めておくことが、後のトラブルを避ける上で重要です。  

有期雇用契約の更新を拒否すること(いわゆる「雇止め」)については、過去の判例法理(雇止め法理)が労働契約法第19条に規定されており、一定の場合には解雇と同様に客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が求められることがあります 。一方で、業務委託契約が契約期間満了によって更新されない場合は、原則として契約自由の範囲内と解されます。しかし、ここでもフリーランス保護新法における継続的業務委託の中途解除に関する予告義務や理由開示義務 、あるいは下請法における不当な取引継続の拒否といった問題 など、関連する法規への配慮が必要となるケースも出てきています。  

企業は、契約形態によって契約終了のハードルや手続きが異なることを正確に理解し、安易な判断で貴重な人材を失ったり、予期せぬ法的紛争に巻き込まれたりするリスクを避けるための慎重な対応が求められます。

知っておくべき「偽装請負」のリスクと判断基準

業務委託契約と雇用契約の違いを理解する上で、避けては通れないのが「偽装請負」の問題です。これは、企業が労働基準法や社会保険などの法的義務を免れる目的で、実質的には雇用関係や労働者派遣であるにもかかわらず、形式的に業務委託契約(特に請負契約)を装う行為を指します。偽装請負は違法であり、発覚した場合には企業に多大なリスクをもたらします。中小企業の経営者や人事担当者の方々が最も警戒し、正しく理解しておくべき重要なポイントです。

偽装請負と判断されるケース

偽装請負とは、契約書の名称が「業務委託契約書」や「請負契約書」となっていても、実際の業務の進め方において、発注者が受注者の個々の労働者に対して直接的な指揮命令を行い、あたかも自社の従業員や派遣労働者であるかのように扱っている状態を言います 。  

偽装請負に該当するか否かの判断は、契約書の文言だけでなく、業務の実態に基づいて総合的に行われます。厚生労働省は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号、通称「37号告示」)において、請負と判断されるための要件を示しており、これに反する場合は偽装請負と判断される可能性が高まります 。  

具体的には、以下のような点が偽装請負の判断基準となります。

  • 業務の遂行方法に関する指示、管理の有無: 発注者が、受注者の労働者に対して、作業の手順、方法、スケジュール、時間配分、作業場所などを具体的に指示したり、業務の進捗を細かく管理したりしている場合 。請負であれば、業務の遂行方法は受注者の裁量に委ねられるべきです。  
  • 出退勤管理、労働時間管理の有無: 発注者が、受注者の労働者のタイムカードを管理したり、始業・終業時刻を指定したり、休憩時間や休日について指示したり、残業を命じたりしている場合 。  
  • 服務規律の適用、人事評価の有無: 発注者が、受注者の労働者に対して自社の就業規則や服務規律を適用したり、業務の成果や勤務態度について人事評価を行ったりする場合 。  
  • 業務に必要な機械・器具・材料の提供のあり方: 発注者が、業務に必要な機械、器具、原材料などを無償で提供し、受注者側に事業者としての実態(自己の費用と責任で事業を営んでいること)が見られない場合 。  
  • 報酬の労務対償性: 報酬が、完成した成果物や役務の提供に対してではなく、時間給や日給、月給といった形で、労働時間に基づいて支払われている場合 。  
  • 仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無: 受注者の労働者が、発注者からの仕事の依頼や業務上の指示に対して、実質的に断ることができない状態にある場合 。  
  • 労務提供の代替性の有無: 受注者の特定の労働者本人が業務を行うことが前提とされ、その労働者が病気などで業務を行えない場合に、受注者が自己の責任で代替の者を立てることが認められていない場合 。  

偽装請負にはいくつかの典型的なパターンがあります。例えば、発注者が受注者の労働者に直接指示を出す「代表型」、受注者側に名目上の責任者を置くだけで実質的な管理を行わない「形式だけ責任者型」、複数の業者が介在し誰が使用者か不明確になる「使用者不明型」、個人事業主と業務委託契約を結びながら実質的には従業員のように扱う「一人請負型」などです 。  

中小企業においては、必ずしも偽装請負を意図的に行っているケースばかりではありません。「業務の進め方についてアドバイスしたつもりが、実質的な指揮命令になっていた」「現場の管理者が、良かれと思って受注者の作業員に細かく指示を出してしまっていた」など、労働法に関する知識不足や社内の管理体制の不備から、意図せずに偽装請負の状態に陥ってしまうことが少なくありません 。例えば、システム開発の準委任契約において、発注者が進捗管理という名目で受注者のエンジニアを毎日の朝礼に参加させ、作業の優先順位を細かく指示するような場合、指揮命令とみなされ偽装請負に該当する可能性が高まります。このような「意図しない偽装請負」は、経営層の認識の甘さと現場の運用実態との間に乖離が生じることで発生しやすく、定期的なチェック体制や従業員教育がなければ未然に防ぐことが難しいという構造的な問題を抱えています。  

会社が負うリスク(罰則・追徴金など)

偽装請負が発覚した場合、企業は以下のような多岐にわたる重大なリスクを負うことになります。

  • 労働基準法等の労働法規違反: 偽装請負と判断され、実質的に雇用関係にあったとみなされた場合、過去に遡って労働基準法などが適用されます。これにより、未払いの残業代の支払い、年次有給休暇の付与義務、不当解雇とされた場合の解雇無効や損害賠償、といった問題が生じる可能性があります 。  
  • 社会保険料・労働保険料の追徴: 過去の未加入期間分の社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)および労働保険料(労災保険料・雇用保険料)について、会社負担分だけでなく、本来労働者が負担すべきであった分も含めて一括で納付を求められることがあります 。これには延滞金も加算されます。  
  • 労働者派遣法違反: 実態が労働者派遣であるにもかかわらず、必要な許可を得ずに派遣を行っていた(無許可派遣)とみなされた場合、労働者派遣法違反として1年以下の懲役または100万円以下の罰金といった罰則が科される可能性があります 。  
  • 職業安定法違反: 実態が労働者供給事業(自己の管理する労働者を他人の指揮命令下で労働させることを業として行うこと)に該当し、許可なく行っていたとみなされた場合、職業安定法違反として罰則の対象となる可能性があります 。  
  • 税務上のリスク: 支払った報酬について、消費税の仕入税額控除が否認されたり、給与として扱われるべきであったとして源泉所得税の徴収漏れを指摘されたりする可能性があります。
  • 労働者からの損害賠償請求: 偽装請負の状態で不利益を被ったとして、労働者(実質的な従業員)から未払い賃金(残業代など)や慰謝料などの損害賠償を求める訴訟を起こされるリスクがあります 。  
  • 社会的信用の失墜: 法令違反企業としてのイメージダウンは避けられず、顧客や取引先からの信用を失い、今後の採用活動や金融機関との取引にも悪影響を及ぼす可能性があります 。  

偽装請負のリスクは、単独で発生するのではなく、連鎖的に広がる特徴があります。例えば、労働基準監督署の調査で偽装請負が発覚した場合、労働局から是正指導や行政処分が下されるだけでなく、その情報が税務署や年金事務所にも連携され、税金や社会保険料の追徴に繋がるケースも少なくありません。さらに、元従業員からの訴訟やマスコミによる報道に発展すれば、企業のレピュテーションリスクは計り知れないものとなります。特に、人的リソースや資金力に限りがある中小企業にとって、これらのリスクは事業の継続そのものを揺るがしかねない致命的なダメージとなる可能性があります。単なる「法律違反」というだけでなく、深刻な「経営リスク」として捉え、対策を講じる必要があります。

偽装請負にならないためのポイント

偽装請負のリスクを回避し、適法な業務委託契約を維持するためには、以下の点に注意して契約を締結し、運用することが重要です。

  • 契約内容の明確化: 業務委託契約書において、委託する業務の範囲、具体的な内容、成果物、納期、報酬の算定方法、支払い条件、検収基準、責任の範囲などを明確かつ具体的に記載します。特に、発注者側に指揮命令権がないこと、受注者が自己の裁量と責任で業務を遂行することを明記することが重要です 。  
  • 指揮命令系統の分離・確立: 発注者は、受注者本人または受注者が指定する現場責任者に対して業務の依頼や進捗の確認、必要な協議を行うべきであり、受注者の個々の作業者に対して直接的な指示・命令(作業手順の変更、時間配分の指示など)を行わない体制を構築し、徹底します 。  
  • 労務管理の独立性の確保: 受注者の労働時間、休憩、休日などに関する労務管理は、受注者が自身の責任と裁量において行うべきであり、発注者はこれに関与しないようにします。タイムカードによる出退勤管理や、残業の指示なども避けるべきです 。  
  • 作業場所・時間の非拘束性(原則): 受注者が業務を行う場所や時間については、原則として受注者の自由に委ねるべきです。ただし、業務の性質上、特定の場所や時間帯での作業が必要となる場合には、その合理的な理由を契約書に明記するなど、拘束性を正当化できる根拠を明確にしておく必要があります。
  • 事業者性の尊重: 受注者が自己の業務用機器やソフトウェアを使用したり、専門的な知識や技術を活かして業務を遂行したりすることを尊重します。発注者が無償で主要な設備や道具を提供することは、受注者の事業者性を弱める要因となり得ます。
  • 定期的な実態確認と教育の実施: 契約内容と実際の業務運用との間に乖離が生じていないか、定期的に現場の状況を確認することが不可欠です。また、発注業務を担当する社員や現場の管理者に対して、偽装請負のリスクや適法な業務委託のあり方について、継続的に教育・啓発を行うことが重要です 。  
  • 厚生労働省のガイドライン(37号告示)の遵守: 前述の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37号告示)に示された判断基準を常に意識し、これを遵守するよう努めます。

多くの企業では、契約書の整備には力を入れるものの、実際の現場での運用が契約内容と伴っていないケースが散見されます 。例えば、契約書上は「指揮命令関係なし」と明記されていても、日常的に発注担当者が受注者の作業員に対して直接的な作業指示を出していれば、それは実態として指揮命令があったと判断され、偽装請負のリスクが高まります。経営者や人事担当者は、契約締結時だけでなく、定期的な現場ヒアリングや業務プロセスの見直しを通じて、契約内容と業務実態の一致を担保する仕組みを構築することが不可欠です。その際、以下のようなチェックリストを活用することも有効です。  

偽装請負チェックリスト(簡易版)

以下の項目に「はい」が多く当てはまるほど、偽装請負と判断されるリスクが高まります。自社の状況を客観的に確認してみましょう。

チェック項目はいいいえ
1. 発注者が、受注者の作業者に対して、具体的な作業手順や方法を直接指示しているか?
2. 発注者が、受注者の作業者の始業・終業時刻、休憩時間、休日などを指定・管理しているか?
3. 発注者が、受注者の作業者に対して、残業や休日出勤を命じることがあるか?
4. 発注者が、受注者の作業者の業務の進捗状況を常に把握し、細かく管理しているか?
5. 受注者の作業者が、発注者の従業員と同様の服務規律(服装規定など)に従うよう求められているか?
6. 受注者の作業者が、発注者から直接業務評価を受けているか?
7. 業務に必要な機械、設備、材料の主要な部分を発注者が無償で提供しているか?
8. 報酬が、時間単価や日給・月給など、労働時間に基づいて計算されているか?
9. 受注者の作業者が、発注者からの仕事の依頼や指示を実質的に断ることができないか?
10. 受注者の作業者に代わって、他の者が業務を行うことが認められていないか?
11. 受注者の作業者が、発注者の指揮命令系統の中に組み込まれて業務を行っているように見えるか?

このチェックリストはあくまで簡易的なものです。詳細な判断や具体的な対策については、必ず社会保険労務士などの専門家にご相談ください。

あなたのケースはどっち?契約形態の選び方

ここまで、業務委託契約と雇用契約の様々な違いやリスクについて解説してきました。それでは、実際に自社で人材を活用する際に、どちらの契約形態を選ぶべきなのでしょうか。このセクションでは、中小企業の経営者や人事担当者の皆様が、自社の状況や業務の特性に応じて最適な選択をするための具体的な判断基準や考え方、そしてそれぞれの契約形態が向いているケースについて、メリット・デメリットを比較しながら整理します。

契約形態別メリット・デメリット比較表(企業側視点)

比較項目雇用契約業務委託契約
コストメリット:
・なし
デメリット:
・人件費(給与、賞与)が固定費化
・社会保険料、労働保険料の会社負担
・福利厚生費、退職金積立
・採用コスト、教育コスト
メリット:
・必要な時に必要な分だけ発注可能(変動費化)
・社会保険料、労働保険料の会社負担なし
・採用コスト、教育コストを抑制可能
デメリット:
・報酬単価が高くなる場合がある
・品質管理や再委託で追加コスト発生の可能性
柔軟性メリット:
・なし
デメリット:
・人員調整(解雇)が困難
・業務内容の変更に制約が生じる場合がある
メリット:
・必要なスキルを持つ人材を迅速に確保可能
・契約期間や業務量の調整が比較的容易
デメリット:
・契約内容にない業務の依頼は困難 ・契約解除にも一定のルールあり(フリーランス保護新法など)
指揮命令メリット:
・業務遂行方法や時間、場所を指示
・管理可能
デメリット:
・なし
メリット:
・なし
デメリット:
・直接的な指揮命令は不可(偽装請負リスク)
専門性の活用メリット:
・社内で育成可能
デメリット:
・高度な専門人材の採用
・育成に時間とコスト
メリット:
・外部の高度な専門知識やスキルを即時に活用可能
デメリット:
・なし
ノウハウ蓄積メリット:
・業務を通じて社内に知識・スキルが蓄積
デメリット:
・なし
メリット:
・なし
デメリット:
・社内にノウハウが蓄積しにくい
法的リスクメリット:
・偽装請負のリスクなし
デメリット:
・労働法規遵守の義務(解雇規制、残業代など)
メリット:
・労働法規の直接適用は原則なし
デメリット:
・偽装請負と判断されるリスク
・情報漏洩リスク
・フリーランス保護新法、下請法遵守の必要性
管理業務メリット:
・なし
デメリット:
・勤怠管理、給与計算、社会保険手続きなど
メリット:
・勤怠管理、社会保険手続きは不要デメリット:
・契約管理、進捗管理(指揮命令にならない範囲)、成果物検収、請求書処理など

業務委託が向いているケース

以下のような場合には、業務委託契約の活用が適していると考えられます。

専門性の高い業務を外部のプロフェッショナルに任せたい場合

自社にその分野の専門知識やスキルを持つ人材がいない、あるいは育成に時間がかかるような業務(例:高度なITシステムの開発、専門分野のコンサルティング、特定の言語の翻訳、複雑なデザイン制作など)は、業務委託によって外部の専門家を活用するのが効果的です 。  

一時的・プロジェクト単位で特定の業務が発生する場合

企業の繁忙期のみ、あるいは特定のプロジェクトが進行している期間だけなど、恒常的ではない業務に対して、必要な期間だけ外部リソースを確保したい場合に適しています 。  

人件費を固定費ではなく変動費として扱いたい、または固定費を削減したい場合

必要な時に必要な分だけ外部に業務を委託することで、人件費を固定費から変動費へと転換し、経営の柔軟性を高めることができます。社会保険料や福利厚生費といった付随的なコストも削減できる可能性があります 。  

指揮命令を必要とせず、明確な成果物ベースで評価できる業務

業務の進め方や作業時間などを細かく指示する必要がなく、受託者の裁量に任せることができ、かつ、契約で定めた成果物の納品や役務の提供をもって業務の完了を客観的に評価できる業務に適しています。

自社のコア業務に社内リソースを集中させたい場合

ノンコア業務(経理の一部、定型的な事務作業、ウェブサイトの保守など)を外部に委託することで、自社の従業員がより付加価値の高い主要業務に専念できる環境を作ることができます 。  

業務委託は、必要な時に専門的なスキルを柔軟に活用できるという大きなメリットがありますが、一方で、委託先の選定、契約内容の詳細な取り決め、指揮命令に該当しない範囲での進捗管理やコミュニケーション、成果物の品質チェック、そして情報セキュリティの確保など、雇用契約とは異なる種類の管理業務が発生します。特に複数の業務委託先と契約する場合、これらの管理コストやコミュニケーションコストは増大する傾向にあります。管理体制が不十分なまま業務委託を多用すると、期待した品質が得られなかったり、納期が遅延したり、最悪の場合は情報漏洩といった重大なトラブルを引き起こし、結果的にコスト増につながることもあります 。業務委託の「柔軟性」というメリットを最大限に享受するためには、適切な管理体制の構築が不可欠です。  

雇用契約が向いているケース

以下のような場合には、雇用契約によって人材を確保・活用することが適していると考えられます。

恒常的・継続的に発生する基幹業務や定型業務

企業の事業運営に不可欠な業務や、日常的に発生し、安定した遂行が求められる業務については、従業員を雇用して対応するのが基本です。

会社の指揮命令のもとで進める必要がある業務

従業員の育成を伴う業務、チームワークが重要となる業務、業務プロセスが複雑で詳細な指示や管理が必要な業務などは、雇用契約が適しています。

社内にノウハウやスキルを蓄積・継承していきたい業務

長期的な視点で、自社独自の技術や知識、企業文化を育て、競争力の源泉としたい分野の業務は、従業員を雇用し、OJTや研修を通じて育成していくことが望ましいでしょう。

従業員の定着と組織への帰属意識(ロイヤリティ)の醸成を重視する場合

従業員に安心して長く働いてもらい、会社への愛着や貢献意欲を高め、組織としての一体感を醸成したい場合には、雇用契約が適しています。

雇用契約は、安定した労働力を確保し、組織文化を育み、社内にノウハウを蓄積する上で有効な手段です。しかし、市場環境が急激に変化したり、事業構造の転換が求められたりする際に、人件費の固定化や解雇規制の存在が、迅速な経営判断や組織再編の足かせとなる可能性も否定できません。中小企業においては、事業の成長フェーズや外部環境の変化に応じて、雇用契約と業務委託契約のポートフォリオを柔軟に見直し、戦略的に人材を活用していく視点が求められます。例えば、企業の根幹をなすコア業務は雇用契約で安定させつつ、新規事業の立ち上げや専門性の高いスポット的な業務については業務委託を活用するといった、ハイブリッドな人材活用も有効な選択肢の一つです。

迷ったらチェック!重要な判断ポイント

業務委託と雇用契約のどちらを選ぶべきか迷った際には、以下の点を総合的に検討し、自社の状況に照らし合わせて判断することが重要です。

  1. 指揮命令の必要性: その業務は、会社の具体的な指示・命令のもとで進める必要がありますか?業務の進め方や作業時間、場所などを細かく管理する必要性はどの程度ありますか?
  2. 業務の継続性・恒常性: その業務は、一時的なものですか、それとも日常的・継続的に発生するものですか?
  3. 専門性の度合いと社内リソース: 自社にない高度な専門知識や特殊なスキルが必要ですか?もし必要だとして、社内で育成することは現実的ですか、それとも外部の専門家に頼る方が効率的ですか?
  4. 成果物の明確性と評価の客観性: 委託する業務の成果を明確に定義できますか?そして、その成果を客観的な基準で評価することは可能ですか?
  5. コスト構造の考え方: 人件費を固定費として安定的に確保することを優先しますか、それとも必要な時に必要な分だけ支出する変動費化を優先しますか?
  6. リスク許容度: 偽装請負と判断されるリスク、業務委託先からの情報漏洩リスク、期待した品質の成果物が得られないリスクなどを、どの程度許容できますか?
  7. ノウハウ蓄積の必要性: その業務に関する知識やスキルを、将来的に社内に残し、活用していきたいですか?
  8. 関連法規の遵守コスト: 委託相手が個人事業主(フリーランス)である場合や、自社と相手方の資本金規模、取引の内容によっては、フリーランス保護新法や下請法が適用される可能性があります。これらの法律を遵守するための体制整備や管理コストも考慮に入れる必要があります。

契約形態の選択は、単に「どちらがコスト的に得か」あるいは「どちらが法的に安全か」という短期的な視点だけで判断すべきではありません。企業がどのような組織文化を築き、どのような価値観を大切にし、将来どのように成長していきたいのか、といった経営戦略や企業理念とも深く関わってきます。例えば、常に新しい技術やアイデアを取り入れ、多様な専門家と柔軟に連携しながらイノベーションを追求する企業であれば、業務委託を積極的に活用する戦略が有効かもしれません。一方で、社員一丸となって目標を達成し、強い組織文化を育むことを重視する企業であれば、雇用契約を基本とするでしょう。

法務・労務・税務といった専門的な側面からの検討はもちろん重要ですが、それと同時に、自社のビジョンや中長期的な成長戦略に照らし合わせて、どちらの契約形態がより自社の目指す姿に合致するのか、という視点を持つことが、後悔のない選択をするために不可欠です。

契約書作成・締結時の注意点

業務委託契約であれ雇用契約であれ、契約は当事者間の権利義務を明確にし、将来のトラブルを未然に防ぐための最も重要な第一歩です。口約束や曖昧な取り決めは、後々「言った、言わない」の水掛け論や深刻な紛争の原因となりかねません。このセクションでは、実際に契約書を作成・締結する際に、中小企業の経営者や人事担当者の皆様が特に注意すべき具体的な項目を、業務委託契約と雇用契約それぞれについて解説します。

業務委託契約書で定めるべき内容

業務委託契約書は、委託する業務の内容や当事者間の合意事項を具体的に定めるものです。以下の項目を網羅的に、かつ明確に記載することが重要です。

  • 委託業務の内容・範囲・仕様の明確化: 「何を」「どこまで」行うのか、誤解が生じないように、できる限り具体的かつ詳細に記載します。「ウェブサイトのデザイン業務」「月次決算業務のサポート」「新製品のプロモーション企画立案」といったレベルではなく、さらに具体的な作業項目、達成すべき水準、成果物のイメージなどを明確にします。「その他上記に付随する一切の業務」といった包括的で曖昧な表現は、後々の業務範囲をめぐるトラブルの原因となるため避けるべきです 。必要に応じて、仕様書や要件定義書を別途作成し、契約書に添付することも有効です。  
  • 成果物(ある場合)の定義、納期、検収基準・期間: 請負契約のように具体的な成果物の納品が求められる場合は、その成果物が何であるかを明確に定義します。また、いつまでに納品するのか(納期)、納品された成果物をどのような基準で検査し合格とするのか(検収基準)、そして検収に要する期間(検収期間)を具体的に定めます 。検収期間内に合否の連絡がない場合の取り扱い(例:合格とみなす、など)も定めておくとよいでしょう。  
  • 報酬額、計算方法、支払条件(支払時期、支払方法、経費負担など): 報酬の金額を明記します。金額が固定でない場合は、明確な算定根拠(例:時間単価 × 実働時間、成果物の単価 × 数量など)を示します。消費税の取り扱い(税抜か税込か)、源泉所得税の徴収の有無、銀行振込の場合の振込手数料をどちらが負担するのか、といった点も明確にしておく必要があります 。支払時期については、フリーランス保護新法では原則として給付受領日から60日以内 、下請法では物品等受領日から60日以内 といった法的規制がある場合があるので注意が必要です。業務遂行に必要な経費(交通費、通信費、資料購入費など)をどちらが負担するのかも明記します。  
  • 契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)または善管注意義務: 請負契約の場合は、納品された成果物が契約内容に適合しない場合の受託者の責任(修補、代替物引渡し、代金減額、損害賠償など)について定めます 。委任契約・準委任契約の場合は、受託者が善良な管理者の注意をもって業務を遂行する義務(善管注意義務)を負うことを確認します。  
  • 知的財産権の帰属: 業務の過程で生み出された成果物(デザイン、プログラム、文章、発明など)に関する著作権や特許権などの知的財産権が、委託者と受託者のどちらに帰属するのかを明確に定めます 。特に定めがない場合、原則として制作者である受託者に帰属することが多いため、委託者が権利を取得したい場合は、譲渡条項を設ける必要があります。著作者人格権の不行使についても定めることがあります。  
  • 秘密保持義務: 業務を遂行するにあたって知り得た相手方の技術情報、顧客情報、経営情報などの秘密情報を、第三者に漏洩したり、契約目的以外に使用したりしないことを定める条項です。秘密情報の範囲、秘密保持期間、違反した場合の措置などを具体的に記載します 。  
  • 再委託の可否と条件: 受託者が、委託された業務の全部または一部をさらに第三者に委託すること(再委託)を認めるかどうか、認める場合にはどのような条件(例:委託者の事前承諾、再委託先の監督責任など)のもとで可能とするのかを定めます 。  
  • 契約解除条件、損害賠償: どのような場合に契約を中途解除できるのか(例:相手方の契約違反、支払遅延、破産など)、解除の手続き、解除した場合の既履行部分の扱いや損害賠償の範囲、上限額などを定めます 。  
  • 契約期間、更新の有無・条件: 契約の有効期間と、期間満了時の更新の有無、更新する場合の手続きや条件を定めます 。  
  • 反社会的勢力の排除条項: 契約当事者が反社会的勢力ではないこと、反社会的勢力と関係を持たないことを表明・保証し、違反した場合の契約解除などを定める条項です。近年、多くの契約書で標準的に盛り込まれています 。  
  • フリーランス保護新法に基づく明示事項(相手がフリーランスの場合): 委託業務の内容、報酬額、支払期日に加え、業務委託をした日、給付(役務提供)の期日(期間)及び場所、検査をする場合はその完了期日などを書面または電磁的方法で明示する必要があります 。  
  • 下請法に基づく記載事項(下請取引に該当する場合): 下請法が適用される取引では、法律で定められた事項(給付の内容、下請代金の額、支払期日、支払方法など)を記載した書面(3条書面)を交付する義務があります 。  

業務委託契約の相手が個人事業主(フリーランス)であり、かつ、自社と相手方の資本金規模や取引の内容が下請法の適用範囲にも該当する場合、フリーランス保護新法と下請法の両方が適用される可能性があります。両方の法律で定められている発注者側の義務(書面交付義務、支払期日の設定など)や禁止行為には共通する点も多いですが、細部で異なる点も存在します。例えば、報酬の支払期日について、下請法では「物品等を受領した日から起算して60日以内」とされているのに対し、フリーランス保護新法では「給付を受領した日等から起算して60日以内」とされつつ、再委託の場合には元委託契約の支払期日から30日以内という例外規定が設けられています 。このように両法が競合する場合、原則としてより下請事業者に有利な(つまり、より厳しい)方の規制内容を遵守する必要があります。この判断を誤ると、意図せずに法令違反を犯してしまうリスクがあるため、自社の取引がどちらの法律の適用を受けるのか、あるいは両方の適用を受けるのかを正確に把握し、不明な点は専門家に確認することが推奨されます。  

雇用契約書で定めるべき内容

雇用契約書は、使用者と労働者の間の労働条件を明確にするための重要な書類です。労働基準法では、労働契約の締結に際し、使用者は労働者に対して一定の労働条件を明示する義務があり(労働条件通知書)、雇用契約書と労働条件通知書を兼ねる形で作成することも一般的です 。  

必ず明示しなければならない「絶対的明示事項」と、定めがある場合に明示しなければならない「相対的明示事項」があります 。  

  • 絶対的明示事項:
    • 労働契約の期間(期間の定めがある場合はその期間、更新の有無、更新する場合の基準)
    • 就業の場所、従事すべき業務の内容
    • 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働(残業)の有無、休憩時間、休日、休暇並びに交替制勤務の場合の就業時転換に関する事項
    • 賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期に関する事項
    • 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
    • 昇給に関する事項(これのみ口頭での明示も可とされていますが、トラブル防止のため書面が望ましい)
  • 相対的明示事項(会社に制度として定めがある場合に明示すべき事項):
    • 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに支払の時期に関する事項
    • 臨時に支払われる賃金(賞与など)、精皆勤手当、勤続手当その他諸手当に関する事項
    • 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
    • 安全及び衛生に関する事項
    • 職業訓練に関する事項
    • 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
    • 表彰及び制裁の定めに関する事項
    • 休職に関する事項
  • 試用期間: 試用期間を設ける場合は、その期間、期間中の労働条件(給与など)、本採用に至らない場合の具体的な理由(解約権留保の趣旨)などを明確に記載します 。  
  • 服務規律: 従業員として遵守すべき会社の基本的なルール(出退勤、服装、情報管理など)。詳細は就業規則で定めることが多いです。
  • 秘密保持義務、競業避止義務(必要な場合): 在職中および退職後の秘密保持や、一定期間の競業避止について定める場合は、その範囲や期間、代償措置などを具体的に記載します。
  • 人事異動(配置転換、転勤)の可能性(ある場合): 将来的に配置転換や転勤を命じる可能性がある場合は、その旨を記載しておきます 。  

雇用契約書の内容は、会社の就業規則で定める労働条件の基準を下回ることはできません(労働契約法第12条)。もし雇用契約書の内容が就業規則の基準に達しない部分については、就業規則の基準が適用されます。逆に、雇用契約書で就業規則よりも労働者に有利な条件を定めた場合は、その有利な条件が適用されます。  

また、一度締結した雇用契約の内容(労働条件)を、後に労働者にとって不利益な方向に変更する(例えば、給与の減額、労働時間の延長、休日の削減など)場合には、原則として労働者本人の個別の同意が必要です。就業規則を変更することによって労働条件を不利益に変更する場合であっても、その変更が合理的であり、変更後の就業規則を労働者に周知させていたとしても、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性などが厳しく問われます(労働契約法第9条、第10条)。中小企業においては、雇用契約書と就業規則の内容の整合性を常に確認し、安易な労働条件の不利益変更は避けるべきです。やむを得ず変更が必要な場合には、法的な手続きを遵守し、従業員への丁寧な説明と真摯な合意形成プロセスが不可欠となります。  

後々のトラブルを防ぐために

契約形態が業務委託であれ雇用であれ、後々の無用なトラブルを避け、良好な関係を維持するためには、以下の点が共通して重要です。

  • 契約内容は曖昧にせず、具体的かつ明確に記載する: 誰が読んでも同じように理解できるよう、平易な言葉で、具体的な内容を記載することを心がけます。「等」「など」「その他」といった曖昧な表現は、解釈の余地を残し、紛争の原因となりやすいため、できる限り避けるべきです 。  
  • 契約締結前に、当事者双方が内容を十分に協議し、納得の上で合意する: 一方の当事者が作成した契約書案を、もう一方の当事者が十分に理解・検討する時間を与え、必要に応じて修正協議を行います。疑問点や不明な点は契約前に解消し、双方が合意した内容で契約を締結することが重要です。一方的な条件の押し付けは、後々の信頼関係を損なうだけでなく、場合によっては契約の有効性自体が争われる可能性もあります 。  
  • 契約書は必ず書面で作成し、双方が署名(または記名押印)し、各自が一部を保管する: 口頭での合意は、後日「言った、言わない」の争いになりやすく、証拠も残りにくいため、必ず書面で契約内容を確定させます 。契約書には当事者双方が署名または記名押印し、それぞれが原本(または写し)を大切に保管します。近年では、電子契約システムを利用して電子的に契約を締結することも増えていますが、その場合も法的に有効な形式(電子署名など)を満たしているか確認が必要です 。  
  • 契約内容に変更が生じた場合も、同様に書面で合意する: 契約期間の途中であっても、業務内容や報酬、その他の条件に変更が生じる場合は、安易に口頭で済ませず、変更契約書を作成するか、少なくとも変更内容を明記した合意書を取り交わすようにします。
  • 必要に応じて専門家(弁護士、社会保険労務士など)に契約書のチェックを依頼する: 特に、契約内容が複雑な場合、取引金額が大きい場合、あるいは法的なリスクが高いと考えられる場合には、契約締結前に法律や労務の専門家に契約書の内容をチェックしてもらうことが、将来のトラブルを回避する上で非常に有効です。専門家は、法的な観点から問題点を指摘し、より安全で実態に即した契約内容にするためのアドバイスを提供してくれます 。  

中小企業においては、日々の業務に追われ、契約書の作成や確認に十分な時間を割けない、あるいは専門知識を持つ人材が社内にいない、といった状況も少なくないかもしれません。取引開始を急ぐあまり、インターネットで検索した雛形をそのまま利用したり、相手方から提示された契約書の内容を十分に確認しないままサインしてしまったりするケースも見受けられます。しかし、このような「とりあえずの契約書」は、自社の状況や実際の取引内容に適合しておらず、後になって契約条項の解釈をめぐる食い違いが生じたり、予期せぬ義務や責任を負うことになったりするなど、大きなトラブルの種となる可能性を秘めています 。  

契約書は、単なる形式的な書類ではなく、当事者間の権利と義務を具体的に定め、法的な拘束力を持つ重要な文書です。その重要性を軽視することは、将来の紛争リスクを自ら抱え込むことに他なりません。初期の段階で時間と場合によっては費用をかけてでも、専門家のアドバイスを受けながら、自社の実態に即した適切な契約書を作成・締結することが、結果的に企業を守り、円滑な事業運営に繋がるということを、ぜひ心に留めておいてください。

よくある質問 (FAQ)

ここでは、中小企業の経営者や人事担当者の皆様が、業務委託契約と雇用契約に関して抱きやすい具体的な疑問点について、Q&A形式でお答えします。

Q1: 業務委託契約でも、実質的に毎日出社してもらい、決まった時間に働くように指示することはできますか?

A1: 原則としてできません。業務委託契約は、受託者が自己の裁量で業務を遂行するものであり、発注者が勤務場所や労働時間を具体的に指定し、管理することは、指揮命令とみなされる可能性が非常に高いです。このような実態がある場合、契約書が「業務委託契約」であっても、実質的には雇用契約と判断され、「偽装請負」に該当するリスクがあります 。  

Q2: 業務委託で業務をお願いしている相手に、会社のパソコンや事務用品などの備品を使わせても問題ありませんか?

A2: 業務に必要な機械、器具、材料などを発注者が無償で提供し、それが業務遂行に不可欠なものである場合、受託者の事業者性が薄れ、発注者の指揮命令下にあると判断される一因となり、偽装請負のリスクを高める可能性があります。ただし、業務の性質上、発注者の設備を使用せざるを得ない場合や、情報セキュリティの観点から特定の機器の使用を指定する場合など、合理的な理由があるケースも考えられます。そのような場合は、有償で貸与する形式をとる、あるいは契約書にその理由や条件を明記するなどの配慮が必要です 。  

Q3: 業務委託契約を契約期間の途中で解除したい場合、どのような点に注意すべきですか?

A3: まず、契約書に中途解除に関する条項(解除事由、予告期間、違約金など)が定められているかを確認し、その内容に従うのが基本です。契約書に特段の定めがない場合でも、一方的な契約解除は、相手方から契約不履行に基づく損害賠償を請求されるリスクがあります 。特に、2024年秋頃施行予定のフリーランス保護新法では、6ヶ月以上の継続的な業務委託契約を中途解除する場合、発注事業者は原則として30日前までに予告し、フリーランスから理由の開示を求められた場合には応じる義務が課されます 。安易な解除は避け、まずは相手方と十分に協議することが重要です。  

Q4: 業務委託で働いてもらっている人に、社員と同じように会社の研修を受けさせることはできますか?

A4: 業務を遂行する上で最低限必要な技術指導や、委託業務に関する情報提供であれば許容される場合があります。しかし、社員と同様の能力開発やキャリアアップを目的とした研修への参加を義務付けたり、社内行事への参加を強制したりすることは、教育訓練や指揮命令の一環とみなされ、偽装請負のリスクを高める可能性があります 。研修内容や参加の任意性などを慎重に検討する必要があります。  

Q5: フリーランスに業務を委託する場合、特に気をつけることは何ですか?

A5: フリーランス保護新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、発注事業者に対して、フリーランス(特定受託事業者)との取引において、主に以下の点が義務付けられたり、禁止されたりします。

  • 取引条件の書面等による明示義務: 業務内容、報酬額、支払期日、成果物の納期・場所、知的財産権の取扱いなどを、契約締結後速やかに書面またはメール等の電磁的方法で明示しなければなりません 。  
  • 60日以内の報酬支払: 原則として、成果物等を受領した日から60日以内に報酬を支払わなければなりません 。  
  • 一方的な受領拒否や報酬減額等の禁止: フリーランスに責任がないにもかかわらず、成果物の受領を拒否したり、報酬を減額したり、不当な返品をしたりすることは禁止されます 。  
  • 募集情報の的確な表示: フリーランスを募集する際には、虚偽の表示や誤解を招く表示をしてはならず、常に正確かつ最新の情報を提供する義務があります 。  
  • ハラスメント対策: フリーランスからのハラスメントに関する相談に応じ、適切に対応するための体制整備などが求められます 。 これらの規定を遵守することが不可欠となります。  

Q6: 「下請法」が適用される業務委託とはどのようなものですか?その場合の注意点は何ですか?

A6: 下請法(下請代金支払遅延等防止法)は、親事業者(発注者)と下請事業者(受注者)の資本金の規模、および取引の内容(製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託の4種類)によって適用されるかどうかが決まります。例えば、資本金3億円超の法人が資本金3億円以下の法人や個人に物品の製造を委託する場合などが該当します。下請法が適用される場合、親事業者には、発注内容を記載した書面(3条書面)の交付義務、支払期日を物品受領後60日以内に定める義務、書類の作成・保存義務などが課され、また、不当な買いたたき、受領拒否、支払遅延、返品、不当な経済上の利益提供要求など11項目の行為が禁止されています 。これらの義務違反や禁止行為には、公正取引委員会からの勧告や罰則が科されることがあります。  

Q7: 業務委託契約で働いてもらっている人を、途中で雇用契約に切り替えることはできますか?また、その逆(雇用契約から業務委託契約へ)は可能ですか?

A7: はい、いずれの切り替えも当事者双方の合意があれば可能です。

業務委託契約→雇用契約への切り替え

業務委託契約で働いている方を雇用契約へ切り替える場合、まず現在の業務委託契約を適切に終了させる必要があります。その上で、新たに雇用契約書を締結し、以下の点を明確に定めましょう。

  • 労働条件(勤務時間、給与、休日など)
  • 雇用形態(正社員・契約社員・パート等)
  • 社会保険・雇用保険・労災保険の加入手続き
  • 就業規則の適用範囲

雇用契約 → 業務委託契約への切り替え

このケースはより慎重な対応が必要です。まず、会社側が一方的に業務委託に切り替えることはできません。本人の真摯な同意が不可欠であり、不当に行えば「実質的な雇用関係」と判断され、労働基準法違反とされるリスクもあります。

契約変更にあたっては以下の点に注意してください。

  • 明確な契約終了の手続き(雇用契約の合意解約)
  • 新たな業務委託契約書の締結
  • 指揮命令系統や勤務時間の拘束がない設計
  • 請求・支払方法の変更(給与ではなく報酬)

まとめ

本記事では業務委託契約と雇用契約の違いについて解説しました。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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