「社会保険はいつから加入が必要ですか?」これは、会社を設立された経営者様から最も多く寄せられる質問の一つです。結論から言うと、加入日は法律で明確に定められており、例外はほとんどありません。しかし、法人設立直後や月の途中での入社など、判断に迷うケースがあるのも事実です。手続きの遅れは、後々の大きなトラブルに繋がりかねません。
この記事では、社会保険労務士事務所altruloopが、経営者が特に迷いやすいポイントに絞って、社会保険の正しい加入タイミングを分かりやすく解説します。
社会保険の加入義務、いつから発生する?
社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入義務がいつから生じるのか、その基本的なルールを理解することは、適正な労務管理の第一歩です。法律で定められた基準を正しく把握しましょう。
原則:「法人設立日」または「従業員の入社日」から
社会保険の加入義務は、特定の「事実が発生した日」をもって開始されます。この「事実発生日」には、主に二つのケースが考えられます。
一つは、会社の設立です。株式会社や合同会社といった法人を設立した場合、その法人設立日(登記日)から社会保険の適用事業所となり、加入義務が発生します 。たとえ社長一人だけの会社であっても、この原則は変わりません。
もう一つは、従業員の雇用です。正社員を雇用した場合、その従業員の入社日から社会保険の加入義務が生じます 。
重要なのは、これらの事象が発生した「その日」から直ちに加入義務が生じるという点です。法律上、加入手続きを開始するための猶予期間や、「翌月からで良い」といった取り扱いは原則として認められていません。この即時性は、特に会社設立時や初めて従業員を雇用する際に認識しておくべき重要なポイントです。
さらに、この「事実発生日」から5日以内に「新規適用届」を年金事務所へ提出するという、非常にタイトな手続き期限が設けられています 。この短期間での対応が求められるため、法人設立や従業員雇用の準備段階から、社会保険手続きについても並行して進める意識が不可欠です。手続きの遅れは、設立当初からの法令違反状態を招くことになりかねません。
社長一人の会社でも加入義務はあるのか?
「従業員はまだ雇っておらず、社長一人だけの会社だが、それでも社会保険に加入しなければならないのか?」というご質問は非常に多く寄せられます。
結論として、社長一人だけの会社であっても、社会保険の加入義務は原則として発生します。株式会社や合同会社などの法人は、その規模や従業員数にかかわらず、法律上「強制適用事業所」に該当するためです 。
ただし、社長が社会保険に加入するための大前提として、役員報酬を受け取っていることが必要です。もし、会社の設立直後で事業が軌道に乗るまで役員報酬をゼロに設定している場合や、業績不振により一時的に役員報酬の支払いを停止している場合は、社長自身はその会社で社会保険に加入することができません 。この場合、社長は個人として国民健康保険や国民年金に加入することになります。
役員報酬の支払いが開始された時点で、社長も被保険者として社会保険に加入する義務が生じます。この「法人である」という形態が加入義務の根源であり、役員報酬の支払いがその義務を具体的に作動させるスイッチと考えると分かりやすいでしょう。多くの設立間もない経営者が「まだ従業員はいないから」という理由で社会保険の手続きを見落としがちですが、法人である以上、社長自身が報酬を得ていれば加入対象となる点を明確に理解しておく必要があります。
パートやアルバイトの加入条件は?
正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトといった短時間労働者も、一定の条件を満たせば社会保険の加入対象となります。この条件は近年段階的に拡大されており、より多くの短時間労働者が社会保険の適用範囲に含まれるようになっています。
まず基本的な考え方として、「4分の3基準」というものがあります。これは、1週間の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事する通常の労働者(正社員など)の4分の3以上である場合、原則として社会保険の加入対象となるというものです 。
しかし、この4分の3基準を満たさない短時間労働者であっても、以下の全ての条件に該当する場合には、社会保険への加入が義務付けられます 。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること。
- 月額の所定内賃金が88,000円以上であること。(残業代、賞与、臨時的な手当等は含みません)
- 2ヶ月を超える雇用の見込みがあること。 当初の契約期間が2ヶ月以内であっても、雇用契約書に契約更新の可能性がある旨が記載されている場合や、同様の契約で過去に更新実績がある場合など、実質的に2ヶ月を超えて雇用されることが見込まれる場合は、契約当初から加入が必要です 。
- 学生でないこと。(ただし、夜間部や通信制、定時制の学生は原則として加入対象となります)
- 勤務先の厚生年金保険の被保険者数が一定数以上であること。 この被保険者数は段階的に引き下げられており、2024年10月1日からは51人以上の企業が対象となります。(それ以前は101人以上の企業が対象でした)。
これらの条件は、特に中小企業において注意が必要です。以前は対象外だったパート・アルバイトの方が、法改正や自社の従業員数の増加によって新たに対象となるケースが増えています。
項目 | 条件 | 詳細・注意点 |
---|---|---|
週の所定労働時間 | 20時間以上 | – |
月額賃金 | 8.8万円以上 | 基本給及び諸手当。残業代・賞与等は含みません。 |
雇用期間の見込み | 2ヶ月を超える見込み | 当初の契約が2ヶ月以内でも、契約書に更新の定めがある場合や同様の契約で更新実績がある場合などは当初から加入。 |
学生でないこと | 〇 | ただし、夜間・通信・定時制の学生は原則として加入対象。 |
勤務先の厚生年金保険の被保険者数(企業規模) | 51人以上(2024年10月1日以降) | 2024年9月30日までは101人以上。自社の被保険者数(厚生年金)がこの基準を超える場合、上記の他の条件を満たす短時間労働者の加入義務が発生します。 |
上記の全ての条件を満たす場合に加入義務が発生します。 また、これらの条件に該当しなくても、週の所定労働時間および月の所定労働日数が正社員の4分の3以上である場合は、従来通り加入対象となります。
特に「2ヶ月を超える雇用の見込み」という条件は解釈に注意が必要です。形式的に短い契約期間を繰り返すことで社会保険の加入を避けようとしても、実態として継続的な雇用が見込まれる場合は、当初からの加入が求められます。この点は、試用期間の取り扱いとも関連してくる重要なポイントです。
【ケース別】こんな時どうする?社会保険加入の判断ポイント
社会保険の基本的な加入ルールを理解した上で、次に経営者が判断に迷いやすい具体的なケースについて、どのように対応すべきかを解説します。
ケース1:月の途中で従業員が入社した場合
従業員が月の途中、例えば15日や20日に入社した場合、社会保険の資格取得日はその入社日となります。
ここで非常に重要なのは、社会保険料は日割り計算されないという点です 。たとえ月末近くの入社で、その月の勤務日数が数日であったとしても、1ヶ月分の社会保険料が発生します。これは健康保険料も厚生年金保険料も同様です。
社会保険料は、入社時に決定される「標準報酬月額」に基づいて計算されます 。そして、多くの企業では、当月分の社会保険料を翌月の給与から控除する「翌月控除」方式を採用しています。そのため、例えば4月15日に入社した社員の場合、4月分の社会保険料(1ヶ月分)が、5月に支払われる給与から控除されることになります。もし5月がその社員にとって初めて満額支給される給与である場合、5月分の社会保険料と合わせて2ヶ月分の社会保険料が一度に控除されるように見えることもあり、従業員が混乱しないよう事前の説明が望ましいでしょう 。
この「日割りなし・1ヶ月分徴収」のルールは、特に月末入社の従業員がいる場合に、給与計算担当者が見落としやすいポイントであり、また、経営者にとっては資金繰りにも影響しうるため、正確な理解が求められます。
ケース2:法人設立日と従業員の入社日が異なる場合
法人を設立した日と、初めて従業員を雇用した日が異なるケースはよくあります。この場合、社会保険の加入義務はそれぞれのタイミングで判断します。
まず、法人については、前述の通り設立日(登記日)をもって社会保険の適用事業所となります。そして、社長が設立当初から役員報酬を受け取っているのであれば、社長自身もその設立日から被保険者となります 。
一方、従業員については、実際に入社した日から被保険者資格を取得します 。
例えば、4月1日に法人を設立し、社長は同日から役員報酬を受け取っているとします。その後、事業の準備が整い、5月10日に初めての従業員Aさんを雇用したとしましょう。この場合、
- 会社(および社長)の社会保険の資格取得日は4月1日
- 従業員Aさんの社会保険の資格取得日は5月10日 となります。
このように、会社内で複数の社会保険資格取得日が存在することは珍しくありません。それぞれの「事実が発生した日」を正確に把握し、手続きを行う必要があります。社長が設立当初は無報酬で、従業員を雇用するタイミング(例えば5月10日)から役員報酬を受け取り始める場合は、社長の資格取得日もその5月10日となるなど、役員報酬の支払い開始時期も重要な判断要素です。
ケース3:試用期間中の従業員の扱いは?
試用期間中の従業員の社会保険加入についても、誤解が多いポイントです。「まだ本採用ではないから」という理由で、社会保険への加入を試用期間終了後と考えている経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、試用期間中であっても、原則として入社初日から社会保険の加入対象となります 。法律上、試用期間も労働契約が成立している期間であり、その契約が「2ヶ月を超える雇用が見込まれる」ものである限り、通常の従業員と同様に扱われます。
例外的に加入が不要となるのは、契約期間が2ヶ月以内の有期雇用契約で、かつ契約更新の予定が全くない場合に限られます 。しかし、一般的な試用期間は、その後の長期雇用を前提としているため、この例外には該当しません。たとえ試用期間を2ヶ月と定めていても、その後に本採用(=2ヶ月を超える雇用)が見込まれるのであれば、試用期間の初日から加入義務が発生します 。
従業員自身が「試用期間中は社会保険に加入したくない」と希望したとしても、加入条件を満たしている以上、その意思によって加入を拒否することはできません 。社会保険への加入は、事業主の法的義務です。
試用期間を社会保険の「適用猶予期間」のように捉えるのは誤りです。重要なのは契約の名称や形式ではなく、「長期雇用の見込みがあるか否か」という実態です。この点を誤ると、後から遡っての加入指導や保険料徴収のリスクが生じます。
加入が遅れるとどうなる?「知らなかった」では済まされない2つのリスク
社会保険の加入手続きを怠ったり、誤った認識で加入させていなかったりした場合、「知らなかった」では済まされない重大なリスクが伴います。ここでは、特に経営に直結する2つのリスクを解説します。
リスク1:最大2年分の保険料を遡って徴収される
社会保険への加入義務があるにもかかわらず手続きを怠っていた場合、年金事務所の調査などで未加入が発覚すると、最大で過去2年間に遡って社会保険料を一括で徴収される可能性があります 。
この遡及徴収は、会社負担分だけでなく、従業員負担分も合わせて会社が納付しなければなりません。その後、会社が従業員から過去の従業員負担分を徴収することになりますが、特に退職した従業員からの回収は困難を極めることが多く、実質的に会社が全額を負担せざるを得ないケースも少なくありません。
社会保険料の徴収時効は2年です 。つまり、未加入の期間が長ければ長いほど、遡及徴収される金額は雪だるま式に膨れ上がります。これは、設立間もない会社や中小企業にとって、極めて大きな資金繰りの圧迫要因となり得ます。
なお、年金事務所から指摘を受ける前に、自主的に未加入状態を是正し、手続きを行った場合は、新規の適用として扱われ、遡及徴収を免れる可能性も指摘されていますが 、これはケースバイケースであり、必ずしも保証されるものではありません。いずれにしても、未加入状態を放置することのリスクは計り知れません。
リスク2:従業員からの信頼失墜と労使トラブル
社会保険への未加入は、金銭的なリスクだけでなく、従業員からの信頼を大きく損なうことにも繋がります。従業員にとって社会保険は、病気や怪我、将来の年金受給など、生活の基盤となるセーフティネットです。会社が適切な手続きを怠っていたことを知れば、従業員は会社に対して強い不信感を抱き、モチベーションの低下や離職を招く可能性があります。
さらに、未加入が原因で従業員が不利益(例:医療費の全額自己負担、年金額の減少)を被った場合、損害賠償請求などの労使トラブルに発展するリスクも否定できません。
会社の評判にも傷がつき、新たな人材採用が困難になるなど、長期的な経営への悪影響も懸念されます。社会保険の適正な加入は、単なる法令遵守の問題ではなく、従業員との良好な信頼関係を築き、安定した事業運営を行うための根幹であると認識すべきです。罰則として、事業主には6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性もあります 。
年金事務所の加入指導(調査)とは?
日本年金機構(年金事務所)は、社会保険の適用促進のため、未加入の疑いがある事業所に対して積極的に調査や指導を行っています 。
調査のきっかけは様々で、法人登記情報や税務情報との突合、従業員や関係者からの情報提供などが考えられます。調査対象となった場合、まず事業所宛に「社会保険への加入について」といった趣旨の通知が送られてくることが一般的です。
この通知には、回答期限が設けられており、事業所の状況や従業員の雇用実態について報告を求められます。提出が必要となる主な書類は以下の通りです 。
- 賃金台帳
- 出勤簿(タイムカード)
- 労働者名簿
- 雇用契約書
- 源泉所得税の領収済通知書
- 会社の登記簿謄本(履歴事項全部証明書)
- 決算報告書
年金事務所はこれらの書類をもとに、社会保険に加入すべき従業員が正しく加入しているか(加入漏れの有無)、また、届け出ている報酬月額(保険料の算定基礎)が実態と合っているかなどを確認します 。
もし、この段階で適切な対応をせず、加入義務があるにもかかわらず手続きを怠っていると判断されれば、年金事務所による職権での強制加入手続きや、前述した過去2年分の保険料の遡及徴収が行われることになります 。年金事務所からの「指導」は、単なるお願いではなく、法的な措置への前段階と捉え、誠実かつ迅速に対応することが不可欠です。
社会保険加入に関するよくある質問
ここでは、社会保険の加入に関して経営者の方々から特によく寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q. 従業員の希望で加入しなくても良いですか?
A. いいえ、できません。社会保険の加入は法律上の義務であり、事業主や従業員の意思で選択できるものではありません。
社会保険の加入条件を満たす従業員がいる場合、その従業員や事業主の希望に関わらず、法律に基づいて加入させなければなりません 。たとえ従業員が「手取り額が減るから加入したくない」と申し出たとしても、事業主はその申し出を受け入れることはできず、適正に加入手続きを行う義務があります。この義務を怠った場合の責任は、事業主が負うことになります 。
Q. 社会保険料は日割り計算されますか?
A. いいえ、日割り計算の制度はありません。月の末日に在籍しているかで判断され、1ヶ月分の保険料が発生します。たとえ月末入社でも1ヶ月分が必要です。
前述の通り、社会保険料は月単位で計算され、日割り計算という考え方はありません 。月の途中で入社した場合でも、その月の1ヶ月分の保険料が徴収されます。同様に、月の途中で退職した場合、その月の保険料は原則として徴収されません(ただし、同月内に別の会社で社会保険に加入した場合などを除く)。資格取得月は1ヶ月分、資格喪失月はかからない(月末退職の場合はかかる)と覚えておくとよいでしょう。
Q. 業務委託契約なら社会保険に加入しなくても良いですか?
A. はい、原則として加入義務はありません。ただし、契約の実態が「雇用契約」に近いと判断された場合は、加入義務が発生する可能性がありますので注意が必要です。
個人事業主などと業務委託契約を締結し、業務を委託する場合は、その個人事業主は会社の従業員ではないため、原則として会社の社会保険に加入する義務はありません。
しかし、注意が必要なのは契約の名称や形式ではなく、業務の実態です。もし、業務委託契約という形式をとっていても、実質的には会社が指揮命令を行い、時間的な拘束があり、業務の遂行方法について細かく指示しているなど、「雇用契約」と変わらないと判断される場合は、社会保険の加入義務が生じることがあります 。この「使用従属性」の有無が重要な判断基準となります。安易な判断は避け、契約内容と業務実態を慎重に確認する必要があります。
Q. 手続きはどこで行えばいいですか?
A. 事業所の所在地を管轄する年金事務所と、労働保険に関しては労働基準監督署・ハローワークで行います。提出期限は事実発生から5日以内(雇用保険は10日以内)と非常に短いため、注意が必要です。
健康保険・厚生年金保険(狭義の社会保険)の手続きは、事業所の所在地を管轄する年金事務所(または事務センター)で行います 。法人設立や従業員雇用といった事実が発生してから原則5日以内に「新規適用届」や「被保険者資格取得届」などを提出する必要があります 。
一方、労災保険・雇用保険(労働保険)の手続きは、まず「保険関係成立届」を管轄の労働基準監督署へ、事実発生から10日以内に提出します。その後、「雇用保険適用事業所設置届」や「雇用保険被保険者資格取得届」などを管轄のハローワークへ、事実発生から10日以内(資格取得届は翌月10日まで)に提出します 。
これらの手続きは期限が非常に短く、必要書類も多岐にわたるため、早めの準備が肝心です。社会保険の手続きに関する詳細な流れや必要書類については、こちらの記事もご参照ください。

まとめ
社会保険の加入日は、原則として「法人を設立した日」または「従業員を雇用した日(入社日)」です。月の途中であっても、その日から資格取得となり、保険料も1ヶ月分が発生します(日割り計算はありません)。
手続きが遅れると、最大2年分の保険料を遡って徴収されたり、従業員からの信頼を失い労使トラブルに発展したりするなど、経営に直接的なダメージを与えるリスクがあります。「知らなかった」では済まされないのが社会保険の手続きです。
法人設立時や初めて従業員を雇用する際など、判断に迷うケースや手続きに少しでも不安を感じたら、専門家である社会保険労務士に相談することが、将来の無用なトラブルを避け、事業を守るための最も確実な一歩と言えるでしょう。
社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。