この記事では、社会保険労務士の視点から、労働協約と就業規則の法的な優先順位や、内容が矛盾している場合の実務的な対応について、わかりやすく解説します。
- 労働協約・就業規則・労働契約の法的な「優先順位」
- 記載内容が矛盾する場合にどちらが適用されるかの「判断基準」
- 労働協約締結後に必要な「就業規則の修正実務」と効力の及ぶ範囲
労働協約と就業規則の関係性とは
どちらも職場のルールを定めたものですが、それぞれの役割、作成のプロセスや当事者が大きく異なります。
就業規則とは
就業規則とは、会社(使用者)が作成する「職場のルールブック」のことです。
労働基準法では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対して、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務付けています。ここには、労働時間、賃金、退職に関する事項など、働く上で守らなければならない基本的な条件が記載されています。
あくまで「会社側が定めた規則」という性質を持ちますが、作成や変更の際には、労働者の代表(過半数代表者や労働組合)の意見を聞く必要があります。
労働協約とは
一方、労働協約とは、「労働組合と会社(使用者)との間で結ばれた合意文書」のことです。
これは会社が一方的に作るものではなく、団体交渉などを通じて、労働組合と会社が話し合って合意した内容を書面に残し、両者が署名または記名押印することで効力を発揮します。
労働協約は「契約」の一種ですが、単なる契約書以上の強い法的効力を持っており、組合員である労働者の労働条件を規律する重要な役割を担っています。
【図解】労働協約・就業規則・労働契約の優先順位
今回のメインテーマです。同じ項目について異なる定めがある場合、どのルールが優先されるか、法律で明確な「順番」が決められています。
法令 > 労働協約 > 就業規則 > 労働契約

職場のルールには優先順位が存在します。優先度が高い順に並べると以下のようになります。
- 法令 (労働基準法などの法律)
- 労働協約(会社と労働組合の合意)
- 就業規則(会社のルールブック)
- 労働契約(個別の雇用契約書)
もっとも強いのは「法令」です。いかなる取り決めも法律(公の秩序)に反することはできません。
その次に強いのが「労働協約」です。そして「就業規則」、「個別の労働契約」と続きます。つまり、会社と労働組合が合意した内容は、会社が定めた就業規則や、個人と交わした契約書よりも優先されるという強力なルールなのです。
ただし、就業規則よりも個別の労働契約の方が「労働者にとって有利な条件」である場合は、労働契約の内容が優先されます(労働契約法第7条)。あくまで「就業規則を下回る契約は無効」という意味での優先順位です。
就業規則は労働協約に反してはならない
労働基準法第92条には、以下のように明記されています。
就業規則は、当該事業場について適用される法令又は労働協約に反してはならない。
これは非常に強力な規定です。「反してはならない」とある通り、もし就業規則の中に労働協約の内容よりも労働者に不利な条件や、矛盾する内容が書かれていたとしても、その部分は法的に認められません。
就業規則の記載にかかわらず、労働協約に別の定めがあれば、そちらが優先されることになります。
記載内容が矛盾する場合の効力と実務対応
では、実際に「就業規則」と「労働協約」の内容が相違している場合、どのように対応すべきなのでしょうか。
労働協約の内容が優先して適用される!
もし、就業規則を書き換えるのを忘れていて、古いルールのままになっていたとしても、法的な効力は自動的に労働協約の内容が適用されます。
例えば、以下のようなケースを見てみましょう。
- 就業規則:年間休日105日
- 労働協約:年間休日110日
この場合、就業規則の記載に関わらず、組合員である従業員の年間休日は110日となります。就業規則の「105日」という部分は、労働協約に反しているため無効となり、労働協約の基準に置き換わって適用されます。このように、労働協約の基準に自動的に置き換わる効力を「規範的効力(きはんてきこうりょく)」と呼びます。
- 就業規則:年間休日105日(× 無効)
- 労働協約:年間休日110日(◎ こちらが適用!)
労働協約が締結されると、就業規則の記載にかかわらず、法律上、上書き保存されるイメージです。
したがって、実務上は就業規則の変更手続きが完了していなくても、労働協約に従って運用する必要があります。
実務的対応:行政官庁による就業規則の変更命令
「労働協約が優先されるなら、就業規則はそのままでいいのか?」というと、そうではありません。
労働基準法では、就業規則が法令や労働協約に抵触する場合、行政官庁(労働基準監督署長)は、その就業規則の変更を命じることができるとしています。
実務的には、労働協約を締結して労働条件を変更した場合は、速やかに就業規則の変更届を労働基準監督署へ提出し、両者の内容を一致させておくことが求められます。
社労士:野澤惇もし不利益変更が発生してしまう場合は、労働者の個別同意が必要になるため注意してください
労働協約の効力範囲について
原則として、労働協約は「協定を結んだ労働組合の組合員」にのみ適用されます。しかし、一定の条件を満たすと、その効力が組合員以外の従業員にも適用される場合があります。これを「一般的拘束力」と呼びます。
事業場単位で適用される場合
一つの事業場(工場や支店など)において、常時使用される同種の労働者の4分の3以上が、その労働協約の適用を受ける労働組合の組合員である場合、その効力は他の労働者にも及びます。
つまり、組合に入っていない従業員に対しても、多数派組合が結んだ労働協約の内容が適用されることになります。これを「事業場単位の一般的拘束力」といいます。
地域単位で適用される場合
ある地域において、同種の労働者の大部分が特定の労働協約の適用を受けている場合、大臣や知事の決定によって、その地域の他の労働者や使用者にも同じ労働協約が適用されることがあります。
これを「地域単位の一般的拘束力」といいます。個別の企業を超えて、その地域全体の労働条件の底上げを図るための制度です。
非組合員にも適用される場合
事業場単位の一般的拘束力が満たされると、特定の組合に所属していない従業員(非組合員)であっても労働協約の内容が適用されます。
これにより、会社は「組合員にはAという条件、非組合員にはBという条件」といった二重管理をする手間が省け、職場全体で統一的な労働条件を運用できるようになります。
ただし、別の労働組合に加入している従業員には原則として適用されない点や、労働協約の内容が非組合員の従来の条件よりも不利になる場合は、その変更に「合理性」が求められる点など、運用の際は専門的な判断が必要になることもあります。
よくある質問
労働協約よりも就業規則の方が、労働者にとって有利な条件(給与が高い、休みが多いなど)の場合はどうなりますか?
原則として、有利・不利に関わらず「労働協約」の内容が優先して適用されます。
個別の労働契約書であれば「有利な条件が優先される(有利原則)」ことがありますが、労働協約と就業規則の関係では、有利原則は適用されません。
労働協約は、労働組合と会社が交渉の末に決定した「最終的な合意事項」であるため、たとえ以前の就業規則の方が好条件であったとしても、新しい合意(協約)の内容が正当なルールとして上書きされるのが原則です。
労働組合がない会社ですが、労働者代表と協定を結んだ場合はどうなりますか?
それは「労使協定」と呼ばれ、「労働協約」とは区別されます(例:36協定など)。
労使協定には、労働協約のような「就業規則よりも強い効力」や「規範的効力(契約内容を自動的に書き換える力)」は原則としてありません。労働組合がない場合、職場のルールの最上位は「就業規則」となります。
まとめ
労働協約と就業規則の関係において、最も重要なポイントは以下の通りです。
- 優先順位:法令 > 労働協約 > 就業規則 > 労働契約
- 矛盾した場合:自動的に労働協約の内容が優先して適用される。
- 実務対応:矛盾が生じたら、速やかに就業規則を変更して整合性を取る必要がある。
- 効力の範囲:条件(4分の3以上など)を満たせば、組合員以外にも適用されることがある。
会社と労働組合が話し合って決めた「労働協約」は、非常に強力な法的効果を持っています。人事労務担当者の方は、労働協約を締結・改定した際には、必ずセットで就業規則の見直しを行うよう心がけてください。










