初めて従業員を雇うときの雇用準備マニュアル【社労士解説】

従業員を初めて雇用する際には、大きな期待と同時に多くの疑問や不安がつきものです。「何から手をつければ良いのだろう?」「法律違反にならないためにはどうすれば?」「必要な書類は一体何?」など、悩まれる経営者様や人事ご担当者様は少なくありません。適切な準備を怠ると、後々大きなトラブルに発展する可能性も否定できません。本記事では、人事労務の専門家である社労士が、従業員を初めて雇用する際に必要な準備、手続きの流れ、そして特に注意すべきポイントを網羅的に、かつ分かりやすく解説します。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ) が、貴社のスムーズな雇用準備と健全な企業運営を力強くサポートします。

目次

なぜ従業員を雇う前の「準備」が重要なのか?

従業員を雇用するということは、事業の成長にとって大きな一歩です。しかし、その一歩を確実なものにするためには、実際に人を雇い入れる前の「準備」が極めて重要になります。単に手続きをこなすというだけでなく、この準備段階での取り組みが、将来の企業の安定と成長、そして良好な労使関係の礎となるのです。多くの経営者様は日々の業務に追われ、採用実務に十分な時間を割けないかもしれませんが、ここでの一手間が、後々の大きな違いを生むことをご理解いただくことが肝要です。

雇用におけるリスク

従業員を雇用することは、事業拡大のチャンスであると同時に、企業にとって新たなリスクを抱えることでもあります。例えば、長時間労働の問題、職場におけるハラスメント、未払い残業代請求、労働災害の発生、不当解雇をめぐる紛争、さらには個人情報を含む情報漏洩など、その種類は多岐にわたります 。これらのリスクを事前に認識し、適切な対策を講じるための「準備」が不可欠です。準備を怠れば、法的なトラブルに発展するだけでなく、企業の評判や従業員の士気にも悪影響を及ぼしかねません 。  

知らなかったでは済まされない法的責任

労働基準法をはじめとする労働関連法規は、労働者を保護するために定められており、使用者である経営者にはこれらの法律を遵守する法的責任があります。これらの法律の存在や内容を「知らなかった」では済まされません。

例えば、労働基準法に違反した場合、その内容に応じて罰則が科せられます。強制労働をさせた場合は「1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金」、法律で許されない中間搾取を行った場合は「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」が科される可能性があります 。また、解雇予告義務違反(30日前の予告なしの解雇や解雇予告手当の不払い)や、残業代などの割増賃金の未払いに対しても、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という厳しい罰則が定められています 。  

労働基準監督署は、法律違反の疑いがある事業所に対して調査を行う権限を持っており、違反が認められれば是正勧告が出されます 。この是正勧告は行政指導ですが、これに従わず違反状態を放置すれば、最悪の場合、書類送検され刑事罰に至る可能性もゼロではありません 。  

これらの法的なリスクを回避するためには、雇用前の準備段階で、関連法規を正しく理解し、遵守するための体制を整えることが不可欠です。一見、手間やコストがかかるように思えるかもしれませんが、法違反による罰金や、訴訟に発展した場合の賠償金、弁護士費用などを考慮すれば、事前の準備こそが最大のコスト削減策と言えるでしょう。

労務トラブルが経営に与える影響

労務トラブルは、企業経営に多岐にわたる深刻な影響を及ぼします。金銭的な負担はもちろんのこと、企業の社会的信用やブランドイメージの失墜、従業員のモチベーション低下、それに伴う生産性の悪化、さらには将来の採用活動への悪影響など、そのダメージは計り知れません 。  

具体的なトラブル事例としては、未払い残業代をめぐる訴訟、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントによる従業員の精神的苦痛とそれに対する損害賠償請求、不当解雇を主張されての労働審判や訴訟などが挙げられます 。これらのトラブルが発生すると、解決までに多くの時間と費用を要するだけでなく、経営者や担当者の精神的な負担も大きくなります。  

特に現代は情報化社会であり、インターネットやSNSを通じて企業内部の問題が瞬く間に外部に広がる可能性があります 。一度、労務管理に問題のある企業というレッテルが貼られてしまうと、顧客離れや取引停止、優秀な人材の獲得困難など、事業運営そのものに支障をきたす事態になりかねません。社内で起きた労務問題が、巡り巡って企業の成長機会を奪うことにも繋がるのです。このような事態を避けるためにも、雇用前の準備段階で、労務トラブルの火種となり得る要素を一つひとつ丁寧に取り除いていくことが求められます。  

準備準備を行うメリット

従業員を雇用する前の準備を徹底することは、単にリスクを回避するだけでなく、企業にとって多くの積極的なメリットをもたらします。これらのメリットは、短期的な成果に留まらず、中長期的な企業の成長と発展に不可欠な要素となります。

スムーズな受け入れと早期戦力化

新しい従業員を迎え入れるにあたり、入社手続きや労働環境が事前にしっかりと整備されていれば、従業員は入社初日から安心して業務をスタートできます 。例えば、業務に必要なデスクやPC、業務用アカウント、名刺などが事前に準備されていれば、新入社員は余計なストレスを感じることなく、本来の業務に集中しやすくなります 。  

このようにスムーズな受け入れ体制が整っていると、新入社員が職場や業務に慣れるまでの時間が短縮され、早期に能力を発揮してくれることが期待できます。これは、企業にとって教育・研修コストの削減に繋がるだけでなく、新入社員自身の仕事への意欲低下を防ぎ、結果として早期離職のリスクを低減させる効果も見込めます 。特に初めての従業員の場合、その従業員がいかに早く戦力となり、会社に貢献してくれるかは、経営者にとって大きな関心事でしょう。そのための環境づくりこそが、雇用準備の重要な目的の一つです。  

良好な労使関係の土台作り

従業員を初めて雇用する際の対応は、その後の会社と従業員との関係性を方向づける極めて重要なものです。最初の雇用契約の締結や労働条件の明示が、明確かつ公正に行われることで、従業員は会社に対して信頼感を抱き、良好な労使関係の基礎を築くことができます。

就業規則や労働条件通知書といった書面がきちんと整備され、従業員に分かりやすく説明されることは、従業員にとって「この会社は法律を守り、自分たちを大切にしてくれる」という安心感に繋がります。このような安心感は、従業員の会社への帰属意識やエンゲージメントを高め、長期的な活躍を促す原動力となります。逆に、最初の段階で曖昧な説明をしたり、必要な書類が整っていなかったりすると、従業員は不安や不信感を抱き、それが後々の「こんなはずではなかった」というミスマッチや、些細な誤解から労務トラブルへと発展する原因にもなりかねません。

特に中小企業においては、経営者と従業員の距離が近いため、最初の信頼関係の構築が、その後の社風や企業文化にも大きな影響を与えます。しっかりとした準備を通じて、誠実な姿勢を示すことが、将来にわたる無用な労務トラブルを未然に防ぐ最も効果的な対策と言えるでしょう。

【STEP1】従業員を雇う前に必ず決めておくべきこと

従業員を実際に募集し、採用活動を開始する前に、経営者として明確に定めておくべき重要な事項がいくつかあります。これらの事項を事前にしっかりと検討し、決定しておくことが、採用のミスマッチを防ぎ、入社後の従業員の定着と活躍、さらには企業の成長にとって不可欠な土台となります。

募集・採用計画の策定

行き当たりばったりの採用活動は、時間とコストの無駄遣いになるだけでなく、本当に必要な人材を獲得できないリスクを高めます。特に初めて従業員を雇用する場合は、まず戦略的な募集・採用計画を策定することが成功の鍵となります。

求める人物像の明確化

どのような人材が必要なのかを具体的に定義することは、採用活動の出発点です。この「求める人物像」が曖昧なままでは、効果的な求人情報の作成も、的確な選考も難しくなります。

求める人物像を明確化するステップ

  1. 企業の経営理念・事業計画との整合性確認: まず、自社の経営理念や将来の事業計画を再確認し、それらを実現するためにどのような役割を担い、どのような貢献をしてくれる人材が必要なのかを明確にします 。例えば、新規事業の立ち上げを計画しているなら、主体性やチャレンジ精神旺盛な人材が求められるかもしれません。  
  2. 現場のニーズヒアリング: 次に、実際に従業員が配属される予定の部署(もしあれば)の責任者や、将来的に同僚となる可能性のある既存社員(もし創業メンバーなどがいれば)から、具体的な業務内容、その業務を遂行するために必要な能力、そしてどのような人物であればチームにスムーズに溶け込み、協力して成果を上げていけそうか、といった現場の意見を丁寧にヒアリングします 。  
  3. 必要なスキル・経験の洗い出し: 上記を踏まえ、募集するポジションの業務を遂行する上で不可欠なスキル(専門知識、技術、保有資格など)や、望ましい経験年数などを具体的にリストアップします 。ただし、初めての雇用の場合は、あまりに多くのスキルや高い経験値を求めすぎると、採用のハードルが上がりすぎる可能性もあるため、本当に「不可欠なもの」と「あれば望ましいもの」を分けて考えることが重要です。  
  4. 価値観・性格・志向性の定義: スキルや経験だけでなく、自社の企業文化や大切にしている価値観に共感し、チームの一員として協力して成果を出していける人物像を明確にすることも非常に重要です 。例えば、協調性、主体性、誠実さ、学習意欲、変化への対応力など、自社が重視する特性を具体的に言葉にします。特に中小企業では、最初の従業員がその後の企業文化形成に大きな影響を与えるため、「スキルフィット」と同等以上に「カルチャーフィット」を重視する必要があります。価値観の不一致は、後々の人間関係の悪化や早期離職に繋がりやすいためです。  
  5. ペルソナ設定: 収集・整理した情報を基に、採用したい具体的な人物像(ペルソナ)を詳細に描き出します 。年齢層、最終学歴、これまでの職務経歴、保有スキル、性格的特徴、仕事に対する価値観、現在の悩みや転職理由、新しい会社に求めることなどを、あたかも実在する一人の人物のように具体的にイメージすることで、採用ターゲットがより鮮明になります。  

これらのステップを通じて「求める人物像」を明確にすることで、その後の求人広告の作成や面接での質問内容、選考基準の設定などが一貫性を持ち、より効果的な採用活動を展開できるようになります。

採用人数とスケジュールの設定

求める人物像が明確になったら、次に具体的な採用人数と採用活動のスケジュールを設定します。

  • 採用人数:
    • まず、本当にその人数が必要なのかを慎重に検討します。現在の業務量、将来的な事業拡大の見込み、そして採用に伴うコスト(給与、社会保険料の会社負担分、募集広告費、教育研修費など)を総合的に考慮する必要があります 。  
    • 初めて従業員を雇用する場合、多くの中小企業ではまず1名からというケースが一般的です。その1名が無事に定着し、期待通りに活躍してくれることで、初めて次の採用への具体的なイメージや課題が見えてくるものです。焦らず、着実に組織を拡大していく視点が大切です。
    • 将来的に複数の従業員を雇用する計画がある場合は、その際の理想的な人員構成(例:年齢バランス、スキルバランスなど)も念頭に置きつつ、今回の採用人数を決定すると良いでしょう 。  
  • 採用スケジュール:
    • 募集を開始してから実際に入社してもらうまでには、様々なステップがあり、それぞれに一定の期間が必要です。現実的なスケジュールを立てることが、スムーズな採用活動に繋がります 。  
    • 一般的な採用スケジュールの例としては、以下のようなものが考えられます。
      1. 求人媒体への掲載・募集開始:1~2週間
      2. 応募受付・書類選考:1週間程度
      3. 一次面接:1~2週間(応募者数により変動)
      4. 二次面接(または最終面接):1週間程度
      5. 内定通知・労働条件の確認・入社意思確認:1週間程度
      6. 入社準備(退職交渉期間などを含む):2~4週間程度 これらを合計すると、トータルで1.5ヶ月~3ヶ月程度を見込むのが一般的です。
    • 特に中小企業の場合、大企業ほど採用に多くの人員を割けないため、選考プロセスが長引いてしまうと、その間に優秀な候補者が他の企業に流れてしまうリスクがあります 。そのため、各ステップの期間を明確にし、迅速かつ丁寧な対応を心がけることが重要です。  
    • 初めての採用活動では、経営者自身が求人広告の作成から面接、条件交渉まで多くの役割を担うことになります。これらの作業には予想以上に時間がかかることも考慮し、本業への支障が出ないよう、余裕を持ったスケジュールを組むことが賢明です。この「見えざる時間コスト」を認識しておくことは、必要に応じて専門家のサポートを検討する際の一つの判断材料にもなるでしょう。

労働条件の検討と決定

採用する従業員に対してどのような労働条件を提示するかは、採用活動の根幹をなす非常に重要な事項です。ここで決定された内容は、後に入社する従業員に交付する「労働条件通知書」の基礎となり、労使双方の合意を明確にする証となります 。曖昧な点を残さず、具体的かつ公正な条件を設定することが、後のトラブルを未然に防ぐために不可欠です。  

賃金(給与・手当・賞与)の設定

賃金は従業員の生活を支える基盤であり、モチベーションにも大きく影響します。法的基準を遵守しつつ、企業の支払い能力や方針に合った設定が求められます。

  • 基本給:
    • 決定方法: 基本給の決定にあたっては、従業員の年齢、勤続年数(将来的な視点)、職務遂行能力、担当する職務・役割の重要度、期待される成果などを総合的に考慮します 。中小企業においては、経営者がどのような賃金ポリシーを持つか(例えば、安定性を重視した年功序列的な要素を取り入れるか、成果をダイレクトに反映する実力主義的な要素を重視するかなど)が、基本給の設計に大きく影響します 。  
    • 水準: 設定する基本給の水準は、まず最低賃金法を必ず遵守していることが大前提です。その上で、自社の所在地における同業種・同規模企業の給与水準(厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」などが参考になります)や、募集する職種の市場価値などを考慮して決定します 。あまりに低い水準では優秀な人材の獲得が難しくなります。  
    • 等級制度: 将来的に従業員数が増えることを見越して、役職や職務内容に応じた等級制度を設け、各等級に対応する基本給の範囲(上限額と下限額、いわゆる賃金レンジ)を設定することも有効な手段です 。これにより、昇進・昇格に伴う給与アップの道筋が明確になります。  
  • 諸手当:
    • 種類: 基本給とは別に支給される手当には様々な種類があります。法律で支払いが義務付けられているもの(時間外労働手当、深夜労働手当、休日労働手当など)のほか、企業が任意で設定できるものとして、通勤手当、役職手当、住宅手当、家族手当、資格手当などがあります 。企業の状況や従業員のニーズに応じて、どのような手当を設けるか検討します。  
    • 法的留意点: 特に注意が必要なのは、割増賃金(時間外・休日・深夜労働手当)の算定基礎に含めるべき手当と、一定の条件を満たせば除外できる手当がある点です。例えば、家族手当、通勤手当、住宅手当などは、その支給実態が労働と直接的な関係が薄く、個人的事情に基づいて支給されるものと認められる場合に限り、算定基礎から除外できます 。この判断を誤ると、未払い残業代の問題が生じる可能性があるため、正確な理解が不可欠です。  
  • 賞与(ボーナス):
    • 賞与を支給するかどうか、支給する場合にはその基準(例えば、会社の業績に連動させるのか、個人の評価を反映させるのか、基本給の何か月分とするのかなど)、計算方法、支給時期(年1回、年2回など)を明確に定めます 。中小企業においては、まず「賞与の原資をどのように確保するか」という経営的な判断が先行することが多いでしょう。賞与は法律で義務付けられているものではありませんが、従業員のモチベーション向上や人材確保の観点から、多くの企業で導入されています。  

賃金体系は、単に「いくら支払うか」という問題だけでなく、企業が従業員に何を期待し、どのように報いるかというメッセージでもあります。透明性が高く、公正で、従業員が納得感を持てるような賃金設定を心がけることが、長期的な人材の定着と企業の成長に繋がります。

労働時間・休憩・休日の設定

従業員の健康を守り、生産性を維持するためには、労働時間、休憩、休日を適切に設定し、法律を遵守することが不可欠です。

  • 労働時間:
    • 法定労働時間: 労働基準法により、労働時間は原則として1日8時間、1週40時間以内と定められています 。これを超える労働は時間外労働(残業)となり、割増賃金の支払いが必要になります。  
    • 始業・終業時刻: 従業員がいつからいつまで働くのか、始業時刻と終業時刻を明確に定めます。
    • 柔軟な労働時間制度: 業種や職種によっては、変形労働時間制(例:1ヶ月単位、1年単位)やフレックスタイム制といった、より柔軟な労働時間制度の導入も検討できます。これらの制度は、業務の繁閑に合わせて労働時間を調整したり、従業員のワークライフバランスを向上させたりするメリットがありますが、導入には就業規則への規定や労使協定の締結、労働基準監督署への届出など、厳格な手続きが必要です 。初めて従業員を雇用する場合は、まずは基本的な固定時間制からスタートし、将来的に必要性が出てきた段階でこれらの制度の導入を検討するのが現実的かもしれません。  
  • 休憩時間:
    • 労働基準法により、労働時間が6時間を超える場合は少なくとも45分8時間を超える場合は少なくとも1時間の休憩時間を、労働時間の途中に与えなければなりません 。この休憩時間は、従業員が労働から完全に解放され、自由に利用できるものでなければなりません。  
  • 休日:
    • 法定休日: 法律で定められた休日として、使用者は労働者に対して毎週少なくとも1日、または4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません。
    • 所定休日: 法定休日に加えて、企業が任意で定める休日です。一般的には、土曜日、日曜日、国民の祝日、夏季休暇、年末年始休暇などを所定休日として設定する企業が多いです。

これらの労働時間、休憩、休日に関するルールは、労働条件通知書や就業規則に明確に記載する必要があります。

表1: 労働時間制度の比較(例:固定時間制 vs フレックスタイム制の概要)

制度名特徴メリットデメリット主な導入要件
固定時間制毎日同じ始業・終業時刻で勤務する最も一般的な制度。勤務管理が容易。生活リズムが安定しやすい。業務の繁閑に対応しにくい。個人の事情に合わせた柔軟な働き方が難しい。就業規則等への始業・終業時刻の明記。
フレックスタイム制一定期間(清算期間)の総労働時間を定めた上で、日々の始業・終業時刻を従業員の裁量に委ねる制度。従業員の自主性が尊重され、ワークライフバランスが向上しやすい。通勤ラッシュを避けられる。自己管理能力が求められる。チーム内のコミュニケーションに工夫が必要。勤怠管理が複雑化しやすい。就業規則への規定。労使協定の締結(定めるべき事項あり)。清算期間が1ヶ月を超える場合は労基署への届出。

この表は代表的な制度の概要を示すものであり、導入にあたっては専門家にご相談ください。

就業場所と業務内容の明確化

従業員がどこで、どのような仕事をするのかを明確に伝えることは、基本的な労働条件の一つです。

  • 就業場所: 実際に従業員が勤務する場所を具体的に記載します。例えば、「本社(東京都千代田区丸の内X-X-X)」のように、住所まで明記することが望ましいです 。複数の事業所がある場合や、在宅勤務を認める場合は、その旨も記載します。  
  • 業務内容: 従業員に担当してもらう具体的な業務内容を記載します。「営業業務全般」「経理業務補助」など、できるだけ具体的に記述することで、入社後の「こんなはずではなかった」というミスマッチを防ぎます 。  
  • 変更の範囲: 将来的に就業場所や業務内容が変更される可能性がある場合は、その範囲についても示しておくことが、2024年4月の法改正により求められています(労働条件通知書への明示義務)。例えば、「就業場所:本社及び会社の指定する国内外の事業所」「業務内容:経理業務及び会社の指示する関連業務」といった記載が考えられます。

これらの情報は、従業員が自身の働く環境や役割を正しく理解するために非常に重要です。

試用期間の有無と条件

多くの企業では、本採用の前に従業員の適性や能力を見極めるために試用期間を設けています。試用期間を設ける場合は、その条件を明確に定めておく必要があります。

  • 試用期間の有無と期間: まず、試用期間を設けるかどうかを決定します。設ける場合、その期間は法的に上限があるわけではありませんが、一般的には1ヶ月から6ヶ月程度とする企業が多いようです 。あまりに長すぎる試用期間は、公序良俗に反し無効とされる可能性もあります。  
  • 試用期間中の労働条件:
    • 給与: 試用期間中の給与を本採用後の給与よりも低く設定すること自体は可能です 。ただし、その場合は必ず雇用契約書や労働条件通知書にその旨を明記し、従業員の同意を得る必要があります。また、試用期間中の給与であっても、最低賃金を下回ることは原則としてできません 。  
    • 社会保険・労働保険: 加入要件を満たせば、試用期間中であっても社会保険(健康保険・厚生年金保険)や労働保険(労災保険・雇用保険)に加入させる義務があります。
    • 残業代: 試用期間中の従業員であっても、法定労働時間を超えて労働させた場合には、割増賃金(残業代)を支払う必要があります 。  
  • 試用期間満了時の本採用拒否(解雇): 試用期間は「解約権留保付労働契約」と解されており、試用期間中に従業員の適性が著しく欠けていると判断された場合などには、本採用を拒否(解雇)することができます。しかし、この解雇は本採用後の解雇よりも解雇理由の範囲が広く認められる傾向にあるものの、無制限に認められるわけではありません。「客観的に合理的な理由」があり、「社会通念上相当である」と認められる場合に限られます 。単に「期待していた能力と違った」という主観的な理由だけでは不当解雇となるリスクがあります。  
  • 解雇予告: 試用期間開始から14日を超えて雇用している従業員を試用期間中または試用期間満了時に解雇する場合には、原則として30日以上前に解雇予告をするか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります 。  

試用期間に関する取り扱いは、労使間のトラブルが生じやすいポイントの一つです。そのため、試用期間の有無、期間、その間の労働条件、本採用の基準などを、事前に書面で明確に定めておくことが極めて重要です。

年次有給休暇のルール

年次有給休暇(有給)は、労働基準法で定められた労働者の権利であり、企業規模にかかわらず、一定の要件を満たした全ての従業員に付与しなければなりません 。  

  • 付与条件:
    1. 雇入れの日から起算して6ヶ月間継続勤務していること。
    2. その6ヶ月間の全労働日の8割以上出勤していること。 この2つの条件を満たした従業員に対して、有給休暇を付与する義務が生じます 。  
  • 付与日数:
    • フルタイム労働者(週の所定労働時間が30時間以上、または週の所定労働日数が5日以上の労働者など): 上記の付与条件を満たした場合、最初の6ヶ月で10労働日の有給休暇が付与されます。その後は、継続勤務年数1年ごとに付与日数が増加し、勤続6年6ヶ月以上で最大20労働日が付与されます 。  
    • パートタイム労働者など所定労働日数が少ない労働者: 週の所定労働日数や1年間の所定労働日数に応じて、フルタイム労働者の日数に比例した日数の有給休暇が付与されます(比例付与)。例えば、週3日のパートタイム労働者の場合、6ヶ月継続勤務・8割以上出勤で5日の有給休暇が付与されます。  
  • 取得義務(年5日の時季指定): 2019年4月の法改正により、年次有給休暇が10日以上付与される労働者に対しては、そのうち年5日については、使用者が労働者の意見を聴取した上で、時季を指定して取得させることが義務付けられました 。これは、有給休暇の取得促進を目的としたものです。  
  • 繰越: 年次有給休暇の請求権の時効は2年です 。したがって、その年度に取得しきれなかった有給休暇は、翌年度に限り繰り越すことができます。  

年次有給休暇のルールは複雑な部分もありますが、法律で定められた重要な権利ですので、正しく理解し、適切に運用することが求められます。

表2: 年次有給休暇付与日数表(フルタイム・パートタイム)

A) 通常の労働者(週所定労働日数5日以上 または 週所定労働時間30時間以上)

継続勤務年数付与日数
6ヶ月10日
1年6ヶ月11日
2年6ヶ月12日
3年6ヶ月14日
4年6ヶ月16日
5年6ヶ月18日
6年6ヶ月以上20日

B) 週所定労働日数が少ない労働者(パートタイムなど)の比例付与日数

週所定労働日数1年間の所定労働日数6ヶ月1年6ヶ月2年6ヶ月3年6ヶ月4年6ヶ月5年6ヶ月6年6ヶ月以上
4日169日~216日7日8日9日10日12日13日15日
3日121日~168日5日6日6日8日9日10日11日
2日73日~120日3日4日4日5日6日6日7日
1日48日~72日1日2日2日2日3日3日3日

上記は全労働日の8割以上出勤した場合の付与日数です。

就業規則の作成または見直し(常時10人以上の場合)

就業規則は、職場のルールブックであり、労働条件や服務規律などを定めたものです。常時10人以上の従業員(パート・アルバイト等を含む)を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署に届け出る義務があります 。  

従業員が10人未満の事業場には、法律上の作成・届出義務はありませんが、社内のルールを明確にし、無用な労使トラブルを未然に防ぐためには、任意で作成することが強く推奨されます 。就業規則は、単に法的な義務を果たすためだけでなく、企業理念や経営方針を反映し、従業員が安心して働ける職場環境を整備するための重要なツールとなり得ます。しっかりとした就業規則は、いわば「会社の憲法」であり、公平な労務管理の基盤となるものです。  

就業規則の作成義務とは

労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して、就業規則を作成し、行政官庁(所轄の労働基準監督署長)に届け出なければならないと定めています 。ここでいう「常時10人以上」とは、正社員だけでなく、契約社員、パートタイマー、アルバイトなど、雇用形態にかかわらず、常態として10人以上の労働者がその事業場で働いている場合を指します 。  

記載すべき絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項

就業規則に記載すべき事項は、法律で定められています。これらは「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」に分けられます 。  

  • 絶対的必要記載事項(必ず記載しなければならない事項):
    1. 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項: 具体的には、毎日の始業・終業時刻、休憩時間の長さや取り方、法定休日や所定休日の定め、年次有給休暇や慶弔休暇などの休暇制度、シフト勤務がある場合はそのルールなどを記載します 。  
    2. 賃金(臨時の賃金等を除く。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項: 基本給や諸手当の構成、計算方法、支払方法(銀行振込など)、賃金の締切日と支払日、昇給の有無や時期、基準などを具体的に定めます 。  
    3. 退職に関する事項(解雇の事由を含む。): 自己都合退職の手続き(退職願の提出時期など)、定年制度、そして最も重要な解雇の事由を明記します。解雇事由は、客観的で合理的なものでなければなりません 。  
  • 相対的必要記載事項(その会社で制度として設ける場合に記載が必要な事項):
    1. 退職手当に関する事項(適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払方法、支払時期)
    2. 臨時の賃金等(賞与など)及び最低賃金額に関する事項
    3. 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせるべき事項
    4. 安全及び衛生に関する事項
    5. 職業訓練に関する事項
    6. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
    7. 表彰及び制裁の種類及び程度に関する事項
    8. その他、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項 これらの相対的記載事項も、会社としてルールを設けるのであれば、就業規則に明記する必要があります 。例えば、懲戒処分を行う可能性があるのであれば、その種類や事由を就業規則に定めておくことが不可欠です。  

就業規則は、法的な要請を満たすだけでなく、企業の理念や従業員への期待を具体的に示すものでもあります。特に相対的記載事項は、企業の特色を出し、より良い職場環境を作るための規定を盛り込む機会とも言えます。

就業規則の作成・変更・周知の手続き

就業規則を作成または変更した場合には、法律で定められた手続きを踏む必要があります 。  

  1. 意見聴取: 就業規則を作成または変更する際には、その事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合、そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりません。経営者が一方的に作成・変更することはできません。この意見聴取は、就業規則の内容について労働者側の意見を反映させる機会を与えるための重要な手続きです。
  2. 意見書の添付: 聴取した意見は、書面(意見書)にまとめ、労働者代表の署名または記名押印を得て、作成・変更した就業規則に添付する必要があります。労働者代表の意見が「反対」であったとしても、意見を聴いたという事実があれば、手続きとしては有効です。
  3. 労働基準監督署への届出: 作成または変更した就業規則(意見書を添付したもの)は、遅滞なく、所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。
  4. 従業員への周知: 届け出た就業規則は、従業員に周知する義務があります。周知の方法としては、以下のいずれかの方法が認められています 。
    • 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること。
    • 書面を労働者に交付すること。
    • 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること(例:社内サーバーやクラウドストレージに保存し、従業員がいつでも閲覧できるようにする)。 この周知を怠った場合、たとえ就業規則を作成し届け出ていたとしても、その就業規則の効力が認められない(無効と判断される)リスクがありますので、徹底が必要です 。  

これらの手続きを正しく行うことで、就業規則は法的な効力を持ち、職場の秩序維持や労使トラブルの予防に役立ちます。

【STEP2】従業員採用時に必要な手続きと書類

従業員の採用が正式に決定してから、実際に入社を迎えるまでの間には、会社として行わなければならない重要な手続きや、準備・収集すべき書類が数多くあります。これらのプロセスをスムーズに進めることが、新入社員の安心感に繋がり、円滑な業務開始の第一歩となります。

採用決定から入社までの流れ

採用が決定した応募者に対しては、まず速やかに内定の通知を行います。この際、口頭だけでなく、書面(内定通知書)で通知することが一般的です。内定通知書には、入社予定日、採用条件の概要などを記載します 。  

内定者が入社を承諾した場合には、「入社承諾書」や、必要に応じて「誓約書」(例:秘密保持に関するものなど)を提出してもらいます 。これらの書類は、入社の意思確認と、入社にあたっての約束事を明確にするために重要です。  

入社日までの期間には、会社側は新入社員を受け入れるための準備を進めます。これには、後述する労働条件の明示に必要な書類の準備、社会保険・労働保険の手続き準備、そして実際に働くための備品や職場環境の整備などが含まれます。特に初めての従業員雇用の場合は、これらの準備に漏れがないよう、チェックリストを作成するなどして計画的に進めることが推奨されます。

労働条件の明示義務と必要書類

労働基準法第15条により、使用者は労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を書面で明示する義務があります。これは非常に重要な義務であり、違反した場合には罰則(30万円以下の罰金)も定められています 。  

労働条件通知書(兼 雇用契約書)の作成ポイント

労働条件を明示するための書面が「労働条件通知書」です。多くの企業では、この労働条件通知書と「雇用契約書」を兼ねた書面(「労働条件通知書 兼 雇用契約書」など)を作成し、会社と従業員の双方が署名または記名押印(もしくは電子署名)をして、それぞれ1部ずつ保管する方法が取られています 。これにより、合意内容が明確になり、後の「言った・言わない」といったトラブルを防ぐことができます。  

労働条件通知書には、法律で定められた以下の事項を必ず記載(明示)しなければなりません。

  • 絶対的明示事項(必ず書面で明示しなければならない事項):
    1. 労働契約の期間に関する事項: 期間の定めがない(正社員など)か、期間の定めがある(契約社員など)か。期間の定めがある場合は、その契約期間(例:YYYY年MM月DD日~YYYY年MM月DD日)。
    2. 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準: 有期契約の場合、契約更新の有無(自動更新か、更新する場合があり得るか、更新しないか)、更新する場合の判断基準(例:契約期間満了時の業務量、勤務成績、能力など)。
    3. 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項: 実際に勤務する場所(支店名、部署名など)と、担当する具体的な業務内容。
      • 【2024年4月改正点】: 上記に加え、「就業場所・業務の変更の範囲」も明示が必要になりました。将来的に配置転換や転勤の可能性がある場合は、その範囲を記載します。
    4. 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項: 具体的な勤務時間、残業の有無、休憩時間の長さ、休日(週休日、祝日など)、年次有給休暇や慶弔休暇などの休暇制度。
    5. 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項: 基本給、諸手当の額や計算方法、賃金の支払方法(銀行振込など)、賃金締切日と支払日、昇給に関するルール(昇給の有無、時期、基準など)。
    6. 退職に関する事項(解雇の事由を含む。): 自己都合退職の手続き、定年制度の有無と内容、そして解雇となり得る具体的な事由。
  • 相対的明示事項(会社に制度として定めがある場合に明示しなければならない事項):
    • 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに支払の時期に関する事項
    • 臨時の賃金等(賞与など)及び最低賃金額に関する事項
    • 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
    • 安全及び衛生に関する事項
    • 職業訓練に関する事項
    • 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
    • 表彰及び制裁の定めに関する事項
    • 休職に関する事項
  • 【2024年4月改正点(有期契約労働者対象)】
    • 更新上限の有無と内容: 有期労働契約の更新回数や通算契約期間に上限を設ける場合は、その内容を明示。
    • 無期転換申込機会: 無期転換ルール(有期契約が通算5年を超えた場合に労働者が無期契約への転換を申し込める制度)の対象となる契約更新のタイミングで、無期転換を申し込むことができる旨を明示。
    • 無期転換後の労働条件: 無期転換申込権が発生する契約更新のタイミングで、無期転換後の労働条件(賃金、業務内容など)を明示。

労働条件通知書は、2019年4月から、労働者が希望した場合には電子メールやSNSのメッセージ機能など、電子的な方法で交付することも可能になりました 。ただし、その場合でも、労働者本人がその内容を容易に確認でき、かつ書面として印刷(出力)できる形式であることが求められます。  

この労働条件通知書(兼雇用契約書)は、単なる事務手続きではなく、従業員との最初の約束事を明確にする非常に重要な書類です。内容に漏れや曖昧さがないよう、細心の注意を払って作成し、従業員に十分に説明した上で合意を得ることが、将来の信頼関係の構築とトラブル防止の鍵となります。

記載必須項目と注意点

前述の「労働条件通知書の作成ポイント」で挙げた絶対的明示事項、相対的明示事項、そして特に2024年4月からの改正点は、従業員を雇用する上で必ず遵守しなければならない法的要請です。ここでは、中小企業の経営者様が特に注意すべき点を補足します。

  • 「就業場所・業務の変更の範囲」の具体性: 2024年4月から全労働者に対して明示が義務化された「就業場所・業務の変更の範囲」については、どこまで具体的に記載すべきか悩むかもしれません。例えば、将来的に複数の店舗展開を考えている場合や、本人の適性や会社の状況に応じてジョブローテーションを行う可能性がある場合は、その旨を記載します。例:「就業の場所:雇入れ直後は本社(東京都〇〇区~)。変更の範囲:本社及び全国の支社、会社の指定する場所(テレワークを行う場所を含む)」「従事すべき業務:雇入れ直後は営業事務。変更の範囲:営業事務、経理事務、その他会社の指示する業務全般」。あまりに広範すぎる記載は、労働者にとって予測可能性を損なうため、可能な範囲で具体的に、かつ正直に記載することが望ましいです。
  • 有期契約労働者に関する改正点の丁寧な説明: 有期契約労働者(契約社員、パート、アルバイトなど)を雇用する場合の「更新上限の有無と内容」「無期転換申込機会」「無期転換後の労働条件」の明示は、労働者のキャリア形成や雇用の安定に直結する重要な情報です。これらの点については、単に書面に記載するだけでなく、口頭でも丁寧に説明し、労働者が十分に理解できるように努めることが重要です。特に無期転換ルールは複雑なため、誤解が生じないような配慮が求められます。
  • 昇給に関する事項の明示: 昇給に関する事項は絶対的明示事項の一つですが、「昇給は会社の業績及び本人の勤務成績等を考慮して行う」といった抽象的な記載に留まっているケースも見られます。可能であれば、昇給の時期(例:年1回4月)、評価基準の概要など、もう少し具体的な情報を加えることで、従業員のモチベーション向上に繋がる可能性があります。
  • 書面の交付と説明の徹底: 労働条件通知書は、法的な義務を果たすだけでなく、労使間の認識の齟齬を防ぎ、信頼関係を構築するための重要なコミュニケーションツールです。書面を交付する際には、内容について丁寧に説明し、従業員からの質問には誠実に回答する姿勢が大切です。

これらの点に留意し、最新の法改正に対応した正確な労働条件通知書を作成・交付することが、コンプライアンス経営の第一歩となります。

入社時に会社が従業員から受け取る書類

従業員が入社する際には、社会保険や税金の手続き、その他労務管理のために、いくつかの書類を提出してもらう必要があります。これらの書類を漏れなく、かつ速やかに収集することが、その後の事務処理を円滑に進める上で重要です。

年金手帳・雇用保険被保険者証など

以下は、一般的に従業員から提出を求める主な書類のリストです 。  

  • 年金手帳 または 基礎年金番号通知書: 厚生年金保険の加入手続きに必要です。基礎年金番号を確認するために提出を求めます。
  • 雇用保険被保険者証: 雇用保険の加入手続きに必要です。前職で雇用保険に加入していた場合に、その被保険者番号等を確認するために提出を求めます。
  • 源泉徴収票(前年分または当年分): 年末調整の手続きに必要です。その年に他の会社で給与収入があった場合に提出を求めます。
  • 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書: 毎月の給与から源泉徴収する所得税額の計算や、年末調整を行うために必要な書類です。扶養家族の有無にかかわらず、給与の支払いを受ける従業員全員に提出してもらう必要があります。
  • 健康保険被扶養者(異動)届: 従業員に健康保険の扶養に入れたい家族(配偶者や子など)がいる場合に提出を求めます。この届出により、被扶養者は健康保険の給付を受けることができます。
  • 給与振込先の届出書(または通帳のコピーなど): 毎月の給与を振り込むための口座情報を確認する書類です。
  • 住民票記載事項証明書: 従業員の氏名、住所、生年月日などを確認するために提出を求める場合があります(会社が必要とする場合)。
  • 入社誓約書・身元保証書: これらは法律で義務付けられているものではありませんが、就業規則の遵守や秘密保持などを誓約させたり、万が一の損害発生時の保証人を立てさせたりするために、会社が独自に提出を求めることがあります。
  • 健康診断書: 労働安全衛生法に基づき、常時使用する労働者を雇い入れる際には健康診断を実施する義務があります。会社が指定した医療機関で受診してもらい、その結果(健康診断書)を提出してもらうか、会社が直接結果を受領します。

これらの書類は、入社日または入社後速やかに提出してもらうよう、事前に従業員に案内しておくことが大切です。

表3: 入社時提出書類一覧(従業員から会社へ)

書類名提出目的備考(例:該当者のみ)
年金手帳 または 基礎年金番号通知書厚生年金保険加入手続きのため全員
雇用保険被保険者証雇用保険加入手続きのため前職で雇用保険に加入していた場合
源泉徴収票年末調整のためその年に前職がある場合
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書所得税計算・年末調整のため全員
健康保険被扶養者(異動)届健康保険の被扶養者認定手続きのため扶養家族がいる場合のみ
給与振込先届出書給与振込口座確認のため全員
マイナンバー(個人番号)関連書類社会保険・税の手続きのため全員(番号確認書類と身元確認書類)
(会社により)住民票記載事項証明書住所等の確認のため会社が指定する場合
(会社により)入社誓約書就業規則遵守、秘密保持等の誓約のため会社が指定する場合
(会社により)身元保証書万一の損害発生時の保証のため会社が指定する場合
(会社により)卒業証明書・成績証明書学歴確認のため新卒採用時など会社が指定する場合
(会社により)資格・免許証のコピー業務に必要な資格・免許の確認のため該当する資格・免許が必要な業務の場合
健康診断書(雇入時のもの)健康状態の把握、適正配置のため全員(会社が費用負担し実施)

上記は一般的な例であり、企業の状況や採用する従業員の職種によって必要な書類は異なります。

マイナンバーの取り扱い

マイナンバー(個人番号)は、社会保険(健康保険、厚生年金保険、雇用保険など)の手続きや、税金(源泉徴収、年末調整など)の手続きにおいて必要不可欠な情報です 。従業員を雇用する際には、本人及び扶養家族のマイナンバーを収集・利用することになります。  

マイナンバーは重要な個人情報であるため、その取り扱いには細心の注意が必要です。

  • 収集時の注意点:
    • 利用目的の明示: マイナンバーをどのような行政手続きに利用するのかを、事前に従業員に明確に伝えなければなりません。利用目的以外の目的でマイナンバーを利用することはできません。
    • 本人確認の徹底: マイナンバーを収集する際には、正しい番号であることの確認(番号確認)と、その番号の正しい持ち主であることの確認(身元確認)の両方を行う必要があります。マイナンバーカードがあれば1枚で両方の確認ができますが、通知カードの場合は運転免許証などの身元確認書類が別途必要になります。
  • 適切な保管・管理:
    • 収集したマイナンバー及びそれが記載された書類は、漏洩、滅失、毀損を防止するために、組織的、人的、物理的、技術的な安全管理措置を講じて厳重に保管・管理しなければなりません。
    • 不要になったマイナンバー関連書類は、速やかに、かつ復元できないように確実に廃棄する必要があります。

マイナンバーの取り扱いを誤ると、法的な罰則の対象となる可能性もあります。適切な取り扱い方法を理解し、社内ルールを整備しておくことが重要です。

入社時に会社が準備・作成する書類

従業員が入社するにあたり、会社側で準備・作成し、適切に管理しなければならない重要な書類があります。特に法律で作成と保存が義務付けられている「法定三帳簿」は、労務管理の基本となるものです。

労働者名簿・賃金台帳・出勤簿(法定三帳簿)の作成と保存

従業員を1人でも雇用した場合、事業主は「労働者名簿」「賃金台帳」「出勤簿(これに準ずる労働時間の記録に関する書類)」のいわゆる法定三帳簿を作成し、事業場に備え付け、法律で定められた期間保存する義務があります 。  

  1. 労働者名簿
    • 記載事項: 労働基準法施行規則第53条により、以下の事項を労働者ごとに記載する必要があります。
      • 氏名
      • 生年月日
      • 履歴(社内での異動、昇進など。学歴や入社前の職歴も記載することが望ましい)
      • 性別
      • 住所
      • 従事する業務の種類(ただし、常時30人未満の労働者を使用する事業においては記入を省略できます)
      • 雇入の年月日
      • 退職(解雇を含む)の年月日及びその事由(解雇の場合はその理由も)
      • 死亡の年月日及びその原因
    • 厚生労働省が様式第19号としてモデル様式を提示しています。これに準拠して作成するのが一般的です。
    • 保存期間: 労働者の死亡、退職、または解雇の日から起算して5年間です(ただし、当分の間の経過措置として3年間とされています)。  
  2. 賃金台帳
    • 記載事項: 労働基準法施行規則第54条により、以下の事項を賃金の支払いがある都度、遅滞なく労働者ごとに記載する必要があります。
      • 氏名
      • 性別
      • 賃金計算期間(例:〇月1日~〇月末日)
      • 労働日数
      • 労働時間数
      • 時間外労働、休日労働、深夜労働を行った時間数
      • 基本給、手当その他賃金の種類ごとにその額
      • 賃金の一部を控除した場合には、その額(所得税、住民税、社会保険料など)
    • 厚生労働省が様式第20号(常時使用される労働者用)や様式第21号(日々雇い入れられる者用)としてモデル様式を提示しています。
    • 保存期間: 最後の賃金について記入した日から起算して5年間です(ただし、当分の間の経過措置として3年間とされています)。なお、賃金台帳が源泉徴収簿を兼ねている場合は、税法上の規定により7年間の保存が必要となる場合があります 。  
  3. 出勤簿(タイムカード、ICカード記録、PCログなど労働時間の記録に関する書類)
    • 記録すべき項目: 労働基準法に「出勤簿」という名称での作成義務は明記されていませんが、使用者は労働者の労働時間を適正に把握する責務があり、そのための記録(労働日ごとの始業時刻・終業時刻、休憩時間など)を客観的な方法で記録し保存する必要があります。具体的には以下の項目が含まれます。
      • 出勤日及び労働日数
      • 日ごとの始業時刻及び終業時刻
      • 休憩時間数
      • 時間外労働を行った日付、時刻、時間数
      • 休日労働を行った日付、時刻、時間数
      • 深夜労働を行った日付、時刻、時間数
    • 単にハンコを押すだけのような出勤簿ではなく、実際の労働時間を客観的に確認できる記録であることが求められます。
    • 保存期間: 労働者の最後の出勤日から起算して5年間です(ただし、当分の間の経過措置として3年間とされています)。  

これらの法定三帳簿は、労働基準監督署の調査(臨検監督)の際に確認される重要な書類です。記載漏れや保存義務違反がないよう、適切に作成・管理することが求められます。

表4: 法定三帳簿の概要

帳簿名主な記載事項保存期間(起算日)根拠法令(主なもの)
労働者名簿氏名、生年月日、履歴、性別、住所、従事する業務の種類、雇入年月日、退職・死亡年月日とその事由など5年間(当面3年)(労働者の死亡、退職又は解雇の日から)労働基準法第107条、同法施行規則第53条
賃金台帳氏名、性別、賃金計算期間、労働日数、労働時間数、時間外・休日・深夜労働時間数、基本給・手当の種類と額、控除額など5年間(当面3年)(最後の賃金について記入した日から)労働基準法第108条、同法施行規則第54条
出勤簿等出勤日・労働日数、日ごとの始業・終業時刻、休憩時間、時間外労働・休日労働・深夜労働の時間数など(労働時間の把握に関する客観的な記録)5年間(当面3年)(労働者の最後の出勤日から。※書類の種類により異なる場合あり)労働基準法第109条(労働関係に関する重要な書類として)

保存期間については、法改正により原則5年となりましたが、当分の間は3年間の経過措置が設けられています。ただし、将来的な5年保存への完全移行を見据え、可能な限り5年間の保存体制を整えることが望ましいです。

【STEP3】労働保険・社会保険の加入手続き

従業員を雇用するということは、事業主として様々な法的義務を負うことになります。その中でも特に重要なのが、労働保険(労災保険・雇用保険)と社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入手続きです。これらの保険は、従業員が安心して働くためのセーフティネットであり、原則として加入が義務付けられています。

労働保険(労災保険・雇用保険)の基礎知識と加入手続き

労働保険とは、労災保険と雇用保険の総称です。原則として、労働者を1人でも雇用すれば、業種や規模にかかわらず、労働保険の適用事業所となり、加入手続きを行わなければなりません 。  

手続きの基本的な流れとしては、まず保険関係が成立したこと(=初めて従業員を雇用した日など)を届け出る「保険関係成立届」を、その成立の日の翌日から10日以内に提出します。その後、その年度の労働保険料を概算で申告・納付するための「概算保険料申告書」を、保険関係成立の日の翌日から50日以内に提出・納付する必要があります 。  

社会保険(健康保険・厚生年金保険)の基礎知識と加入手続き

社会保険とは、主に健康保険と厚生年金保険を指します。法人の事業所(株式会社、合同会社など)や、常時5人以上の従業員を使用する個人事業所(一部の業種を除く)は、法律により社会保険への加入が義務付けられています(強制適用事業所)。  

健康保険・厚生年金保険の加入手続きと対象者

  • 健康保険とは: 従業員やその家族が業務外の病気やケガをした場合、または出産や死亡した場合に、医療給付や手当金などを支給する制度です。
  • 厚生年金保険とは: 従業員が高齢になった場合(老齢年金)、病気やケガで障害が残った場合(障害年金)、または死亡した場合(遺族年金)に、年金または一時金を支給する制度です。
  • 加入対象者: 強制適用事業所に使用される法人の代表者や役員、そして常時使用される従業員(正社員など)は、国籍や性別、賃金の額にかかわらず、原則として被保険者となります。
  • 加入手続き:
    1. 健康保険・厚生年金保険新規適用届: 事業所として初めて社会保険に加入する場合(法人設立時や、個人事業所が常時5人以上の従業員を雇用するに至った場合など)、その事実が発生した日から5日以内に、事業所の所在地を管轄する年金事務所(または事務センター)に提出します 。
      • 添付書類として、法人の場合は法人登記簿謄本(発行から90日以内の原本)、個人事業所の場合は事業主の世帯全員の住民票(発行から90日以内の原本、マイナンバー記載なし)などが必要となります 。  
    2. 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届: 新たに従業員を採用した場合や、代表者・役員が加入する場合、その事実が発生した日から5日以内に、管轄の年金事務所に提出します 。従業員に被扶養者がいる場合は、「健康保険被扶養者(異動)届」も併せて提出します。 社会保険料は、事業主と被保険者(従業員)が折半で負担します。  

パート・アルバイトの社会保険加入条件(適用拡大について)

パートタイマーやアルバイトといった短時間労働者であっても、1週間の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している通常の労働者(正社員など)のおおむね4分の3以上である場合は、原則として社会保険の加入対象となります。

さらに、この「4分の3基準」を満たさない短時間労働者についても、社会保険の適用範囲が段階的に拡大されています。具体的には、従業員規模が101人以上の企業(2024年10月からは51人以上の企業に拡大)に勤務し、以下の要件を全て満たす場合は、社会保険の加入対象となります。

  1. 週の所定労働時間が20時間以上であること。
  2. 月額賃金が88,000円以上であること(年収換算で約106万円以上)。
  3. 雇用期間が2ヶ月を超えて見込まれること。
  4. 学生ではないこと(休学中や夜間学生等は加入対象となる場合があります)。

この社会保険の適用拡大は、より多くの短時間労働者が社会保険の恩恵を受けられるようにするためのものです。自社の従業員規模や、雇用するパート・アルバイトの労働条件によっては、この適用拡大の対象となる可能性があるため、常に最新の情報を確認し、適切に対応することが重要です。

保険手続きの期限と提出先

労働保険・社会保険の加入手続きは、それぞれ提出すべき書類、提出期限、提出先が異なります。これらの手続きを誤ったり遅れたりすると、遡って保険料を徴収されたり、場合によっては追徴金が発生することもあるため、正確な知識と迅速な対応が求められます。

以下に、主な手続きの概要をまとめます。

表5: 主要な労働保険・社会保険の手続き概要

保険種類主な届出書類提出期限主な提出先備考
労働保険(共通)保険関係成立届保険関係成立の日の翌日から10日以内所轄の労働基準監督署(一元適用事業の場合)初めて労働者を雇用した際に提出。
概算保険料申告書保険関係成立の日の翌日から50日以内所轄の労働基準監督署、都道府県労働局、金融機関労働保険料の申告・納付。
雇用保険雇用保険適用事業所設置届事業所設置の日の翌日から10日以内所轄のハローワーク初めて雇用保険の被保険者となる労働者を雇用した際に提出。
雇用保険被保険者資格取得届資格取得の事実があった日の属する月の翌月10日まで所轄のハローワーク雇用保険の加入要件を満たす労働者を雇い入れる都度提出。
社会保険(健保・厚年)健康保険・厚生年金保険 新規適用届事実発生(法人設立、常時5人以上雇用等)から5日以内所轄の年金事務所または事務センター事業所として初めて社会保険に加入する際に提出。
健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届事実発生(従業員の雇入れ等)から5日以内所轄の年金事務所または事務センター社会保険の加入要件を満たす労働者を雇い入れる都度提出。被扶養者がいる場合は「被扶養者(異動)届」も同時に提出。

上記は主な手続きの概要です。事業の種類(一元適用か二元適用かなど)や個別の状況により、必要な書類や手続きが異なる場合があります。

これらの手続きは、期限が短く、また提出先も複数にわたるため、初めて従業員を雇用する経営者にとっては煩雑に感じられるかもしれません。手続きの全体像を把握し、チェックリストを作成するなどして、漏れなく対応することが重要です。不明な点があれば、各行政機関の窓口や、社労士などの専門家に早めに相談することをお勧めします。

【STEP4】その他、従業員雇用に伴う準備事項

労働保険・社会保険の手続き以外にも、従業員を雇用するにあたって準備すべき重要な事項がいくつかあります。これらは、給与の支払い、税金の処理、そして従業員が安全かつ健康に働ける環境の整備に関わるものです。

給与計算と支払い準備

従業員を雇用すれば、毎月定められた期日に給与を支払う義務が生じます。そのためには、正確な給与計算を行い、支払い手続きを滞りなく行うための準備が必要です。

所得税・住民税の源泉徴収と納付

従業員に給与を支払う際には、所得税と住民税を給与から天引き(徴収)し、会社が従業員に代わって国や市区町村に納付する手続きが必要になります。

  • 所得税の源泉徴収と納付:
    • 従業員に支払う毎月の給与や賞与からは、所得税を源泉徴収しなければなりません 。源泉徴収した所得税は、原則として、給与などを支払った月の翌月10日までに、税務署に納付する必要があります。  
    • 初めて従業員を雇用し給与の支払いを開始する場合、または給与支払事務所を移転・廃止した場合には、「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を、その事実があった日から1ヶ月以内に所轄の税務署に提出する必要があります 。  
    • 源泉徴収すべき所得税の額は、従業員から提出された「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」に基づき、扶養親族の数などを確認し、国税庁が発行する「給与所得の源泉徴収税額表」を参照して計算します 。  
    • なお、給与の支給人員が常時10人未満の事業主は、税務署長の承認を受けることにより、源泉徴収した所得税を半年分まとめて納付できる「納期の特例」という制度を利用できます(1月~6月分を7月10日、7月~12月分を翌年1月20日までに納付)。この特例を利用する場合は、事前に申請が必要です。  
  • 住民税の特別徴収と納付:
    • 従業員の住民税(都道府県民税と市区町村民税)は、原則として「特別徴収」という方法で納付します。これは、事業主(会社)が、従業員の前年の所得に基づいて市区町村から通知される住民税額を、毎月の給与から天引きし、従業員に代わって翌月10日までに各市区町村に納入する制度です 。  
    • 毎年1月末までに、前年中に給与を支払った全従業員の「給与支払報告書」を、各従業員の1月1日現在の住所地の市区町村に提出します。これに基づき、市区町村が住民税額を計算し、5月頃に事業主宛に「特別徴収税額通知書」が送られてきます。
    • 新規に設立された事業所が初めて従業員を雇用する場合や、年度の途中で入社した従業員が普通徴収(自分で納付)から特別徴収に切り替える場合には、「特別徴収への切替申請書」などの手続きが必要となることがあります 。  

これらの税金に関する手続きは、法律で定められた義務であり、期限内に正確に行うことが求められます。特に初めて従業員を雇用する場合、これらの手続きを正しく設定し、運用していくことは、企業の管理能力を示す第一歩とも言えます。誤りや遅延は、延滞税などのペナルティに繋がる可能性もあるため、注意が必要です。

給与計算ソフトの導入検討

従業員数が少ないうちは、手計算や表計算ソフト(Excelなど)で給与計算を行うことも不可能ではありません。しかし、給与計算には、所得税や社会保険料の計算、労働時間の集計、各種手当の算定など、複雑な要素が絡み合います。また、税率や保険料率は法改正によって変更されることも少なくありません。

これらの計算ミスや法改正への対応漏れを防ぎ、業務効率を向上させるためには、給与計算ソフトの導入を検討することをお勧めします。近年の給与計算ソフト、特にクラウド型のものは、比較的安価で導入でき、法改正にも自動でアップデート対応してくれるものが多くあります。また、勤怠管理システムや会計ソフトと連携できるものを選べば、さらなる業務効率化も期待できます。専門的な知識があまりなくても、比較的簡単に正確な給与計算が行えるようになる点は、本業で多忙な中小企業の経営者にとって大きなメリットとなるでしょう。

安全衛生管理体制の整備

従業員が安全に、そして健康に働くことができる職場環境を整備することは、事業主の重要な責務です。労働安全衛生法に基づき、様々な措置を講じる必要があります。

健康診断の実施義務

従業員の健康管理は、安全衛生管理の基本です。法律により、以下の健康診断の実施が義務付けられています。

  • 雇入時健康診断: 常時使用する労働者を雇い入れる際には、その雇入れの際、医師による健康診断を実施しなければなりません(労働安全衛生規則第43条)。この健康診断の費用は、原則として会社が負担します。診断項目は法律で定められています。
  • 定期健康診断: 雇入れ後も、常時使用する労働者に対しては、1年以内ごとに1回、定期的に医師による健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条)。  

これらの健康診断の結果は記録し、一定期間保存する必要があります。また、健康診断の結果、異常の所見があった労働者に対しては、医師の意見を聴き、必要に応じて就業場所の変更や労働時間の短縮などの措置を講じることが求められます。

小規模オフィスでもできる簡単な安全衛生活動

従業員数が少ない小規模なオフィスであっても、労働災害を防止し、従業員の安全と健康を確保するためにできることはたくさんあります。必ずしも専門的な設備や大掛かりなシステムが必要なわけではなく、日々のちょっとした心がけや基本的な対策の積み重ねが重要です。

以下に、小規模オフィスでも比較的簡単に取り組める安全衛生活動の例を挙げます 。  

  • 4S(整理・整頓・清掃・清潔)の徹底:
    • 整理: 職場にあるものを「必要なもの」と「不要なもの」に分け、不要なものは処分する。
    • 整頓: 必要なものを、誰でもすぐに取り出せるように、置き場所を決め、分かりやすく表示する。
    • 清掃: 職場や共有スペースを常にきれいに保ち、ゴミや汚れを取り除く。
    • 清潔: 上記3Sを維持し、衛生的な状態を保つ。 4Sの徹底は、転倒やつまずきといった労働災害の防止、作業効率の向上、そして快適な職場環境づくりに繋がります。
  • 避難経路の確認と明示: 火災や地震などの非常時に備え、オフィスからの安全な避難経路を確認し、従業員全員に周知します。避難経路図を作成し、見やすい場所に掲示することも有効です。非常口の前には物を置かないようにしましょう。
  • 救急箱の設置と中身の定期点検: 応急手当に必要な薬品や衛生材料を備えた救急箱を設置し、その場所を従業員に知らせておきます。中身は定期的に点検し、使用期限切れのものがないか、不足しているものがないかを確認します。
  • 雇入れ時の安全衛生教育: 新しく従業員を雇い入れた際には、職場の基本的な安全ルール(例:電気器具の安全な取り扱い、避難経路など)、緊急時の対応方法(例:火災発見時の通報手順、初期消火の方法など)について教育を行います。
  • 危険予知活動(KY活動)の簡単な実施: 本格的なものでなくても、例えば朝礼時などに「今日の作業で考えられる危険は何か?」「それを防ぐためにはどうすれば良いか?」といったことを短時間でも話し合う習慣をつけることで、従業員の安全意識を高めることができます。

これらの活動は、特別な知識や費用をかけずに始められるものばかりです。重要なのは、経営者自身が安全衛生に関心を持ち、従業員と共に継続的に取り組んでいく姿勢です。

受け入れ準備(備品・環境整備・オンボーディング)

新しい従業員が一日も早く職場に慣れ、能力を発揮して活躍してもらうためには、入社前の準備が非常に重要です。物理的な働く環境を整えるだけでなく、精神的なサポートも含めた「オンボーディング」と呼ばれる一連の受け入れプロセスを計画的に行うことが、早期戦力化と定着率向上に繋がります。

  • 物理的な準備(備品・作業環境):
    • 執務スペース: デスク、椅子、キャビネットなど、業務に必要な什器を準備し、快適に作業できるスペースを確保します。
    • IT機器・ツール: パソコン、モニター、キーボード、マウス、プリンター、業務用携帯電話(必要な場合)などを用意し、すぐに使える状態にしておきます。
    • 文房具・事務用品: 筆記用具、ノート、ファイル、名刺、社員証、タイムカード(または勤怠管理システムへの登録)、ロッカーなど、業務や職場生活に必要なものを事前に揃えておきます。
    • これらが整っていることで、新入社員は入社初日からスムーズに業務に取り掛かることができます。
  • 情報システム関連の準備:
    • アカウント発行: 業務用メールアドレス、社内システム(グループウェア、ファイルサーバー、業務システムなど)へのログインアカウントを発行し、アクセス権限を設定します。
    • セキュリティ設定: PCのセキュリティ対策(ウイルス対策ソフトの導入など)や、情報取り扱いに関する初期設定を行います。
  • オンボーディング(受け入れ・定着支援プログラム): オンボーディングとは、新入社員が組織に早期に馴染み、能力を発揮できるようにするための体系的な取り組みです。特に初めて従業員を雇用する中小企業にとっては、新入社員が孤立せず、安心して業務に取り組めるようにサポートする意識が重要です。
    • 入社前のコミュニケーション: 内定後から入社日までの間に、定期的に連絡を取り、入社に関する疑問や不安を解消したり、会社の情報を提供したりすることで、入社意欲を高めます。
    • 入社初日のオリエンテーション: 会社の概要、経営理念、組織体制、就業規則、福利厚生、社内施設などを説明します。また、チームメンバーへの紹介や歓迎の言葉も大切です。
    • 業務説明と初期タスク: 担当する業務内容、進め方、関係者などを具体的に説明します。最初は簡単なタスクから始め、徐々にステップアップできるように配慮します。
    • メンター制度の検討: 先輩社員が新入社員の教育係や相談役となるメンター制度を導入することも有効です。業務面だけでなく、職場生活全般のサポートを行うことで、新入社員の不安を軽減し、早期の適応を促します。
    • 歓迎の機会: 歓迎ランチやチームメンバーとの懇親会などを企画し、新入社員が職場に溶け込みやすい雰囲気を作ります。
    • 目標設定とフィードバック: 入社後の早い段階で、新入社員と上司が面談し、最初の1週間、1ヶ月、3ヶ月といった短期的な目標を設定します。その後も定期的に1on1ミーティングなどを行い、進捗状況の確認、業務上の課題の共有、フィードバックを行うことで、成長をサポートします。

これらの準備を丁寧に行うことが、新入社員の「この会社で頑張ろう」という気持ちを育み、長期的な活躍へと繋がっていきます。

表6: 簡単なオンボーディングチェックリスト(入社前・入社初日・1週間後・1ヶ月後)

時期やることリスト(例)
入社前□ 労働条件通知書(兼雇用契約書)の締結・送付
□ 入社時提出書類の案内
□ PC・アカウント等、業務に必要な備品・ツールの手配
□ デスク周りの準備
□ 関係部署・チームへの事前周知
□ 初日のスケジュール連絡
入社初日□ 歓迎の挨拶・自己紹介
□ 社内案内(オフィス、トイレ、休憩室など)
□ 会社概要・就業規則・福利厚生等の説明
□ 配属部署・チームメンバーへの紹介
□ PC・アカウント設定サポート
□ 簡単な業務説明・初期タスクの指示
□ 歓迎ランチ(任意)
1週間後□ 1on1ミーティング(業務の進捗確認、困っていることのヒアリング)
□ 業務に関するQ&Aセッション
□ チーム内でのコミュニケーション促進(例:定例ミーティングへの参加)
□ メンターとの顔合わせ・関係構築支援(メンター制度導入の場合)
1ヶ月後□ 1on1ミーティング(1ヶ月間の振り返り、今後の目標設定)
□ 業務習熟度の確認とフィードバック
□ 他部署との連携が必要な業務の紹介
□ 社内イベント等への参加奨励
□ 必要に応じて追加研修の検討

上記はあくまで一例です。企業の規模や業種、新入社員の職種によって内容は調整してください。

初めての従業員雇用でよくある質問(Q&A)

初めて従業員を雇用する経営者様や人事ご担当者様から、特によく寄せられるご質問とその回答をまとめました。

Q. 雇用契約書は必ず作成しないといけない?

A. 法律(労働基準法第15条)で義務付けられているのは、労働契約の締結に際し、賃金、労働時間、その他の主要な労働条件を**書面で明示すること(労働条件通知書の交付)**です。雇用契約書という名称の書面を必ず作成しなければならないという法律上の義務はありません。

しかし、労働条件通知書は会社から従業員へ一方的に通知する形式ですが、雇用契約書は会社と従業員の双方が合意した内容を記し、署名(または記名押印)を取り交わすものです。後の「言った、言わない」といった認識の齟齬やトラブルを防ぐためには、労働条件通知書と雇用契約書を兼ねた書面(例:「労働条件通知書 兼 雇用契約書」)を作成し、労使双方で内容を確認の上、署名・捺印(または電子署名)して各々一部ずつ保管することを強く推奨します 。口頭での合意だけでは、具体的な労働条件について後日争いが生じるリスクが高まります。  

Q. 試用期間中に解雇はできる?

A. はい、試用期間中であっても、従業員を解雇すること自体は可能です。しかし、無制限に認められるわけではありません。試用期間は、本採用後の雇用契約とは異なり、「解約権留保付労働契約」と解釈され、本採用後の解雇と比較すると、解雇が認められる理由の範囲がやや広いとされています。

ただし、試用期間開始から14日を超えて雇用している従業員を解雇する場合には、通常の解雇と同様に、少なくとも30日前に解雇の予告をするか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります 。  

また、試用期間中の解雇であっても、その解雇には**「客観的に合理的な理由」があり、「社会通念上相当である」と認められる必要**があります 。例えば、以下のようなケースが考えられます。  

  • 著しい能力不足: 採用時に期待された職務遂行能力が著しく欠如しており、十分な指導や教育を行っても改善の見込みがない場合。
  • 重大な経歴詐称: 採用の判断に重要な影響を与える学歴や職歴、資格などを偽っていた場合。
  • 勤務態度の著しい不良: 正当な理由のない無断欠勤を繰り返す、協調性が著しく欠如し業務に支障をきたすなど、度重なる注意・指導にもかかわらず改善されない場合。

単に「会社の雰囲気に合わない」「期待していたほどではない」といった主観的な理由だけでは、不当解雇と判断されるリスクが高いです。試用期間中の解雇を検討する際には、慎重な判断と適切な手続きが不可欠です。

Q. 従業員を雇うのにかかる費用は給与だけ?

A. いいえ、従業員を雇用するためにかかる費用は、毎月支払う給与(基本給や諸手当)だけではありません。その他にも様々な費用が発生します。主なものとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • 法定福利費: これは法律で会社が負担することが義務付けられている費用で、主に社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料)と労働保険料(労災保険料、雇用保険料)の会社負担分です。これらの会社負担分は、おおよそ従業員の給与(標準報酬月額や賃金総額)の約15%程度に相当すると言われており、毎月継続的に発生する大きなコストです。
  • 募集採用費: 求人広告の掲載費用、人材紹介会社への手数料、会社説明会の開催費用など、従業員を採用するまでにかかる費用です。
  • 教育研修費: 新入社員研修の費用、業務に必要なスキルを習得させるための外部研修費用、資格取得支援費用などです。
  • 福利厚生費: 法律で定められた法定福利費以外に、会社が任意で提供する福利厚生(例:住宅手当の一部、慶弔見舞金、社員旅行、レクリエーション費用など)にかかる費用です。
  • 退職金・退職金積立: 退職金制度を設けている場合には、将来の支払いに備えた積立費用や、実際に退職が発生した際の支払い費用です。
  • その他: 事務所の賃料増加(人員増によるスペース拡大)、光熱費の増加、備品購入費なども間接的なコストとして考慮に入れる必要があります。

これらの費用を事前に把握し、資金計画に織り込んでおくことが、安定した経営のためには非常に重要です。

Q. 採用で使える助成金は何かある?

A. はい、国や地方自治体が、従業員の雇用や人材育成、職場環境の改善などを支援するために、様々な助成金制度を設けています。初めて従業員を雇用する中小企業が活用できる可能性のある代表的な助成金としては、以下のようなものがあります。

  • キャリアアップ助成金: 有期雇用労働者、短時間労働者、派遣労働者といったいわゆる非正規雇用の労働者の企業内でのキャリアアップを促進するため、正社員化、処遇改善の取組みを実施した事業主に対して助成されるものです 。
    • 特に「正社員化コース」は、有期雇用の従業員を正規雇用に転換した場合などに活用できます。
    • 注意点: キャリアアップ助成金は年度によって要件や支給額が変更されることが多く、2025年度(令和7年度)からは、支給対象となる労働者の範囲(例:重点支援対象者の設定、新規学卒者で雇入れから1年未満の者は対象外となるなど)や支給額に変更が予定されています 。  
  • 業務改善助成金: 事業場内最低賃金を引き上げ、その上で生産性向上に資する設備投資(例:新しい機械の導入、POSレジシステムの導入など)や人材育成を行った場合に、その費用の一部が助成される制度です 。賃上げと業務効率化を同時に目指す場合に活用できます。  

これらの助成金は、返済不要の資金であり、企業の負担を軽減する上で非常に有効ですが、それぞれに詳細な支給要件が定められており、申請手続きも複雑な場合があります。また、計画の実施前に申請が必要なものや、期限が厳格なものも多いため、活用を検討する際には、まず厚生労働省のホームページや管轄の労働局、ハローワークなどで最新の情報を確認することが不可欠です。その上で、自社が要件に合致するかどうか、どのような準備が必要かなど、社会保険労務士などの専門家に相談しながら進めることを強くお勧めします。

まとめ

初めて従業員を雇用することは、経営者様にとって事業成長の大きな一歩であり、新たな可能性を切り拓く重要な決断です。しかし、本記事で解説してきたように、その実現には多くの法的手続きや周到な準備が伴います。

特に重要なのは、単に手続きをこなすだけでなく、なぜその準備や手続きが必要なのかという法的な背景や、それが従業員との関係性にどのような影響を与えるのかを深く理解することです。法令を遵守することは当然の責務ですが、それ以上に、従業員が安心して能力を発揮し、長く働き続けたいと思えるような職場環境を、雇用する最初の段階から意識して整えることが、将来の労務リスクを最小限に抑え、企業の持続的な成長と競争力の強化に繋がります。

しかしながら、これらの複雑で多岐にわたる雇用準備の実務と法的手続きを、本業で日々多忙を極める経営者様がすべてご自身だけで完璧に、かつ迅速に遂行するには、多大な時間と労力、そして専門的な知識が必要です。手続きの漏れや解釈の誤りは、後々の大きな労務トラブルや法的なリスクに直結しかねず、その対応にはさらに多くの経営資源を割かれることになりかねません。

社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)では、全国対応・初回相談無料でご相談を承っております。人事労務に関するお悩みはお問い合わせよりお気軽にご相談ください。

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監修者(社労士)

社会保険労務士(社労士事務所altruloop代表)
労務管理・人事制度設計・法改正対応をはじめ、実務と経営をつなぐ制度づくりを得意とする。戦略コンサルファームでは新規事業立ち上げや組織改革に従事し、大手〜スタートアップまで幅広い企業の支援実績あり。
現在は東京都渋谷区や八王子を拠点にしている社労士事務所altruloop(アルトゥルループ)代表として、全国対応で実務と経営の両視点から企業を支援中。

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