労働保険の手続き・保険料計算・電子申請まで社労士が徹底解説

労働保険は、従業員を一人でも雇用する事業主にとって、避けては通れない重要な制度です。この保険制度は、万が一の労働災害から従業員を守る「労災保険」と、失業時の生活安定や再就職を支援する「雇用保険」から成り立っており、従業員の安心・安全な労働環境を支える基盤となります。しかし、その手続きは多岐にわたり、特に新規開業時や初めて従業員を雇用する際には、何から手をつければ良いのか戸惑うことも少なくありません。

本稿では、労働保険制度の基本から、具体的な加入手続き、保険料の計算・納付方法、さらには近年利用が進む電子申請に至るまで、経営者や人事労務担当者が押さえておくべきポイントを網羅的に解説します。

専門家としての知見に基づき、複雑な制度を分かりやすく紐解き、実務に直結する情報を提供することで、貴社の円滑な労働保険手続きとコンプライアンス遵守を支援します。

目次

労働保険とは?制度の基本と加入義務の徹底解説

労働保険制度を理解することは、適切な人事労務管理の第一歩です。ここでは、労働保険の全体像、加入が義務付けられる条件、法人と個人事業主における注意点、そして未加入の場合に企業が直面するリスクについて詳しく見ていきましょう。

A. 労働保険の全体像:労災保険と雇用保険の役割

労働保険とは、労災保険(労働者災害補償保険)と雇用保険の総称です 。これら二つの保険は、それぞれ異なる目的と役割を持ちながら、働く人々を保護し、雇用の安定を図るために不可欠な社会保険制度として機能しています。  

労災保険の主な目的は、業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡などに対して、迅速かつ公正な保護をすることです。これには、治療費の給付、休業中の所得補償、障害が残った場合の年金や一時金、死亡した場合の遺族への給付などが含まれます。この保険は、原則として事業主の過失の有無を問わずに給付が行われる「無過失責任主義」に基づいています。ただし、事業主の故意や重大な過失が認められる場合には、別途ペナルティが科されることもあります 。労災保険への加入は、単に法的な義務を果たすだけでなく、従業員が安心して働ける環境を提供し、万が一の事態が発生した際の事業主の経済的負担を軽減する、企業にとっての重要なリスクマネジメント手段と言えます。不測の事態による経済的損失から企業を守り、従業員の安全と生活を保障することは、結果として従業員の士気向上や生産性の維持にも繋がるでしょう。  

一方、雇用保険は、労働者が失業した場合に、生活の安定を図りつつ再就職を促進するための給付(基本手当、いわゆる失業保険)を行うことを主な目的としています 。しかし、その役割は失業給付に留まりません。育児休業や介護休業を取得する労働者への給付金、高齢者の雇用継続を支援する給付金、教育訓練を受けた際の費用補助など、雇用の継続や能力開発を支援する多様な制度も備えています。これらの給付を通じて、雇用保険は労働市場の安定と労働者のキャリア形成を多角的にサポートしています。企業にとっては、これらの制度を適切に活用することで、従業員のライフイベントに応じた柔軟な働き方を支援し、優秀な人材の確保・定着に繋げることが期待できます。  

このように、労災保険と雇用保険は、それぞれ異なるリスクに対応しつつも、労働者の保護と雇用の安定という共通の目標に向けて、労働保険という一つの枠組みの中で運営されています。

B. 加入が必須となる事業主と労働者の条件

労働保険の加入義務は、原則として労働者を一人でも使用するすべての事業主に課せられます。事業の規模や業種、法人か個人事業主であるかを問いません。

労災保険については、原則として全ての労働者が対象となります 。これには、正社員だけでなく、パートタイマー、アルバイト、派遣社員、日雇い労働者なども含まれます。ごく一部の例外(例:国の直営事業に従事する国家公務員など)を除き、雇用形態に関わらず、業務を行う全ての人が保護の対象となるのが大きな特徴です。  

雇用保険については、加入対象となる労働者に一定の条件があります。具体的には、以下の二つの条件をいずれも満たす場合に被保険者となります。

  1. 1週間の所定労働時間が20時間以上であること。
  2. 31日以上の雇用見込みがあること 。  

したがって、例えば週の所定労働時間が20時間未満の短時間労働者や、雇用契約期間が30日以内の短期雇用者は、原則として雇用保険の対象外となります。ただし、当初の雇用契約では31日未満の雇用見込みであっても、契約が更新されて結果的に31日以上雇用されることになった場合には、その時点から雇用保険の加入手続きが必要になるなど、雇用実態に応じた判断が求められます 。  

企業の役員(取締役など)や、個人事業主と同居している親族は、原則として「労働者」とは見なされないため、労災保険・雇用保険の対象とはなりません 。しかし、役員であっても実質的に労働者と同様の業務に従事し、賃金を得ている場合(使用人兼務役員など)や、同居の親族であっても一定の条件を満たす場合には、雇用保険の被保険者となれるケースがあります 。これらの例外規定については、個別の状況に応じた確認が必要です。  

この「従業員一人でも加入」という原則は、特に小規模事業者やスタートアップ企業にとって重要です。事業開始当初は、本業に注力するあまり、こうした社会保険手続きを後回しにしがちですが、初日から加入義務が発生することを認識し、早期の対応を心がける必要があります。

また、雇用保険の加入条件である労働時間や雇用期間は、雇用契約の変更などによって変動する可能性があります。例えば、当初は週15時間勤務だったパートタイマーが、後に週25時間勤務に変更された場合、その時点から雇用保険の加入対象となります。したがって、企業は採用時だけでなく、雇用期間中も従業員の労働条件を適切に把握し、必要に応じて速やかに加入・変更手続きを行う体制を整えておくことが肝要です。

C. 法人・個人事業主別の注意点

労働保険の加入義務は法人・個人事業主を問いませんが、手続きや対象者の範囲において若干の留意点があります。

法人
代表取締役や取締役などの役員は、原則として労働保険の対象となる「労働者」には該当しません。ただし、役員が工場長や部長といった従業員としての身分も併せ持ち(使用人兼務役員)、労働者性が認められる業務に従事し、その対価として賃金を得ている場合には、その部分について労働者として扱われ、雇用保険の被保険者となることがあります。この判断は、業務の実態や指揮命令関係、報酬の性質などを総合的に勘案して行われるため、注意が必要です。特に中小企業では、役員が現場業務を兼任するケースが多く、この「使用人兼務役員」の該非判断が曖昧になりがちです。誤った判断は、将来的な給付の可否や保険料の追徴に繋がる可能性があるため、慎重な検討が求められます。

個人事業主
事業主本人および事業主と生計を同一にする同居の親族は、原則として労働保険の対象外です。しかし、これら以外の労働者を雇用する場合は、その労働者のために労働保険に加入する義務が生じます。個人事業主自身や一定の同居親族が業務上のリスクに備えたい場合には、労災保険の「特別加入制度」を利用できる場合があります。特に建設業など、事業主自身も現場作業に従事することが多い業種では、この特別加入制度が重要なセーフティネットとなります 。特別加入は任意ですが、業務の実態やリスクを考慮し、積極的に検討すべき制度と言えるでしょう。  

提出書類に関しても、法人と個人事業主では一部異なります。例えば、保険関係成立届などの提出時には、法人の場合は「履歴事項全部証明書(登記簿謄本)」の写しが、個人事業主の場合は事業の実態を示す「事業許可証」の写しや「事業主の住民票」などが求められることが一般的です 。これらの必要書類は手続きの際に事前に確認することが重要です。  

D. 未加入のリスク:罰則、追徴金、社会的信用の失墜

労働保険への加入は法律で定められた義務であり、これを怠った場合には事業主に対して様々な不利益が生じます。

まず、行政指導が行われ、それでも加入手続きを行わない場合、行政庁が職権で加入手続きを行い、過去に遡って労働保険料を徴収することがあります。この際、本来納付すべきだった保険料に加えて、追徴金(通常、納付すべき保険料の10%)が課されることがあります 。  

さらに深刻なのは、労災保険に未加入の状態で労働災害が発生した場合です。この場合、被災した労働者に対して行われた保険給付の費用(治療費、休業補償など)の全部または一部(故意に未加入の場合は100%、重大な過失による場合は40%など)を事業主が負担しなければならなくなることがあります 。これは、事業経営に大きな経済的打撃を与える可能性があります。  

加えて、労働保険徴収法や雇用保険法には罰則規定があり、悪質なケースでは「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される可能性もあります 。  

金銭的なペナルティだけでなく、社会的信用の失墜も大きなリスクです。労働関連法規を遵守しない企業であるとの評価は、取引先からの信頼を損ない、金融機関からの融資にも影響を及ぼす可能性があります。また、厚生労働省によって企業名が公表されたり、ハローワークでの求人掲載が停止されたりすることもあり、採用活動にも深刻な支障をきたします 。  

従業員にとっても、雇用保険に未加入であることの影響は甚大です。失業した場合の基本手当(失業保険)や、育児休業給付金、介護休業給付金など、様々な給付を受ける権利を失ってしまいます 。これは従業員の生活を不安定にし、企業への不信感を招く原因となります。  

これらのリスクは単独で発生するとは限らず、複合的に事業主を苦しめる可能性があります。例えば、未加入が発覚すれば、遡及的な保険料徴収と追徴金が課され、その上で万が一労災事故が発生すれば高額な費用負担が求められ、さらに刑事罰や社会的制裁を受けるという、まさに「泣きっ面に蜂」の状態に陥りかねません。従業員の信頼を失うことは、目に見えないコストとして、長期的に企業の成長を阻害する要因ともなり得ます。したがって、労働保険への適切な加入と手続きは、企業経営における基本的な責務であり、リスク管理の観点からも極めて重要です。

【ステップ別】労働保険 新規加入手続き方法、必要書類

労働保険の新規加入手続きは、いくつかのステップに分かれています。事業の種類によって手続きの進め方が異なるため、まずは自社がどちらに該当するのかを正確に把握することが肝心です。

A. 手続きの開始前:一元適用事業と二元適用事業の選択

労働保険の手続きを進める上で、最初に理解しておくべき重要な区分が「一元適用事業」と「二元適用事業」です。この区分によって、提出する書類の窓口や保険料の申告・納付方法が異なります 。  

一元適用事業とは、労災保険と雇用保険の保険料の申告・納付などを原則として一体的に取り扱う事業のことです 。多くの一般の事業(製造業、小売業、サービス業など)は、この一元適用事業に該当します。手続きが比較的シンプルで、労働保険に関する事務処理を一元的に行えるのが特徴です。  

一方、二元適用事業とは、労災保険と雇用保険の適用や保険料の申告・納付を別々に行う事業を指します 。主に以下の業種が該当します。  

  • 都道府県及び市町村の行う事業
  • 都道府県に準ずるもの及び市町村に準ずるものの行う事業
  • 港湾運送の事業
  • 農林水産の事業
  • 建設の事業  

これらの事業では、労災保険率や保険関係の管理方法が一般の事業と異なるため、二元的に取り扱われます。例えば、建設業の場合、工事現場ごとに労災保険関係が成立することがあり、その管理部門(事務所)とは別に労災保険の手続きが必要となることがあります。そのため、一つの会社であっても、本社や支社などの事務部門は一元適用事業として、建設現場は二元適用事業(の労災保険部分)として扱われ、結果的に複数の労働保険番号を持つこともあります 。  

一見すると自社がどちらに該当するのか明白に思えるかもしれませんが、例えば製造業の企業が自社工場の増改築を自社の従業員で行う場合など、主たる事業が一元適用であっても、一部の業務が二元適用の性質を帯びるケースも考えられます。このような場合、どの範囲までをどのように申告すべきか判断に迷うこともあり得るため、不明な点は管轄の労働基準監督署やハローワークに確認することが重要です。

二元適用事業、特に建設業などでは、労災保険と雇用保険の事務処理が分離するため、一元適用事業に比べて管理が煩雑になる傾向があります。この管理負担を軽減するために、労働保険事務組合に事務処理を委託するという選択肢も考慮に入れる価値があるでしょう。

以下の表は、一元適用事業と二元適用事業の主な違いをまとめたものです。

表1:一元適用事業と二元適用事業の比較

特徴一元適用事業二元適用事業
定義労災保険と雇用保険の保険関係を一体として処理する事業 労災保険と雇用保険の保険関係を個別に処理する事業
該当する主な業種大部分の一般産業(例:製造業、卸売・小売業、サービス業など) 建設の事業、農林水産の事業、港湾運送の事業など
労災保険と雇用保険の取扱一括して申告・納付 個別に申告・納付
主な届出書類の提出先例保険関係成立届:所轄の労働基準監督署 保険関係成立届(労災保険分):所轄の労働基準監督署 <br>保険関係成立届(雇用保険分):所轄の公共職業安定所(ハローワーク)
事務処理の負担比較的少ない比較的多い

B. 主要な届出書類と手続きの流れ

労働保険の新規加入にあたっては、主に以下の4つの届出書を適切な時期に、適切な窓口へ提出する必要があります。これらの書類の提出順序や期限は密接に関連しており、一つの遅れが後続の手続きに影響を及ぼす可能性があるため、計画的な準備が不可欠です。

1. 保険関係成立届

  • 目的: 労働者を雇用し、労働保険の保険関係が成立したことを届け出るための最初の書類です。
  • 提出期限: 保険関係が成立した日(例:従業員を初めて雇用した日)の翌日から起算して10日以内 。  
  • 提出先:
    • 一元適用事業: 所轄の労働基準監督署 。  
    • 二元適用事業(労災保険関係): 所轄の労働基準監督署 。  
    • 二元適用事業(雇用保険関係): 所轄の公共職業安定所(ハローワーク) 。  
  • ポイント: この届出が受理されると、事業所に労働保険番号が付与されます 。この番号は今後の労働保険に関するあらゆる手続きで必要となるため、非常に重要です。  

2. 概算保険料申告書

  • 目的: その年度末(3月31日)までの労働保険料(労災保険料と雇用保険料の合計)の見込額(概算保険料)を申告し、納付するための書類です。
  • 提出期限: 保険関係が成立した日の翌日から起算して50日以内 。  
  • 提出・納付先:
    • 一元適用事業: 所轄の労働基準監督署または都道府県労働局。納付はこれらの窓口のほか、日本銀行(本店、支店、代理店、歳入代理店である全国の銀行・信用金庫・郵便局)でも可能です 。  
    • 二元適用事業(労災保険関係): 所轄の労働基準監督署または都道府県労働局。納付先は一元適用事業と同様 。  
    • 二元適用事業(雇用保険関係): 所轄の都道府県労働局。納付先は一元適用事業と同様 。  
  • ポイント: 通常、「保険関係成立届」を提出した後、または同時に手続きを行います 。保険料の計算基礎となる賃金総額の見積もり方が重要となります。  

3. 雇用保険適用事業所設置届

  • 目的: 雇用保険の適用対象となる事業所を設置したことを届け出るための書類です。
  • 提出期限: 事業所を設置した日(=雇用保険の被保険者となる労働者を初めて雇用した日)の翌日から起算して10日以内 。  
  • 提出先: 所轄の公共職業安定所(ハローワーク) 。  
  • ポイント: 一元適用事業の場合、「保険関係成立届」を労働基準監督署に提出した後(または同時)に、この届出をハローワークに行います 。  

4. 雇用保険被保険者資格取得届

  • 目的: 雇用保険の被保険者となる従業員を雇用した際に、個々の従業員について資格取得を届け出るための書類です。
  • 提出期限: 被保険者となった事実があった日(例:入社日)の属する月の翌月10日まで 。  
  • 提出先: 所轄の公共職業安定所(ハローワーク) 。  
  • ポイント: 従業員一人ひとりについて提出が必要です。この届出が遅れると、従業員が失業手当などの給付を受ける際に不利益を被る可能性があります 。特に月末入社の場合は提出期限までの日数が短くなるため、迅速な手続きが求められます。  

これらの手続きは、特に雇用保険関連の手続き(適用事業所設置届、被保険者資格取得届)がハローワークに集中するため、新規に多数の従業員を雇用するスタートアップ企業などでは、ハローワークとのやり取りが一時的に頻繁になることが予想されます。書類の準備や提出が遅れると、従業員への雇用保険被保険者証の交付も遅れ、従業員の不安に繋がる可能性もあるため、計画的な事務処理体制の構築が望まれます。

以下の表は、主要な届出書類とその提出期限、提出先をまとめたものです。自社の事業形態(一元適用/二元適用)に応じて、適切な窓口を確認してください。

表2:労働保険 新規加入時の主要届出書類一覧

書類名主な目的提出期限一元適用事業 提出先二元適用事業 提出先(労災関係)二元適用事業 提出先(雇用保険関係)
保険関係成立届労働保険の保険関係成立を届出保険関係成立の翌日から10日以内 所轄の労働基準監督署 所轄の労働基準監督署 所轄の公共職業安定所
概算保険料申告書年度末までの概算保険料を申告・納付保険関係成立の翌日から50日以内 所轄の労働基準監督署/都道府県労働局/金融機関 所轄の労働基準監督署/都道府県労働局/金融機関 所轄の都道府県労働局/金融機関
雇用保険適用事業所設置届雇用保険の適用事業所となったことを届出事業所設置の翌日から10日以内 所轄の公共職業安定所 所轄の公共職業安定所
雇用保険被保険者資格取得届個々の従業員の雇用保険資格取得を届出資格取得の事実があった日の翌月10日まで 所轄の公共職業安定所 所轄の公共職業安定所

注:二元適用事業の場合、労災保険と雇用保険で手続きを分けて行うため、それぞれの関係書類を該当する窓口に提出します。

C. 必要添付書類一覧と準備のポイント

労働保険の各届出書を提出する際には、記載内容を証明するための添付書類が必要となる場合があります。これらの書類は、事業の実在性や雇用関係の確認のために求められるものであり、事前に準備しておくことで手続きをスムーズに進めることができます。

保険関係成立届の提出時に一般的に求められる書類 :  

  • 法人の場合:
    • 登記簿謄本(履歴事項全部証明書)の原本または写し
  • 個人事業主の場合:
    • 事業主の住民票の写し
    • 事業許可証の写し(許認可が必要な事業の場合)
  • 共通して求められることが多い書類:
    • 事業所の所在地が確認できる書類(賃貸借契約書の写し、公共料金の領収書など。特に登記上の所在地と実際の事業所の所在地が異なる場合)
    • 労働者名簿
    • 賃金台帳
    • 出勤簿(タイムカードなど)
    • (従業員が10人以上の場合)就業規則届の写し  

雇用保険適用事業所設置届の提出時に一般的に求められる書類 :  

  • 登記簿謄本(法人の場合)または事業主の住民票の写し(個人事業主の場合)
  • 事業所の賃貸借契約書の写しなど、事業所の実在と事業内容が確認できる書類
  • 営業許可証の写し(許認可が必要な事業の場合)

雇用保険被保険者資格取得届の提出時に一般的に求められる書類 :  

  • 賃金台帳
  • 労働者名簿
  • 出勤簿
  • 雇用契約書(労働条件通知書)
  • その他、ハローワークが必要と認める書類(特に提出が遅れた場合や、記載内容に疑義がある場合など )  

これらの添付書類は、提出先の行政機関や事業所の状況によって異なる場合があるため、必ず事前に管轄の労働基準監督署やハローワークに確認することが重要です。

書類を準備する際のポイントとしては、まず、常に最新の情報を基に、正確な書類を用意することです。法人登記簿謄本などは発行日からの有効期限が定められているわけではありませんが、あまりに古いものは受理されない可能性もあるため、できるだけ新しいものを準備しましょう。また、コピーで良いものと原本が必要なものがあるため、指示に従ってください。

これらの書類の多くは、企業の運営や人事管理において日常的に作成・保管されているべきものです。例えば、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿は法定三帳簿とも呼ばれ、労働基準法で整備が義務付けられています。日頃からこれらの書類を適切に管理し、必要な時にすぐに取り出せるようにしておくことが、労働保険手続きだけでなく、企業全体のコンプライアンス体制の維持にも繋がります。行政機関がこれらの書類を求める背景には、単に手続き上の必要性だけでなく、事業の実態や雇用関係の真正性を確認し、保険制度の不正利用を防止するという目的もあることを理解しておくべきでしょう。

以下の表は、主な手続きの際に必要となる添付書類の例をまとめたものです。

表3:労働保険 新規加入時の主な添付書類(例)

手続きの種類法人の場合個人事業主の場合共通して求められることが多い書類備考
保険関係成立届の提出時登記簿謄本(履歴事項全部証明書)事業主の住民票、事業許可証等 労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、事業所の賃貸借契約書等 事業の実在と雇用関係を証明するため
雇用保険適用事業所設置届の提出時登記簿謄本、営業許可証等 事業主の住民票、営業許可証等 事業所の賃貸借契約書等 事業所の実在と事業内容を証明するため
雇用保険被保険者資格取得届の提出時労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、雇用契約書等 被保険者資格の確認のため。遅延提出等の場合は追加書類を求められることも

注:上記はあくまで一般的な例です。必ず事前に管轄の行政機関にご確認ください。

D. 労働保険番号の通知と管理方法

労働保険の手続きを進める上で非常に重要となるのが労働保険番号です。これは、労働保険に加入した事業所ごとに付与される固有の番号で、今後のあらゆる労働保険関連の手続きにおいて、事業所を識別するためのキーとなります。

労働保険番号の通知
労働保険番号は、通常、「保険関係成立届」を所轄の労働基準監督署(一元適用事業の場合や二元適用事業の労災保険関係)または公共職業安定所(二元適用事業の雇用保険関係で、雇用保険に係る保険関係成立届を提出した場合)に提出し、それが受理された際に、届出書の控えに押印・記載される形で通知されます 。この控えは、労働保険番号が記載された公的な証明となるため、大切に保管する必要があります。  

労働保険番号の構成
労働保険番号は14桁の数字で構成されており、それぞれの桁には以下のような意味があります 。  

  • 府県 (2桁): 都道府県コード
  • 所掌 (1桁): 労働基準監督署管轄か、公共職業安定所管轄かを示すコード
  • 管轄 (2桁): 具体的な労働基準監督署や公共職業安定所のコード
  • 基幹番号 (6桁): 事業所ごとに付番される一連の番号
  • 枝番号 (3桁): 通常は「000」。建設業などで現場ごとに労災保険関係が成立する場合などに使用されることがあります。

この番号構成を理解しておくと、例えば問い合わせの際にどの地域のどの機関に関連する番号なのかを把握する一助となります。

労働保険番号の管理と重要性
付与された労働保険番号は、以下のような場面で使用します 。  

  • 概算保険料申告書、確定保険料申告書(年度更新)の提出
  • 雇用保険被保険者資格取得届・喪失届などの雇用保険関連手続き
  • 労災保険の給付請求手続き
  • その他、労働保険に関する各種届出や申請

この番号の記載が漏れていたり、誤っていたりすると、手続きが滞ったり、書類が返戻されたりする原因となります。そのため、正確に記録し、社内で適切に共有・管理することが不可欠です。

万が一、労働保険番号が分からなくなってしまった場合は、以下の方法で確認できます 。  

  • 過去に提出した労働保険の申告書(概算・確定保険料申告書など)の控えを確認する。
  • 管轄の労働基準監督署、公共職業安定所、または都道府県労働局に問い合わせる。
  • 労働保険事務組合に事務処理を委託している場合は、その組合に問い合わせる。

特に二元適用事業の場合、労災保険と雇用保険で手続きが分かれるため、それぞれの保険関係に対応する労働保険番号を正確に把握し、使い分ける必要があります。建設業の企業が事務所と現場で異なる番号を持つ場合 などは、特に注意深い管理が求められます。労働保険番号は、いわば労働保険制度における事業所の「戸籍番号」のようなものであり、その正確な管理は円滑な事務処理の基礎となります。  

労働保険料の計算と納付

労働保険料は、労災保険料と雇用保険料から成り立っており、原則として年に一度、前年度の確定保険料の精算と当年度の概算保険料の納付(年度更新)を行います。新規に保険関係が成立した場合は、その時点から年度末までの概算保険料を申告・納付します。

A. 概算保険料の算定方法:賃金総額の見込み方

概算保険料は、その保険年度(4月1日から翌年3月31日まで)に従業員へ支払う賃金総額の見込み額に、それぞれの保険料率を乗じて計算します 。  

賃金総額とは
労働保険料の算定基礎となる賃金総額には、名称の如何を問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うすべてのものが含まれます。具体的には、基本給、手当(残業手当、通勤手当、家族手当、役職手当など)、賞与などが該当します。ただし、退職金、慶弔見舞金、役員報酬(労働者性のない部分)など、一部賃金総額に含めないものもあります。判断に迷う場合は、所轄の労働局や労働基準監督署に確認することが賢明です。誤った解釈は、保険料の過少申告や過大申告に繋がり、後の年度更新時に追徴や還付の手続きが必要となるため、正確な把握が求められます。賃金総額は、1,000円未満の端数を切り捨てて計算します 。  

新規適用時の賃金総額の見込み方
事業を開始したばかり、または初めて従業員を雇用した場合など、新たに労働保険の適用を受ける際には、保険関係が成立した日からその年度の3月31日までの期間に支払う予定の賃金総額を見積もります。この際、雇用する従業員数、各人の給与月額、賞与の支給予定などを考慮して算出します 。  

年度更新時の賃金総額の見込み方
既に労働保険に加入している事業所が年度更新を行う場合、原則として、新しい年度の賃金総額の見込み額が、前年度の確定賃金総額の50%(2分の1)以上200%(2倍)以下の範囲内であれば、前年度の確定賃金総額をそのまま新年度の概算保険料の算定基礎賃金総額として使用することができます 。  

ただし、新年度に従業員の大幅な増減、賃金の大幅な改定、高額な賞与の支給など、賃金総額が前年度の50%未満または200%超となることが見込まれる場合は、より実態に近い見込み額を算出して申告する必要があります 。  

賃金総額の見積もりは、保険料額を左右する重要な要素です。過少に見積もると年度更新時に不足分を一括で納付する必要が生じ、キャッシュフローを圧迫する可能性があります。逆に過大に見積もると、一時的に余分な保険料を納付することになり、これもまた資金繰りに影響を与えかねません。特に事業環境が大きく変動する企業や、成長期の企業にとっては、慎重な予測が求められます。

B. 労災保険率・雇用保険率の確認

労働保険料を計算するためには、前述の賃金総額に加えて、労災保険率と雇用保険率を正確に把握する必要があります。これらの保険料率は、厚生労働省によって定められ、定期的に見直されることがあります。

労災保険率
労災保険率は、事業の種類によって細かく定められています。これは、業種ごとに業務上の災害発生リスクが異なることを反映しているためです 。例えば、事務作業が中心のオフィスワークの事業と、高所作業や重機械の操作が伴う建設業とでは、労災保険率が大きく異なります。  

事業主は、自社の事業がどの業種に該当するかを「労災保険率表」で確認し、正しい保険料率を用いなければなりません 。この労災保険率表は、厚生労働省のウェブサイトなどで公開されており、年度によって改定されることがあるため、常に最新のものを参照する必要があります。誤った業種区分で低い保険料率を適用してしまうと、後日、差額の追徴やペナルティが発生する可能性があるため、正確な業種判断が極めて重要です。  

また、一部の事業では、過去の労働災害の発生状況に応じて保険料率が増減する「メリット制」が適用されることもあります。

雇用保険率
雇用保険率は、原則として毎年見直され、通常4月1日から新しい料率が適用されます 。雇用保険率は、一般の事業、農林水産・清酒製造の事業、建設の事業の3つの事業区分ごとに設定されています 。  

雇用保険料は、事業主負担分と労働者負担分に分かれており、それぞれに料率が定められています。労働者負担分は、毎月の給与から控除することになります。事業主は、自社の事業区分に応じた最新の雇用保険率(事業主負担率と労働者負担率の両方)を確認し、正確に計算・納付(および給与控除)する必要があります。例えば、令和7年度の雇用保険料率は、一般の事業で合計1.45%(事業主負担0.9%、労働者負担0.55%)といった形で公表されます(※料率は例示であり、実際の適用時は必ず最新のものを確認してください)。  

新しい保険料率の適用タイミングは、給与計算の締日によって異なるため注意が必要です。例えば、当月締め当月払いの場合は4月分の給与から新料率が適用されますが、末締め翌月払いの場合は、3月31日締めの4月払い給与までは旧料率、4月30日締めの5月払い給与から新料率が適用されることになります 。  

一般拠出金
労災保険料と併せて、「一般拠出金」も申告・納付する必要があります。これは、石綿(アスベスト)による健康被害者の救済費用などに充てられるもので、賃金総額に一定の率(例:0.02/1000)を乗じて計算されます 。  

これらの保険料率や拠出金率は、毎年のように改定される可能性があるため、年度更新の手続きを行う際には、必ず厚生労働省や都道府県労働局の発表する最新情報を確認することが、コンプライアンス上、不可欠です。

C. 納付方法、納付期限、延納制度の活用

算出された労働保険料は、定められた期限までに適切な方法で納付する必要があります。

納付方法
労働保険料の納付は、通常、概算保険料申告書や年度更新の申告書を提出した後に受け取る「納付書(領収済通知書)」を用いて行います。納付可能な場所は以下の通りです 。  

  • 所轄の都道府県労働局
  • 所轄の労働基準監督署
  • 日本銀行(本店、支店、代理店、歳入代理店)
    • 歳入代理店には、全国の銀行(都市銀行、地方銀行、信託銀行など)、信用金庫、郵便局(ゆうちょ銀行)が含まれます。

近年では、口座振替(自動引き落とし)による納付も広く利用されています。口座振替を利用すると、納付忘れを防ぎ、金融機関の窓口へ出向く手間を省くことができます。口座振替の振替日は、一括納付の場合や分割納付の各期で定められています(例:第1期分は9月上旬頃)。  

さらに、e-Govを通じた電子申請と連携した電子納付も可能となっており、事務の効率化に貢献しています 。  

納付書に記載された金額や印字済みの文字・数字は訂正できないため、万が一記入誤りがあった場合は、新しい納付書を使用して再作成する必要があります 。この点は特に注意が必要で、計算ミスや転記ミスがそのまま納付手続きの遅延に繋がる可能性があります。  

納付期限

  • 新規に保険関係が成立した場合: 保険関係が成立した日の翌日から起算して50日以内です(概算保険料申告書の提出期限と同じ)。  
  • 年度更新の場合: 原則として、毎年6月1日から7月10日までの間に申告・納付を行います 。  

延納制度(分割納付) 概算保険料額が一定額以上(原則として40万円以上。労災保険か雇用保険のどちらか一方のみ成立している場合は20万円以上)である場合、または労働保険事務組合に労働保険事務を委託している場合は、事業主の申請により、労働保険料を年3回に分けて納付(延納)することができます 。  

延納する場合の各期の納付期限は、通常以下の通りです 。  

  • 第1期: 7月10日(4月1日~7月31日分に相当)
  • 第2期: 10月31日(8月1日~11月30日分に相当)
  • 第3期: 翌年1月31日(12月1日~翌年3月31日分に相当)

延納制度は、一度に多額の保険料を納付することによる資金繰りの負担を軽減するための重要な仕組みです。特に中小企業にとっては、キャッシュフロー管理の観点から有効な選択肢となり得ます。延納を希望する場合は、概算保険料申告書または年度更新の申告書を提出する際に、所定の欄に分割回数を記入して申請します。

【特定業種向け】建設業における労働保険手続きの特例

建設業は、その事業の特性から、労働保険の取り扱いにおいて一般の事業とは異なる特例が設けられています。特に、労災保険の適用方法や事業主の責任範囲について理解を深めることが重要です。

A. 建設業における二元適用の詳細

建設業は、労働保険の適用において典型的な二元適用事業とされています 。これは、労災保険と雇用保険の保険関係の成立や保険料の申告・納付を別個に行うことを意味します。  

労災保険の取り扱い
建設業における労災保険は、工事現場ごと(有期事業)に保険関係が成立し、その工事現場で使用されるすべての労働者(元請負事業者の労働者だけでなく、下請負事業者の労働者も含む)を対象として適用されるのが原則です 。これを「現場労災」または「工事ごとの労災保険」と呼ぶことがあります。  

雇用保険の取り扱い
一方、雇用保険については、建設業であっても各事業主(企業単位)が自ら直接雇用する労働者について、一般の事業と同様に保険関係が成立し、手続きを行います。

この結果、建設業を営む企業は、以下のような形で労働保険を管理することが一般的です。

  • 本社や支店などの事務部門(継続事業):一元適用事業として、労災保険と雇用保険を一体的に処理(ただし、現場作業員とは別に、事務員のみを雇用している場合など)。
  • 各建設工事現場(有期事業):二元適用事業の労災保険として、工事ごとに労災保険関係を成立させ、保険料を申告・納付。
  • 雇用保険:企業全体として、雇用する労働者について雇用保険の手続きを行う。

このような複雑な構造のため、一つの建設会社が複数の労働保険番号(例えば、継続事業としての番号と、有期事業としての番号)を保有することや 、労災保険料の計算を工事現場ごとに行う必要が生じます。この工事ごとの労災保険料計算は、各現場の請負金額や賃金支払実績に基づいて行われるため、一般の事業に比べて経理処理や労務管理が煩雑になる傾向があります。  

B. 元請負事業者の包括的な責任

建設工事における労災保険では、元請負事業者(元請)が、その工事現場で働くすべての労働者(自社の労働者だけでなく、下請負事業者の労働者を含む)の労災保険加入について包括的な責任を負う「メリット制(一括有期事業)」という仕組みが採用されています。

元請負事業者の主な責任は以下の通りです 。  

  1. 保険関係成立届の提出: 工事開始後、速やかに(原則として工事開始の日から10日以内に)工事現場を管轄する労働基準監督署に「保険関係成立届(有期事業)」を提出します。
  2. 概算・確定保険料の申告・納付: その工事に使用される全労働者の賃金総額に基づいて労災保険料を計算し、申告・納付します。
  3. 労災保険関係成立票の掲示: 工事現場の見やすい場所に、労災保険関係が成立していることを示す「労災保険関係成立票」を掲示しなければなりません。

この制度により、複数の下請事業者が関与する複雑な建設現場においても、すべての労働者が労災保険によって保護されることが保証されます。下請事業者は、自ら労災保険の加入手続きを行う必要はありませんが(雇用保険は別途必要)、元請負事業者に対して、自社の労働者の賃金に関する情報などを適切に提供する協力義務が生じることがあります。

元請負事業者にとっては、下請負事業者の労働者も含めた現場全体の安全管理が一層重要になります。なぜなら、現場での労働災害の発生状況は、元請負事業者の労災保険料率(メリット制による増減)に影響を与える可能性があるからです。したがって、元請負事業者は、下請負事業者に対しても安全衛生管理の徹底を指導・監督するインセンティブが働くことになります。

C. 一人親方等の特別加入制度とその手続き

建設業では、事業主に雇用される労働者だけでなく、一人親方(個人で仕事を請け負う大工、左官、とび職人など)や、中小事業主(労働者を雇用しているが自身も現場作業に従事する事業主)など、労働者ではない立場で業務に従事する人々も多く存在します。これらの人々は、原則として労災保険の対象外ですが、業務の実態や危険性を考慮し、労災保険の保護を受けられるようにするための特別加入制度が設けられています 。  

一人親方の特別加入 一人親方が労災保険に特別加入するためには、通常、国から承認を受けた**「一人親方等の団体(特別加入団体)」**を通じて手続きを行います 。この団体が、一人親方に代わって労働保険に関する事務処理(申請、保険料納付など)を行います。  

手続きの主な流れは以下の通りです 。  

  1. 特別加入団体に加入を申し込みます。
  2. 「特別加入申請書(一人親方等)」などの必要書類を団体に提出します。
  3. 団体を通じて、所轄の労働基準監督署長を経由して労働局長に申請し、承認を受けます。
  4. 承認後、選択した「給付基礎日額」に基づいて計算された保険料を団体に納付します。給付基礎日額とは、労災保険給付の算定基礎となるもので、一定の範囲内(例:3,500円から25,000円)から選択できます 。給付基礎日額が高いほど保険料も高くなりますが、万が一の際の補償も手厚くなります。これは、一人親方自身のリスク許容度や経済状況に応じて決定すべき重要な選択です。  

中小事業主の特別加入 労働者を雇用している中小事業主(法人であれば代表者以外の役員、個人事業主であれば事業主本人や家族従事者)で、自身も労働者と同様の業務に従事する場合も、一定の要件を満たせば特別加入できます 。主な要件は以下の通りです 。  

  • 雇用する労働者について、労災保険の保険関係が成立していること。
  • 労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること。

これらの特別加入制度は、危険性の高い建設現場で働く一人親方や中小事業主にとって、万が一の事故に備えるための重要なセーフティネットです。労働保険事務組合や特別加入団体は、これらの人々が複雑な手続きを経ずに労災保険の保護を受けられるようにするための、実務的な支援機関としての役割を担っています。

V. 効率化とコンプライアンス:電子申請とその他の重要事項

労働保険の手続きは多岐にわたり、正確性と迅速性が求められます。近年では、これらの手続きを効率化し、コンプライアンスを確保するための手段として、電子申請の活用が進んでいます。また、従業員の入退社に伴う手続きや、年に一度の年度更新など、日常的に発生する重要事項についても理解を深めておく必要があります。

A. e-Govを利用した労働保険手続きの電子申請メリットと手順

従来、書面で行われていた労働保険に関する多くの手続きは、政府が運営する電子申請システム「e-Gov(イーガブ)」を利用して、オンラインで行うことが可能になっています 。  

電子申請のメリット  

  • 24時間365日申請可能: 行政機関の窓口が開いている時間に縛られることなく、自宅やオフィスからいつでも手続きができます。
  • 移動時間・コストの削減: 窓口へ出向く必要がないため、交通費や移動にかかる時間を削減できます。
  • 事務処理の効率化: 書類の作成や郵送の手間が省け、申請プロセス全体が迅速化されます。一部のシステムでは入力チェック機能があり、記入ミスを減らす効果も期待できます。
  • ペーパーレス化: 紙の書類が不要になるため、保管スペースの削減や環境負荷の低減にも繋がります。
  • 義務化の動き: 資本金1億円超の法人など、特定の法人においては、一部の労働保険手続き(例:年度更新)について電子申請が義務化されています 。  

電子申請の準備
電子申請を行うためには、事前に以下の準備が必要です。  

  1. 電子証明書の取得:
    • 個人の場合: マイナンバーカードに搭載されている公的個人認証サービスの電子証明書が利用できます。
    • 法人の場合: 商業登記に基づく電子証明書など、法人向けの電子証明書が必要です。
  2. e-Govアカウントの作成: e-Govポータルサイトでアカウントを登録します。「GビズID」など、他の政府系サービスと連携したアカウントも利用可能な場合があります。
  3. パソコン環境の設定: e-Gov電子申請アプリケーションのインストールや、ブラウザの信頼済みサイト登録など、利用する手続きに応じたパソコン環境の設定が必要になることがあります。

電子申請の手順(労働保険年度更新の例)  

  1. 賃金集計表など、申告に必要な情報を準備します。
  2. e-Govにログインし、「手続検索」から「労働保険年度更新申告」などの該当手続きを選択します。
  3. 画面の指示に従い、労働保険番号、事業所情報、賃金総額などの必要事項を入力します。
  4. 電子証明書を添付し、申請データを送信します。
  5. 必要に応じて、電子納付システムを利用して保険料を納付します。

労働保険の適用・徴収関係では42項目、雇用保険関係では29項目の手続きが電子申請に対応しており 、新規加入手続きから日常の各種届出、年度更新まで幅広くカバーされています。  

電子申請は、初期設定や操作に慣れが必要な側面もありますが 、一度導入すれば、その利便性は非常に高いと言えます。特に、手続きの頻度が高い企業や、複数の事業所を管理する企業にとっては、業務効率の大幅な向上が期待できます。また、電子申請への移行は、社内の給与データや人事情報のデジタル化を促進し、結果として内部管理体制の強化にも繋がる可能性があります。  

B. 従業員の入退社に伴う雇用保険手続き

従業員の入社および退社時には、雇用保険に関する手続きが必ず発生します。これらの手続きを適切に行うことは、従業員が正当な権利を享受するために不可欠であり、事業主の法的義務でもあります。

従業員入社時の手続き
雇用保険の加入条件を満たす従業員を新たに雇用した場合、事業主は「雇用保険被保険者資格取得届」を、その従業員を雇用した日(資格取得日)の属する月の翌月10日までに、管轄のハローワークに提出しなければなりません 。  

この届出が受理されると、ハローワークから以下の書類が交付されます 。  

  • 雇用保険被保険者証: 被保険者本人に交付されるもので、雇用保険に加入していることを証明する大切な書類です。転職時や失業給付の申請時などに必要となります。原則として従業員本人に速やかに渡されますが、退職時まで事業主が保管するケースも少なくありません 。  
  • 雇用保険被保険者資格取得等確認通知書(事業主通知用・被保険者通知用): 事業主および被保険者それぞれに、資格取得が確認されたことを通知する書類です。

従業員退社時の手続き 従業員が退職した場合、事業主は従業員が被保険者でなくなった日(離職日の翌日)の翌日から起算して10日以内に、以下の書類を管轄のハローワークに提出する必要があります 。  

  1. 雇用保険被保険者資格喪失届
  2. 雇用保険被保険者離職証明書(離職票)(従業員が離職票の交付を希望する場合)

「雇用保険被保険者離職証明書」は、退職する従業員が失業給付(基本手当)を受給するために必要な「離職票(離職票-1、離職票-2)」の元となる書類です。この証明書には離職理由などを記載し、原則として離職前に従業員本人に内容を確認してもらい、署名または記名押印を得た上で提出します 。  

ハローワークはこれらの書類を受理・審査した後、「離職票-1」と「離職票-2」を事業主に交付します。事業主は、これを速やかに退職した従業員に送付しなければなりません。一般的に、従業員が退職してから離職票を受け取るまでには、10日から2週間程度かかるとされています 。  

従業員が短期間で退職した場合でも、雇用保険の加入手続きを行っていたのであれば、同様に資格喪失の手続きが必要です 。  

事業主によるこれらの退職時手続きの遅延や不備は、退職した従業員が失業給付を速やかに受給できなくなるなど、直接的な不利益に繋がります。これは元従業員の生活設計に影響を与えるだけでなく、企業と元従業員との間でトラブルを引き起こす原因ともなり得るため、迅速かつ正確な対応が求められます。また、「雇用保険被保険者証」は、従業員が次の職場で雇用保険に加入する際にも必要となるため、退職時には必ず本人に返却(または交付)することが重要です。この書類の適切な管理と引き渡しは、円滑な転職支援という観点からも事業主の責任と言えるでしょう。

C. 年度更新の手続き概要

労働保険に加入している事業主は、年に一度、「年度更新」の手続きを行う必要があります。これは、前年度の保険料を確定させ、新年度の概算保険料を申告・納付するための一連の手続きです 。  

年度更新の期間 年度更新の申告・納付期間は、原則として毎年6月1日から7月10日までです 。  

年度更新で行うこと

  1. 前年度の確定保険料の算定と精算: 前年度(4月1日から3月31日まで)に実際に支払った賃金総額に基づいて確定保険料を計算します。そして、前年度に納付した概算保険料との差額を精算します。
    • 確定保険料が概算保険料より多ければ、不足分を追納します。
    • 確定保険料が概算保険料より少なければ、差額が還付されるか、新年度の概算保険料に充当されます。
  2. 新年度の概算保険料の算定と申告・納付: 新年度(申告を行う年の4月1日から翌年3月31日まで)に支払う見込みの賃金総額に基づいて概算保険料を計算し、申告・納付します 。  

これらの計算結果を「労働保険概算・確定保険料申告書(年度更新申告書)」に記入し、管轄の労働局や労働基準監督署、または金融機関や郵便局を通じて提出・納付します。電子申請(e-Gov)による手続きも広く利用されています 。  

年度更新は、労働保険料を正しく納付するための重要な手続きであると同時に、企業にとっては前年度の人件費実績を振り返り、新年度の事業計画に基づく人件費予測を行う機会でもあります。このプロセスを通じて、賃金台帳の整備状況や従業員の雇用保険加入状況などを再確認することで、日常の労務管理における潜在的な問題点を発見し、是正するきっかけともなり得ます。7月10日という納付期限は、企業にとって一定のキャッシュアウトを伴うため、年間を通じた資金計画の中に適切に組み込んでおく必要があります。

D. 申告内容の誤り訂正と変更手続き

労働保険に関する申告書を提出した後で、内容に誤りを発見した場合や、事業所の名称・所在地などに変更があった場合は、速やかに訂正または変更の手続きを行う必要があります。

申告内容の誤りの訂正

  • 提出前の軽微な訂正: 紙の申告書で、提出前に誤記に気づいた場合、訂正箇所を二重線で消し、正しい内容を記入した上で訂正印を押すことで修正が認められることがあります 。ただし、納付書の金額欄など、訂正が一切認められない箇所もあるため注意が必要です 。金額を訂正する必要がある場合は、新しい納付書を使用しなければなりません。  
  • 提出後の訂正(年度更新など): 年度更新申告書などを提出した後に誤りが判明した場合は、「労働保険訂正申告理由書」を添えて、正しい内容で再度申告(訂正申告)を行う必要があります 。訂正内容によっては、追加の保険料納付や還付の手続きが発生します。  

事業内容の変更手続き
事業所の名称、所在地、事業の種類、事業主の氏名・住所などに変更があった場合は、変更の事実があった日の翌日から10日以内に、それぞれ以下の届出書を提出する必要があります 。  

  • 労災保険関係: 「労働保険名称、所在地等変更届」を所轄の労働基準監督署へ。
  • 雇用保険関係: 「雇用保険事業主事業所各種変更届」を所轄のハローワークへ。

これらの訂正や変更の手続きを怠ると、行政からの重要な通知が届かなくなったり、保険料の督促や延滞金が発生したりする原因となる可能性があります。特に、事業所の所在地変更などは、郵便物の不達を引き起こし、結果として他の重要な手続きの遅延に繋がることも考えられます。そのため、誤りや変更に気づいた際は、速やかに正しい手続きを行うことが、無用なトラブルを避けるために不可欠です。訂正手続きは追加の事務負担を伴うため、最初の申告時から正確な内容で提出できるよう、慎重な確認作業が求められます。

労働保険に関するよくある質問

Q1: 労働保険の加入手続きの期限を過ぎてしまった場合はどうなりますか?

A1: 期限を過ぎてしまった場合でも、速やかに手続きを行う必要があります。遅延した期間に応じて、遡って保険料が徴収されるほか、追徴金が課されることがあります 。また、万が一その間に労働災害が発生した場合、事業主が給付費用の一部または全部を負担しなければならないリスクもあります 。悪質な場合は罰則の対象となることもありますので、気づき次第、直ちに管轄の行政機関に相談し、指示に従ってください。  

Q2: パートタイマーやアルバイトは、どのような場合に雇用保険に加入させる必要がありますか?

A2: 1週間の所定労働時間が20時間以上であり、かつ31日以上の雇用見込みがある場合は、パートタイマーやアルバイトであっても雇用保険の被保険者となります 。これらの条件を満たした時点から加入手続きが必要です。

Q3: 従業員が1人しかいない個人事業主ですが、労働保険に加入する必要はありますか?

A3: はい、従業員を1人でも雇用していれば、原則として労働保険(労災保険および雇用保険の加入条件を満たす場合は雇用保険)に加入する義務があります。事業の規模や法人・個人事業主の別は問いません。

Q4: 建設業の一人親方です。労災保険に加入するにはどうすればよいですか?

A4: 建設業の一人親方の方は、労災保険の「特別加入制度」を利用できます。通常、一人親方等の団体(特別加入団体)を通じて申請手続きを行います 。お近くの特別加入団体や労働基準監督署にご相談ください。

Q5: 提出した申告書の内容に誤りを見つけました。どうすれば訂正できますか?

A5: 提出後の申告内容の訂正は可能です。年度更新申告書などの場合、「労働保険訂正申告理由書」を添えて訂正申告を行います 。具体的な手続きは、管轄の労働局や労働基準監督署にお問い合わせください。納付書の金額は訂正できないため、新しい納付書で対応する必要があります 。

Q6: 会社の労働保険番号が分からなくなってしまいました。どこで確認できますか?

A6: 労働保険番号は、過去に提出した「労働保険概算・確定保険料申告書」の控えや、「保険関係成立届」の控えに記載されています。これらの書類が見当たらない場合は、管轄の労働基準監督署、ハローワーク、または都道府県労働局に問い合わせることで確認できます 。労働保険事務組合に事務を委託している場合は、そちらでも確認可能です。

まとめ:成功の秘訣

労働保険の手続きは、その複雑さから多くの事業主や人事担当者を悩ませるものです。しかし、適切な知識と準備、そして必要に応じた専門家の活用によって、スムーズかつ確実に進めることが可能です

専門家への依頼には費用が発生しますが、手続きの誤りによる追徴金や罰則、あるいは労務トラブルが発生した場合の損失などを考慮すれば、結果的にコスト削減に繋がるケースも少なくありません。これは単なるアウトソーシングではなく、企業の健全な発展とリスク管理のための戦略的な投資と捉えることができます。

社会保険労務士は、労働保険手続きの代行に留まらず、就業規則の作成・変更、人事評価制度の構築、労使紛争の予防・解決など、企業の人事労務戦略全般における頼れるパートナーとなり得ます。労働保険制度を適切に運用し、従業員が安心して働ける環境を整備することは、企業の持続的な成長にとって不可欠な要素です。本稿が、その一助となれば幸いです。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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