従業員の休職が決まった際、社会保険料の扱いで悩んでいませんか?特に給与から天引きできない休職者本人からの徴収は、対応を間違えると将来のトラブルの火種になりかねません。
この記事では、数多くの労務相談に対応してきた社労士事務所altruloopが、企業が取るべき最も安全な社会保険料の徴収方法と、その具体的な進め方に絞って分かりやすく解説します。
【結論】休職中でも社会保険料の支払いは止まらない
まず最も重要な結論として、従業員が病気や自己都合などで休職している期間中も、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料)の支払いは原則として免除されません。 会社も従業員も、引き続き負担義務を負います。
なぜなら、休職は「在籍」している状態だから
「休職」とは、労働契約そのものは維持したまま、業務への従事を一時的に免除されている状態を指します。つまり、従業員は会社に「在籍」していることに変わりありません。 社会保険の被保険者資格は、会社との雇用契約に基づいて発生するため、在籍している限り資格は継続します。したがって、保険料の支払い義務も継続するのです。この基本的な理解が、休職中の社会保険料対応の出発点となります。
会社と従業員の負担割合も変わらない
社会保険料は、会社と従業員がそれぞれ定められた割合で負担しています。この負担割合は、従業員が休職しているからといって変わるものではありません。 会社は、休職中の従業員の社会保険料についても、毎月、会社負担分と従業員負担分を合わせて、年金事務所や健康保険組合に納付する責任があります。給与支払いがないため天引きはできませんが、会社が従業員負担分を立て替えて納付し、後日従業員から徴収する必要が生じます。
産休・育休中の「免除制度」との違いに注意
ここで注意が必要なのは、産前産後休業(産休)や育児休業(育休)中の社会保険料免除制度との混同です。産休・育休期間中は、一定の要件を満たせば、会社負担分・従業員負担分ともに社会保険料が免除される特例があります 。 しかし、私傷病による休職や自己都合による休職など、産休・育休以外の理由による休職には、このような社会保険料の免除制度は設けられていません 。厚生労働省の資料でも、休職に関する特例免除の規定はなく、支払いが必要と解釈されます 。この違いを正確に理解していないと、「休職なのだから保険料は免除されるはず」といった誤解が生じ、後のトラブルにつながる可能性があります。
【最重要】トラブルを防ぐ社会保険料の徴収方法はこの一択
休職中の従業員から社会保険料を徴収する方法はいくつか考えられますが、将来的なトラブルを未然に防ぎ、企業側のリスクを最小限に抑えるためには、取るべき方法は実質的に一つに絞られます。
推奨:毎月、本人に指定口座へ振り込んでもらう
最も推奨される方法は、毎月、従業員本人に会社の指定口座へ社会保険料の本人負担分を振り込んでもらう方法です。
この方法のメリットは以下の通りです。
メリット
- 会社が金銭を立て替えるリスクがない。
- 従業員が毎月支払うことで、自身の負担義務を継続的に認識できる。
- 万が一支払いが滞った場合でも、早期に問題を発見し対応できる。
- 退職時に未回収金が発生するリスクを大幅に低減できる。
具体的な進め方としては、まず休職前に従業員に対し、社会保険料の支払い義務が継続すること、概算の月額保険料、そしてこの振込による支払い方法を丁寧に説明し、理解と同意を得ます。その上で、振込先の口座情報、毎月の振込期日(例:毎月25日までなど)を明確に伝えます。振込手数料をどちらが負担するかも事前に取り決めておくと、よりスムーズです。例えば、毎月の給与計算後、社会保険料の本人負担額が確定したら、速やかに休職中の従業員にその金額と支払期日を通知し、期日までに振り込んでもらうよう依頼します。
この方法は、企業にとって最も安全確実であり、従業員にとっても負担額が一度に大きくなることを避けられるため、双方にとって公平性が高いと言えます。
次善策:会社が立て替え、復職時に給与から天引きする
次に考えられる方法として、会社が休職期間中の社会保険料の従業員負担分を一時的に立て替え、従業員が復職した後に給与から分割して天引きする方法があります。 従業員が経済的な事情で毎月の支払いが難しい場合や、休職期間が比較的短期間で復職がほぼ確実視される場合に検討されることがあります。
しかし、この方法には「従業員が復職しないリスク」または「復職しても全額回収できるとは限らないリスク」が伴います。万が一、従業員が復職せずにそのまま退職してしまった場合、会社が立て替えた社会保険料の回収は非常に困難になる可能性があります。また、復職しても短時間勤務などで給与額が少なく、全額を回収するまでに長期間を要したり、回収しきれなかったりするケースも考えられます。
この方法を選択する場合は、必ず事前に従業員と書面で「立替払いと復職後の精算方法に関する合意」を取り交わし、立替期間の上限や月々の返済額などを明確に定めておくことが不可欠です。それでもなお、未回収リスクが残ることは十分に認識しておく必要があります。
非推奨:賞与から一括で控除する方法のリスク
賞与支給月に、それまでの未払い社会保険料を賞与から一括で控除する方法は、原則として推奨できません。
この方法には以下のような大きなリスクが伴います。
- 賞与の支給は確実ではない
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会社の業績や個人の評価によっては、賞与が支給されない、または減額される可能性があります。
- 賞与額が不足する可能性
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休職期間が長期にわたる場合、立て替えた社会保険料の総額が賞与の支給額を上回ることもあり得ます。
- 従業員の生活設計への影響
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賞与を生活費や大きな支出に充てることを予定している従業員にとって、社会保険料の一括控除は大きな負担となり、不満やモチベーション低下につながる恐れがあります。
- 法的リスク
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賞与からの控除について、事前に明確な個別同意や労使協定がない場合、労働基準法に定める賃金全額払いの原則に抵触するリスクも考慮すべきです。
これらの理由から、賞与からの一括控除は、従業員との間でトラブルが生じやすく、企業にとっても確実な回収方法とは言えません。
以下に、各徴収方法のメリット・デメリットと推奨度をまとめます。
徴収方法 | 企業側のメリット | 企業側のデメリット・リスク | 従業員側の留意点 | 総合評価(推奨度) |
---|---|---|---|---|
毎月、本人から振込 | 未回収リスクが低い、キャッシュフローへの影響小、早期の問題発見 | 振込管理の手間、振込忘れの督促 | 毎月の振込手続きが必要、振込手数料負担の可能性 | ◎(強く推奨) |
会社が立替、復職時に天引き | 本人の一時的負担軽減 | 未回収リスク(退職・死亡等)、回収長期化リスク、立替期間中の資金負担 | 復職後の手取り減少、退職時の精算 | △(慎重検討) |
賞与から一括控除 | 回収手続きが一度で済む可能性 | 賞与不支給・減額リスク、賞与額不足リスク、法的リスク、従業員の不満・モチベーション低下リスク | 賞与手取りの大幅減、生活設計への影響 | ×(非推奨) |
徴収を始める前に必須!休職者と交わすべき3つの約束
休職中の社会保険料徴収をスムーズに進め、トラブルを未然に防ぐためには、休職に入る前に従業員と以下の3つの事項について明確に確認し、合意しておくことが極めて重要です。「曖昧な優しさ」ではなく、「明確なルール」こそが、最終的に会社と従業員の双方を守ります。
約束1:社会保険料の支払義務と金額の確認
まず、休職に入る従業員に対して、休職期間中も健康保険・厚生年金保険等の被保険者資格が継続するため、在職中と同様に社会保険料の本人負担分を支払う義務があることを明確に説明します。 その上で、現在の標準報酬月額に基づく具体的な月額保険料(概算額でも可)を伝え、従業員に金額的な負担について具体的に認識してもらいます。例えば、「〇〇さんの現在の標準報酬月額ですと、健康保険料が月額約△円、厚生年金保険料が月額約□円となり、合計で月額約◇円のご負担が発生します」といった具合です。 この初期の丁寧な説明と情報共有が、後の誤解や不信感を防ぐ第一歩となります。
約束2:具体的な支払方法と期日の合意(書面推奨)
次に、毎月の社会保険料を会社にどのように支払ってもらうか、具体的な支払方法と期日を決定し、必ず書面で合意を取り交わします。 前述の通り、最も望ましいのは「毎月、従業員本人から会社指定口座へ振り込んでもらう方法」です。この方法を原則とし、振込先の金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、そして毎月の振込期日(例:毎月25日限り)を明確に記載した合意書を作成します。振込手数料の負担についても明記しておきましょう。 この合意書は、「休職中の社会保険料の取扱いに関する覚書」「社会保険料支払に関する合意書」などの表題で作成し、会社と従業員の双方が署名捺印(または記名押印)して各々一部を保管します。このような書面での合意は、休職に限らず労務管理の基本であり、万が一の際の証拠となるだけでなく、約束事を明確にすることで双方の安心につながります。適切な合意書の作成については、専門家である社労士にご相談いただくことも有効です。
約束3:連絡が取れなくなった場合の対応方法の確認
休職期間中、特に私傷病による長期休職の場合など、従業員本人と連絡が取りづらくなる状況も想定されます。そのため、万が一、連絡が困難になった場合や、保険料の支払いが滞ってしまった場合に、会社としてどのような手順で連絡を取るか(例:書面での連絡、事前に確認した緊急連絡先への連絡など)を事前に共有し、理解を得ておくことも重要です。 これは、不測の事態に備え、双方の不安を軽減するとともに、会社が適切な手順を踏んで対応していることを示すためにも役立ちます。同意を得た上で、休職願などに緊急連絡先を記載してもらうことも一案です。
よくある質問
休職中の社会保険料に関して、企業の人事担当者様からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q. 傷病手当金から天引きすることはできますか?
A. できません。 傷病手当金は、健康保険組合等から被保険者である従業員本人に直接支払われるものであり、会社が賃金のように天引きすることは法律上認められていません 。傷病手当金は、療養中の従業員の生活保障を目的とした給付金であり、会社が支払う賃金とは性質が異なります 。会社が従業員の傷病手当金請求手続きをサポートすることはあっても、その給付金を会社が代理受領したり、そこから社会保険料を天引きしたりすることはできません。
Q. 支払いに応じてくれない場合はどうすればいいですか?
A. まずは、事前に取り交わした合意書に基づき、改めて支払いを丁寧に依頼します。電話やメールでの連絡に加え、書面で支払いを依頼することも有効です。それでも応答がない、または支払いに応じてもらえない場合は、内容証明郵便で支払いを督促することが考えられます。内容証明郵便自体に法的な強制力はありませんが、支払いを促す心理的な効果が期待でき、また、後日法的手続きに進む場合の証拠となり得ます 。 それでも支払いがない場合は、最終的には民事訴訟(少額訴訟など)による法的な回収手続きを検討することになります。しかし、そこに至る前に関係性が悪化することを避けるためにも、まずは労働問題に詳しい社労士や弁護士にご相談いただくことを強く推奨します。
Q. 復職せずに退職した場合、立て替えた保険料は請求できますか?
A. はい、法的には請求可能です。会社が立て替えた社会保険料の本人負担分は、法的には従業員に対する金銭債権となります。したがって、従業員が復職せずに退職した場合でも、会社はその従業員に対して立替金の返還を請求する権利があります。 しかし、実際に全額を回収できるかは別の問題です。退職した元従業員に支払い能力がない、連絡が取れないなどのケースも多く、回収は困難を極めることがあります。だからこそ、立替払いは極力避け、毎月徴収する方法が最も安全なのです。 もし立替払いを選択し、退職時に未回収金が発生してしまった場合は、弁護士に相談して対応を検討することになります。
Q. 住民税の扱いはどうなりますか?
A. 前年の所得に対して課税される住民税も、休職中であっても納税義務が継続します。会社で住民税を特別徴収(給与から天引き)している従業員が休職し、給与の支払いがなくなると、特別徴収ができなくなります。
この場合、会社は市区町村役場に「給与所得者異動届出書」を提出し、住民税の徴収方法を特別徴収から普通徴収(従業員本人が納付書で納める方法)へ切り替える手続きを行う必要があります 。この手続きを怠ると、会社に督促が来てしまう可能性もあります。 普通徴収に切り替わると、市区町村から従業員本人宛に納税通知書と納付書が送付されます。事前に従業員にこの旨を説明し、休職期間中の住民税の支払いについても認識してもらうことが大切です。社会保険料と合わせて、住民税の支払いについても休職前に話し合っておくと、従業員の不安も軽減されスムーズです。
Q. 休職期間が延長になった場合の社会保険料の扱いはどうなりますか?
A. 原則として、休職期間が延長された場合も、社会保険料の支払い義務は継続します。 従業員の休職期間が当初の予定より延長されることが決まった時点で、会社は再度、社会保険料の支払い方法や期間について本人と確認し、必要であれば当初取り交わした合意書の内容を更新するなどの対応が望ましいです。特に、会社が社会保険料を立て替えている場合は、立替期間の延長と返済計画について改めて合意を取り直すことが重要になります。曖昧なまま期間だけが延長されると、未払い額が積み重なり、後のトラブルの原因となりかねません。
まとめ
休職中の社会保険料対応で最も重要なのは、徴収方法を曖昧にせず、休職に入る前に従業員と「書面で明確な合意」をしておくことです。特に、会社が社会保険料を立て替える方法は、一見親切に見えるかもしれませんが、従業員が復職しなかった場合などの未回収リスクを考えると、安易に選択すべきではありません。
毎月本人から指定口座へ振り込んでもらう方法を原則とし、そのためには休職前の丁寧な説明と、双方納得の上での合意形成が不可欠です。「従業員への配慮」と「会社の当然の権利の行使」は決して矛盾するものではありません。むしろ、曖昧な対応や口約束が、後々大きなトラブルへと発展するのです。明確なルールを設定し、それを書面で共有することこそが、休職する従業員と会社の双方を不要な混乱から守る最善策と言えるでしょう。
休職・復職に関する労務管理は、個別の状況に応じた細やかな対応が求められ、法的な知識も必要となります。手続きに不安がある、あるいはトラブルを未然に防ぎたいとお考えの場合は、ぜひ専門家である社労士にご相談ください。
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